第2話 TS美少女は陰キャ過ぎるようです

「……眠い」


 まだ日も昇らぬ明朝に目を覚ました俺は、眠たげに目を擦った。

 1か月間学校をサボっていた間は、いくらでも二度寝が出来た。

 朝目が覚めたら、再び二度寝。そして気が向いたらダンジョンに行く。

 そんな悠々自適な生活を送っていたのだ。


 だからこうして朝早くに目を覚ますというのは久々であり、この様な眠気は中々に苦しい物なのである。


 しかし今日は木隠マネージャーがやって来て俺に学校に行くためのあれやこれやをしてくれる日。

 眠くてもこうして起きなければならないのである。 

 木隠さんは美人さんだけど、怒るとめっちゃ怖いからね。


「……こりゃ、自堕落な生活を送ってきたツケが回って来たな」


 そんな独り言をつぶやきつつ、俺はベッドから降る。

 無駄に長くてうっとおしい髪を後ろに流し、キッチンに向かった。


 電気ケトルに水を入れ、パチンと電源を入れる。

 しばらく待つとお湯が沸いたので、コーヒーパックに注ぎ込む。

 フワリ、と良いコーヒーの香りがあたりに満ちた。


 コーヒーを淹れた俺は、カップを手にダイニングに向かう。

 椅子に座り、淹れたばかりのコーヒーを啜る。


「この生活ももう4年目か」


 天井を仰ぎ見る。

 俺は4年前に親と離れ離れになった。

 ダンジョンが出現したあの日が、俺と両親が最後に会った日だ。

 4年前に出現したダンジョンは、東京の人口の約半数の命を奪った。

 ダンジョンは光と共に出現した。

 光は半数の人々に”スキル”と”魔力”という祝福を与えた。

 しかし、もう半数の人々には不適合による”死”という呪いを与えた。


 とはいっても両親は光によって直接死んだんじゃない。

 普通に両親どっちも光に適合して生き残ってた。

 でも、その後の人災によって死んでしまったんだと思う。

 直接見たわけじゃないから分からないけどね。


 光が出現した東京は、政府による統治が失われた。

 まあ、光だけ・・・が原因って訳でもないって偉い人が言ってたけど。 

 なんか対外防衛なんちゃらがどうだとかみたいなヤツとかで、複合原因的に統治が失われたらしい。

 

 ま、俺の知った話ではないけどね。

 そうして急速に治安が悪化した東京で、混乱に巻き込まれてしまった両親は失踪してしまったって感じだと思う。


 4年前だから俺はまだ小学6年生だった。

 幼心に戸惑った記憶がある。

 でも、今はいろいろ心の整理もついてこうして独り暮らしをしている訳だ。


「……む、天井のシミ……レッサードラゴンの腸を割ったときみたいな形だな」


「──いちいち発想が戦闘狂ですね」


 ふぁ!?

 

 ポケーっと天井を見ていると、いつの間にか後ろに木隠さんがいた。


「いやいやいや、どうやって俺んちに入って来たんだよ!!?」


「ふっふっふ、マネージャーたるものマスターの合鍵ぐらい持っておくべきですからね……」


「はぁ!?それ普通に犯罪だろ!?」


「不用心なマスターが悪いんですよ?そうやって魅力的な顔をしているというのに、そうやって不用心にしてるから簡単に他人に合鍵なんて作られる。

 いつ不審者に押し入られてもおかしくありませんよ。だからこうして、私がマスターの不用心さを教えてあげる分にはいいんです」


「いや、その不審者とやらが目の前にいるんだが」


「……」


 クシャ。


「あっ!あっ!……頭わしゃわしゃするのやめろ!!!」


「可愛い顔して生意気です!だからこうしてお仕置きします!」


「ちょ、やめ、くすぐったい……ひゃ!どこ触ってるんだよ!!?」


 そうしてしばらく俺の体という体を触りまくる木隠さん。


 一通り俺がくすぐられて悶えている様子を見て満足したのか、しばらくして解放してくれた。


「……ふう、今日はこの辺で良しとしましょう」


「……俺は全然良くないんだが。てか、こんなバカな事してないで早く俺が学校に行くためのなんちゃらを見せてほしいんだが」


「ああ、そうでしたね。すっかり忘れてました」


 おい、そこは忘れるなよ!?

 そんなツッコミを心の中で入れる。


 そして、木隠さんはごそごそと懐の中を漁り、顔面パックのような機械を取り出した。


「これは?」


「テックボルト社製のRN-229、変装キットです。本来はスパイ行為を目的として開発されたモノでしたが、試験的に試したいと言ったらこっちに回してくれました」


「おお、そんな凄い物を手に入れてくれたのか」


「はい、マスターはテックボルトの専属カスタマーですので、こういった要望は割とすんなり受け入れてもらえました」


 この東京という街にはダンジョン出現以降2つの巨大企業が生まれた。

 1つは今、木隠さんが言った”TEC BOLT”。

 もう1つは、”電槌”。

 

