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  • 141)ちょっとムカつくへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    隼人さん、理久くんに以前から興味を持っていたということですか。でも、今回のたった一回のチケットさばきで、お目当てにの理久くんが『偶然』釣れた!なんてビギナーズラックは、さすがにないでしょう。ということは、理久くんが来るかもと踏んだ公演で、なんどもこうやってさばきをやっていたのでしょうか。
    それなのに、喫茶店では「彼女」を連呼? 「結婚間近」? 確かにこれではいったい何がしたいのか、さっぱりわかりません。ゲイであることやヅカファンであることに大いなる引け目を感じつつ、でも欲求には抗えず? その態度が他のその行為がゲイの気持ちを逆なでしてしまうことにまでは、考えが及ばなかった? これは、ゲイを含め、マイノリティの友人がいないタイプと見ました。
    隼人さんにとっては、「ゲイである自分」を極力日常生活から抹消することが社会の中での自分の立場を守るすべだったのでしょうね。それはわかるのですが、でも、声をかけてきつつ、そんな態度を保ったままだと、さすがにいらっとしますね。

  • 140)彼の名は隼人への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    宝塚はテレビで何度か見たことがあるだけなのですが、たぶん母が好きだったのでしょう、家には写真集もあり、キラキラの衣装に目を奪われながらページをめくっていました。これ、きちんと劇場で見ていたなら、はまっていたのでしょうかね。

    前話で、宝塚ファンにLGBTの人が多いのも事実というくだりがありました。その心理に興味がわきました。宝塚だと女性が男役もこなすわけですが、異性を演じているというところに、惹かれるのでしょうか(歴野さん的にはいかがでしょう?)。それなら、能や歌舞伎もそうですよね? 能も歌舞伎も、いまやおかたい『芸術』のイメージが強いので、その演目やキャラクターに「憧れ」にくいのかもしれません。でも、かつては大衆娯楽、その当時は現在の宝塚と同じような状況だったのでしょうかね。

    隼人さん、誘いは強引でしたね。でも、お茶に誘った後はスマートに? 慣れてるのかな、年上の余裕まで感じられます。名刺とかブランドスーツとかって、こうやって見ると処世術として大事なんだなと思いました。はったりでことがスムーズに進むことも多いでしょうから、強力な手段のひとつとして準備しておくと良いのでしょうね。

    「人の気持ちは変わりやすい」は、まさにそうで、だからこそ、人を丸め込むのにも、波風立てないようにするにも、「おいしそうな餌」を上品にちらちらさせるのは大事だと思います。

    蛇足ですが、こんなネタがありました。ゲイの「兄弟」をどうとらえるかにちょっと関係しています。この記事を鵜呑みにする気はないですが、考察を進める手掛かりにはなりそうです。
    http://jambeenflee.com/2015/04/14/sexualityofthemasuculinityintheeraofedo/

    作者からの返信

     第8章で「ヅカ友タッチとの出会い」を書いた中にも有りますが、見方は多様です。
     僕は宝塚を豪華なエンタメとして魅せられ、初めはかっこいい男役よりも、実は艶やかな娘役に惹かれていました。
     反してタッチは多くの女性ファンと同様、男役の美しいヴィジュアルと色気に憧れていたようです。

     実は女性の心理はよく分かりませんが、ボーイッシュでスマートな同性に憧れる女性も多いようで、当時は漫画のオスカル人気から宝塚に入ったファンも多く、ただそれがそのままレズビアンに発展するのか?と言うとそうでもないようで、そこはやはり複雑なのだと思います。

     ただ、明らかにレズビアンと思われるカップルも多く見掛ける空間ではありました。
     僕らにはすればイカホモさんは勿論、男性客は何となく互いに相通じるものがありました。
    (注、イカホモ=いかにもホモの略⇒短髪、口髭、筋肉を誇示した服装など、むしろ自分はゲイだと積極的にアピールしている人達)

     華やかな女の園に短髪口髭タンクトップにピチピチ短パンの二人組がキャピキャピ歩いていれば一目了然てすよね、笑
     要するにTVタレント系オネェさんのファッション見ればお分かりの通り、ゲイは派手好きな人が多いのです。
     ↑あ、もちろん例外も多いですが!タッチみたいに…

     歴野さん的には、正直いかにカッコ良くても女性には性的興味は有りません。ただ、ミュージカル俳優として歌、芝居、ダンスと三拍子揃ったスターさんに惹かれました。
    だからヴィジュアルは二の次。
     逆にタッチはヴィジュアル第一で、歌やダンスがイマイチでも気にならないようです。
     ホント、ファンの心情も十人十色です。
     あ、でも大多数を占める女性ファンの中には、同性愛的な目でスターさんを見る人も多かろうと推察します。なんせ女の園ですから…

     さて、隼人に「年上の余裕」ですか?
     ぐふふ…ちゃんちゃら可笑しい😝💕
     でも、つまりこの段階で宇佳子さんにそう感じて貰えたなら、僕の書き方も割と適切だったのだと自身が持てます。物語の中の理久にもそう見えていましたから…
     隼人についてはこの後どんどんボロが出てきますからお楽しみに♪

     それにしても若衆髷の前髪についての考察⇒よく見付けましたね!勉強になりました。
     確かに兄弟になぞらえる風習が大昔から続いているとの確信を得ました。

     僕はこれまでのやり取りで「ノンケの間でも〜」との書き方を度々していましたが、これは逆で、ノンケ間の「義兄弟の契り」から僕ら同性愛者がニュアンスを借りてきたのではなく、逆に元々おおらかな日本風土の中に存在していた同性愛的なニュアンスが、現代のノンケの間でも引き継がれている、との見方も出来るのかな?と思えました。
     宇佳子さん⇒資料探しの天才ですね♡

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    いつも丁寧なコメント返信をありがとうございます! 得難い情報、感謝です。そして、おやまあ、理久くんの物語に……ではないですけれど、補遺に登場させていただきました。ありがとうございます。

    この「兄弟」に関するご解説を作中で明示するのは賛成です。BL,GL含むラノベ好きなノンケ友人(男)に聞いてみたところ、「ぜんぜん知らんかった、面白い!」という反応でした。兄弟と呼び合うという事実の説明に加え、そう呼ばざるを得ない事情について考えるきっかけにもなりますね。

    ところで、魚の性別ですが、オスからメスもメスからオスも、どちらもあるのですよ。
    『性別が変わる魚たち』
    https://www.homemate-research-aquarium.com/useful/13879_aquar_064/
    ちなみにウナギは稚魚では雌雄に分化しておらず、成長とともに雌雄に分かれます。
    https://chikusannavi.kyoritsuseiyaku.co.jp/disease/156

    動物にも同性愛が見られるというのはよく聞きますが、これも交尾行動とパートナー関係の構築とを分けて考えた方がいいのかなと思います。若いオスがオスどうしで交尾行動をとるという観察例は、交尾の練習であり(上下関係の確認の意味もありましたっけ?)、同性愛とは言い切れないかもしれません。一方、ペンギンなどでは同性どうしでつがいとなって添い続ける関係性も見られるようで、こちらはいわゆる同性愛の関係に近いのでしょうね。

    ゲイとレズビアンとでは圧倒的にゲイのほうが多いというのは、そもそもその数の調査がどうやって行われたかを慎重に検討する必要がありそうです。でも、身体的な違いと社会的な立場の違いの両方が関係しそうに思います。たとえば、男性のほうが性的な欲求が強かろうということ、たいていの国で女性のほうが社会的に抑圧されているということ、などなど。まったく文化が異なる社会で同じ調査をして数の比を比較してみると、身体要因と文化要因を分けるヒントが得られるかもしれないですね。

    作者からの返信

    「生物学」なんてとんと門外漢な僕が流れで変な方向へ脱線しましたが、流石の宇佳子さんが深掘りして下さって恐れ入ります。
     で、宇佳子さんの解説のおかげで「新たな思い付き」に至りました。

    【若いオスどうしで交尾行動をとるという観察例は、交尾の練習であり、同性愛とは言い切れないかもしれません】
     ⇒はいはい!その通りですね!逆に動物から教えられます。
     人間も同じですね。改めて気付かさせます。

    「バイセクシャル」と言うカテゴリーについては話しをややこしくするので(ここでは)スルーしますが、思春期の性に目覚める頃にはヘテロの男児も同性間で色々なことをやらかしますね。
     ⇒それはこの私小説でも「第2章」で散々書き散らかしたことでした、思い出しました。
    「男児間のこれらの行為が必ずしもゲイに発展するとは限らない」と僕自身が書いていました。
     なるほど、動物の同性間交尾もそれか!と、目から鱗です。

     そしてもう一つの例、
    【ペンギンなどでは同性同士でつがいとなって添い続ける関係性も見られる】
     と、生殖を目的とせずくっついているなら確かにこれはもう「愛」ですね!
    (↑動物ゆえの勘違いとは思いたくない。ロマンが欲しい♡)
     まさか宇佳子さんと生物で語り合うとは思わなんだ⇒楽しい♪

    【ゲイとレズビアンとでは圧倒的にゲイのほうが多いというのは、そもそもその数の調査がどうやって行われたかを慎重に検討する必要がありそうです】
     ⇒確かにそうです。
     僕も「そう言われている」程度の認識だし、明確な資料を読み込んだ事は有りません。
     ただ過去の事例でそれを推測する事は可能と思います。

    ★宇佳子さんの言う「身体的な違いと社会的な立場の違い」は確かだと思います。

    ★「男性のほうが性的な欲求が強かろうということ、たいていの国で女性のほうが社会的に抑圧されているということ」これもおっしゃる通りと思います。

     さらに僕が思うのは
    ★古代ギリシャやローマ時代の「美少年讃美」⇒それゆえにキリスト教は男同士の同性愛を罪悪とした──にも関わらず、あまり女同士は問題視されていない(もしかしたら魔女裁判にレズビアンが関係していたかも?でもそれは僕だけの発想)
     ちなみに「レズビアン」の語源は古代ギリシャのレスボス島の女流詩人サッポーだとされていますが、それ以降「歴史的に有名なレズビアンのスター」はおりませんよね?誰が知ってる?

    ★日本でも武家や寺院で公に稚児、色若衆がまかり通っていた。
     が、尼寺でどうだとか、武家の奥向きでどうだとか言う話はほとんど聞いた事が無い。

    ★明治維新の欧米化(キリスト教)で廃止されるまで、遊郭と並んで「陰間茶屋」や「芝居役者」による男娼(男相手)が公然とまかり通っていた。
     が、女性による女性のための風俗は古今東西あまり聞かない。

    ★70年代⇒ゲイ雑誌「薔薇族」で当てた「第二書房」が満を持してレズビアン雑誌「百合族」を発刊したが、まるで売れず即廃刊した。
     要するに風俗も出版もレズビアン相手では商売にならない。

    ───などなど、箇条書きにすればキリが無いほど、レズビアンの数が少ないと推測されます。

     どうだろう?

    編集済
  • 138)切っ掛けはチケットへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    前話のご返信の兄弟の件について……ああっ、わかっていませんでした! 『兄弟』、そういうことだったのですね!

    ナッキーさんのセリフに、(えー、本当の兄弟になっちゃったら配偶者にはなれないよー)なんて思っていましたが、ここでは「法律的な兄弟になること」と「『兄弟』(=パートナー)になること」とが掛詞になっていた、と。そうか、だからふたりが自分たちの披露宴の話で盛り上がっていたのですね。なんと深い!! わかっていませんでした💦 ご解説ありがとうございます。

    ところで、この、配偶者とも言える関係に『兄弟』の語を使うのは、法律や社会に認められた関係性の象徴としての兄弟なのか、それとも親密な上下関係の象徴としての兄弟なのか、それが気になりました。古い小説を見る限り、女性どうしでも『お姉さま』(と妹?)ですよね。実際どうなのか知らないのですけど。

    男女の親密な関係においては、きょうだいを現わす言葉を配偶者に使うことはまずない、これ、確かにそうですね。男女だと、「きょうだい」にならずとも法や社会に認められた関係を新たに築けるわけですから。そこから類推すると、同性どうしの場合、きょうだいを現わす言葉でパートナー関係を代弁するのは「法律や社会に認められた関係性の象徴」の意味が強いのでしょうか。でも歴史的に見ると、「親密な上下関係の象徴」の意味が先にあったんじゃないかという気もします。

    素朴な疑問ですが、「俺の『弟』になってくれ」は兄貴分からのプロポーズ的な言葉だとして、「俺の『兄』になってくれ」と弟分からプロポーズすることも普通なのでしょうか? つまり、男女だと今でも、プロポーズは男性からというイメージが残っていますが、男どうしだと、立場は対等になりがちなのか、それとも上下関係が生まれがちなのかが気になりました。

    さて、浩一さんの影がちらつく中で次の恋のはじまりですか? もうその段階で怖いのですけれど……

    今回のお相手は「いかにもな好青年」って、今までの理久くんのタイプとは少し違っていそうですね。

    作者からの返信

     やはりそうでしたか。
     先にも書いた通り、女性の感覚では「ゲイカップルが自分たちの事を兄弟として表現する事も多い」との感覚がピンとこない、或いは知らなかったと言う人も多いかな?と思い、あえて書き添えてみました。
     女性作家のBLにもあまりそう言う表現はありません。
     やはり宇佳子さんもそうでしたか。

     知り合いのカップルがデート中に会社の同僚とバッタリ遭遇しました。彼は同行者を普通に「友達」と紹介しても構わなかった。
     が、しかし、彼は同行者を「弟のような奴です」と紹介し、そう称さられ同行者は瞬間⇒目が潤むほど嬉しかったと言っていました。
     彼は同行者を、まさか恋人とは紹介出来なかった。
     でもただの友達とも言いたくなくて、こんな表現になったのです。一般社会では「弟のような」との表現だけでも、結構勇気が要ったと思います。
     これが男女だったらどうでしょう?
     デートのつもりだったのに「妹のような子です」と言われたら、同行者は少ながらずショックを受けるでしょう。
     ↑これがゲイカップルと男女カップルの違いです。
     

     宇佳子さんの感想に(えー、本当の兄弟になっちゃったら配偶者にはなれないよー、なんて思っていました)とありましたが「同性婚」なんて言葉も無かった昭和の当時、まず男同士で(配偶者)なんて考えもしない。

     とにかく単純に友達⇒親友⇒さらにその先は恋人⇒兄弟(家族)と進展します。
     ↑その点、フケ専のカップルは年下がパートナーを(パパ)とか(お父さん)とか呼ぶパターンも多い。

     前述と重複しますが、ノンケのあいだでも親友以上になると(特に命がけの戦友となると)ドラマや映画でも「行くぜ!兄弟!」なんてセリフが飛び交います。
     女性同士(ヘテロ)の場合どんなに親密になっても「姉妹の契り」なんてあまり聞きません、どうだろう?

     ゲイとレズビアンでは圧倒的にゲイの方が多いと言われています。
     何かオスとメスで性差があるのかな?
     動物界でもオス同士の疑似性交は色々と報告がありますが(鳥類も多い)、メス同士との話は(僕は)聞いた事がありません。
     クマノミなんかもオスがメスに変異して性交⇒子孫を繋ぎます。メスがオスに変異する種は聞いた事がありません。
     あれ?話が跳躍してる?
     済みませ〜ん!!
     

     また宇佳子さんいわく【配偶者とも言える関係に『兄弟』の語を使うのは、法律や社会に認められた関係性の象徴としての兄弟なのか?それとも親密な上下関係の象徴としての兄弟なのか?】
     との問いですが、僕は後者の方が多いと思います。

     前者の場合、「同性婚」に代えた手続きとして「養子縁組」が昔から利用されてきました。正に法律的に認められた家族関係です。
     が、だからと言って年齢差も無い恋人同士が、届け出のあと突然に「親父&息子」とは呼び合いません。
     そこはやはり、戸籍上の関係が実生活とは相違する点と思います。

     だから僕は、宇佳子さんの言う【親密な上下関係の象徴としての兄弟】なのだと思います。


     最後に、宇佳子さんいわくの【素朴な疑問】について──
    【男女だと今でも、プロポーズは男性からというイメージが残っていますが、男どうしだと立場は対等になりがちなのか、それとも上下関係が生まれがちなのかが気になりました】
     との事ですが、いきなりプロポーズする訳ではありません。
     まず付き合い始めて⇒互いを恋人と認識し合えて⇒ある程度二人の関係が熟成して⇒ようやく家族のような次の段階に(或いは永続的な関係に)一歩前進したいと思った時、プロポーズのような空気に至るのだと思います。
     そこは男女のように「婚姻」と言うはっきりした手続きな無い分かなりファジーではありますが、どちらがどうアプローチするかは十組十色と思います。
     ただ、そこに(年上だから)とか(攻めだから)とかの無駄な空気は無いように思います。


     今回も長々と書いてしまいました。長駄文は僕の欠点です。
     毎度の事ながら──僕は決してゲイの代表ではありません。
     また、これは僕の若かりし頃を描いた回顧録であり、当時の様子が今現在と同様とは言い切れません。
     パートナーシップが導入され、同性婚とのワードも一般的になってきた昨今、ゲイカップルの心情も大きく変化しているとも言えます。
     考え方は無限にあります。
     そこはご了承下さい。

    編集済
  • 135)妄想結婚式 ②への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    理久・夏ダブルボケコンビによる妄想回?! ツッコミ不在だとどこまでも妄想が暴走していきますね (^^;) やっぱり女子中学生っぽいノリで、なんともほのぼのしていい感じー……ということにさせていただきます。

    この漫才の後半、
    「おい!それって、ナッキーと俺と、両方の血をひく子供が生まれるって事じゃないか!」
    「ねえ理久!そ、それって、もはやオレ達二人の子供も同然だよね?」
    このやりとりに、ぺしーんと頭をはたかれた気分です。これ、まさに自作に入れてる展開です。

    もしかしたら、理久くんとナッキーさんは、上記のセリフを笑いのネタとして口にしたのかもしれません。でも、かつてその(へ)りくつに気づいたときに、目からうろこが落ちた気になりました。子供を作れないものどうしでも、ワンクッションおけば、自分と相手の両方の血を受け継ぐ子供って作れるんじゃん!って。コロンブスの卵ですね。

    「そんなのあたりまえだろ」と言われれば、それまで。しかもこれって大和和紀さんの漫画『はいからさんが通る』(ご存知、ですよね?)のしょっぱなで使われていたネタでもありました。とはいえ、「自分とパートナーの間には子供ができない」ということがずっと引っかかっている人たちにとっては、この考え方って小さな明かりになるんじゃないかなとも思ったのでした。血縁関係に興味のない人間にとっては、どうでもよい話なのですけれどね。

    波奈さんとナッキーさん兄とがもしも結婚していたら、まったく違う人間関係が生まれていたのでしょうね。

    作者からの返信

     発想が被っていましたか?!
     それは失礼しました、笑
     でもハイカラさんでも使われていたなら満更とっぴな発想でもないのでしょう。
     どうか笑って納めて下さいね。

     以前ブログのコメントで、女性の方から「ゲイのカップルは兄貴とか弟とか、自分達を兄弟に例えるものなんですか?」と問われた事があります。
     つまり彼女いわく「男女の場合⇒君のことは妹としか思えない、は女性にとってフラれ言葉の定番だ」と言うことでした。
     なるほど、そう言う「お断り台詞」はドラマなどでよく目にします。確かに男女ではそうですね。
     ただ、男社会ではゲイでなくても(時代劇や任侠ものでは特に)義兄弟の契りなんかが強い絆とされたり、そこまででなくても「相棒」とか「御神酒徳利」とか、外来語でも「バディ」とか、それに類するワードは多いです。
     ドラマやアニメでも「アニキと呼ばせてください!」なんて台詞が飛び交いますがら、そこはやはりゲイのカップルでは年下が相手を普通に「兄ちゃん」とか呼んでるパターンは多いですね。
     男女のように婚姻により家族になる術がないため、「恋人の一歩先」として、やはり家族的な関係を求めるのだと思います。
    「俺の弟になってくれ…」は、ゲイの場合プロポーズの言葉になり得ます。


     

  • 134)妄想結婚式 ①への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    ああ今回はあまり辛い話が深掘りされることはなかったですね。嵐の前の静けさでしょうか。そう考えると、ますます怖くなります (^^;)

    そう言いながらつい考えてしまうのは、やっぱり浩一さんとのお付き合いのこと。ほぼひと月、お付き合いを続けてきたのですね? そのことがやはり謎なのです。最初の一夜で「もう勘弁!」状態だったのに、そのまま交際に突入したのはなぜなのでしょうか? 浩一さんが強引だったのはわかりますし、理久くんが強力に押してくる相手に比較的弱いのもわかります。でも、必ずおとずれる辛い別れ。それが比較的すぐそこにあるとわかっているうえに、決定的に趣味が合わないことが明白な相手と付き合うのって、自虐的ではないでしょうか?

