月と日の奇譚蒐

言端

嘘を喰う神

死者を伝って現れ、人に憑く。憑いた者の嘘を喰らって肥大し、果てには嘘吐きそのものを喰ってしまう。これをウソジキ様という。人死があったならば、血縁の者は指先を刺し、その血を口に塗る。嘘は血に混じるとされ、誇示をもって却って潔白を示すと考えられていた。

ある家で、陸という少年が死んだ。

その父は商売を理由に、血の慣習を避けた。父は都の商と取引をしていたが、陸の死後ひと月を数えず、商が急死した。陸から父、父から商へウソジキ様が移ったのだと噂された。かねてより商は、田舎者の無垢に漬けこんで品物や金銭について不誠実を働くと悪評であった。同じ月に、父も病を得てまもなく命を落とした。より嘘吐きの商を先に屠っただけだったのだと、また噂された。陸の家族には父のほか、母および五人の兄姉がおり、うち次兄と長女がともに住んでいた。残された三人は互いの血で口を閉ざし合い、顔にわら半紙を貼りつけ、車座になって四つの夜を越えた。これはウソジキ様の存在とともに継がれていた解呪の法とされている。その後ウソジキ様が現れることはなく、やがて慣習とともに人々の記憶からも姿を消した。


これが、ウソジキにまつわる記述のすべてである。

参丞は筆を置き、取り違えのないよう慎重に紙を重ねて綴じた。古くなった紐が切れたので、母と妹の道具箱から適当なものを拝借して直した。

格子窓の外は薄ら明るい。参丞は「禁 坂江之家」と書かれたその本と何冊かを重ねて持ち、家を出て畦道を歩いていく。緩やかな上り坂を越えて見えてくる、椿の縁取る屋敷が坂江家である。

「坂江さん」

目的の人物は訪問先の縁側に寝そべっていた。参丞は顔に乗せられていた本を退けて、細長い目を覗き込む。

「こちら直しましたよ」

「ありがとう。読んだかい?」

「まさか。禁書でしょう?」

「これは禁書ではなく、禁則ということだよ」

坂江は紐の新しくなった一冊をめくりながら嘯き、小さく「ふうん」と漏らした。

「なにか?」

「いいや。礼を持たせよう、表で待っていてくれ」

笑った、にしては歪な目元が気になったが、参丞は言うとおりにした。正直なところ、早く離れたいと思ってもいた。門の外で待っていると、包みを持った下男がやってきた。両手で抱えるほどの大きさで、それなりの重さがある。

「お早くお召し上がりくださいとのことでした」

「有り難く」

弟たちにやろう、と考えながら参丞は足早になる。すぐそこに雨雲が見えていた。


その夜半、小雨に混じり土を踏む音がした。参丞はすぐに起き上がって大きく一歩動き、部屋の隅で息を殺す。足音は時々遠くなりながら戸の前まで来たが、一向に入ってくる気配はない。参丞は焦れながらも、目を離さずに待った。そのために、煙が満ちたことに気がついのは、とうに手遅れになってからだった。口を押える前に身体が傾いていく。手の甲に硬いものがぶつかる。指先に引っ掛かった布がほどけ、瓜が転がり出た。飛び散る赤い果肉と侵入者の足が、視界の中でぐるりと回る。頬に感じた冷たさもすぐになくなり、右手も布を掴んで動かなくなった。かろうじて目玉だけを動かし、侵入者を見る。口元を隠してはいたが、よく知った刃物のような目が暗闇で光っていた。名を呼ぼうとするが、空気が喉でつかえて嫌な音が出るだけだ。彼は参丞を一瞥し、吐き捨てるように言う。

「ウソジキなんていないんだよ」

参丞がその言葉の意味を考えることはない。こみ上げてきた血を吐き、後はすっかり闇に包まれた。

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