 2つともダンジョンから産出したモンスターの魔力素材から兵器を作っている巨大軍産複合企業である。

 これらの巨大企業は、莫大な富を元にこの街を様々な方面で牛耳っている。


 そして、俺はS級ハンターという事で、このテックボルトという企業の専属カスタマーとなってあれこれ融通してもらっている。

 あちら側も新型武装のデータを俺を通して収集できるし、俺も新型武装を手に入れられてWIN-WINの関係なのだ。


 あ、ちなみにこういう複雑なスポンサーがどうだっていう事は全部木隠さんに一任している。

 俺みたいなただの高校生にはそういう大人のあれこれなんて分からないからね。


「まあ、取り合えず付けてみてください」


 そう言って木隠さんはこちらにその顔面パックみたいな機械を寄越した。


 それを顔に当ててみたが、機械的で金属的な見た目に反して案外ぴったりと顔面にフィットする。


 『RN-229起動』


《電圧正常》

《使用者の生体認証》

《使用者:紅夜ユウのDNAを確認》

《認証……SUCCESS》

《使用者の生体的特徴を確認……データを収集中》

《データの収集が終わりました。それに伴い偽装を開始》


 長ったらしい文言がつらつらと頭の中に響く。

 あ、ちなみに骨伝導で音を伝えているから、機械が発している音は俺にしか聞こえないぞ。

 

 キュイイィィィンン


 すると、機械がドロッと溶けたかと思うと、すぐさま肌色に変色して俺の顔を覆っていく。

 目、口、鼻、そして髪まで。

 姿が変わってゆく。


 しばらくすると、俺の機械は音を立てるのをやめ、停止した。


「むむむ、マスターの姿が……なんというか……」


 口ごもる木隠さん。


「どうした?」


「まあ、ちょっと鏡で見てみてください」


 そう言って手鏡を渡してきた。


 俺は手鏡で自分の姿を確認した。

 そして、俺は鏡の中に映った自分の姿に驚愕した。


「ちょいちょい、変わったの髪色だけじゃねえか!?」


 鏡の中には、相変わらず美少女がいた。

 しかし、髪色は白髪。

 かつての俺の髪色だ。


 そして顔立ちは、今の俺の要素とかつての俺の要素がまじりあった感じ。

 スーパー美少女に若干モブっぽさを足し合わせた容姿になっている。

 しかし、まあ、今の俺が美少女すぎるがために、どちらかというと美少女要素の方が勝っているけどね。


「まあ、最新の試作機ですからね。こういった事はあるあるですよ。

 いや、まあ、よーく見たらかつてのマスターっぽいですから」


「いやいやダメだろ!」


「ま、まあ?黒髪の方のマスターはS級ハンターとして名が通ってしまっていますから、こうして姿を変えて学校に登校できるだけでもヨシじゃないですか?」


 うーん、まあ、そう言われればそうなのか?

 黒髪の方で学校に登校すれば、間違いなく目立ってしまう。

 しかし、それが避けられるだけでもヨシなのではないだろうか?


 ……でもなあ、なんて言い訳するんだ、これ。

 明らかに放ってる雰囲気が美少女だぞ?

 眼なんてクリクリでめっちゃパッチリだし。

 まつ毛なんてクソ長いし。


「……この姿をなんて言い訳するんだ?」


「そこは、イメチェンしたとでも言えばいいんじゃないですか?」


「イメチェンって言えば何でも許されると思うなよ」


「草」


 木隠さんは完全にあきらめムードだ。

 

 俺ははあ、とため息をついた。


「でもなあ、もうかれこれ1か月以上学校を休んでるんだよな。もうこれ以上休んだら留年しそうだから、俺は行くことにするよ」


「それがいいと思います」


 結局、俺は学校に行くことにした。

 



▽▲▽▲


 学校に到着すると、俺はひっそりと下駄箱で上履きを履いた。

 息を殺し、身を屈んで、気配を消す。

 出来るだけ目立たないように振る舞う。

 

 しかしながら、そんな俺の努力むなしく滅茶苦茶ほかの生徒たちにジロジロ見られた。

 教室の中に入り、隅っこの席に着く俺。 


「なあ、あれ見ろよ」

「なんか美少女いねえか?」

「まさか、あれ紅夜?」


 えっと、はい。

 早速目立ってます。

 ヒソヒソとクラスの陽キャどもが俺を指さして話してやがる。

 あの、普通に聞こえているんだが。

 めっちゃ恥ずかしいんだが。

 

 ああ……どうしてこんな事に。


「おい、お前は、まさか紅夜か!?」


 すると、俺がもじもじと羞恥に身を震わせていると、陰キャ仲間の山口がこっちにやって来た。


「あ、はい。紅夜です」


「引きこもってたって聞いてたんだが、学校に来る気になったんだな」


「えっと、はい。もろもろあって学校に来ることになりました」


 そんなこんなであれやこれやの世間話をしていると、山口はこっちの姿を見て言った。 

 ちなみにこの山口ってヤツが最初に俺をハンターに誘った友人である。


「なあ、さっきから気になってたんだが、お前その姿どうした?なんと言うか、その、可愛くなったな、お前」


「えっと、はい、イメチェンした」


「マジかよ!?最近のイメチェンってすげえんだな!!」


「はい」


 あ、なんか許された。 

 チョロくて草。

 

 あ、ちなみにその後山口以外にもいっぱい話聞かれました。

 女子からは何のメイク使ってるのだ、とか。

 でも、陰キャ過ぎて口ごもる俺を見かねたのかみんな諦めて離れていった。

 

 あれ?

 水が、目から……。

 ああ、これは涙か。


 てか、いくらなんでも俺コミュ障すぎだろ。

 なんか、草。

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