    そして歴野家と春川家のファーストコンタクト!? この奇妙な四角関係がどう発展していくのか、この思わせぶりな章タイトルはどう回収されるのか、今後のお話が気になります。

    歴野さまの描き出すナッキーさんについては、繊細さと図太さの両方が同居する性格だと感じ取っています。決して純情一辺倒の美少年とは思っていません。既婚者との泥沼も経験済みの恋愛強者というのには納得です。だから、彼が理久くんへの「辛い片思い」に悩んでいるとは感じていないですね。とは言いつつ、言動の端々に理久くんに対する関心の強さとそれを表に押し出せないためらいが見えるのが興味深いのです。ナッキーさんについては、「なんで俺がここまで気にしているのに理久ときたら俺のことを全く気にかけないんだよ……」ともやもやとしているように感じています。

    作者からの返信

     この自分史を書くに当たり、実は当初、ジュンや浩一のようなブラックな過去を公衆にさらすつもりは有りませんでした。
     でも幼少期から順に書き始め、「私小説」としての形を整えるに当たり、やはり「失敗と反省」も正直に書くべきだと思いを改めたのです。
     不本意ながらも浩一とずるずる付き合い続けた理由はただひとつ⇒「優柔不断」です。これは僕の欠点です。
     宇佳子さんの指摘の通り、僕は「押し」に弱いです(推しではありません、笑)てか、当時は特にそうでした。
     亮ちゃんとの付き合いが破綻して、サトシへの片思いに泣かされて、恋人空白の期間に突然強く押してきた浩一です。
    (あれ?なんで?)と戸惑いながらもついつい「お断り」を言えず、それでも浩一が指定した週末にはせっせと部屋を片付け、いそいそとカレーなど煮込んでいたりした理久です。
     が、やはり心から好きな相手でないと恋愛は盛り上がりません。
     逆に「盛り上がり」は、これまた突然に巻き起こったりします。
     ⇒つまり新たな恋です。
     そのあたりが次の章であらわになります。

     ナッキーとの笑い話のような小エピソードは、重苦しいペンを、たまには軽快に走らせたくて挿入してます。
     妄想結婚式の一部始終を呆れながら読んでみて下さい、笑
    😝💕


  • 99)別離の雨音への応援コメント

    「カミングアウト」するかどうか決めてない状態で付き合い始めてしまったのですね🥲

    悲しいエピソードでした。続きもゆっくり読ませていただきます。

    作者からの返信

     当時の日本の感覚ではカミングアウトなんでまだまだ一般的ではありませんでした。
     それこそ美輪明宏さんやカルーセル麻紀さんのような芸能人でさえまだまだメジャーには扱われていなくて、むしろおすピーさんや日出郎さんなどが「オカマ」と称され「お笑い界」で注目されてきた頃です。
     カミングアウトしているゲイはまだまだ特殊な人であって、一般サラリーマンや公務員のゲイはそれこそ一生涯の命を掛けた秘密でした。現にそれがバレて自死に至った若者のニュースも二丁目では度々話題になっていました。
     かなりフラットだった僕でも、付き合いにあたり「どうする?カミングアウトする?」なんて相手に問う感覚はまるで有りませんでしたよ。
     そう言う時代でした。東京でもそうだったんだから、地方はさらにきつかったでしょう。

    編集済
  • 133)苦行のような恋愛開始への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    猛烈にすがりたくなる浩一さんの気持ちも、がちがちの束縛にぞっとする理久くんの気持ちもわかるので、二重に苦しいですね。重力がいきなり二倍増しになったようで、息をするのも苦しく感じます。

    本当にこのふたりが付き合っちゃうのですか? 絶対合わないのに。理久くんへの指導はナッキーさんがいるから良いとして、誰か浩一さんに恋愛指南をしてもらいたいところです。でなきゃ、彼はずっと辛い恋を繰り返してしまうのでしょう。やるせないです。

    ナッキーさん、浩一さんからの留守電猛攻の件を聞いても、「すぐに別れた方が良い」とは言わなかったのですね。それどころか、やんわりと自分の痕跡を理久くんのもとから消させ、浩一さんと真っすぐ向き合えと言わんがばかり。しかも「可哀想だから」。そのあたりの彼の感覚が興味深かったです。

    と、ここまで書いて、気づきました。そうでした。このころの理久くんにとって、恋愛とはいつか終わるもの。浩一さんと付き合い始めたということは、平たく言えば、もう別れを見すえていたとも言えるわけですね。ナッキーさんの言動からも、同じような意識が感じられます。ただ、付き合っている間は真摯に向き合ってやれ、と。これは理久くん独自というより、恋愛が結婚に繋がらない人たちにとっての基本的なスタンスなのでしょうか。

    理久くんのことが好きで、心配もしている。でも、「浩一とは別れるべきだ」と強くアドバイスしはしない、と。これは、互いに相手の恋愛の自由を尊重していたということなのでしょうね。そういう、見ようによっては冷たくすら見える割り切った関係というのは、結果論かもしれませんが、関係性が長続きする秘訣なのかもしれません。

    ……いやいや、この場合、ナッキーさんが敢えて「今すぐ別れるべき」と言わなかったのは、「自分をまったく意識してくれない理久なんて少し困ればいい」という嫉妬からとも考えられるのかも?

    最近コメント長くて申し訳ありません。

    作者からの返信

     まず最初に
    【最近コメント長くて申し訳ありません】
     って、ふふふ……
     何を今さらですが、踏み込んだ鋭いコメントこそが宇佳子さんの本領です。
     どうそ遠慮なく、これからも忌憚の無いご意見をお待ちしておます。

    【浩一の気持ちも理久の気持ちも両方分かるので二重にくるしいです】
     って、なるほど。
     僕はあくまでも一人称の私小説で書いているから「理久中心」で当たり前なんだけど、宇佳子さんは俯瞰で見てくれているから二人の板挟みになってしまうんですね。
     深く読み込んでいただいてありがとうございます。

     そして、確かに理久にはナッキーと言う「愚痴を聞いてくれるアドバイザー」がいたけど、浩一はどうだったかな?そんな人いたのかな?
     実は浩一の(ゲイ的な)人間関係は当時あまり聞いていなかった。
     ↑あ、これ今後も多い理久の特徴=つまり、あまり根掘り葉掘り聞かない性格。
     ↑これは理久としては遠慮なんだけど、ナッキーに言わせれば「理久は人の事なんて何にも興味ないもんね…」なんて言われてしまう。

     でも後から思えば、浩一に関してはことさら他人行儀だったような気がします。やっぱり苦手意識が強かった……
     何にしても可哀想な事をしてしまった⇒初っ端、既に書いた通り、結果として浩一の口から「別れよう…」って言わせてしまいました。
     他のエピソードはみな物語として書いているのに、この浩一についてだけ、先に結論から書いたのは、やはりストーリーを紡ぐのが苦しかったからです。
     宇佳子さんも(でも、いずれ別れるんだ)と知っていた方が読みやすいと思います。
     ↑僕は書きやすかった。

     もひとつ。
     ナッキーについては、あまり「可哀想」には書いていないつもりだったのだけど、どうも宇佳子さんはナッキー贔屓になってますよね?
     言い訳じゃないけど、ナッキーは理久に辛い片思いをしている訳ではありません。
     基本⇒ナッキーはずっと年上の人とばかり付き合っていて、モテモテだったし、既婚者とのドロドロの不倫劇もやらかしているし、恋愛に関しては理久よりずっと経験豊富な達人でした。
     その様々な恋愛劇を書かないのは、これが「ナッキー物語」ではないからです。
     決して理久がナッキーの気持ちをもてあそんいたわけではないので、そこは誤解の無いようにお願いします😆

    編集済
  • 132)夏生との複雑な関係への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    どういう行為をすると付き合っているということになるのか、考えてしまいます。

    セックスをしなければ恋人じゃないというわけではないのと同様に、セックスをしてもそれが即恋人の証明になるわけじゃないと思います。不道徳だという人も多いでしょうが、たまたま知り合った気の合う人と軽くおしゃべりすることがあるように、たまたま知り合った相性の良さそうな人とワンナイトという関係だってあると思います。理久くんがここで、友人、恋人という関係性にセックスという行為をどう位置づけているのかが気になりました。

    そもそも、セックスの定義がいまだによくわからないのです。刑法における性行為の定義を見てもよくわかりません。受精を目的とする行為と定義するならそこそこ明確になるのでしょうが、それは明らかに違いますもんね。

    恋人とは恋愛を楽しみつくしたら別れるルートしかない。友人とはくっついたり離れたりしながらいつまでも続けられうる。こう書くと恋人と友人という関係性は大きく異なるものですが、それを隔てるのはセックスの有無だけ、ということでしょうか? セックスをしてしまった相手とは、友人には戻れない? その気持ちがとても興味深いです。なぜなのでしょう。

    セックスってそれほど意味の大きなものなのかなあと疑問に感じます。だって、結局、「とても気持ちが良い」というだけでしょう? それって、おいしいものを飲んだり食べたり、好きな音楽を聞いたり演奏したり、それとどこが違うのでしょう? 

    これ、この私小説に対してだけでなく、しばしば疑問に感じています。男女であろうと、子作りを目的としたセックスって限定的で、たいていは行為者の快楽目的の行為だと思うので、そこに同性愛者異性愛者の別はないと思います。みんなセックスをどのようなものだととらえ、なぜそれほど特別視するのでしょうね。

    今までのナッキーさんとの関係は、理久くんの鈍感さ+セックスの忌避(関係性が崩れることへの恐怖)から、いわゆる親友関係と呼ばれていただけで、実質はどうみても恋人ですよね。いくらでもおしゃべりしていられる関係を手に入れられたなんて、これは本当に貴重なことだと思います。

    > ──と、俺は当時、本気でそう思っていた。

    なるほど、つまり、この後ターニングポイントがある、と。そこに、理久くんにとっての上記もろもろを理解するヒントがあるのかもしれませんね。

    タイトルが「ナッキー」ではなく「夏生」となっているのが、ものすごく思わせぶりですよ。

    作者からの返信

     さて、今回は気合いを入れて作文しなければなりません。

     まず【どういう行為をすると付き合っていると言う事になるのか?】
     これは人それぞれ、自分なりの法則が十人十色と思えます。
     そして僕にとっての規定は単純です⇒SEXを「するか」「しないか」です。
     一般的に男女の交際は「付き合い始めてからどれくらいの段階でSEXに至るか?」が取り沙汰されます。
     が、僕の場合(これはゲイの場合とは言えません)⇒どんなに仲が好くてもSEXが無ければ「付き合っている」と言う意識にはなりません。
     だから当然⇒ナッキーとは「付き合っていない」となります。

     それなら逆に「SEXすれば付き合ったつもりになるのか?」と問われれば「No」としか言えません。
    「1回やったくらいで付き合ったつもりになるな!」と言う傲慢な台詞が僕にも当てはまります。
    「SEXをしてもそれが即恋人の証明になるわけじゃないと思います」との宇佳子さんの発言の通りです。

    【理久くんがここで、友人、恋人という関係性にSEXという行為をどう位置づけているのかが気になりました】
     との事でしたが、答えになりましたか?
     はい、要するに理久くんは相当自分勝手な奴だったと言うことです。

    【セックスの定義がいまだによくわからないのです】
     とのこと──
     確かに男女の場合「挿入」と言うはっきりとした段階が有りまずが、それなら挿入をせず、互いに指先だけでオーガヅムに達する行為はSEXとは見なさないのだろうか?
     ↑これも人それぞれ、定義は十人十色だと思います。

     まあ、僕の場合簡単ですね⇒「射◯した」あるいはそこに達しなくても「射◯しようとした」行為が有れば、それがSEXなんだろうなぁ?と思います。

    【セックスをしてしまった相手とは友人には戻れない?】
     ↑これは男女間でも、ゲイの間でもよく話題に昇ります。
     先に僕の答えを述べると、僕の場合⇒「別れた恋人と友達に戻るのは難しい」と思っています。それは過去の経験が言わせます。

     あんなに好きで仲好しだったのに「別れるには別れるだけの確固たる理由」が有りました。
     そして泣く泣く辛い思いで別れたのに、なぜその後平気で友達付き合いが出来るの?と、逆に聞きたい。

     いや、男女間でもゲイでも、別れた後も良好な関係を続けるカップルがたくさん存在する事を知っています。
    「友達に戻ろう」とはよく聞く台詞です。
     が、僕の場合、そう言う「円満な別れ」を経験したことが無い、と言うだけの事かも知れませんね。

    【SEXってそれほど意味の大きなものなのかなあと疑問に感じます】
     なるほど、この小説において今までもこれからも、主人公理久はとても軽やかにSEXに対応しているかのように描かれているかも知れません。
     が、もし仮に(知り合った時点で)タッチやナッキーと気軽にSEXに至っていたら、果たしてその後の長い友人関係が維持できたかどうかの自信が全く持てません。
     そう言う意味では「SEXは重要」と僕は言えます。

     別の言い方をすると、これで案外、理久はSEXを「単なる気持ちの良い遊び」とは考えていない節も見掛けられます。
     だからこそ「好きな人とのSEX」には慎重になります。
    「関係性を大切にしたい相手とはSEXを避ける」
     ↑これは本当にそう思っていましたが、逆に「どうでも良い相手ならやっちゃえ!」ってなスケベ心も確かに有りました。
     男って……ってより、理久ってやっぱり勝手な奴ですね。
     だからナッキーに「たまには浩一みたいな奴にその性根を叩き直して貰えばいいんだ!」なんて叱られるのです。


     なんて「──と、俺は当時、本気でそう思っていた」ってフレーズに、ちゃんと宇佳子さんは引っ掛かってくれましたね、ニヤリ…

    【なるほど、つまりこの後ターニングポイントがあると】
     ↑確かにその通りです。
     宇佳子さんは鋭い!

     何だかんだ言っても時系列で見ればこの辺の理久はまだ20代前半の未熟者です。
     この私小説⇒まだまだ長いです。
     細〜い目で見てやって下さい。
     😝🤚

  • 96)今なおタッチは大親友への応援コメント

    趣味で繋がるっていいですよね。
    同じ物に興味があるって大切な条件だと思います。

    作者からの返信

     そうなんですよ。
     しかも宝塚歌劇なんてマニアックな分野で、さらに絶対的に女性の割愛が多い中での希少な男性同士です(もひとつオマケにゲイ同士…)
     これはもう、一生の付き合い⇒即決定って感じでした!

  • 131)ナッキーに叱られるへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    ナッキーさんとのイチャイチャごっこ(……ごっこ?)をみていて、おいおい、と思いましたが、でもですね、これってあれですよ、三昔、四昔くらい前の女子中・高生のノリ。仲の良い友達同士でボディタッチは当たり前、キスくらいやっていた、そんな雰囲気がありました。よく知りませんが。そう考えると、このシチュエーションも奇妙に腑に落ちてしまいます。「きみたちは女の子か!?」という、セクハラまがいの言葉をかけそうになってしまいますけれど。

    ここまできても、本当にナッキーさんの気持ちはわかっていなかったのですか? いや、いくらなんでもそれはないですよね?
    ナッキーさんのセリフからすると、彼は憎からず思っている理久くんが他の人と付き合ったり遊んだりするのに「翻弄」されていると感じているようですね。そのやきもきをもし理久くんがきちんとわかったうえで、それでも気づかないふりをしているのなら、それはちょっと小悪魔が過ぎる気もします。

    というか、この当時の理久くんは恋愛に何を求めていたのかなと気になりました。ナッキーさんとのこの関係はすでに「恋愛」の「愛」を得ているように見えます。肉体的な関係はないけれど、精神的にはもう伴侶のレベルでは? その安定感をがっちりつかんだうえで、それとは別の場所で「恋」のわくわくや肉体的な欲求の解消を図っていたということでしょうか。

    > それに捨てるとか捨てないとか言葉のチョイスが変なんだ。一体今までどんな人生送って来たんだ?って感じ

    この一話のなかで、この言葉に一番驚きました。これって、理久くん独自の感じ方なのでしょうか、それともゲイの方のふつうの意識なのでしょうか? ものすごく好きな人がいて、でも自分に自信がなかったら、感情のたががはずれたときに「捨てないで」はふつうのセリフでは?と感じてしまいます。

    作者からの返信

    「君たちは女の子か?」と聞いて(なるほど!)と膝を打ちました。
     僕は女子の生態を知りませんが、確かに「男女」でそれが許されるのはカップルだけかも⇒決して男女の友達同士でスキンシップやイチャコラは無いですよね!

     んじゃ、男同士は?
     これはまあ、仲が良ければ挨拶代わりにプロレスの技を掛けたり軽くパンチを入れたりはするけど、決してそれはいちゃいちゃではありません(一方通行だとイジメ?)
     だから同性でいちゃいちゃするのは女子とゲイ?と言うとこれも違う⇒ゲイ同士は(恋人同士以外は)あまりいちゃいちゃしません⇒容易に誤解を与えてしまう。
     むしろゲイは必要以上にノンケとも絡みません⇒逆に避けます。
     ↑身バレを恐れて。

     結論!
     僕とナッキーは(と言うより特に僕は)特別にいちゃいちゃを楽しむ傾向にあったと思います。
     これは(亮ちゃん等とは違って)僕たち二人共あまり人目を気にしない質であった事と、やはり宇佳子さんご指摘の通り、僕がとっても!鈍感だった事に起因していると思います。
     これは「読み物」として、小悪魔を感じさせる表現に出来上がっていますが、現実には僕がよっぽどの鈍感能天気だったと言えましょう。

     さらにその先の「二人の関係性」についての宇佳子さんの指摘は、これまたとても的を射ておりまして、これについても今後⇒こと有る毎に「僕とナッキーの関係性」として書くことになります。

    「捨てる、捨てられる」についてもご意見いただきましたが、誠にごもっとも。
     これについてもこの後、浩一との反省点としてちゃんとフラグを回収する準備があります。も少しお待ち下さい。

     何にしても宇佳子さん、鋭すぎます!
     ↑とても楽しい♡


  • 編集済

    130)ぐったりへとへとな朝への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    浩一さんの「え?もうお別れですか?」に、セックスをした後でも理久くんとは一緒にいたいと思える、つまり、浩一さんは体の関係だけでなく恋人として理久くんを求めているのだな、と一瞬思いましたが、いやいや、彼の場合、今でもセックスの前状態と言えるのかもしれず……うーん、体と心を切り離して考えるのって、難しいかもしれません。

    浩一さんの堂々たる体躯やいかつい姿で「お兄ちゃん」と甘えてくるギャップに辟易しつつも、その彼がしょんぼり肩を落としたり、上目遣いで見つめて来たりすると、とたんにストライクゾーンに入ってしまう理久くん。これは一度離れて冷静にならないと危険な状況ですね。

    ナッキーさんとは当時、アパートの合い鍵を交換し、自由に行き来しあう仲だったんですか。恋人じゃないけれど、なんでも打ち明けて笑い飛ばせる親友って、心強いですね。特にこんなとき。浩一さんにも、そんな友人がいたら、まだ少しは精神的に安定できたのかもしれないなあと感じました。

    でも、この顛末、ナッキーさんには思いっきり呆れられ、爆笑されるのではないでしょうか。次回の展開にちょっとどきどきしています。

    作者からの返信

     本当に宇佳子さんの感想はいつもいつも的を射ていて笑ってしまいます。
     まさか宇佳子さん⇒名を偽ったナッキーじゃないよね!
     この後お話しは取り乱した理久がナッキーの元へ飛び込んで行く展開になるのですが、そこからのいちゃいちゃに、宇佳子さんには「あんたら昼間っから何やっとるんじゃ!」と叱られそう……!
    😱💥

  • 129)これはどう言うPlay?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。2026年となりましたね。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

    理久くんの「早まったんじゃないか、これ」という猛烈な焦りが伝わってきます。カッコウの巨大なヒナに餌をねだられるホオジロか、ピレネー犬の子犬に抑え込まれているチワワが思い浮かんでしまいました。

    絶倫の旦那に奥方が耐えきれず、あるいはその逆などを小説や落語で見かけることがありますが、おお、本当にあるんだ、と目からうろこでした。男女だと違っていて当たり前なので、互いに分かり合えないこともあろうと思いますが、同性どうしであってもその不一致は切実な問題なのですね。性欲が極端に強い方々って、恋人探しというよりは日常生活ですごく苦労するのでは、と心配になります。一晩付き合わされた理久くん、ご愁傷さまでした。

    浩一さんについては、どのエピソードを見ていても、最初は思いもよらぬ展開にあっけにとられますが、でもどう考えてもこれは嗜好なんて生易しいものではなく強い抑圧なのではないかと苦しくなってきます。

    浩一さんがこういうプレイ(と言ってしまっていいのでしょうか)が好みなのであれば、彼の見た目やステータスは完全にマイナス要素ですね。初対面の相手にはステレオタイプな見方をするのが一般的だと思います。内面を知っていくうちにその像を修正していくわけですが、浩一さんの場合そのギャップがものすごく大きいですよね。それを乗り越えてこのごつい浩一さんを甘やかしてくれるパートナーはなかなか見つからなかったでしょう。

    ゲイの世界にもいろんなカテゴリーがあるとのことでしたが、浩一さんが幸せになれるカテゴリーもあるのでしょうか?

