第11話 何があっても仕事はします

 その日、珍しく雨が降っている。

 朝起きたベニーは、雨が降っていることに驚いてすぐさま行動を始める。


「わわわっ、窓……、窓を閉めなきゃ!」


 灯台の中は暗い。そのために明かり取りになる窓が何か所かあり、普段は開きっぱなしになっているのだ。

 雨に驚いて、ベニーは慌てて窓を閉めに回る。

 窓を閉めて回ったベニーだったが、ちゃんと朝の作業を効率を考えて地上部分から順番に閉めていっていた。

 となれば、最後にやって来たのは頂上の導の灯のある部屋だった。

 しかし、この部屋だけは窓がない。窓を設けてしまえば、導の灯の光が周囲に届けられなくなるからだ。

 だからといっても、このまま黙って雨が吹き込むのを見ているわけにはいかない。放っておけば、吹き込んだ雨がそのまま灯台の内部を濡らしてしまうからだ。

 ではどうするのか。


「えっと、確かここに手を触れてっと……」


 灯台の階段付近にある壁のところに、ぽつりと置かれた水晶がある。ベニーはその水晶に触れて、魔力を込め始める。

 十分な魔力がこもると、灯台の頂上の部屋のぽっかりと開いた空間に、魔法の壁が一気に展開された。

 これがこの灯台の秘密兵器である。

 導の灯がある以上、物理的な壁を作るわけにはいかなかった。この光がなければ、魔物を弱体化できないからだ。

 そこで、初代灯台守である魔法使いは必死に考えた。どうすれば、灯の効果を弱めずに外部からのものの侵入を防げるか。

 考え抜いた答えが、この魔法障壁だった。当人の魔力であるなら、灯の光は影響されないらしい。それを利用して、一切の外部干渉を遮る魔法障壁を考え出したのだった。

 ちなみにこの魔法障壁、初代から数代の間は常に展開されていた。

 ところが、いつの頃からか魔力消費が追いつかなくなってきたために、問題のない時は解除するようになっていったのだ。だから、ベニーの時も普段は解除されているのである。

 まあ、カモメや飛来物で消えるようなやわな灯ではないし、そもそも灯台守以外は眩しすぎて近付けやしない。何も問題はなかったのである。

 ひとまず、灯台の雨風対策をしたベニーは、導の灯のチェックを終えると、朝食のために地上へと下りていった。


 外の風雨は思ったよりも強い。

 風で窓は音を立てている。

 そもそも灯台は岬の先端にあるので、風の影響は受けやすい。それを踏まえるとこのくらいは普通なのかもしれない。

 ただ、この天気に参っているのがベニーだった。

 普段ならば洗濯をして森へと出かけていくのだが、これだけの風雨があると外へは出かけていけないのだ。

 多少灯台にこもることになっても大丈夫なように備蓄はしているが、それでもいつものことができないとなれば、結構気が滅入ってしまうのである。


「あ~あ、この天気、いつになったらよくなるんだろう……」


 部屋の椅子に腰掛けながら、机に突っ伏して足をぶらぶらとさせている。

 ベニーもそれなりに元気な年頃なのだ。外を思いっきり楽しめないというのは、かなり厳しいようだった。

 雨が降りしきる中、ベニーは部屋の中で過ごすことにする。

 こういう日は薬の調合も慎重にならざるを得ないので、書庫に向かって書物を読むに限るというものだ。

 先日に新しい薬の調合を調べるために入った書庫だが、ここには初代灯台守たちから受け継がれてきた知識のすべてが詰まっている。

 歴代の灯台守は、先代からの直々の指導に加え、これらの書物から知識を吸収していくのだ。

 探知魔法で知りたい知識を直に見つけ出すのもいいが、何も考えずに手当たり次第に書物を読み漁っていくのもいいというもの。

 中には歴代の灯台守たちの手記のようなものも混ざっていて、それを見た時には思わず恥ずかしくなることもある。

 それでも、幼いベニーにとってはお宝の山なのだ。

 風雨によってお出かけができないので、ベニーは暇つぶしと勉強を兼ねて、書物を一冊、また一冊と手によって読みふけった。


 書物を読んでいると、あっという間に時間が過ぎていってしまう。


「あっ、もうこんな時間か」


 ベニーは何かに気が付いて、読んでいた書物を元の位置に戻すと書庫を出ていく。

 外は相変わらず風雨が吹き荒れていて、とても出られる様子ではなかった。

 窓がガタガタと揺れる中、ベニーは最上階を目指して階段を上がっていく。

 導の灯はいつものようにキラキラと光り輝いて周囲を照らしている。

 階段を登り切った場所には、魔法障壁の水晶の他に、もうひとつ石板のようなものが置かれている。


「知らせてくれてありがとうね」


 ベニーがそう言いながら、石板に触れる。

 すると、石板の色が赤っぽい色から灰色っぽい色に変わる。どうやらこの石板、アラーム機能のようなものがついているようだった。

 灯台守がどんなことがあっても導の灯のチェックを忘れないように、この石板は色を変えて魔力を放つようになっている。

 この魔力は灯台守にしか感知できないようになっているので、ベニーは気が付いてチェックにやって来たというわけだった。

 さすがは仕事一筋灯台守。仕事をやり切るための仕掛けがあちこちにあるのである。


「今夜も、海の平和をお守りください」


 ベニーは祈りを捧げると、一礼をして階段を降りていった。

 こうして、今日も灯台守ベニーの一日は無事に終わろうとしているのだった。

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