新生活 3

 髪色や佇まい、そして何より神々しさすら感じるその力。全てが俺の知っている姉貴と違う。違うはずなのに……俺は地面に伏したまま胸の辺りを強く掴む。


(なんでこんなにも懐かしく思うんだ……!)


 咳き込みながら手をついて立ち上がる。相変わらず激しい眩暈がしているけれど、ここを逃せば姉貴に再び会う事はないかもしれない。そう思うと足が先へと一歩一歩ゆっくりと進んでいく。


「姉貴! 姉さん!」


 俺は声を張り上げる。煙で焼けた喉のせいで、また激しく咳き込んだ。

 それでも再び顔を上げ、恍惚とした表情で立って手を合わせている人の肩を押し退け、さらに姉貴に向かい進んだ。姉貴の周りでは人が地面に座り頭を下げて拝みだす始末だ。


(一体どうなってんだ)


 異様な光景だった。

 先程まで慌てふためき、パニックになっていた人々が穏やかな表情で姉貴を見上げている。どこか人らしくない、死の恐怖すら克服したような光景。不気味だ、と頬を引き攣らせる。


「あの、金糸天乃カネイトアメノですよね?」


 見上げると確かに顔は俺の知っている姉貴に見える。記憶よりさらに大人びているけれど、それでも見間違うはずが無い。十年以上共に過ごした家族だ。

 そう思うほどに俺の声に反応しない姉貴に焦りが湧いてくる。


「あの!」


 もう一度呼びかけようとした時だった。姉貴が顔を動かして俺の方を見下ろす。俺は思わず息を呑んだ。輝く瞳、とろけるように靡く金色の髪、手に持った剣すら緑色にぼんやりと光っている。やがて体が震え出し目を逸らす。

 別の次元にいるように思えた。もうこの人とは対等じゃないと心のどこかで悟ってしまう。

 まるで……


(人じゃないみたいだ)


 手を強く握り奥歯を噛みしめる。もう一度、呼びかける為、顔を上げようとした時だった。


「え!? 先輩!」


 背後から声が聞こえる。

 俺をそう呼ぶ人は一人しかいない。どうしてこんな所で、という疑問はありつつ振り返ると……


「え」


 真っ白な巫女服に少し短めの黒い袴、長い髪を白い布に包んだのアマツカがそこにいた。初めてみる服装だ。

 よく見れば口元がいつもより鮮やかに赤く、目元も輝いている。仕事用の化粧をしているのかもしれない。


「初めて見たよ。その服。それが仕事?」


 駆け寄ってきたアマツカは「いえ」と首を横に振る。


「手伝いで、たまにしてるんです」


「そっか、似合ってる」


 アマツカはおずおずと「ありがとうございます」とお礼を口にする。どこか肩を狭め小さくなっているように見える。


「怒ってます? 教会の手伝いをしてたこと」


「え? いや?」


 俺は首を傾げる。何を怒る事があるのだろうか。

 アマツカは「そうですか。良かった」と表情を和らげ息を吐く。やっと肩の力を抜いたように見えた。


「先輩、教会嫌いですから」


「まぁ嫌いっていうか、苦手だな」


 俺は苦笑いを浮かべ頬を掻く。

 どうしても頼らなくては生きていけない所とか、教会によって振り回される所とか、支配されているような気がしてならない。そう言う不自由さや、それを当たり前のように受け入れる人々との感覚のズレが苦手だ。

 その時、突然、後ろから金属の凹む音がした。

 振り返ると姉貴と思わしき人物が再び空へ飛んでいく。光りながら揺れる髪が夜空を駆ける流星のように見えた。


「あ」


に何かご用事でもありましたか?」


 アマツカが不思議そうな表情で首を傾げながら俺を見ている。


「あれ、多分、俺の姉貴なんだ。アマツカも見た事あるだろ?」


「え。あれがアメノさんですか!?」


 俺の顔と姉貴が飛んで行った方向を交互に見ながら言う。


「おそらくね」


 そう言った後、思わずため息が出てしまう。他人の空似ではないと思いたい。ただ色々と不思議な事が多いのも事実としてある。結論、分からない。


「あれ、ちょうどいいやん! そこの君! えーとカネイトくんやろ?」


 こちらに駆け寄ってくる異端審問官の黒いコートを羽織った男性が俺の名前を呼んでいた。背中に長い槍を背負っている。


「これからよろしく! 一応君のチームリーダーを務めてる鬼道明利キドウアリや」


 そうキドウさんは自己紹介して被っていたフードを取り笑った。長めの茶髪をうなじのあたりで縛り前の方へと垂らしている。三白眼の鋭い目つきをしているけれど、笑い方や喋り方から怖さはあまり感じない。


「……キドウさん。あの、全然なんの話か分かってないんですけど俺」


「あれ? 聞いとらんの? 今日から異端審問官やで君。それで、うちのチームに入ることになってんのやけど」


「「え」」


 俺と隣で聞いていたアマツカがハモった。

 教会管轄下の治安維持の為に存在する職業『異端審問官いたんしんもんかん』それくらいしか知らないが危険な仕事なのは分かる。この街で武器を持っておく事が許可されているし、あの地獄のような日、人々を駆り立てていたのは彼ら異端審問官達だ。


「そんな暗い顔すんなって。危ない仕事やけど給料はいいよぉ。必要やろ?な?」


 キドウさんがウインクをしながら親指を立てる。

 その口ぶりから俺がどうしてこうなったか知っているのだろう。


「……先輩が、異端審問官って……」


 見るとアマツカから表情が消えていて、俺の服を心配そうに摘んでいる。


「うん。らしい。今知ったよ」


 俺も驚いている、とアマツカへ伝えるとアマツカは目を見張り眉尻を下げた。

 アマツカが何か言いかけたタイミングで突然、キドウさんは何か思いついたようにポンッと手を打ち「せや」とアマツカの方を見た。

 アマツカが慌てた様子で姿勢を正す。


「アマツカちゃんが良いなら教会の寮やらを彼に案内したってや。仕事の事は俺が手続きの書類やらを後で持って行くから。その間に色々と話したい事あるんと違う?」


「あっ、はい。分かりました」


 アマツカがキドウさんの方を見て頷く。それと同時に服を摘んでいた手が離れていった。

 寮。教会にそんなものがあったのか。それにどうやらアマツカの方が俺より教会のことに詳しいらしい。なんだか俺の知らないことばかりだ。


「まぁ、とりあえずよろしくアマツカ」


 アマツカはジト目で俺の方を見てハァッとわざとらしくため息をつく。


「後で何があったかしっかり聞かせてもらいますからね。先輩」


 分かった、と俺が答え俺たちは異端審問官寮へと向かった。

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