    作者からの返信

     宇佳子さんの感想が面白すぎる!
     僕はもう、浩一のエピソードを書くのに苦労しすぎていて、実は何度も何度も修正⇒書き直しをしています。
     書き上がりを再読して(こうじゃない!)とか(こんなだっけ?)とか迷路にはまり、最終的なこの表現で(読者に伝わるのか?)と半信半疑で掲載しましたが、宇佳子さんの感想を聞いて(ああ!ちゃんと理解して貰えた〜)と大汗と共に感激しております
    ⇒ピレーネとチワワ!ああ!両方が不幸!
     浩一についてはジュンの時と同様に(自己嫌悪まみれの)反省文が付いて来ます。
     もう少しご辛抱を願います。
     とほほ


  • 編集済

    128)本当に涙を流してるへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    こ、これは……。亮ちゃんの生きづらさに匹敵する辛さ……

    浩一さんの涙や「お兄ちゃん」呼びはプレーではなく本気のようですね。ゲイの人たちから見たら、それにラガーマンたちから見ても、恵まれた体格に恵まれた家庭環境だった浩一さんですが、それは本人の望みとはまったく別もの、それでも両親や周囲の期待に抗えず、大学生になる今まで、反抗らしい反抗はできずに来たのですね。以前にも書いたかもですが、「周囲より優れている」と一般的に思われる特徴に対する無遠慮な決めつけって、思いのほか当人を追い詰めることがあると思います。背が高い、色白である、頭が良い、スポーツが得意、男らしい、女らしいなどなど、実は当人はそれと真逆になりたくてたまらないことだって、あるんですよね。それにしても、浩一さん、今まで反抗できなかったなんて、優しすぎるのでしょう。彼は理久くんに自分を違和感から救い出してくれる王子様を感じていたのかなと思いました。

    と、それは浩一さんのほうの事情。

    これまで未経験だった自分よりはるかに大きな体に包み込まれる感覚にうっとりしかけていた理久くんですが、実は「お兄ちゃん」になってもらいたいと言われれば、青天の霹靂はやむなしでしょう。理性で理解できても、とっさに感情をコントロールすることは難しそう。混乱のあまり、一気に冷めたというのもわかります。こうなってくると、互いに苦しいばかりですね。浩一さん、切羽詰まっていたのでしょうけれど、もう少し、きちんと手順を踏んで理久くんに自分を開示できていれば、結果は異なったのかな、とも思いました。

    次の更新は年明けですね。今年はコメント欄での密な交流をありがとうございました。いろんな気付きに感謝しております。どうぞよいお年をお迎えください。

    作者からの返信

     様々な成り行きでこの私小説を書き始めることになった時、ジュンの事と同じくらい「これは書くべきかどうか?」と迷ったのが浩一のこの一件です。
     ジュンの時と同様、決して気持ちの良い終わり方の出来ないエピソードですが、お許し下さい。
     さて、宇佳子さんにはいつも鋭い感想と誤魔化しの利かない質問に、理屈屋の僕としては楽しい遣り取りをさせていただきました。
     来年もまたよろしくお願いします。
    😝🎉

  • 127)えっ?理久は王子様?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    おおっと、王子様ときましたか。王子様なんて、きゃぴゃぴした女性が言うのを聞いたら間違いなく引いてしまいますが、男性なら、しかもむきむきマッチョなラガーマンの口からならば、切実なものを感じますね。この乙女心の持ち主なら、体育会系のノリを期待するゲイとの恋愛は不可能でしょう。どうしても、見た目とのミスマッチに悩む浩一さんの辛さが胸に迫ってきます。
    それこそ、バレエとか宝塚とか、一緒に観劇に行ったら盛り上がったんじゃないですか? ひとりだと、浩一さんにはまず行けなかったでしょうから。こういうの、辛いんですよね。自分には絶対これは似合わないとわかっていて、でも好きで好きでたまらないというもの。
    理久くん(というか、歴野さんかな)はモテ筋ではないなよなよ系だとのことですが、そのことで卑屈になったことってないのではないでしょうか? 見た目はまるっきり正反対とはいえ、浩一さんには、亮ちゃんの自己肯定感の低さと似たにおいを感じてしまいます。
    さあて、誰に目撃されていたのでしょうね。とりあえず、ナッキーさんに一票入れておこうっと (*^^*)

    作者からの返信

     確かに僕は「モテ筋」ではありませんが、それで卑屈になったり自己嫌悪したことは殆どありません。
     てか、むしろかなりなナルちゃんだったと思います(水仙と言うよりは🍄だけど)

     ゲイ界ではちやほやされませんが、しゃばでは「お坊ちゃま」「美少年」と(特におば様たちから)もてはやされて育ちましたから、二丁目でどう評されようが、自分では可愛いつもりでおりました。
     ↑若いって(勘違いが)恐ろしい!大汗…

     浩一についてはまだまだ奥深いです。凄いです。
     乞うご期待…

  • 126)エレガンスな夜への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    ん? そうなのですか? だって、ピアノがうまくてクラシック音楽が好きで、宝塚観劇に通っていて、バイト三昧しなくてもゆとりをもって暮らしていける大学生だったのでしょう? これって、誰がどう読んでも、ハイソでエレガントな若者としか思えないのでは? しかも見た目もすらっと背が高くて色白なのですよね? 容姿もそんな雰囲気を醸し出す強烈な後押しをしていたのではないですか? 

    でも、自分が「それは自分とは違う!」という姿を勝手に押し付けてこられるのはきっついですね。理久くんも、それに浩一さんも。浩一さん、見た目と指向の「カテゴリーエラー」で苦しんでいるのでは……

    作者からの返信

    「カテゴリーエラー」
     なるほど!それか!
    「ギャップ萌え」の対義語(らしき言葉)はまさにそれかも知れません!
     そうなんです。
     浩一は誰がどう見ても体育会系の猛者《もさ》なんだけど、どうやら中身は全然違っているようです。
     浩一の奥深さはまだまだこれからですから更にお楽しみに。

     ところで僕が「エレガンス?」に見えた一番の要因は次回に明らかになります。
     とにかく今回は変なお話しです。
     ↑あ、いつものことか?

  • 125)本物の体育会への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    これまでに何度か、いわゆる体育会系と言いますかマッチョ系と言いますか、男くさいタイプの男性がゲイの中では人気があると教えてもらっていたので、なるほどなあと思いながら拝読しました。田亀源五郎さんの描く男性のような感じですかね。
    どんな社会でも、自然と、主流と傍流ってできますよね。それぞれが自分たちに誇りをもってカテゴリーを創り出していても、おのずとカテゴリーごとの「あるべき」ができあがってしまうのが、ちょっと苦しいなあ、と。カテゴリー越境型の恋愛は、何かと物議を醸しだすことになっちゃうのかなと老婆心ながら心配してしまいました。
    理久くんにとって浩一さんはゲイの世界のスターかつ自分はあまり好きになれないタイプ、浩一さんにとって理久くんは……どのあたりがどうだったのでしょう。次話以降をお待ちします。でも、なんだか辛そうですね。

    作者からの返信

     辛いなんてもんじゃありません!って、あ、ネタバレはいけませんね、大汗。
     ところで田亀氏をご存知とは恐れ入りました。宇佳子さん、中々通ですね。
     田亀氏と言えばゲイ・カルチャーの世界では有名な先生です。
     浩一についてはまだまだ奥深いのでお楽しみに…

  • 88)亮ちゃんの鬱積への応援コメント

    亮ちゃん可愛いし、正直で好感持てます。うらやましいくらい😆

    素敵な人と両思いで良かったですね。

    作者からの返信

     亮ちゃんはあくまでも幼馴染であって、決して初恋の相手ではありませんでした。
     が、しかし、中学時代の圭や高校時代のジュンが僕にとってはなはだ不明確な相手であったのに対し、この頃の亮ちゃんは初めてのちゃんとした恋人と言えます。
     ずっと続いていれば、僕の人生は大きく変わっていたでしょう……ね。

  • 124)泣かせた男への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    年をとるというのはとんがった体験をいくつも重ねていくということで、それにより自分の中の許容範囲が徐々に広げられていくのでしょうね。子供は柔軟だなんて言いますが、自我を確立させたばかりの年少者ほど柔軟性のないものはないというのが正しいんじゃないかと思います。なんて偉そうなことはまったく言えた義理ではないのですが……
    学校、職場、趣味の場、日常生活の場などさりげない交流の場に恵まれているマジョリティたちと異なり、接触のタイミングがより限られるマイノリティたちは、どうしても、出会いから付き合うまでの期間が短くなりがちじゃないかという気がしました。顔見知りか恋人かの二択になりがちなのかなあ、と。だから付き合い始めてから違和感にとまどうこともより多いのでしょうね。
    あ、でもそう考えると、この頃の理久くんとナッキーさんの関係性が説明つかないですね (^^;) 人それぞれなのかな、それとも理久くんとナッキーさんが珍しい例だったのかな。

    作者からの返信

     そうですね、確かに「子供は柔軟」と言われますよね。
     でも本当にそうかな?
     言われてみれば宇佳子さんの言う通り、子供の思考はガチガチとも言えると思う。
     子供の言動が狭い人間関係(家族)によりガチガチ偏見の価値観だったり「こうだ!これが正しい!」と言うガチガチの決め付けでイジメや残酷な言動を起こしたりします。
     あ、ちょっと今回のお話とは逸れましたが、要するに「人間は数々の経験や時間を重ねて許容範囲を広げていく」のだと思います。
     宇佳子さんに同意します。

     で、当時の僕が浩一の何に戸惑い、許容出来なかったのか……
     ↑それをこれから書き進めて行きます。
     恐らく浩一の実態には、さすがの宇佳子さんでも驚くと思いますよ?
     もう時効──今だから書ける浩一の話です。

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    うーん、その曜日トリックに関しては、ナッキーさんの推理がもっともらしい気もします。三人の男女がサトシくんの部屋で一度も鉢合わせしなかったんですもんね。曜日について、他の二人、すくなくとも岡さんに確認はしなかったのですか?
    でも理久くんではないですが、今までのサトシくんの様子を見る限り、いわゆる意識的なジゴロやヒモではないと思うのですよね。いや、私が見ているのはサトシくんではなく、理久くんの期待のこもった目を通じたサトシくん像だからかもしれませんが。

    作者からの返信

     いつもいつも鋭いですね〜。
    「理久の目を通したサトシ像」って、なるほどですよね〜。
     筆者がサトシの事を悪く思えない以上、そこから描かれるサトシ像が小狡い人間であるはずがない。
     僕は今でも「ちょっと足りないけど無垢で純粋過ぎる奴」って思ってます。
    (思いたいです)

     ナッキーの「実はバイトなんてしていない説」については、当時の僕は鼻にも掛けませんでした。そんな事あるはずがない!ってサトシを信じていました。

     が、完全第三者のナッキーにしたら(そう言う風に考えるんだな〜)と目から鱗の解釈だったので印象が強かった。だからこのエピソードを創作しました。
     回転が早いナッキーの明晰さが伝われば幸いです。

  • 122)何年経っても意味不明への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > 人に聞かせると何故かまさかの大爆笑

    歴野さんって、惚れた相手ならだれでも落とせそうな自信に満ちた雰囲気とそれを裏付けるだけの魅力があるのではないでしょうか? だからリアル歴野さんを知っている方にとっては、「あの理久が、とことん惚れ抜いた相手に貢ぐだけで手も足も出なかった?!」と、ことさら意外に感じられるのでは?
    ふと思いましたが、ダメンズに人が惹かれるのはある意味正しいのかなと。ひとりで生きていけない幼児が可愛らしいのは、大人の保護欲をそそることで生存可能性を上げるためなどと言います(合目的で失礼、本当はそうできた子供が生き残ってきたわけです)。それと同じで、ダメンズも、周囲の保護欲をかきたてることで生きていけるものなのかもしれません。
    ダメンズに発達障害の方が含まれるのかどうかわかりませんが、グレーゾーンの方だって多いでしょうから、実際のところ、かなり含まれているのかもしれません。
    それはさておき、だから、一見魅力がないように見えるダメンズになぜか夢中になるとことは、実はさほど不思議なことでもないのかも、と思ったのでした。

    この当時のナッキーさんとの関係が気になります。彼は理久くんのことを気にしていたのですよね? サトシくん以外が見えなくなってる理久くんのことをどう思っていたのでしょう。次回以降の展開を楽しみにします。

    作者からの返信

     え?
     自信、雰囲気、魅力って……
     誰のはなし?

     次の「章」で散々語る事になりますが、僕はゲイの世界で決してモテるタイプではありません。
     謙虚過ぎるのもイメージを歪めるので正直に言いますが、女性からは好かれるタイプだったかも知れません。

     ただ「女性から見たイケメン」と「ゲイから見たイケメン」は全く別物なのです。
     ↑大まかな見方です。何事にも例外は有ると踏まえて下さい。

     分かりやすく例えれば、女性から絶大な人気を誇る「ジャニ(旧称)系」は、ゲイ界ではさほど人気はありません。
     逆に最近の女子が嫌がるマッチョ、毛深、ガチムチ、イモ系なんかが羨望の的となります。
     匂いなんかも男っぽい汗や体臭が大好きで、フレグランスなんてとんでもありません。美容男子なんてもってのほかです。

     まあ僕の話が大笑いされるのは、ひとえに内容がお間抜けだからに他なりません。
     ただでさえ、僕は昔から自分の深刻な話しを、茶化して面白可笑しく伝えてしまうことが多いです。
     この私小説にもそんな傾向が強いかな?と自覚しています。

     あと、ダメンズ好きは未だにそうですね〜
     テレビ見てても(あ、素敵♡)と思うのは、一般的には「冴えないキャラ」と位置づけされているタレントばかりですね、笑。
     これはもう、仕方がない…

  • 86)亮ちゃんは僕のもの!への応援コメント

    小悪魔…本当に黒い翼と尻尾がありそうなくらい🤣
    素敵な思い出ですね。でもちょっと刺激が強くてクラクラしました。

    作者からの返信

     今にして思うと、やっぱり僕は亮ちゃんが好きだったのだと思わざるを得ない。
     でもそれは甘酸っぱい初恋の感覚でもなければキラキラした恋心でもなかった。
     なんだろう?
     やっぱ「幼馴染み」って特別な関係?
     とにかく、亮ちゃんは僕のことが大好き!って信じて疑わなかったからこそ出来た大胆行動でした、笑。

  • 121)彼にとって僕って何?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    嫌われるよりなんとも思われないほうが辛いとよく言われますが、これ、その言葉そのままですね。サトシくんの心には、誰ひとり入り込めておらず、奈保子先輩も岡さんも理久くんも、みんなひとり相撲だったと。どこにもとっかかりのない人間関係の寂しさ。

    でもそう分かった瞬間、断ち切りがたい恋情を抱えつつ自分から切ろうと決断できる人、それでも縋りついて相手に振り払われるまで諦めきれない人とに分かれると思うのですが、理久くんは前者ですね。亮ちゃんの時もそうでしたが、引き際に美しさがあるなあと感じます。渦中にあるときにそんなことを考えている余裕はなかったでしょうけれど。

  • 120)第三の女が現れた! への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    三人が三人とも、サトシくんには与えるばかりで、彼から返礼を受け取ることはなかったと。せいぜい、真っ赤な顔ではにかむ笑顔が見られるだけ(いや、そういうのが本当は大事だなんて思えるようになるにはよほど老成しないと無理ですね ^^;)。

    たとえ誰かがサトシくんと正式にお付き合いすることになったとしても、彼が劇的に変わるとは思えません。彼との交際はこういうものだと割り切って、眺めるだけの愛に満足できる人でないと、サトシくんとは付き合えないだろうと思います。父母としての愛、みたいなものなんでしょうね。彼はその後、幸せになれたのでしょうか。

    発達障害と思われる親戚が数人いますが、うちひとりは両親から他の兄弟より溺愛されていました。こちらもはかなげな子で、放っておけない気弱さが可愛くて仕方なかったのだと思います。ただ大人になってからはかなり苦労しています。ぱっと見わからない障害って、社会で不利益を被ることが多いですね。

    作者からの返信

     実は「いまにして思えば発達傷害だったのでは?」と思いたい自分がいます。
     人を手玉に取ってずるい事をたくらむような子だったとは思いたくない、って思う自分が未だにいるのです。

     それから、あの頃は僕もまだまだ純で未熟だったけど、もう少し歳を経て手慣れていれば強引に口説き落としてまんまと喰い散らかすことも出来たかな?なんて不埒な妄想も抱きます。
     付き合った相手は別れた理由に嫌な事があって黒い記憶も絡むけど、片思いだった相手って⇒実は一生片思いし続けるものかも知れません。
     帯状疱疹ウイルスのように身体の奥深く、何十年も静かにじっとふつふつと…


  • 編集済

    119)ついに決着?三者会談への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    サトシくんにさらに別のみつぎ主がいたのは――ふたりいるなら、まあ三人、四人といるだろうなあという感じでした。サトシくんが言うように、「自分からおねだりしたわけじゃない」のだから、責めることはできないでしょうね。でも、社会のいわゆる「良識」から外れた言動をするときは、良い悪い関係なしに、きわめて注意深く行動しないと、そのうち刺されますよ、サトシくん (^^;) 

    と言いたいところですが、もしかすると、サトシくんは、言葉を言葉の意味どおりに、行為をその行為としてしか理解できなかったのかもしれませんね。言葉や行為の裏に隠された意図を推測することが著しく苦手、と。だから自分がはっきり言っていないにもかかわらず買ってくれる人たちはなぜだか自発的に買ってくれているだけであり、自分がそれに対して何かを差し出すべきだとか、遠慮すべきだとか、そういうことには思い至らなかったのかもしれません。今なら発達障害を疑われていたのかもですね。

    ところで、サトシくんを前にしたときの岡さんと理久くんの違いには、女性と男性の差が反映されているのでしょうね。女性というものは、たとえふだん跳ねっかえりでも、彼氏・旦那には従順に従うのが美徳であるという暗黙の了解があった時代だと思います。まあその意識は今でも根絶されてはいないのですが。

    岡さんがサトシくんを前にするとおしとやかになってしまっていたのは、本当に惚れこんでいて、好かれたくてたまらなかったからなのでしょうね。一方、岡さんとほぼ同じ状況に置かれていた理久くんがずばずば問いただすことができたのは、やっぱり男性として男性であるサトシくんに恋していたからなんでしょうね。この差がとても興味深く、苦しくもあります。

    んー、ということは、当時のレズビアンたちは、両方ともが女性としてパートナーに尽くそうとする関係だったのでしょうか。それとも、人間関係において、男性は男性である自分を中心に相手に関与し、女性は自分主体でなく相手に応じて、つまり相手の性別に応じて自分を変えていた可能性もありますね。つまり、ゲイは男性対男性の対等なお付き合い、レズビアンだって女性対女性の委縮しないお付き合いができていたのかもしれないと。妄想ですけど。

    作者からの返信

    「発達障害」とは決して特殊な事ではないし、恥じることでも有りません。
     現在はかなり多くの人が何らかの発達傷害を抱えていると言われています。
     かく言う僕も、中々「人の顔」を記憶出来ません。そのせいで今までどれほどの相手に嫌な思いをさせた事か…
     
     で、当時は発達傷害なんて認識はない時代でしたから、僕は本気でサトシの事を邪気や屈託の無い「素直な子」だと思い込んでいたのです。
     まあ、そうでもない事を後のナッキーとの会話で気付くのですが、それはこの後のお話しです。

     ビアンについては全く分からない世界です。
     なぜなら同じ「同性愛」と括られていても、その内容は(どうやら)ゲイとは全く違っているからです。
     あくまでも「偏見」として僕のイメージをお話しするなら、ビアンのカップルは見た目ボーイッシュの(男役的な)人と、むしろ過剰なほどフェミニンな(娘役的な)人がくっついているパターンが多いと思います。
     あくまでも僕のイメージてすからね!
    (お脳が宝塚腐れのためか!)

