銀色の輪
辰 暁(シン アキラ)
愛の香り
私の好きな人には好きな人がいる。
♢
窓からオレンジ色の夕陽が差し込み、朝から蓄積されたコーヒーの香りが立ち込めるオフィスの片隅で、同僚と楽しそうに談笑する彼の笑い声が私の耳に届く。
窓際で笑う彼のスーツ姿を見ると、まるでお気に入りの少女漫画を読んでいる時のような夢見心地な気分になる。さらりと伸びる長い脚、きめ細やかで美し眉毛、その全てを堪能している中で、どうしても直視していられないものがある。
左手の薬指で輝きを放つ結婚指輪。
漂うコーヒーの香りとあまりにもミスマッチな銀色の金属の匂いによって、私がどういう立場なのかを否応もなく突きつけられる。
それでも私は、はやる鼓動を抑え、自分の仕事に集中している振りをしながら彼の会話をどうにかして聴こうと必死に耳そばを立てる。
「うちの嫁さんご飯を食べている時の顔がほんと可愛くて、ついつい作りたくなっちゃうんだよね。」
私が残業に苦しんでいる間にも、彼は家に帰って好きな人のために心を込めて料理を作っているのだろうと思うと、胸が熱くなり、涙さえこぼれそうになる。
「笑ってる顔が大好きで、ずっと見てられるんだよね。」
嬉々とした彼の声が私に追い討ちをかけてくる。どうしてもそれ以上は聞いていられなくなり、思わず顔を覆った。
──すると、冷たい感触と共に金属の香りがふんわりと鼻に届く。
顔から手を離すと、差し込む夕陽の光に反射して銀色の輪がゆらめいている。その中には、隠さずにはいられないほどににやけきった自分の顔が映っており、どうしようもなく恥ずかしくなる。
どうにか表情を戻そうと苦戦していると、そんな私に気づいた彼が、溢れんばかりの笑顔でこちらに手を振ってくる。その手には私とお揃いの指輪が光り輝いている。結婚して1ヶ月経った今でも、結婚指輪を見ると妻という立場になったことを改めて自覚してしまい、恥ずかしくて直視できないでいる。
そんな私の気も知らないで笑顔で手を振り続ける彼を見つめながら、私は心の中で思う。
やっぱり私の好きな人は私を好きすぎる。
銀色の輪 辰 暁(シン アキラ) @sakurakemon
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