     ゲイはマッチョ同士、普通同士、そして意外でしょうがオネェ同士のカップルも多く、様々です。
     決してBLのようにスパダリ&フェミ男のカップルだけがスタンダードな訳では有りません。

     ただ僕の知る限りは、ビアンのボーイッシュ同士とかフェミニン同士と言うカップルは見たことがありません。
     益々の無責任発言をお許し下さい⇒ビアンのボーイッシュさんは、もしかしてトランスジェンダーさんではないかと?
     そしてそのお相手は宝塚ファンにも通じる独特の匂いが感じられて、案外バイセクシャルな方も多いのでは?なんて想像します。
     ↑これホントに偏見ですね。あんまりあてにしないで下さい…




     

  • 118)これは修羅場の予感!への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    岡さんからも理久くんからも、愛情と援助をたっぷりもらっていたサトシくん。いますよね、ぱっとせず、情けない感じしかしないのに、何人もの人に放っておけないと思わせてしまうタイプ。

    はあ、次回はついにふたりでサトシくんを問い詰めることになるのですね (^^;) ふつうに考えると(サトシくんにとって)修羅場ですけれど、きっとサトシくんは何を言われてもそこまでこたえないのでしょうね。理久くんと岡さんには失礼ですが、ふたりは押しかけ女房みたいなもの。サトシくんはなにひとつ、口に出して求めていないわけですから。

    サトシくんへの入れあげで感じたのは、理久くんは自分の「好き」という気持ちをぶつけられる相手を一所懸命探しているんだなということでした。一年間、サトシくんにプラトニックな恋を続け、岡さんさえ現れなかったらそのままそれが続いていたかもしれないと考えると、肉体的な欲求より精神的に満たされたい欲求がずっと強かったのだなあと思わされました。そしてどうやら、理久くんの好みである「情けないタイプ」は理久くんの愛情を受け止めるには力不足な子が多い感じ……

    女の子を家に上げ、ふたりっきりで夜まで過ごすことを数か月続けていたって、何もしない男の子は何もしないですよ(好意があっても)。って、これはまるっきり蛇足ですが。

    作者からの返信

    ♪〜知り合った時から半年過ぎても、あなたって〜手も握らない〜♪

    「赤いスイートピー」が流行っていた頃、二丁目界隈では「この男⇒間違いなくゲイだよね」って話題がもっぱらでした、笑。

     まあ、それは世間話として、サトシにとって僕らは「押しかけ女房」ですか?
     なるほど!なるほど!
     まさにその通りですね、汗。

     それとこの頃の理久が享楽的な肉体関係よりも、愛とか恋とか「精神的な繋がり」を求めていたのは確かです。
     宇佳子さんは本当に読みが深い!

     さて、次回は修羅場?なのかどうかは分からないけど、事態は益々複雑怪奇へと発展します。
     ネタバレ防止のためにこれ以上は言えません。
     ふがふが

  • 117)えっ!まさかの彼女?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    岡さんの存在に、理久くんが我に返ったことに寂しくなりました。「自分の好きな人に自分以外にもアプローチをかけている人がいた、これはびっくり!」なだけでなく、岡さんの登場に、自分は好きになるべきじゃない人にのめり込んでいた、と無意識のうちに身を引こうとしていることが苦しいです。

    章タイトルと言い、やや茶化したような書きぶりと言い、今回のできごとは理久くんが少しばかり自嘲的に回想しているように感じられますが、その裏に隠されている気持ちを考えると、ひんやりした気持ちになってしまいます。

    岡さんが同性愛を嫌悪するような人でなくて、その点はほっとしましたが、いくら彼女がゲイに理解があっても、ゲイ当事者の理久くんのほうは、じゃあ僕たちはライバルだね、とは思えないのですね。「いくらこちらが好きになってもノンケが振り向くことはない」というのは、ほぼそのとおりなのでしょうが、だからといって、好きになってしまう相手を理性で完全に制御することなんで無理ですし。辛いものです。

    ……でも、サトシくんがノンケかどうか、確認は取れていないんですよね? 取るのは難しいでしょうけれど、でも、まだ、とどうしても思ってしまいます。……というふうに引き際を冷静に考えられないと、深みにはまってより苦しむことになっちゃうのでしょうね。

    それにしても、サトシくん、たよりなさげなところがある種の人たちの心をいたくくすぐってくるようで。彼の今後も気になります。

    作者からの返信

     宇佳子さんからいただいた前回のコメントから
    ⇒「理久くんはこの頃、自分の性的指向を隠そうとはしていなかったのですね」について返答したいと思います。

     僕はこれまで(一般社会において)性的指向を大っぴらにした覚えはありません。むしろ余計な波風を立てたくなくて、沈黙する方が多い人生だったと思います。

     が、それはあくまでも僕自身の「基準」に則しての事です。例えばその警戒心がすごく強い亮ちゃんから見たら、僕なんて他人からどう思われたって平気な「開けっぴろげ」に見えたでしょう。

     大学時代も僕は周りにカミングアウトするつもりなんて毛頭なかったのだけれど、突然サークルへの顔出しが増えて「サトシ、サトシ」って騒いでいれば(あれ?こいつは…)って訝しく思われても仕方がなかっただろうな〜、って後からは思います。

     まあ、カミングアウトする意思は無かったけれど、その言動でカミングアウトに近い雰囲気は醸し出していたのかも知れない。
     案外知らないのは僕自身だけで、影では(歴野って変だ…)って、大学では噂になっていたのかも?
     あはは、笑うしかありません。

     まあ、基本的にはメンタルは強かったのかと…
    (今振り返ると自覚せざるおえない…)
     当時は自分の事を「繊細」と勘違いしているふしも有りました。
     ↑そう言うところが図太いと突っ込まれそうです。
     爆笑!

    編集済
  • 116)サトシとの奇妙な関係への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    理久くんはこのころ、自分の性的指向のことを隠そうとはしていなかったのですね。この研究会であからさまにサトシくんを追いかけられていたのは、研究会の仲間との人間関係が良好だったからなのか、それとも、ゲイであることで疎遠になるような関係なら失っても構わないと割り切っていたからなのか。このあたり、理久くんとふたりでお出かけすらできなかった亮ちゃんとあまりに対照的で、とても興味を引かれました。

    追いすがろうとする理久くんと、ある一線まではそれを喜んで受け入れるサトシくん。うーむ、両者の気持ちともわかるので、これは二倍気恥しい気持ちになります。サトシくんが通常以上と思われるスキンシップにも引く気配を見せなかったのは、人に好意を寄せられることが嫌いじゃなかったからなのでしょうね。彼の目には理久くんが人好きのする魅力的な仲間と映っていて、そんな理久くんにちやほやされるのは悪い気持ではなかったのではないでしょうか。あるいはパーソナルスペースがめちゃくちゃ狭い? 

    うーん、そんなサトシくんに彼女がいたのですか。うーん……

    この顛末、苦しいのは理久くんで、気づまりなのはサトシくんで、やるせないのは彼女さんでしょうね。

    作者からの返信

     うう〜ん……ネタバレになるのでこの時点では何も言えないのですが……
     とにかくまあ「世の中には色々な人がいるんだな〜」と言うお話しですよ。
     そして僕も「無駄な片思いにはまっていたな〜」って、しょうもない話……

     参考⇒僕はこの私小説を(1話2000字から3000字くらい)でまとめるように書いています。
     話により、その時々で長短が有ると読者の方が読みにくいかな?と思っての配慮です。
     で、このエピソードは案外長いです。あと数話続きます。
     よろしくです😅

  • 115)特撮映画研究会への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    ああ、やはり。亮ちゃん、平田くんときていますから、理久くんが好きになるタイプはもういわずもがなですね。これが、理久くんに迫ってくるタイプとなると、美形ぞろい? そして実は押しに弱かったり、します?

    さて、前回のコメントで敢えてスルーした「婚姻」について歴野さんが話題にしてくださったので、思っていたことやブログを拝読した感想を書いても良いでしょうか? 超長文、すみません。

    ブログの記事のご紹介をありがとうございます。「そうかな?」と思いつつも、最後まで読むと「そうだよね」としゅんとしてしまいました。納得することばかりでした。

    カクヨムでは青年期までの「理久くん」が紹介されていますが、ブログのほうでは現在の歴野さんのお考えがより細やかで鮮明に表れていて、こちらもとても参考になります。コメント返信の情報に、おおお、そうでしたか、これは素敵!と嬉しくなったことはここでは置いておきますね。

    歴野さんも記事の冒頭でおっしゃっていますが、同性婚という権利自体はあってしかるべきだと私も思います。ただ、それに加えて、法的な婚姻が意味するところを整理してもらいたいなと思っています。

    あるサイトでは「婚姻制度は本来、男女間のカップルに子供が生まれることを想定し、家族の存在によって子供の福祉を守ることを前提としている」と断言し、夫婦が法的に得られるメリットも子供のためだと解説していました。それなら子供のいない夫婦にはメリットを享受する権利がないんじゃないかと思いますが、そこは「婚姻の定義は一律でなければ成り立たないので、制度としての婚姻は子供が誕生することを想定して、民法などで様々な権利を付与しているのである」だそうで、なんか二枚舌もいいところだとイラっとしてしまいます。戦前の常識ですね。

    でも、現在でも婚姻制度の目的の多くが「子供の福祉のために夫婦にメリットを与えるためのもの」のままだと感じさせられます。だから制度名を変えるというか、目的ごとに分離してくれたらいいのに、と思うのです。パートナ―関係を認めさせることと、子供の福祉のために養育者にメリットを与えることとに。

    前者は同性のパートナー、三人以上のパートナー、あるいは(現在の)法律婚をしたくないパートナーたちにとって、かなり重大な問題を孕んでいます。家を借りるとき、入院するとき、手術するとき、死別したときなど、パートナーとの間に法的な権利がなくてトラブルとなることが結構ありますよね。それに関しては、結婚している子供なしの(現在の)法的夫婦と同じ権利を、どんなカップルであろうと得られるようにしてほしいです。そこに深くかかわる夫婦同姓制度は撤廃し、婚姻の会社への届け出は不要、くらいにできないものですかね。ちなみに各種控除や保険については、次の次、最優先な話ではない、と思っています。それらを享受しようと思ったら、会社へのカミングアウトは必要で、ここは残念ながら今のところ、高い心理的ハードルを撤去できなさそうです。

    > とにかく地方においては「騒がないでくれ」「放っておいてくれ」と言う立場のゲイも少なくないと思われる」

    よくわかります。自分の身近な人、親友と呼べるような人でさえ、旧来の常識から外れることを告げられれば、たいてい何らかの波紋が生じますね。だから、たとえ同性婚が法整備されたとしても、それを嬉々として利用できる同性愛者たちは少ないでしょうし、同性婚を法整備する動き自体が、ようやく落ち着いた人間関係を再び波立たせるかもしれません。でも、それは曲がりなりにも落ちつけた人たちの言葉であって、その権利がないために落ち着くことができない人だっているのではないでしょうか。
    何にせよ、いざという時に利用できる制度が、あっちにはあってこっちにはない、という状況を放置しておくのはとてもいびつなことだと思うのです。

    とか言いながら……私の親族も地方在住で、この手の問題に関しては保守的・否定的であることは間違いなく、そこに敢えて切り込むのは不可能だと痛感しました。私自身が表立って「平等な権利を!」という運動に加わることはありえず、既存の枠組みの中で最善の身のかわし方を探るだけなのですけれど。波風はもうまっぴらですね(笑)

    作者からの返信

     宇佳子さんいわく
    ⇒「コメント返信の情報に、おおお、そうでしたか、これは素敵!と嬉しくなったことはここでは置いておきますね」
    ──と受け流していただいた件⇒誠に僕の不手際でした、大汗!

     既にご存知の通り僕は「文章おしゃべり」な質でして、会話が進むともう、どうにもこうにも、どこに何を書いたか全くの無意識、無責任状態でして、それでも記事本文を書く時は固有名詞は避けるように気を付けていて、あの記事でも「うちの旦那」とか、はぐらかしていたつもりでした。

     宇佳子さんからの上記の言葉を受けて(え?なに?)と思い、慌てて自分の過去記事をチェックしてみたら……
     あらら、本文は問題なしとしても、コメント返信の部分に私小説のネタバレが……汗

     ですよね、あれだけ書き込んだ記事を読んでいただいて、でもってそれにコメントが載っていたならそこもチェックしますよね、それが自然な流れ、あらら……
     本文では用心していた僕も、コメントくれたブロ友さんにはついつい気を許して
    「宇佳子さんにとっては寝耳に水のうっかり発言」が有りましたね!自分でもびっくりしました!
     申し訳ないです!迂闊でした!

     まあ、そうなるまでがまだまだ長いので、そこはじれったい思いを楽しみながら続きをご覧下さい。
    😅

     婚姻についてですが
    「子育てと子供の福祉のための制度」とは恐れ入りました。初めて聞きました。
     世の中には色々な解釈が有るものですね、なるほど…
     まあ子供の人権は大切ですが、確かに宇佳子さんの言う通り「それなら子供のいない夫婦はどうなの?」となりますよね。

    「同性婚」にしても、単に自分達の思いを公にして友人知人を集めてパーティーしたいだけなら今でも十分に可能です。
     問題はそんなメルヘンな次元じゃなくて、現実に看病や介護、葬儀や相続と言った数多い諸問題に配偶者として対応を許される権利を得るための「婚姻」なら、逆に親類縁者に知らしめる必要もないし披露宴も必要ない。
     しかしその分(リーマンなら)会社を通した各種手続きや申告を為さなければ意味がない。

    ──と、ブログと同じ事をここに書いてもしょうがないので止めときますが、やはり僕が言いたいのは
    「制度としての同性婚は制定するべきだが、実際にそれを利用するかどうかは個人の自由」との世の中になって欲しいと言うことです。

     実際に「同性婚」を実行している国も有りますからお手本は多種多様で雛形も作りやすいはず。
    ⇒あとはそれを如何に日本らしく整えるかであって、例えば台湾の同性婚制度のスピーディーには当時驚いたものです。
     まあ、日本は何やるにも年月を要しますけどね……

     僕達は今のところ結婚をする予定はありません。
     ブログのあの記事を書いた頃から気持ちの変化はありません。

    編集済
  • 80)LGBTってどうだろう?③への応援コメント

    僕達はとても高性能なアンテナを持っていてって神話だと思っていましたが、ゲイダーってよく英語圏では使われる語は事実だったんですね😆

    日本語でゲイは男性だけに使う言葉なのかな。私が知る限りレズビアンを含む語です。

    作者からの返信

    「ゲイダー」ってワードは知りませんでした。今回、検索して認知しました。
    (↑便利な時代です)

     この感性は確かですが、感じ方の個人差も大きいと思います。

     また「受信する側のアンテナ」も大切ですが「発信する側の信号」も肝心です。
     つまり「互いにタイプOK」なら即座にアイコンタクトが成立しますが、受ける側に拒否があれば素知らぬ素振りで無視するし、第一こちらも「興味の無い相手」に発信はしません。

     まあ、例えば僕の場合⇒若くてきれい(?)だった頃はゲイダーも敏感で頻繁だったけれど、歳を経て容色も衰えると、いくらこちらが頑張って発信しても相手の箸にも棒にも掛かりません、大笑!
     知らない相手から色っぽい眼差しを受ける事もめっきり無くなりました、まあいいけど…

    「ゲイ」は本来(海外では)男女に当てはまるワードだと知っています。
     が、日本では男性に限って使用されています。
     ようするに、いわゆる「外来語」のような扱いだと僕は認識しています。


  • 114)それぞれの人間模様への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > また「恋人」はいつか必ず別れる事になる

    これまでのご経験、亮ちゃんやタッチさんのことがもとになっての言葉なのでしょうけれど、「必ず」と感じてしまったことが辛いですね。たしかに、多くの場合、結果的にそうなるのでしょうけれど……
    別れの辛さ込みで始める恋。恋ってしんどいですね。

    作者からの返信

     一般的に婚姻のことを「紙切れ一枚」って言いますが、僕らにはその一枚の紙切れすら無いと言う事実が重大でした。
     現在は「パートナーシップ」なんて制度を開始する自治体も増えてきていますが、はて、どうでしょう?

    「同性婚」については僕のアメブロに
    2024/12/16付で「同性婚→ jimにとっては」とのタイトルて記事にしていますので、興味があったら覗いてみて下さい。

     つまり、男女のカップルなら「婚姻」は恋愛とは別の強い絆である場合もあるし、世間にはばからず堂々と子供を生み育てるための制度でもありましょうが、当時の僕の感覚では、やはり恋愛関係なんて一時の浮かれた状態の事との感覚が強かった。

     むしろ僕は「別れた恋人と、その後も友達として付き合っていける♪」なんてお気楽な気持ちのほうが信じられませんでした。
     ↑これはゲイに限らず、ヘテロの男女でも時々聞きますよね。

     亮ちゃんとはそれっきり、きっぱり会っていません。
     友達なら「喧嘩の後の仲直り」もあるけど、恋人とは基本→それっきり。
     ↑それが僕の信条でした。

  • 113)うぬぼれた二人の夜への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    たしかに、不思議な関係ですね。男女間でも、ときにある、恋人ではないけれど、友達ともいいきれない、危うい関係に似ていますね。恋人にならないからこそ、関係を長く続けることができるのでしょうけれど。
    「俺らのほうが熱々だよ」で「イチャコラ」していたのなら、それ、もう、実質付き合っているのと同じでは (^^;) 付き合うって何なのだろうと悩んでしまいますね。

    理久くんが「年下で可愛い」と思っていたということは、ナッキーには「年上で頼れる」と映っていたのではないでしょうか? すごく年上ではないですけれど、理久くんのイメージはナッキーのストライクゾーンに近づいていたのではないのかしらと感じます。

    山下公園の辺りって、そんな危険なところなのですか。それとも、時代性?

    作者からの返信

     ナッキーとは本当に不思議なくらいに偶然性が高くて、路線も一緒で駅も近くて何より出身地も同じで…
     いや、それまで一年近くも「単なる行き付けの店の常連同士」と言う薄い関係でしかなかった事の方がむしろ不自然な感じの二人でした。
     互いの正体を知って途端に大の仲好しに昇格したんだけど、実はそこから「恋人」に踏み込むには、僕の方に不都合な事情が有りました。
     その理由は次のお話しで……

  • 112)笑って?ナッキー♪への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    幼いころに父親を亡くしたことが強く心にのこっていたことと、同性愛者であることとは関係ないのですよね? それとも、あるのでしょうか?

    人間の性的指向がそこまではっきりとヘテロ・ホモと分かれておらず、揺らぎもあるのであれば、生い立ちによりそれがどちらかに傾けられることもありえますよね。

    失った父への強い思慕から、大人の男性に興味を持つようになり、いつしかその思慕が性的なものと混同される? でもこういう考え方は、同性愛を教育次第で異性愛に「矯正」することも可能だ、という考えにつながりかねず、歴野さんでもなければ気軽にお聞きできないのですが……

    ナッキーはいままで心の内を離せる相手がおらず、ずっと胸のつかえを感じていたのではないでしょうか。ぐいぐいと引っ張ってくれる理久くんとの交流で変わっていくナッキーに、読んでいるこちらもほっとし、嬉しくなりました。そして相変わらずのどんかん理久くん。でも、だからこそ、みんなに愛されるのでしょうね (*^^*)

    作者からの返信

     僕は心理学者でも何でもありませんが、父親不在と同性愛は無関係だと思います。母親不在の女性がレズビアンになるとも思えません。
     ただ、ゲイとして生まれてそこに父親不在が重なると、もしかして年長者に憧れがちになる傾向はあり得るのかな?とも思います。

     女性でもかつては「ロマンスグレーのおじさま」に憧れるコンセプトがドラマや映画など、数々の作品に見られました。
     現在めっきり減ったのは、やはり「年配の男性と若い女性の交際なんて不適切だ!」との一般論が主流だからでしょうか?
     セクハラ?知らんけど…

    「歴野さんでもなければ気軽にお聞きできないのですが……」との事ですが、世の中には案外ステレオタイプな人も実は多いし、多種多様なタイプがおりますから、まあ、何をどう書いても良いのかも知れませんよ。
     だって小説だし、特にリアルばかりを求めると「BL」なんてカテゴリーは成り立ちませんから…

  • 111)えっ?まさかの同郷?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    まさかの春川さんイコールルカちゃんが、さらに同郷だったとは! この偶然には話題が弾みそうですね。「同じである」ことは、思いのほか、私たちに強い連帯感を生じさせるようですね。
    ナッキーにとっては、お店で最初っから呼び捨てにされ、馴れ馴れしいやつ、と思っていたキノちゃんこと理久くんです。そんな彼がクラシック好きで、しかも部屋はきれいにしていると知ると、そのギャップはことさら大きく感じられ、そこが好意に繋がっていきそうな気がします。その好意が友達としてなのか、恋人としてなのかは、まだわかりませんが。でもこうやってつながっていくのって、素敵ですね。

    ところで、ひとつお聞きしても良いでしょうか?
    以前から何度か、バイセクシュアルが理解できないということをおっしゃっていました。その理解できない、とは、具体的にどんな気持ちなのでしょうか。
    女性になぜ恋愛感情を持てるのかわからないという、ノンケに対する「理解できない」と同じなのか、それとも、男性も女性も両方愛せることに対する不可解さなのか、それとも、それ以外のなにか(バイと言っているけれど、本当は違うんじゃないかという疑念)なのか、考えあぐねています。

    作者からの返信

    「バイセクシャルが理解できない」と言うより「自称バイセクシャルが本物かどうか信じられない」と言った方が的確かも知れません。

    「自称バイセクシャル」は大勢います。が、僕の見たところ本物は極稀です。そのほとんどは「バイ」を騙る「ゲイ」だと僕には思えます。

     自分がゲイである事を認めたくない、あるいはどうしても認められない人が多い事には理解も同情も致しましょう。
     が、しかし、「自分はバイだからゲイの君たちよりもワンランク上の人種なんだよ」と上から見下ろす態度は如何なものでしょう?
     僕はそう言った鼻に付く「自称バイ」を沢山見ました。

     実は二丁目にまでやって来るような開き直った人にあまりそう言った「自称バイ」はおりません→こてんぱんにされますから、笑。
     そう言う人は文通などの利用が多く、出会って口開けに「実は僕はゲイじゃない、バイなんだ」なんて、聞いてもいないのに釘を刺して来ます。

     なぜ?
    「だったら僕の方には用件は無いけど」と、直ぐにサヨナラしたくなります。
     ところがよくよく話しを聞いてみると、その実態は単なるゲイでした〜、ってエピソードは二丁目の会話でもあるあるなんです。

     また「彼女がいた」とか言われても、ノンケ同士なら自慢にもなるんだろうけど、ゲイに向かってそんな筋違いな事を言われても「だったら何しに来たの?」って感じです。
     とにかく「自分はゲイじゃないんだ!」って僕らに訴えますが、男にモテたいならそんな発言は逆効果なのに、どうなりたいの?

     実はバイについてはこの後散々書かなくてはならない事になっています。お待ちあれ。

     ちなみに既婚者で子持ちの人も、その多くは「バイセクシャル」ではなく「単に女ともSEX出来なくもないだけのゲイ」である事が多いです。

    編集済
  • 110)うちにおいでよ!への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    このふたりがいつまでも一歩踏み込んだ仲になれなかったのは、ルカちゃん改めナッキーのツンデレというより、理久くんの見事な鈍感さが原因だったということがだんだんはっきりしてきましたね (^^;) きっとこれが理久くんの良いところでもあり、もどかしいところでもあり…… 

    肩に手をまわして歩くって、日本だと確かにお酒に酔ってでもない限り、成人男性どうしでやってるのは見ないです。いきなり人目があるところでそういう振る舞いをされたら、亮ちゃんなら震えあがってしまいそう。そしてそう感じてしまう自分にまた強烈な自己嫌悪を抱くのでしょうね。

    亮ちゃんがどうしているのかもとても気になりますが、まずはナッキーと、共通の趣味である音楽をはじめ、普通にあれこれしゃべれるようになってもらいたいところ!

    作者からの返信

     ナッキーは今後もこの物語の重要人物だし、亮ちゃんもこれで終わりではありません。
     なぜって、そりゃ実家がご近所ですからね〜
     ↑これを腐れ縁って言う。

     はて?
     僕が鈍感?
     なんのことやら……

  • 109)これは運命の出会い?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > 事実は小説より奇なり。
    > 僕は「ルカ」と「夏生」と、
    > 同じ人と二回出逢った──。

    ええっ?! なんと、これは思いもよりませんでした! 

    キノちゃんとルカちゃんではなく、理久くんと夏生くんとして新たに知り合ったふたり。趣味が合うものどうしとして引かれ合って出会ったふたり。今度は夏生くんも笑顔になってくれる関係をつむげますように。……とはいえ、彼、かなり根っからのツンデレに見えるので、好きな人には無防備な笑顔を見せてくれなさそうな気もします (^^;)

    本作はノンフィクションではなく私小説ですからそれにふさわしい流れがあると思いますが、前話にいただいたコメント返信の「実際はずいぶん紆余曲折ってか、色々やらかして右往左往していたのが事実でして」についても、いずれどこかでお聞きできる機会があったら嬉しいなあと思います。やっぱり、そちらも、とても気になるのですよね。

    そういう意味で、本話の《 解説 》はありがたかったです。自分は仕事が割と特殊な分野なので、学生のころに顔を合わせていた人と職場で同僚として再会、ということが何度かありました。仕事であれ恋愛であれ、属する世界の広さは人によりぜんぜん違って、みんな、自分の世界以外のことは、言われるまで想像できなかったりしますね。

    作者からの返信

     僕は小説でもドラマでも、いわゆる「ご都合主義」と言われる展開があまり好きではないのです。
     だからこの偶然の「出逢い」と言うよりも「鉢合わせ」と言った方がいいような嘘臭いエピソードは、いかにもご都合主義に思えて何とか「ルカ」が「ナッキー」になった自然な理由を思案したんだけど…
     やっぱどれも逆に説明臭くなって、何よりさっぱり面白くない。
     これは事実が一番面白いな!と吹っ切って書きましたが、どうにも言い訳がしたくて「解説」を添えました。
    「蛇足か?」とも思ったのですが、宇佳子さんに「解説がありがたかった」と言っていただけて免罪符を頂戴した思いです。
     

  • 72)地獄のダブル・デートへの応援コメント

    前回の補足です。
    私のゲイである友人がちょっと女性に言い寄られていて、後で聞いたら悪い気はしないと、ちょっと嬉しそうというか、モテて自慢げだったので、おじさんだからかなと。

    ちなみに彼は完全にゲイです。バイではありません。

    作者からの返信

     なるほど、友人がゲイと言う事でしたら話は変わります。まして「おじさん」と言うなら尚更です。

     僕の場合、若い頃は「結婚」との重要案件が絡み「女性の貴重な適齢期を無駄にさせてはならない!」との重圧から、とにかく女性からのプッシュが負担でしかありませんでした。
     今時(適齢期)なんて不適切なワードですが、他に相応しいワードが見つかりませんでした。

     が、しかし、年齢も経て「おじさん」ともなると、相手も弁えた大人だったり、既婚者だったり、逆に歳の離れた若い女性だったりとなると「結婚の重圧」とか「肉体関係に進む危険性」などが低くなり、案外若い頃よりはずっと気楽に考えられるようになりました。
    「歳を経てもまだ自分にもそんな魅力が有るのか?」と思えれば悪い気もしないものです。
     ただ、作中の理久はまだ高校生ですから、僕はその頃の心情を思い出しながら描いています。

  • 108)春と夏が一緒の名前♪への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    うわあ、このドキドキ感! 手紙のやり取りで打ち合わせてようやく会えるのって、オフ会などよりもはるかに緊張と期待の度合いが強かったのではないでしょうか。

    春川さんはゲイ雑誌に文通希望を出していたのですから、少なくともゲイ雑誌を購入していたということですよね。クラシック好きのちょっとおとなしい男性を想像してしまうのですが(これも勝手な思い込みかも!)、大学生ともなると、そんな性格のかたでも、書店でゲイ雑誌のコーナーに行き、手に取り会計を済ませるということにさほど抵抗がなくなるのでしょうか。私は大学生のときにエロ小説をレジに持って行ったとき、お姉さんににやりと笑われたのがとても嫌で、二度と買いに行けなかったのですよね。

    作者からの返信

     まず最初に
     素晴らしいレビューを上げていただいてありがとうございます。素晴らし過ぎて身に余る思いです。
     今後も楽しでいただけたら幸いです。

     宇佳子さんがレビューの中で解説して下さった通り、僕は自分の体験談を「私小説」と言う形で書き続けています。
     これはつまり、実はかなり混乱していた「記憶の宇宙」を読み物として整えるため、数々のエピソードを取捨選択したり時系列を整理整頓したりと、まあ、正直「小説としての体」を整えるために多少のフィクションも織り交ぜて物語を構築していると言うことです。
     だからこれは「実録」ではなく「私小説」なのです。

    「ゲイ誌の文通」についても、実はこれ⇒当時の重要な「出会い方法」でしたから、実際はずいぶん紆余曲折ってか、色々やらかして右往左往していたのが事実でして、トラブルや嫌な思いも数々経験していたと記憶してます。
     ですがね、物語としてそんなトラブル談よりも「素敵な出会い」の方が読んで欲しくて、この奇跡的な出逢いだけをピックアップして描きました。
     次回をお楽しみに!
     僕にとって、本当に運命的な出逢いでした。

    編集済
  • 若かったからでしょうか😊
    私の友達は女性に好意を寄せられると喜んでましたけど🤔
    悪い気はしないって言ってました。

    作者からの返信

     若いとか高齢とか関係なく、普通の男性なら女性から好意を寄せられれば嬉しいと思います。
     僕はゲイだから女性から好意を抱かれて迷惑に感じるだけ……って、これはつまり、普通の男性がゲイから好意を抱かれれば同じように迷惑に感じるってことですよね?
     なるほど。

    編集済
  • 107)演奏会に行きませんかへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    ああ、良いですね。待ち合わせ時間を決めるのに、「提案」「承諾」「確認」の三段階のやり取りをする、こののんびりした感じ。いや、のんびりに見えますけれど、この一往復半のやり取りは、今でも約束を取り付けるときの原則だと思います(年寄りの言葉かなあ)。
    まあなんにせよ、ポケベル・携帯電話・スマホという通信手段が発達する以前は、待ち合わせは場所と時間を事前に確約しておき、当日は相手を信頼するのみ。急用で待ちぼうけを食らうことだって織り込み済み、でしたね。

    この彼とはどんな出会いになるのでしょう。自分が待ち合わせをしているかのように続きが楽しみです。

    ところで、ピアノから入るとピアノ曲ばかりに興味が向いてしまうのは痛感しています。なかなか交響曲に馴染めず、数年前からようやく聞き始めました。今はチャイコフスキーの交響曲にはまっています。

    作者からの返信

     宇佳子さんもピアノをやっていたのですね♪
     そうなんです。
     クラシック音楽と言っても内容が広くて、中々ドンピシャな嗜好の人と巡り合うのは難しいですね。
     この待ち合わせがどう言う結果に至るか──それはネタバレになるのでここでは書けませんが、まあお楽しみに。

  • 106)出会系のアナログ版への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > 「歴野さま」はやめましょうよ

    了解しました、歴野さん! ただ最初の呼びかけ(そもそも、それいるのって話もありますが ^^;)は手紙の宛名みたいなものなので、そこだけは「さま」で残しときますね。

    昔はいろんな雑誌に文通希望欄ってありましたね。私も小学生の頃に一度、友達募集に応じて文通をしたことがありました。こんなに簡単に日本全国の人と繋がれるんだ、郵便システムってすごーいと感慨にふけったものでした。

    > ──ケイタイもメールも無い時代、郵便を頼りとしたこのシステムは「どちらか一方が住所も本名も先にさらさなければならない」と言うリスクがあった。

    これは確かにリスクを伴うものですが、良い大人なら誰が見ても「リスクがある」とわかるシステムであるのは、むしろ良いのかもしれません。現在のSNSだって、個人情報を特定できるいろんな穴があるものですよね。でもぱっと見、そうは見えません。それに安心しきって「昔は住所や名前を晒して文通してたの? 怖いね、今ははるかに安全だよ」なんて不用心になって落とし穴に落ちているような気がします(口が悪いですが ^^;)

    あと、匿名性が高くなればなるほど、人間ってえげつなくなるような気がします。氏名住所を晒してコンタクトを取っていた時代は、今よりずっと穏やかな付き合いに繋がったのではないでしょうか?

    作者からの返信

     言われてみればそうでした!
     昔は色々な種類の雑誌に「文通コーナー」が有りましたっけね。ゲイ誌だけでは有りませんでした。
     全国誌にもろ住所と氏名が載っていて、編集部を通さず直接遣り取りが出来るのだから、よくもまあ事件も起こらず、平和と言えば平和な時代でしたね、汗。

     現在は秘匿性はありますが、宇佳子さんの言う通りかえってえげつなくなっていると思います。ロマンス詐欺なんて増えてますからね。

     しかしまあ、本人が一歩を踏み出す勇気を持てなければ何も起こらないのは昔も今も変わりません。
     昔は手軽でなかった反面、だからこそ一回一回の出会いを大切に扱ったかも知れませんね。
     😺


  • 105)ルカはやっぱ怒ってるへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    ゲイであることを認めてくれ、それを隠す必要もない場所ができたのって、嬉しいことですね。ケンちゃんのお人柄が読んでいてもとっても気持ちよいです。ルカちゃんのツンデレっぷりも、ますます可愛らしくて……
    ネットで出会いの場が林立する以前は、このような場は本当に重要だったのだろうと考えさせられました。いくら歴野さまのおっしゃるゲイ独特の嗅覚があろうと、ヘテロの男女に比べて出会い自体が少ないのだから、社会で一般的な生活だけをしていては恋愛のチャンスは極めて限られてしまいますものね。
    そう考えると、当時地方にいたゲイの若者たちは、本当に苦しい思いをしていたのでしょうね。

    作者からの返信

     まず最初に──
    「歴野さま」はやめましょうよ😽
    「理久」と言うと作中の主人公と紛らわしいので、せめて「歴野さん」くらいにしといて下さい。「様付け」は恐れ多いし堅苦しいです。
     僕なんて初めから馴れ馴れしく「宇佳子さん」ですから😸

     地方と都市部の格差は現在でも甚だしいと思います。便利なアプリが主流になっても、登録数に明らかな格差が有るのは昔も今も変わりありません。
     で、ストーリーとしてはこの後に、当時の出会いのひとつだった「ゲイ誌での文通欄」に言及します。
     お楽しみに♡

     ケンちゃんの人柄の良さやルカのツンデレが伝わっているなら、僕の文章力もまずまずなんだろうな♪
     ありがとうございます。

  • まだ幼いのに大変な思いをされましたね。

    それにしてもジュンくんは若くしてポリアモリーだったのか、あるいは愛着障害だったのかと思いながら読んでいました。興味深いです。

    作者からの返信

     ポリアモリーとは知らないワードでした。今回調べてみて勉強になりました。
     ありがとうございます。

     ただ、ジュンがこのポリアモリーだったかどうかは不明です。
     今だったら愛着障害とかSEX依存とか色々なワードが飛び交いますが、当時は単に淫乱とか乱交とか、そんなふしだらなイメージしかなくて……

     僕はこの自分史を書くとき、本当にジュンのことを書こうかどうか迷ったのです。
    「ここまで書く必要があるのか?」と思ったし、実はジュンの真実も分かっていない…
     でも「やはりここは外せない!」と思い切りました。

  • 104)ごめんねルカへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    どれだけ勢い良い啖呵を切って出てきたとしても、今はまだ、ことあるごとに亮ちゃんのことを思い出してしまいますよね。身長が同じくらいというだけで亮ちゃんを思い出し、キスしたいと思ってしまうなんて、これじゃ本当に亮ちゃんへの当てつけの協力者を探しているだけ。相手を傷つけ、理久くん自身もさらに傷ついてしまいそうでひやひやします。
    ルカちゃん、年上の人が好みではありますが、今までに経験のない同年代の子からの強引なアプローチに、興味のあるなしは別として、ちょっとどきどきさせられている様子が伝わってきます。

    小学校のときの先生を好きになるゲイの男の子って、同級生を好きになる子よりも数の上では多いのでしょうか? それとも、そういう経験のある子が目立つだけなのかな。

    作者からの返信

     ルカとも、その後ずっと縁が続きます。
     ネタバレになるので多くを語れませんが、宇佳子さんの読解力はさすがです。苦労して描いたルカの複雑な心情を、宇佳子さんは的確にとらえてくれています。

     小学校の時の先生(大人)に憧れるってったって、相手はまだ二十代の若者だったりします。今の僕たちから見れば二十代なんてまだまだですが、小学生から見たら立派な大人に見えたことでしょうね、笑。

     リサーチした訳ではないので「先生か?同級生か?」の答えは有りませんが、この小説の中で、今後も複数人の初恋談義を描くことになります。

    編集済
  • 102)手負いの理久、暴走すへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    ああ、これは確かに暴走キノちゃんです (^^;) この調子だと、良くも悪くも一気に有名人になってしまいそう。

    > きれいを綺麗と漢字で書いても遜色の無い子だ。

    わあ、これ素敵な表現ですね。もう、これで、彼がどんなタイプの美しさだったか掴めるという。

    お店は趣味ごとに分かれているとのことでしたが、それを求めて来店している人たちがうまくマッチングできるよう、お店の方が交通整理に当たっているのですね。キノちゃん、さっそくイエローカード?

    作者からの返信

     初めての二丁目で出会ったケンちゃんは頼りになる兄貴分で、でもちゃんとカウンター越しの関係を弁えてくれる玄人さんで、理久の今後にもずっと関わってくれる重要キャラクターです。
     二丁目デビューで理久の周りにもどんどん新キャラが増えていくので書き分けが難しくて苦労しそうですが、人生の振り返り小説って楽しい!
     頭の中が青春に戻ってます♪


    編集済
  • 101)二丁目にデビューしたへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    なるほど、ゲイ・バーって、まさにゲイどうしの出会いの場として、お相手を求める者たちが集えるように作られた場所だったのですね。いわゆる「観光バー」のイメージしかなく、それと出会いの場とを混同していたので、「よくわからんなあ、それじゃ一般のゲイどうしの出会いにはつながらないのでは?」と思っていたのですが、これで納得しました。

    でも、タッチさんが案内してくれたのだからまさに彼の趣味に合う出会いを提供する場だったのですね。これまでの理久くんには同年代の付き合いしかなかったのでは? さて、理久くん、年配者を好きになれるのでしょうか。

    作者からの返信

     宇佳子さんもゲイバーと観光バーの違いを知らなかったんですね。

     うん、確かに観光バーとの言い方は僕たち当事者の間での言い方で、いまだに「ゲイバー」と言ったら、一般の方々は「女装したニューハーフが豪華なショーを観せる店」とイメージすることが多いかも知れません。

     今回、あえて「ゲイバー」と検索してみました。
     人生初の検索です、笑。

     ウィキペディアによると
    ①女装したニューハーフが一般の男女を楽しませるショーパブ。
    ②女装やショーは無く、ゲイの人々が出会いなどを求めて集うバー。
    ───以上ふたつのタイプがあり、両者は営業内容や客層が全く違う。

     との説明でした(かなりはしょった)

     もうこの際、全く別の言い方で分けた方が、誤解が無くて良いかも知れませんね…


  • 編集済

    100)僕達…終わりなんだねへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    別れというのは男女であろうと男どうし、女どうしであろうと辛くて、もうここは駆け足で抜けさせていただくとして……

    > だって理久は、本当は理久は、 俺の事なんて好きじゃないよな?

    この言葉、ずきりときます。本当は好きでたまらない理久くんを諦めるための、亮ちゃんの最後の砦だったのでしょうね。なついて、まるで心から愛し合っているかのようにふるまおうとする理久だけど、あいつは本気で俺を好きなんじゃない。俺が振るのではなく、あいつがそもそも俺のことを本気で好きなんじゃないんだから、あいつのせいなんだから。そう思うことで子供のころから好きでたまらなかった理久くんを振り払おうとする亮ちゃんが痛々しいです。

    そしてその主因は、当時の世間の無理解とそれを悪い方悪い方に予感してしまう亮ちゃんの繊細さ…… 亮ちゃん、今はどうしているのでしょう。

    り、理久くんについては、この衝撃と痛みから、亮ちゃんよりはスムーズで合理的に立ち直ってくれたのだと信じています。

    追記)
    たいした内容じゃないのでコメントに追記で……
    そうなんです。自分でもこのコメント書きながら、あれ、なんだか私、亮ちゃんのことばっかり、むきになって書いていない? と(苦笑)。
    おそらく、かつて自分が創り出したキャラクターに似ているからなのだと思います。

    作者からの返信

     亮ちゃんがその後どうしたかは、今ここでは言えません、笑。
     実は亮ちゃんは、今後も僕の人生にちょこちょこ関わってきますからお楽しみに…
    (あれ?宇佳子さんは案外デリケートな亮ちゃんファンかな?)

     理久は大丈夫。
     既にお気付きでしょうが、奴はそうとうタフです。
     極楽トンボってか、心臓が毛だらけのタイプですから!
     😸

  • 相手の過去にモヤモヤしたり、嫉妬したりって、やはり男女差ではなく個人差なのですね。複雑。勉強になります。

    作者からの返信

    「個人差」の他にも「年齢差」とか「経験値の差」もあると思います。
     僕自身のことで言えば、あの頃はまだ若くて経験も無くて、だからその分「想い」や「考え方」も純粋で、だからこそ不安でやきもきしたりも強かっのだと思います。
     そんな初心(うぶ)な僕もその後「歳」を経て「経験」も増えるほど、徐々に相手を思い遣ったり妥協したり、許せるようになったりと「変化」してきたと思います。
     そして相手の過去を詮索したり嫉妬することが、かえって「別離」の原因になってしまう事も学びました。
     何より「自分自身だってそうそう褒められたもんじゃない」と自覚出来るようになると、相手にばかり多くを望めなくなります。
     複雑です。
     今は(この歳になると)相手の落ち度を責めるよりも、そこは目をつぶって円満な付き合いが続くように、と考えています。

    編集済
  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    う、さいごの四文が思わせぶりで次の章に進むのが怖いです。別れ、ですか……中島みゆきの「別れ歌」じゃないですが、ああいうふうに別れをしみじみ懐古できるのなんて傷がかさぶたになってはがれそうなあたりからでしょうね。理久くんといっしょになって亮ちゃんとのいちゃいちゃに癒されているいま、別れ、と聞くと他人事ながらかなり動揺してしまいます。

    アメブロの情報をありがとうございました。あちら、本作に比べてもひとつの記事当たりの内容が濃いので(もちろん良い意味で!)、ゆっくり拝読しております。アメブロの感想は本来そっちに書くべきですよね。アカウント作ろうかなあ、でもすでにできているjimさんと仲間の世界に割り込むのも気が引けるんですよね…… とりあえず今回はここに少しだけ感想を書かせてください。

    「おっさんずラブの功罪」について。
    「おっさんずラブ」は存在はもちろん知っていますが、見てはいません。悪ノリで笑いものにするための旧来の「ゲイ」像を「素直」に踏襲した作品だったのですね。しかも、笑いものにされている『ゲイ』は非現実的な、制作側の悪意を疑ってしまうようなものだった、と。
    「おっさんずラブ」というタイトルを初めて見たときから、このややコミカルな表現をどうとらえたらよいのだろうと気になっていたのです。くだけた感じにゲイカップルを表現して間口を大きく広げようとしているのか、いや、それにしてもちょっと悪意を感じてしまうなあ、と。内容をお聞きするに、作品の本質的なところで「ちょっと悪意を感じる」どころではなかったようですね。

    jimさんのご返信の15と8が印象的でした。

    作者からの返信

    「さいごの四文」についてはネタバレになるので何も言えません…

     アメブロについては特にログインしなくても読めるからこのままで良いですよ、笑。
     いえね、別にお仲間ってほど強い絆はとおに薄れて、今は単なるゲイ・ブログに変化しちゃってるんですよ。通りすがりの観覧者も多くコメントも今は常連感が薄くなってます。
     ↑その辺は全くお気遣いなくね♡

     今後もブログの方で何か思ったらこちらでお話ししましょう。

    「おっさんずラブ」は観ていなかったのですね。でも僕の言いたい事は伝わったので嬉しいです。
     ゲイのステレオタイプについて書き出すとまたぞろ長文になってしまうし、
    (ああ、そう言えばブログのあそこに長々書いたっけな)と思い出しての紹介でした。

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。

    タッチさんと理久くんの宝塚の楽しみ方が全然違ったというのは面白かったです。いろんな思いを受け止められる宝塚の世界の奥深さを改めて感じました。

    トランスジェンダーの感覚も、謎めいているなと思えるもののひとつです。

    また女性の話になって恐縮ですが、幼い女の子が大人の女性になることを厭うというのはよく聞く話で、それは時に強烈な嫌悪感にまで発展します。第二次性徴を否定し、拒食症に陥ったり、とかですね。この感情は当然トランス男性にもあるようですが、でもこの感情を経験しているからと言って全員がトランス男性というわけではないのですよね、難しい…… 

    話を男性に戻すと、トランス女性以外が自分の性別を強烈に嫌悪するということはないのでしょうか? 

    タッチさんが「自分は女の子なのに」と思いながらも、男としてやっていこうと無理に折り合いをつけたのは、老舗の大店のひとり息子という立場も大きかったのかもしれませんね。

    作者からの返信

     また長くなりそうで自己嫌悪なのですが……

    「LGBT」と言う括りに納得出来ません。
     さらに「LGBTQ」として「クエスチョン」を足すなら、
    「L」も「G」も「B」も「T」も、全て「クエスチョン」だと僕は思うのです。

    「L」と「B」は男女の性別の違いは有れ、ここでは合わせて「同性愛者」としましょう。
    「T」もここは男女合わせて「トランスジェンダー」とします。

     これも私見ですが、
    「同性愛者とトランスジェンダーは似て非なるものではあるのだろうけれど、確かに両者は限りなく似ている」と僕は思うのです。
     何だかややこしい日本語で理解に苦しむかも知れませんが、お許しを…

     別の言い方をすると、
    「同性愛者とトランスジェンダーは必ずしも別物なのではなく、つまり(LGBT)と並び称するべきではない」とも思っています。

     同性愛者に「性」の違和感は付き物で
    「男児なのに赤い服が着たい」
    「女児なのにスカートが嫌い」から始まり、
    「男子なのに魔法少女に憧れる」
    「女子なのに戦隊ヒーローにもえる」を経過して、やがて自然に「同性を好きになってしまう」──これがとても多いパターンです。
     宇佳子さん言わせれば「それこそステレオタイプで決め付け!」と叱られそうですが、事実そうなのです。

     ただ!その個人差は大きく、人によってその度合いも内容も大きく違います。
     ゲイとノンケにグレーゾーンが有るように、同性愛者の性自認にも「同性から異性へのグレーゾーン」が有ります。

     つまり、ゲイの性自認にも「自分は男だけど女っぽい部分も有るな」と言う人もいれば「自分はかなり女っぽいけどやはり芯は男だな」と思う人もいる。
     もしかすると「自分はゲイだけど100%男だ」い言い切れる人もいるだろうし「身体は男だけだ心は完全に女だ」と言い切れる人もいるでしょう。

     これはもう「ゲイか?ノンケか?」と同じで、例えば血液検査のように数値で表す検査方法が無い以上、自己申告に頼るしかない「性」だと思うのです。
     本人が「自分はトランスジェンダーだ」と言うなら、周りはそれを「ああ、そうなんですね」と認めるしかない。

     これは当節取り上げられる「自称トランスジェンダーのために女子トイレや女風呂を開放するのか?」の問題に絡んできます。
     ↑あ、やばい流れなので止めますね、汗

     だいたい「性同一性障害」なんて言葉はずいぶん近年の認識であって、当時のタッチとしたら長男とか跡取りとか関係なく、
    そんな「誰にも理解されない性」は黙って押し殺して生きて行くしか無いのが当たり前の時代でした。

     そう言えば随分あと、埼玉医大で治療としての性転換施術が話題になった時にタッチはこう言っていました。
    「そりゃ内面がいくら女でもさ、身体を傷付ける気にはなれないよ。だって僕は、身体は男として生まれてきたんだからさ…」って…
     あくまでも個人の考えです。
     トランスジェンダーや性転換施術を否定するものではありません。

     ちなみに、昔聞いた或る二丁目のママの一言が思い出されました。
    「ゲイなんて多かれ好かなかれ皆んなオネエよ」
     と──
     そう、その「多かれ少なかれ」が言い得て妙だと思います。

    「トランスジェンダー」と、そしてもうひとつ「バイセクシャル」は、僕の中でいまだに解決出来ない「大きな謎」でもあるのです。

  • 96)今なおタッチは大親友への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > また当時の「列び」にはお祭り気分もあったと思います。

    これ、ありますよね。チケットをゲットするところから、わくわくが始まっているんですよね。睡魔や心細さと戦いようやく手に入れたチケットだからこそ、観劇にこの上ない充実感を味わえのかもしれません。一緒に並んだ戦友に、他の友達とは異なる強いきずなを感じるのもさもありなんです。

    とか書きながら、えっと、これは前売り「整理券」だったのですね (^^;) うーむ、さすがは宝塚、凄まじい……

    作者からの返信

     それにしても、こうして振り返ってみると僕がそれなりのヅカライフを送れたのは、100%→タッチのお陰だったんだなと…
     僕一人では到底あんな荒業は無理だった。タッチと二人だったから出来たんだと!
     僕一人だったら、普通にチケット売り場で三階席の隅っこの席とか買って、遠くからオペラグラスなんか覗いていたのかも知れない。
     それにしても、僕と出会う前から一人で夜明かし列びをしていたタッチは本物のツワモノだ…!
     尊敬しかない。

  • 94)正真正銘のお坊ちゃまへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    何度か出てきた「マイノリティーの僕らは、互いに引き合う」のあたりについて、しばらく考えていました。これは難しい問題をはらんでいますね。いや、問題自体は複雑でなく、扱う私たちが難しくしているだけかもですが。

    もしも女性がゲイを「ヘテロ男性が好まないものを好み」「互いに自分たちがゲイだとわかる」なんて描写したら、非難されるだろうなと思います。この小説でそれが許されるのは『当事者が実話に基づいた私小説を書いている』からでしょうね。「だってぼくは実際にこうなんだもん」と言われれば、誰もそれには文句を言えません。

    でも、これを非当事者が描くと問題になりかねません。当事者はマイノリティの個々のばらつきを、非当事者はマイノリティ全体の平均を描くというように住み分けをするのがいいのかなあとも思ったり……

    現在の風潮として、かつて社会ではびこっていたゲイのステレオタイプ(繊細であるとか、芸術に秀でているとか)は事実を反映していないという考え方が主流じゃないでしょうか。それはもちろん、かつてそのステレオタイプを押し付けて当事者に不快な思いをさせたからという反省に基づいているのでしょうが、今はその反省が行きすぎているところがあるように思います。

    現在の主張は「ゲイの集団もヘテロ男性の集団も、その個性は同じようにばらついていて、平均を取ると同じところに落ち着く、だからゲイもヘテロ男性も変わりはなく、男性は男性だよ」と言いたいように思えます(もし私の誤解ならお許しを!)。でも、それって間違いじゃない? と思うのです。

    ゲイとヘテロ男性とではセクシュアリティ以外にも異なるところがあるのでないかと感じます。それには後天的なものもあるし、先天的なものだって存在するんじゃないかと思います。その考えに、ひとつかふたつという限られた例ではありますが、お答えをくださったのが歴野さまのお話でした。「多くの男性が敬遠する宝塚に馴染む男性にはゲイが多い」、これがもし正しいのであれば、やはりヘテロ男性の平均とゲイの平均はセクシュアリティ以外でもずれがあるということではないでしょうか。そしてそれが、「それらしき雰囲気」のもととなり、互いに何となく察せられるということに繋がるのだろうなと想像しています。

    「何を回りくどく言ってるの、好きになる相手が異性か同性かという大きな違いがあるんだから、それ以外が違うのも当たり前でしょ」、そう言われるかもしれません。私も基本的にそう感じます。でも、きちんとした根拠なしで口を開けないのがこの問題ですね。

    漠然とした感想ばかりの長文、失礼いたしました。

    作者からの返信

     宇佳子さんの考察にはいつも深く考えさせられます。

    「現在の風潮から(或いはそれが過敏すぎて)ゲイをステレオタイプに描いてはいけないとの厳しい縛りがある。それは当事者だからこそ許されるもので、決してそれを女性(非当事者)が描いてはいけない」
     とありますが、僕は必ずしもそうではないと思います。そして宇佳子さんも僕と同意見なのだと受け取りました。

     確かに何らかの会話や演説、評論の中でゲイに限らず「いかなる決め付け」も許されない場面があります。
     例えば政治家が公に「同性愛者には生産性がない」なんて発信するとは愚かも極みです。

     が、しかし、
    こと「小説」や「戯曲」と言う創作においては表現の自由や個性が認めらるべきであって、「非当事者はマイノリティ全体の平均を描く」なんて忖度の上には人を感動させる物語の構築など到底無理だと言えましょう。

     小説やドマラの中には変質者も犯罪者も、それは性別にかかわらず多種多様な人間が描かれます。
    「こう言う女の物語です」との作品に「そんな女は現実にはいません!」なんて苦言を呈するのも愚かだし、またそれ自体が決め付けともなります。

     先程の例で言えば「生産性の無い同性愛者の物語です」と提示された作品をひとつの創作物として否定する事は出来ないし、嫌なら自分が観たり読まないようにするだけです。

     宇佳子さんが小説を書く時、それはどんな女や男を書いても物語として許されるように、同性愛者である登場人物もまた宇佳子さんの思うまま、好きに動かして構わないと思います。
     それが創作であり、個性だと思います。

     僕はこれを「私小説」としていますから、登場人物のキャラクター創りに苦労はしていません。
     知っている人をそのまま書いているだけですから…

     ただ、確かに「男も女も十人十色」と理解している世間でも、まだまだゲイに関しては不自然な思い込みも強いのかも知れません。
     そこまで考えると複雑な心境となります。

    「おっさんずラブ」と言うドラマは知っていますか?
     僕は「創作作品の中でならどんなキャラクター設定でも呑み込めます」と言って舌の根も乾かぬうち、
    ああ、そう言えばいかに創作であってもあのキャラクターは許せなかったな!と、はたと思い出しました。
     あの中で吉田鋼太郎が演じた「部長」と言うキャラクターがどうにも不自然で許せなかった。

     もし興味があったら
    僕のブログ
    「jimの投稿履歴」

     2022/4/15 付け
    「おっさんずラブの功罪」
     同日
    「続・おっさんずラブの功罪」
     
     以上の2件を覗いてみて下さい。

     ゲイのステレオタイプについても言及しています。

  • 共通点ありすぎて怖い😨
    私もエクボにちょっと弱いんです。それともみんなそうなのかしら🤔

    作者からの返信

     平田のはもしかすると(エクボ)と言うより(やつれ)だったのかも知れません😹
     まあ、それにしても僕は頬バンバンのぽっちゃり君よりは頬げっそりのスリム君の方がタイプなのかも知れません。
     で、普通にエクボは可愛らしいですよね♡

  • 私も中学校の吹奏楽部でクラリネット吹きたかったのに、何故かフレンチ・ホルンになった者です。奇遇ですね笑。

    作者からの返信

     奇遇!奇遇!!
     実は僕はクラシックを聴いていたので、オーケストラの中でホルンと言えば割と派手で目立つ印象があったのです。
     ↑白鳥の湖の主題のような…

     でもいざ始めてみると、ブラスバンドの中でのホルンの立場は中音域パートの代表で「和音」と「後打ち」ばかり──
     オーケストラでホルンが担う「中音域のメロディー」や目立つ「対旋律」は、ブラスバンドにおいては何故かユーフォニアムに持ってかれる。

     特にマーチなんて初めから終わりまで「後打ち」ばかりで譜面も要らないくらい退屈。
     合奏でも上手く出来ていて当たり前で、特に褒められる事もないのに──たまに和音が歪んだりリズムが乱れると速攻で注意される。
    ───などなど、愚痴ればきりのないパートですよね、苦笑

     トランペットやクラリネットのようにメロディーを奏でるパートの奴らに「いやいや、ホルンは重要なパートだよ」とフォローされても嫌味にしか聞こえないと言う、ひねくれた理久でした。

     美奈子さんなら分かってくれるよね?
     ホルンの難しさ…

    編集済
  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    当時のチケット取りって、こんなに大変だったのですか。今のネットでの人気チケット取りは、ネット回線が細い人には最初っから取ることが不可能ですけれど、当時は本人の頑張り次第で何とかなった、と。いや取れる取れないが自分次第というのは、それはそれで精神的にきついですね。波奈さん、これまですごく頑張ってくれていたのですね?
    そして理久くんは、おどおど系男子に弱い、と、ふむふむ。

    作者からの返信

     本文では「なぜ各組のトップのファン・クラブが列びの一番なのか?」までは書かなかったけど、
    実は当時の旧東宝劇場の地下街には「宝塚歌劇センター」と言うグッズ販売の店舗があって、その店舗の脇に常に折りたたみ椅子に座り込む四人組がいたんです。
     ↑365日、昼も夜も…
     つまりこれが各組(花、月、星、雪)のトップのファン・クラブの「列び」だったんです。
     彼らは一年中列んでいたんです!
     ↑キ○ガ○ざたです。
    (もちろん交代制だけど)

     だから常に列びの一番は各組トップのファン・クラブだと言うシステムで、東宝はこれに一切関知していない、とのていだったそうです。
     今では考えられないですよね?異常です。

     はい、理久はいつしか「地味でおどおどしてボケーッとしている情け無いタイプ」が好みになっていったのです。
     ↑こればっかは仕方がない…

     

    編集済

  • 編集済

    42)え?これって反省会?への応援コメント

    雪絵さん、すごく素敵な方ですね。

    作者からの返信

     そうなんですよ。
     僕が僕らしく生きて来られたのは波奈と雪絵=ふたりの女性のおかげでした。
     それともう一人→今回これを書きながら今更に気付いたのですが、あの宇宙人のようにピント外れな父親(おおらかなと言った方が良いのか?)が、案外僕を放ったらかしにしてくれたのが助かった。
     厳格な父親に「男らしさ」を強要されて育ったらこう言う仕上がりにはならなかっただろうな〜
     しみじみ…

    編集済
  • 一章読みながら「いやお医者さんごっこて!」て叫んで、
    「押入れの呼吸」あたりで笑いすぎてコーヒーむせたwwww
    でもなんでやろ、笑ってんのに、めっちゃ胸しんみりました……
    “恋の色”って、こんなにも記憶と一緒ににじむものなのか。

    てか、この章だけで一生分しゃべれるw
    続き、体感3時間後には読みに戻ってくる予定です✋(現場からは以上です)

    作者からの返信

    (はい、スタジオです)

     Natukaさん✨
     はじめまして!
     コメントを、そしてレビューも書いていただいて、ありがとうございます!
     コーヒーむせるほど笑っていただいて、とても嬉しいです♪

     第一章だけで一生分しゃべれるなんて最高の賛辞です。これからもどんどんしゃべりましょう!
     俺、おしゃべりですから、笑
     😽

  • 90)大学と宝塚と亮ちゃんへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    いつも丁寧なコメント返信をありがとうございます。ご負担をおかけしちゃってるかもと思いつつ、真面目にお付き合いくださるのが嬉しくて、知りたいところについては、つい、突っ込んだ質問をしてしまいます。

    そう、亮ちゃんについては、最初からずっと「甘いにおい」と書かれていたのが印象的でした。においって力強いですよね。有無を言わさず何らかの感情を引き起こしてしまう力があると思います。
    でも、理久くん、亮ちゃんは絶対自分から離れないと安心しきっていて大丈夫なのかしらとドキドキしています。あまりすげなくし続けていたら、それでなくとも繊細そうな亮ちゃん、不安から離れていってしまわないでしょうか……

    作者からの返信

     宇佳子さん、ニヤリ😸
     実は既にお気付きの通り、僕は突っ込んだ遣り取りが大好きなんですよ。
     思い付いたら何でも話し掛けて下さいね。

     亮ちゃんについては今後たくさんのエピソードがあるのでネタバレな事は書けませんが、宇佳子さんが「におい」について引っ掛かってくれたのは僕の思惑通りです。
     亮ちゃんのにおいは「匂い」であって「臭い」ではありません。
     源氏物語にも美しい貴公子として「匂うの宮」が登場し、決して「トイレ臭」とは「においの質」が違います。
    (日本語って素晴らしいですね漢字が違うだけで意味も変わる!)

     それと「亮ちゃんが繊細」と読み解いていただけたのも嬉しいです。
     理久と亮ちゃんの今後を見守って下さいね♡

    編集済
  • 41)悲しくて不可解な結末への応援コメント

    久しぶりにその言葉見ました。
    そういえば、おこげって映画ありましたね。

    作者からの返信

     今は「多様性」と言う言葉が逆に強気でまかり通る配慮の時代ですが、僕が子供のころは「オカマ」が一般的呼称→それよりいくらかマシだったのが「ホモ」。
    「ゲイ」なんて明るく前向きな意味の呼称が海外から伝わるのは80年代も半ば?→僕が大人になってからでした。
     本文に書いた通り、少女漫画で「少年愛は美しい」と啓蒙されていた僕には「オカマ」と言う蔑んだワードが同義語とは思えませんでした。
    (今はもう何を言われても平気ですが、笑)

    編集済
  • 40)なぜ?僕達のすれ違いへの応援コメント

    この頃って誰もこういう経験しますよね。
    痛々しいけれど可愛らしい。

    息子と親友はもう21歳です。中学の頃からバイだって言っていた、大人びた大学生です。

    うちの子は超奥手なので、親友君に比べると幼稚園児みたいで情け無い。

    作者からの返信

     やはりセクシャリティーについては思春期に自覚する男子は多いです。
     どうしても苦悩するし、子供ではいられなくなって大人びる傾向はあると思います。
     でも息子さんも、そんな親友を受け入れられるのだから器の大きい「男」なのだと思います。

  • 息子の親友がバイセクシャルです。どちらかというと男性の方が好みのようです。

    作者からの返信

     息子さんとその親友が何歳なのか分かりませんが、これは10代の多感な頃に決め付ける事ではありません。
     特に思春期の頃は不安定で、男の子同士でも色々な事が巻き起こります。
     でもそれでゲイだとかバイだと思い込むのは早計です。
     それよりも息子の親友のことをそこまで知っている美奈子さんは、親子仲も良好なのですね♪

  • 83)ボンジュール宝塚♪への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    うーん、素晴らしいですね!

    > 初めて観た作品によって非常に評価が別れる。

    これ、宝塚に限らず芸術全般に言えることかなと思います。新たな扉をひらくとき、有能な導き手はありがたい存在。波奈さんの存在が頼もしいです。本当に姉弟仲がよいのですね!

    作者からの返信

     姉とは本当に仲好しでした。特に子供の頃は共依存なほどべったりだった…
     まあ互いに成人して、特に姉が結婚してからは若干付き合い方は変わりましたが、義兄もとことん優しい人だし姪っ子も甥っ子も僕に懐いでくれたし、姉一家と良好に付きあって貰えている僕は果報者です。

    編集済
  • 81)理久、上京するへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。ぶしつけな質問にいつも丁寧にご回答下さりありがとうございます!

    下記、前章までにご返信いただいた内容へのコメントとなります。

    > 僕は自分のブログにも度々書き添えていますが、僕の発言自体が「決してゲイの代表でもなければ真実でもない」のです。あくまでも一個人的な見解です。

    はい、そこは私も「ひとりの男性の現実」として受け止めないといけないと思っています。個人的な赤裸々な体験を知る機会などほぼないので、この私小説およびコメントは、本当に貴重な機会だと感謝しております!

    カクヨムにいることからお分かりのように、私も趣味で物書きをしています。そこに登場させる男性なり女性なりは、ある程度現実世界の存在群を平均化した人物にせざるを得ません。特にゲイやレズビアンを登場させる場合、現実世界はものすごく多様であったとしても、あまりに「平均」からかけ離れたキャラクター造形は読み手を誤解させたり不快な思いをさせる原因となるのだろうと危惧しています。だから、個性の振れ幅と平均の両方について、常に頭に入れるようにしておきたいのです。

    ……結局、とんがった人間を書いてしまうのですが、上記を踏まえているのといないのとでは大きな違いがあるでしょう。

    これ以降、女性についての言及へのコメントなので、読み流してください。

    > 宇佳子さんは、いわゆるステレオタイプに語られる「女性の性」について疑問をお持ちである事が複数のコメントから伺えますが、間違いありませんか?

    それは間違いないと思います。
    歴野さまの言及なさる女性のステレオタイプについて何度か突っ込んでしまいましたが、私が突っ込んだ議論では、ステレオタイプではなく女性の生得の性質のほうがより関係してるんじゃないかと思ったからでしょう。

    女性のステレオタイプとは「あるコミュニティで生きる女性のイメージ」といった感じでしょうか。それを形成するのは生得の性質と環境因子だと思います。その環境因子によって変えられた箇所を「女性の特性だ」と取り上げられるのに違和感があるのです。生得の性質と環境により変えられた性質はその社会で生きている以上分離して感じ取るのは難しいと思います。でも、一旦そこからはみ出ると、あれ? となる人が多いのではないかと。

    > 例えばどのアンケート結果を見ても「ゲイを自覚」している人より「ビアンを自覚」している人の方がはるかに少ないように感じます

    これは単純に、歴野さまがお書きになった「セクシュアリティを自覚する明確なきっかけ」のあるなしの差が大きいのではないでしょうか? この点で、男性と女性とは同等にはなりえないのでしょうね。女性も性的に興味を持った人に対して体に明確な変化が現れれば、レズビアンの割合の調査結果は変わるような気がします。

    作者からの返信

     確かについ最近まで、「ゲイ」と言えばドラマや映画の脇役でも派手な服飾にオネエ言葉で小指立てて、職業は訳知り顔のスマックのママだったりと、それこそステレオタイプに描かれてきました。
     以前ドラマ評で「おっさんずの吉田鋼太郎はナヨナヨとした演技が上手いが、何食べの西島秀俊は演技が下手!あれではゲイに見えない」とのコメントを見て苦笑した事がありますが、まさに世の中でゲイは珍獣扱いでした。
     が、その「演技が下手」と評された西島秀俊あたりから流れが変わり「チェリまほ」やら「美しい彼」やら「普通のサラリーマンや学生にもゲイはいるんですよ」と描かれる作品も多くなり、今やむしろ女装やオネエ・キャラの方が減りました。
     が、その反面、当節はBL作品が頻発な上に若手のイケメン俳優ばかりになってきて、「ゲイはきれいな青少年の世界で、ブサイクやジジイはいないんですよ」的な、まるで「ヤオイ時代」に戻ったような違和感も感じます。
     でもね、そもそも「女」も「男」も異性の事なんて本当には理解が難しいのに、まして「ゲイ」なんて世間に理解されないのは当たり前だと僕は思っています。
     まして「ビアン」なんて、同じ同性愛者として括られますが「ゲイ」とは全く違います(あ、これ前にも書いたな?)
     小説はあくまでも小説なのだから、自分の思い描いたキャラクターを自由に描いて、むしろそれでOKな世界じゃないのかなぁ?
     なんて思います。

  • 37)修学旅行の第一夜 ①への応援コメント

    思春期ってみんな同じなんですね。
    好きと嫌が混在していて複雑な心境、ってあったあったて懐かしいです笑

    作者からの返信

     何十年と記憶の奥底にしまい込んでいた思春期の記憶→こうして思い返すと、まるで昨日のことのようにキラキラとよみがえります。
     今思い返すと歯がゆいエピソードばかり…
     あの頃の自分が可愛い♡
     ↑危ないジジイ

     

  • 80)LGBTってどうだろう?③への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。いつも興味深く拝読しております。

    繁殖という一点に限ればのお話ですが……男は同時多発的、女はシリアルというのは一見正しく見えますが、実はそうとも言えないんじゃないかなと思いました。一回の性交で受精するとは限りません。受精を確実にするために複数回性交したがるのが女であり、そこに男が複数ではないと制限する理由はないと思います。動物によっては、複数回の交尾で複数の雄の仔を妊娠することもあるそうですね。そうなってくると、まさに雌は一匹の雄だけを求めるわけではないということになります。

    そもそも、人間の行動が繁殖という「本能」に支配されているという考え自体に疑問を感じてもいます。

    こんな言い方をしてよいのかわかりませんが(もし失礼だったら、おっしゃってください!)、同性愛の方の存在そのものが、性衝動は繁殖を目的とした一本道ではない、という証拠にならないでしょうか? 男性の性衝動として、射精したいという単純な排泄欲がありますが、それなら自慰でもよいはず。でも相手を求める。ただしその相手は受精可能な女性のみならず男性の場合もある。このことから、人間の男性が求めるものは、「受精目的の排泄」ではなく、「心理的に何らかの『快』を与えてくれる相手」、なのではないかと感じるのですが…… 

    高校生の理久くんが愛を求めていたというのが、やはり私の中で大きく響いています。とても意外に思えましたので。

    > 女性目線で創作されたBLなら、まるで普通の男女の恋愛のように男同士でも深く愛しあう関係が築けるのに、どうにもゲイから見ると違和感を覚え、嘘くさいと感じる──正にその点です。

    上記引用が現実かなと思っていたのです。理久くんの事例と上記からもう少し考えてみました。高校生の理久くんのように、男性にも精神的なつながりを求める気持ちはある。でもそれは排泄欲と結びついているので、いったん射精してしまうと肉体的な欲求の消滅とともに精神的な欲求も消えてしまう。それが精神的な結びつき、つまりゲイカップルになることを難しくしているということなのでしょうか?

    作者からの返信

     返信が遅れました。
     仕事も多忙でしたが、宇佳子さんの考察がいつに増して難しかったことも遅れた理由です。

     宇佳子さんは「動物のメスが複数のオスと交尾する事実」を一例として述べて、人間の女性も受精を求めるなら複数回のSEXを求め、またその相手も一人とは限らないと理論付けました。
     確かに「人間の男が動物のオスと同じように種をばら撒きたいのが本能」と言うのであれば、人間の女も「動物のメスのように複数の男と交尾する」のも本能と思えます。

     ただ、繁殖に至る生理や行動は動物によって様々であるように、もしかすると「動物と人間は違う」と言う道徳的なお定まりの話ではなく、人間の性行動も、実は数ある動物の性行動のひとつのパターンなのかも知れません。

     まず繁殖について動物と人間を比べた時、以前から疑問に感じることがありました。
     動物は言語を持たず教育もされないのに、正に本能の導くままに交尾を行い繁殖しますが、はたして人間もそうなのだろうか?

     我々人間は知能と言語を持ち、様々な情報や教えを吸収して学習的にSEXを知る段取りになっていますが、その長い年月を経た結果として動物的本能だけで繁殖に至るシステムは退化していないか?との疑問です。
     つまり(そんな実験は人道的に許されないが)一対の男児と女児を一切の外界と遮断し、言葉も教育も行わず、食べ物と安全に育つ環境だけを与えて「飼育」した時、その二人は成長して誰に教わるでもなく、当たり前にSEXをして繁殖し、しかも子育てが出来るのだろうか?
     と言う疑問です。
     ↑あれ?俺は何の話をしているのだっけ?

     ともあれこれは宇佳子さんの言う「そもそも、人間の行動が繁殖という本能に支配されている」という考え自体に疑問を感じてもいます。
     ↑に通じる疑問かも知れません。

     逆に言うと「人間は本能よりも、育った環境や道徳的、倫理観などによってSEX観が構築される」と言う事ではあるまいか?

     例えば結婚にしても各宗教によって色々です。
     現在先進国で一夫一婦制が主流なのはやはりキリスト教の影響であり、一夫多妻制も中東やアフリカの宗教によって様々だし、王朝や貴族、大名で複数の妻妾を置いた東アジア圏のSEX観もずいぶん違ます。

     そして「同性愛の方の存在そのものが、性衝動は繁殖を目的とした一本道ではない、という証拠にならないでしょうか?」との宇佳子さんの問いは誠に的を射ています。
     僕らも時として真面目にそんな事が議題に上り、深夜のゲイバーで「あーでもないこーてもない」と盛り上がることもありましたが、結局なんの解決もなく、いつしかカラオケ大会へと流れて行くのでした…

     そして最後に──
    「女性目線で創作されたBLなら、まるで普通の男女の恋愛のように男同士でも深く愛しあう関係が築けるのに、どうにもゲイから見ると違和感を覚え、嘘くさいと感じる──正にその点です」
     ↑自分の書いた文章に補足するのもなんですが、あくまでも「嘘くさい話が多い」とはどんな話かと言うと、
    それは「男女の恋愛のように」
     ↑つまり攻め(男)、受け(女)としてお約束ごととして描いている話が多く、攻めはスパダリ、受けはオトメンと決めつけてる類の話を嘘くさく感じる訳で、実は当節素晴らしいメンズ・ストーリーも多々存在します。

     わ〜っ!混乱して訳わかんなくなってきた〜!

     すみません!
     男同士でもラブロマンスはあります!

     理久にもそんな初々しい時代は確かにありました。
     
     そうだな、端的に一言で言うなら──

     ノンケもゲイも、射○の後でも一緒にいて幸せなら
    それは「愛」です! 

    (うわ〜、安直〜、汗)

    (今回は、これでまとめさせて〜、大汗)😹

  • 78)LGBTってどうだろう?①への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > 「LGBT」と言いますが、その比率から言うとゲイの割合が突出しているとも言われます。

    これはどうなのでしょう? レズビアンがゲイより少なくなる理由が思い浮かばず、その結果は調査の仕方によるのではないかかなと感じます。男性はいわゆる「排泄行為」を避けて通れず、そのため、自分のセクシュアリティを女性よりもはっきりと自覚せざるを得ないということが、表に現れるゲイの数を押し上げているということではないのでしょうか?

    セックスに求めるものって何なのだろうと考えさせられます。男性の排泄も女性のオーガズムも、やろうと思えば自慰でこと足りることです。でも、相手を求める人が多いのですよね。やはり他人の存在、肌を合わせることによる安心感、それらはつまり精神的な満足感に繋がると思うのですが、セックスにそれを求める人が多いということなのでしょうかね。

    作者からの返信

     LGBTについての調査は色々な機関が行っております。
     各大学やら各広告代理店やら様々ですが、結果も様々です(検索すると色々出てきますよ)
     どんな人達にどんな聞き方をしたのかでも数字が変わるでしょうし、現に数字はバラバラです。

     宇佳子さんは、いわゆるステレオタイプに語られる「女性の性」について疑問をお持ちである事が複数のコメントから伺えますが、間違いありませんか?

     僕は正直「女性の性についての真実」はまるで分かりません。

     そりゃそうです。
     僕は自分のブログにも度々書き添えていますが、僕の発言自体が「決してゲイの代表でもなければ真実でもない」のです。あくまでも一個人的な見解です。

    「ゲイ」にも色々います。
     ましてや「男」なんてもっともっと色々です。
    (女性だって色々なんだろうな)とは思っていますよ、ホントに!でもこれは本当に分かりません。

     ただ、僕も長い人生の中で雪絵以外にも何人かビアンの方と知り合う機会がありました。
     で、感じたのは「ゲイとレズビアンは対義語ではない」と言うことです。

    「男同士の愛と女同士の愛」と書き換えればいかにも対義語のようですが、彼女たちと話してみると、恋愛観もSEX観も、もっと言うと芽生え方も自覚の仕方も、相手との出会い方も別れ方も何もかも違っていて、とても単純に対照的とは言えません。

     なんだろう?
     例えばどのアンケート結果を見ても「ゲイを自覚」している人より「ビアンを自覚」している人の方がはるかに少ないように感じますが、トランスジェンダーとして「自分の肉体的な性別に違和感を感じる人」については、どうやら女性の方がかなり多いようです。

     いえね、女性が置かれた「性の抑圧」とか「社会的な決め付け」とか、心理的には色々と複雑な要因あるのかも知れませんが、僕はまるで専門ではないし、実は「女性」に対してそこまで興味を持って勉強した事がないので追求されると的確なお答えは難しいです。
     よろしくご理解下さい🙏

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    高校生生活もこれで受験一色へと変わっていくのですね。吹奏楽部での平田くんとの日々がここまで充実したものになるとは思っていませんでした。自分自身が何かをやり遂げるより、頼りなく見え、守ってやらねばと世話を焼いていた想い人が立派な成果を上げたのを見るほうが胸に迫るものがありそうです。

    これまでの話を読み、コメントでも補足情報をいただき、男性は私が想像していた以上にセックスと精神的な愛とを分離できるということが分かりました。
    でも、理久くんがジュンくんと肉体的な関係を持っていたとき、理久くんはその行為には愛の裏打ちがあるものだと期待していたのですよね? 同年代の少女と同じような心理に見えました。それで、男性でも(射精そのものは排泄行為だとしても)、性に目覚めた当初は、他人とむつみ合う行為については愛ありきと考えるのではないかと感じたのです。それが現実には困難なことだと実感し始めると、肉体的な愛と精神的な欲求とを容易く分離できるのが男性なのかな、と。本作を読んでのみの感想なので、まったくもって一般論になんてできないのですが。

    作者からの返信

     宇佳子さんの鋭いコメントに応えたいと、無い知恵しぼって「男の性」なんて書き散らかしているのは、すっかり世慣れて鈍感になってしまった現在の僕です。

     人の感性や思考が年齢と共に変化するのは誠に当然の事ながら、僕はこの回顧録を綴るにあたり、幼少の頃の記憶、思春期の感性、そして青年期に続くSEXに対する考え方も、出来るだけ当時の自分を思い出し、当時の自分に戻って書き上げるように努力しました。

     宇佳子さんの高い見識に合わせようと、現在の僕も歳なりの持論をコメントに上げていますが、この小説の中の理久は中学生であり、高校生なのです。

     圭に対する自分の気持ちも自覚できず、愛情表現も分からなかった中学時代の初恋。
     高校生ならではの好奇心で恋愛より先に初体験に突っ込んだものの、純真だったからこそ、愛とSEXの狭間に揺れ動いて傷付けた未熟な理久の心情。

    ──これ全て僕自身が描いた過去の自分です。

     あの頃の理久は、まさか将来自分がこんな理屈っぽいジジイになるとは想像もしなかった……はず。

     宇佳子さん、どうか小説の中の純粋な理久と、現在の大人になり切った僕を切り離して見てやって下さい。
     よろしくです😽

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    やっぱり、雪絵さん、良いですね~! ジュンくんにも雪絵さんのような存在ができていることを祈っておきます。

    作者からの返信

     雪絵はね、ホントに大切な存在。それは彼女も同様に言ってくれます。

     この歳に至り、二人でしみじみ話すんですよ。
    「自分より先に死ぬなよ」って…
     ある意味「夫婦」のような関係?
     よく分からないけど、完全「SEXレス」になった夫婦ってこんなんなんかな?

     いやいや!
     血迷ってはいけない!

     別々に暮らして、別々にパートナーもいるから仲好しなんだ!

     たまに会うから仲好しなんだ♡

     一緒に暮らしたりしたらこうは行かない!!
     

  • 68)ジュンについて悔やむへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    ジュンくんがその後どんな人生を送ったのか、どんな大人になり、どんな考えで生きているのかはとても気になりますね。
    人それぞれ、いろんな考え方があると思います。正しさを判断するのはとても難しく、誰かを自分の信じる幸せな道に導こうとするのは危険をともなうことかもしれないと今の私は感じます。
    ただ、子供のころから極端と思われる環境に置かれ、それを当たり前だとして自分を形作ってしまった子供がいたとき、その子に何をしてあげるべきなのか、何をしてあげられるのか、そこは悩みますね。
    当時の理久くんがジュンくんを愛し、きっぱりと別れてしまうまで彼を思いやっていたのは確かなこと。その気持ちをジュンくんに多少なりとも感じさせた(直接言ってはいないかもとのことですが、態度や言葉の端々からある程度は伝わっていたと信じます)ことで、理久くんからジュンくんにしてあげられることはすべてだったのではないでしょうか。そしてそれはジュンくんにとって、決して些細なことではなかったと思います。

    作者からの返信

     本文にも書きましたが、この回顧録の中でジュンの事を書くべきかどうか凄く迷いました。

     既にお伝えした通り、この私小説の原型(と言うか切っ掛け)は「チェリまほ」と言うBLドラマの感想サイトから始まった事なのです。
     そしてそこに集まった仲間内で、既に「 jim」と言う架空のキャラクターが出来上がっていて、初恋の圭については「切なく美しい想い出」なんて、美化して調子に乗っていたのですが…

     あれ?
     高校時代って……

     ジュンとの交際は、僕にとっては本当に黒歴史として記憶の引き出しの奥に閉じ込めていた事なので、僕自身すっかり忘れていました(てか、忘れたふりをしていた?うん、その辺は複雑…)
     そんなリアルで露骨な性的体験を「明るく楽しいチェリまほ仲間」に公表してドン引きされないかと恐れました。

     が、でも、自分の人生を振り返る時、やはりこれは無視できない項目だと覚悟して書き込んだのです。
     結果、その「1投稿文」が推敲に推敲を重ね、今「私小説」という形でこのカクヨムに再連載中です。

     僕にとってジュンとの初体験と、そしてそれからの性交渉の全てが、一生を通しての「SEX観」を構築する基礎となった事は決して否めません。

  • 29)双子みたいな姉と弟への応援コメント

    お姉様との仲、とても羨ましいです。
    気持ちの大きな方なのでしょうね。

    作者からの返信

     確かにおおらかでしっかりした人です。
     若い頃は気が強いところもありましたが、結婚したら妙に優しくなって、年を経るごとに人柄が丸くなって来たように思います。
     旦那がこれまた優しい人でして、義弟の僕にも笑顔で接してくれます。
     姪っ子、甥っ子も可愛いです→二人とも立派に成人しました😺

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    いろいろ考えてしまいます。先にいただいたコメントで、ゲイの男関係は乱れがちだというような内容がありました。実際そういう噂も聞いたことがあります。でもそうなる理由が今一つぴんと来ず、言いがかりじゃないのと感じていました。
    この一話でわかったのは、まずその噂がまったくの事実無根というわけではなさそうだということです。同じ指向の持ち主どうしが集まっているとわかる場があり、同意するだけで気持ちよくなれるのなら、やってしまおうという人は少なくなさそうです。
    じゃあ、どうして「ゲイだけ」がそうなりがちなのか? これって、女性が関わらないからのようですね。
    と言っても、女性には性欲がなくて、そういうことが嫌いだからというわけではありません。女性は常に妊娠の可能性に脅かされていることと、いまだに処女性や女性の貞操を守るべきエチケットとして重視する慣習が残っているからだと思います。それは女性の内部から湧き出す気持ちではなく、外部から型に嵌めようとする圧力で、いまだにとてつもなく大きな力を持っていると感じます。
    それらのしばりがない男性どうしであれば、体は体、心は心と割り切って考えやすそうです。でもそこに女性が入ってくると途端に肉体関係の構築にはブレーキがかかります。だから男女だと男どうしの関係よりは活性が低くみえるということなのかもしれないですね。

    作者からの返信

     宇佳子さん!
     あなたの考察は全く的を射ています!
     もう僕の解説なんて不要なくらい核心を突いています。

     男女のSEX感に「性差は有るのか?」のテーマですが、僕は(大まかに)有ると思っています。

    「浮気とは?」との調査を見たことがあります。

     男性の多くは妻や彼女がいても、風俗で愛の無い排泄を済ませることを「浮気」だとは思いません。
     逆にSEXが出来なくても、他の女性に愛情を抱くことを「浮気」だと認識します。

     女性の多くは夫や彼氏以外の男性に愛情を抱いても、SEXに至らなければ「浮気」だとは思いません。
     逆にSEXをしてしまえば、それが愛のない遊び相手でも「浮気」たと認識します。

    ──と言う「全く逆の思考が数字に現れた」との結果でした。何にも例外はありますが。

     言われてみれば、女性は夫や彼氏の前でも平気で推しの男性スターを「好きだ♡愛してる♡」と話して罪悪感は無いような人が多いですね。
     男性は妻や彼女に対して「好きな女性のタイプ」などの話はしたがらない人が多いです。後ろめたいからです。

     あれ?
     話が逸れてきた?

     女性にとってSEXが妊娠と言うリスクを背負った重大事であるのに対し、男性にとっては単なる一度の排泄でしかないのです。
     いかに男にとってSEXが軽いものか…

     もっと言うなら(個人差はあれど)男はしょっちゅう射○してます。
     若ければ毎日→強壮なら1日に複数回の人も少なくありません。
     その処理を全て女性が相手してくれる事は勿論不可能ですから、大抵の男は自分で排泄しています。
     それを後腐れなくパッパと済ませてくれる機会があるなら……

     女性と男性では、それくらいSEXに対する重量が違うのです。

     僕らゲイのあるある話題です。
    「ノンケは大変だね、ホントご苦労さん。女とやるのにデートして金使ってプレゼント送って金使って、時間と労力使って結局できなかったりして、ホントに俺ゲイで良かったよ」って…

    「女性の介入が〜云々」
     全くもって宇佳子さんの考察通りです!

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    なるほど! ゲイ関係の雑誌を多く扱うような書店はハッテン場も兼ねていたと。たしかに書店でそれ系の本に興味を示しているということはそういうことですから、わかりやすいのですね。そういう意味でも書店の激減は文化の変化を余儀なくしたのでしょうね。

    作者からの返信

    「ゲイ」と言うより、もはや「男全体」の秘め事として存在する数々の不文律をここで女性に暴露するのは如何なものか?と思うのですが(こんな私小説書いといて何を今さら!)
     実は男社会の中には同性愛(と言うより同性性交)を誘発させる色々な要素に満ち溢れています。そこに「愛」は不要なのです。
     
     書店のゲイ雑誌売り場はほんの一例で、銭湯やサウナ、スポーツ施設や更衣室、公衆トイレや夜の公園。飲みで終電逃した後のカプセルホテルなんて危ない危ない!

     ゲイのハッテン場と言うだけでなく、好奇心を抱いたノンケや、逆に何も知らないウブな青少年が巻き込まれる事も多々あります。
     大地真央のCMじゃないけど「そこに愛が無くても」抜けるなら抜いちゃうのが男です。それは排泄ですから。

    ──時代の流れでゲイ雑誌も廃刊になったし書店も減った。
     でも大丈夫。男同士の交渉はむしろ進化しています。
    「男ともできるノンケ」が数多いゆえんです。

  • 24)10歳⇒僕の精通への応援コメント

    女性からすると未知の世界でちょっと覗くのが怖い内容を分かりやすく綺麗に書いてくださってありがとうございました。

    作者からの返信

    「綺麗に」はどうか分かりませんが、かつてこれを読んだ女性陣からは
    「嫌らしさは感じなかった」
    「秘め事と言う陰湿さは感じずスーッと飲み込めた」
    「むしろ少年理久くんの可愛らしさを感じた」
    ──などのご意見をいただきました。
    「男」に生まれたら誰でも必ず通る「通過儀礼」的な生理です。

  • 57)ジュンが見せる別な顔への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。いつも興味深く拝読させてもらっております。丁寧なコメント返信も参考になります!

    さて、56話に書いたコメント冒頭の表現で、もしもご不快な気持ちにさせてしまっていたらすみませんでした。男女のほかにゲイやレズビアンなどが第三、第四の性別となるとは考えていません。歴野さまのおっしゃる、「性別は動物学的な意味での「男」と「女」の二種類」というご説明には、基本的に賛同しております。

    言いたかったのは、ゲイの方には、男としての特性の上に、ゲイとして獲得した特性が付与されているのではないでしょうか、ということです。
    つまり、
    ・体が男であれば男としての性衝動がある人が大半だろうけれど、その対象が異性か同性か性別関係なしかは人それぞれ。
    ・ストレートとゲイとで社会の評価がまったく異なる。
    ・子供のころから異なる評価にさらされれば、それに影響された気質が形成されるのではなかろうか? つまり、「男」であるその上に「ゲイ」であることにより後天的に形成された何らかの特性が付与されていないか
    という意味でした。
    ただ、性の対象が同性であるか異性であるかは先天的なものが大きいと思うので、だとすると、生まれつきの違いもないとは言えないのでは、とも思っています。

    > 相手を一人に絞らないところですが、これは全くもって「男の感覚」であり、女性的な「貞操観」と言うのは皆無です。

    相手を一人に絞らないことを男女差、と言い切って良いかは正直言って疑問を感じます。女性の貞操感はどちらかと言うと後天的なものじゃないかなという気持ちが強いです。男女のセックス感の違いとされるものも、また同様に。ただここを突っ込むと話がそれるので、今回はスキップします。

    北野美奈子さまへのコメント返信も拝読させていただきました。そちらを参考にすることで、より理解の手助けをいただけた気がします。いつも丁寧に、ありがとうございます!

    > 三浦しおん氏は「抑圧された少女としての性を思う存分解放させ、SEXを享楽的に楽しめたのが少女を少年に置き換えたBLと言う世界だ」との趣旨も語っています。

    私もこの意見にうなずかされます。昔から、女子のBL好きは「自分が舞台に上がらずして、堂々と性をむさぼれるから」だと感じていました。ここからも、女性にも男性が想像するよりずっと強い性衝動があるし、本能として一人を愛するようにできているというわけではないと思っています。

    「ゲイのBL嫌い」を気にしている女性はそれなりにいるでしょうね。私はむしろゲイでありながらBL嫌いでない歴野さまが不思議でたまりませんでした。実在のゲイの世界の中味をすっぽりくりぬいて、女性の妄想と置き換えたものがBLだと思います。そこに女性のしたたかさや狡猾さを感じ、どうしてもBLと名付けられたものについては身構えてしまいます。ゲイ当事者であれば、なおさらかしらと思っていました。アメブロを拝読し、なるほどなあと思わされることが多いです。

    作者からの返信

     まずお話しておきたいのは、僕は何を言われても基本的には怒ったり不快を感じたりはしない性格だと言う事です。
    「子供のころから異なる評価にさらされれば、それに影響された気質が形成されるのではなかろうか?」との事ですが、確かにそれは有るかも知れません。

     僕はこの回顧録の冒頭で「ゲイである事に深刻になったり苦悩した記憶がない」と書きましたが、それはそれとして、やはり「自分は一般的ではない」との自覚はありました。
    「自分は周りのみんなと違う」とは感じましたが、同時に「自分のような変わり者は他にも案外多い」とも気付いていました。

     おそらくヘテロに生まれて普通の環境に育ち、一般的な思考の中で生きて来た人(この場合男性)は、おそらく僕のような「気付き」は無く、またその必要も無く生きているのではないか?と思うのは、宇佳子さんの指摘に近いのではないかと思います。

     結果、僕は「世の中には色々な人がいて、色々な考え方がある」と思う性格になり、他人に対して受容の広い性格となりましたから、こうして宇佳子さんとコメントの遣り取りをしていても、ムカついたり傷付いたりする事はまずありません。
     今後も遠慮なくどしどしとご意見下さいね♪精神的にはかなりタフです。
    (ゲイは繊細との定説を崩して済まんです!)

     女性の性については男の僕には分かりません。
    「ゲイは女の気持ちが分かる」なんて定説も、まあ、人それぞれなんだろうと思います。

     確かに以前、ある女性から「女にも性欲は有る!」と聞いたことがあります。
     ホント、一般論ですが、映画でも昔から「昼顔」とか「エマニエル夫人」とか、女性の奔放な性を描いた名作がたくさんありますね。
     でも、やはり「女性の性」は僕にとっては計り知れません。
     だって「男の性」だって、よく分かっていないのにね😅

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    少年時代の性体験を赤裸々に語ってくださっていますが、さて、ここから「男」としての特性と「ゲイ」である特性を分離するとしたらどうなるのだろうな、と考えてしまいました。とはいえ、事例数1でそんなことしようというのには無理があるかもしれませんね。

    興味深く思ったのは、相手を一人に絞らないところです。これは非難しているわけではありません。まず、それを断っておきます(これは拙作『茶房カフカ』のタグをご覧になったら納得いただけるかもしれません)。

    好きという気持ちとセックスしてみたいという気持ちは独立して存在することができるのですね。そして、好きという気持ちにも、精神的な好き(圭くんに対する気持ち、平田くんに対する気持ちも?)と肉体的な好奇心を伴う好き(亮ちゃんにたいする気持ち、ジュンくんに対する気持ち)とが同時に存在する、と。

    同じ精神的な好きでも、相手はひとりに限定しません。でも、歴野さまが包み隠さず語ってくださる内容を読んでいると、それが自然だよね、と思えてきます。

    ここからは飛躍してしまうのですが……

    性を意識し始めたとき、それを「普通」のものとして受け止めた人たちと「普通」じゃないと悩んだ人たちとで、社会規範に対する疑いの眼の成熟度が異なるのかな、と思いました。自分の性的指向は社会で受け入れらないこともあるけれど、それは自然に存在するものだと実感していれば、それなら逆に、社会で当たり前のように受け止められている規範の中には実は疑うべきものがあるのではないか、と考えるようになるのかなと思います。

    ストレートの人たちは意識的にならないとこの疑いの眼を生じさせません。だから今ある規範は正しいものとして受け入れ、自分をそこに合わせようとします。その結果、複数愛や体だけの関係に脊髄反射のように嫌悪感を示してしまうのかなと思ったのでした。

    それにしても、平田くん、可愛いですね。

    作者からの返信

     まず最初にお知らせを…
     数日前、北野さんと言う女性から「ゲイのBL嫌い」について質問されました。
     やはりこのワードに引っ掛かりを感じる方が多いのですね→こうして表立って質問して下さる方は氷山の一角だと思うのです。

     これは返答が難しくて、またぞろ色々と書き込んでしまいました。
     宇佳子さんへの返信の追記ともなりましょうから、ぜひチェックしてみてください。
    14)トーマとジル〜
    15)理久、女子に〜
    ──この二つに質疑応答が載っています。


     で、今回の質問──「男」としての特性と「ゲイ」である特性を分離するとしたらどうなるのだろうな?
     に付いてですが、僕はあまりそんな風に考えた事がありません。

     まず僕は「男女」の他に「第三、第四の性」が有るとは考えていません。
     確かに「ゲイは男でも女でもなく第三の性だ」とする説もあります。もっと言うなら「アセクシャル」や「バイ」も「第四、第五の性」と考えて、それこそ「性の多様化」に結論を持っていく説も有ります。

     が、僕の考えは育った年代が影響しているのかも知れませんが、性別は動物学的な意味での「男」と「女」の二種類であると考えています。

     僕はあくまでも「男」であって、その中にマイノリティとして「バイ」や「アセクシャル」が存在する中の「ゲイ」と言うひとつの括りだと思って生きてきました。

     つまり順番から言うと「僕はまず男であり、その中でのゲイと言う少数派なのだな」との認識で生きてきました。

     だから僕は「男としての特性」と「ゲイとしての特性」を分離して考えたことがありません。
     男と言っても色々だし、ゲイと言ってもまたしかりです。

     強いて「自分の特性?」と考えると、恋愛観やSEX観はかなり「男」であって=トランスジェンダーの自覚はほとんどありません。
     ゲイとしても「100% 男好き」で、女性には全く性的な興味は無い──と言い切れます。

     相手を一人に絞らないところですが、これは全くもって「男の感覚」であり、女性的な「貞操観」と言うのは皆無です。

    「据え膳食わぬは男の恥」とか「英雄色を好む」とか「妾をかこうのは男の甲斐性」とか、昔から男がいかに沢山の女と交わりたい生き物なのかが慣用句として残っています。
     そして長らくそれらが肯定された時代が続きましたが、当節ではコンプライアンス的に「クズ扱い」です。

     多くのノンケ男がクズと言われないよう我慢している中、ゲイはやりたい放題だというのが現実です、って、あ、これも決め付けは行けませんね、ゲイでも色々です。
     特にトランスジェンダー気味で、かなり恋愛観が女性的なゲイはかなり僕とは違ったSEX観で生きていると思われます。

     僕の信じる説で「男の射〇」は完了。そして同時に「女の受精は開始」と言うのがあります。
     まさに言い得て妙だと思います。

     この話は次のテーマに続くのですが、「ストレートの人たちは意識的にならないと、この疑いの眼を生じさせません。その結果、複数愛や体だけの関係に脊髄反射のように嫌悪感を示してしまうのかなと思ったのでした」とのことですが、ストレートと言っても「男」と「女」では全くSEX観が違うと思っています。

     つまり上記の説が正しければ、一回の同じSEXで「男は完了」そして「女は開始」するのですから、事後の心理に全くの隔たりが生じます。

     男には「事後賢者」と言う言葉があります。終わると性欲が瞬時で収まり、出来ればとっとと身体を離してシャワーでも浴びたくなります。
     急に冷たくなったり、突然テレビを点けたりする身勝手な男もいますが、一般男性はそれをしません。

     SEX後の余韻に浸りたい女性を気遣い、しばらく抱きしめたり腕枕をしたり、女性に対してフォローします。
     これは人間特有の気配りであって、動物は交尾の後直ぐにオスはどっかに行っちゃいます。

     だから人間も、それが可能な男同士だと、終わって即→解散も珍しくありません。

    「複数愛」や「体だけの関係」を嫌悪するのは女性的な反応であり、多くの男はノンケ、ゲイに限らず、むしろそんなサバサバした関係を望んでいるとも言えます。

     複数の子宮に沢山の種を撒きたいのが「男の本能」ですから、つまりは大概の男の本性は現代で言う「クズ」です。
     が、それをしたくても出来ないのが現状です。
     ようするに慣用句で言う「男の甲斐性」が足りないし、認められない世の中になっているのです。

     ちょっと露骨なお話しをしてしまったかな?

     まとめとして、でもやっぱり十人十色──人それぞれだと言わせてください。
     貞操観が強く、ひたすら一人の相手に尽くすゲイもいます。
     いるよね?

    (いると思う…)

  • 15)理久、女子に振られるへの応援コメント

    BLに関するお返事読みました。
    大変勉強になります。そういう経緯というか歴史があったなんて興味深いです。
    本当にご丁寧にありがとうございました。

    作者からの返信

     書き出すとだらだら長くなるのが僕の欠点です。
     ただこの問題は特に説明するのが困難でして…
     だって「BL」と言う定義自体が変化してきている、てか既に変化を遂げている。

     先にも書いた通り「BL」と言うワードは今や一部のマニアックな分野ではなく、現在は「男性同性愛を描く全ての作品」を示すワードに変貌しました。
     ↑これは出版業界による商業戦略によるものです。

     対して昔ながらの「腐女子による特殊世界」も脈々と続いており、一派ひとからげに「BLとは〜」と安易に語れないご時世になりました。

    「ゲイが嫌うBL」とは、あくまでも「女性が女性のために描いた、イケメンだけのパラレルワールド」の事だとご理解いただければ、答えに近づくかも知れません。

    「BL」=同性愛への理解でも容認でもありません→なぜならそれは名称の通り、ボーイ(少年)だけの嗜好であり、同じ同性愛でもレズビアンについては無視された世界なのですから…

    編集済
  • ゲイのBL嫌いって初めて聞きました。私は物を知らない。
    何ででしょうか。耽美主義的過ぎるからですか?

    日本で同性婚が物議されているのをニュースなどで見て、BLの禁じられた恋みたいな非現実的なイメージから社会的な人権へと見方が変わって来ている事を心から嬉しく思います。

    作者からの返信

    「ゲイのBL嫌い」のワードに引っ掛かりましたか……
     いや、これは簡単に説明できる内容ではないので困りますが、実はこの欄のひとつ前のコメントで佐藤宇佳子さんから同様類似の質問を投げ掛けられており、私から長文の返信しておりますので、まずそちらをご覧ください。

     さらに付け足すなら「BL」と言うジャンルは元々「腐女子」と自称するごく一部のマニアックな女性達の「隠語」であった筈なのが、現在はまるで「男性同性愛を扱った全ての作品の代名詞」のように言われるようになった経緯は見逃せず、そのへんは僕の拙い説明よりもウィキペディアで「ボーイズラブ」と検索していただきたいのです。

     で、なぜゲイが嫌うかと言うと、かつての「BL」はあくまでも女性が女性のために描いた作品群だった訳で、そこには男同士のリアルは無く、また当事者でさえ赤面するようなハードなSEXが描かれており、まるで絵空事のような作品が多かったからです。

     竹宮恵子氏はその著作の中で「男女の恋愛を描くとどうしてもベッドシーンにたどり着く、当時はSEXシーンで男女の足を描いただけでストップが出され掲載出来なかった。が、なぜか男同士ならセーフだった」と記しており、男同士の「受け役=年下、低身長、美形」が女の代替えとして描かれた実態を語っています。
     三浦しおん氏は「抑圧された少女としての性を思う存分解放させ、SEXを享楽的に楽しめたのが少女を少年に置き換えたBLと言う世界だ」との趣旨も語っています。

     また少女マンガの主人公は、少女から見て共感の出来る「美人でない子」を描かなければならない。なぜなら余計な嫉妬を避けなければならないからだ。
     しかしながら美少年キャラなら思う存分美形が描ける。つまり「お蝶夫人」は決して主役にはなれないが「ジルベール」なら華麗に描くほど読者が喜ぶ、と…

     ちなみにうちの旦那も昔から「BL」が大嫌いで、彼は「腐女子は僕らの性を都合よく喰い散らかして娯楽にしている」と吐き捨てています。
     が、彼も同性愛をリアルに、そして誠実に描いた作品には嫌悪がありません。僕らから見て「BL」以外の「同性愛ジャンル」はちゃんと確立しています。
     つまり「BLの世界」は決して現実の僕らの存在とは相容れないのです。

     かつて「BLファンの女性」がゲイ雑誌に対し「興味があって観てみたらモデルはブ男ばかりだし小説も男臭くて気持ち悪い。同性愛が許されるのは美しい青年と少年だけだ!尊い同性愛を貶めるこんな雑誌は廃刊にして欲しい!」と投稿し、ただ事ではないと編集部が「現実とBLの解離」として特集を起こした事件があり、ある一定の年齢以上のゲイは「BL」とそれを支持する「腐女子は」に対して嫌悪感が広がった事実もあります。

     最近の「BLのお約束」でオメガバースと称する「妊娠可能な受けキャラ」か流行っていますが「男子懐妊」なんて扱うなら、それはもう男女の普通の愛を描けば?って感じです。

     ああ、結局長くなってしまった……

    編集済
  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。

    クラリネットの移調表記! 私はピアノしかやっていなかったので移調表記にはまったく慣れておらず、総譜を見ると、なんでそんな必要が? となってしまいます。

    そして、こちらこそいつもやり取りありがとうございます。男性の心理、ゲイの方の心理をここまでぶっちゃけて聞かせていただく機会はほぼなかったので、とても貴重です。
    たぶん、これからもいただいたコメントにさらに質問ということが出てくると思うのですが、それでは、「追記」ではなく、日時を冒頭に入れたうえでそのままコメントを追加させていただき、追加したことを別コメでお知らせいたしますね。

    作者からの返信

     音楽初心者の子供たちが吹奏楽部に入って一番の壁が、この移調表記なんですよね、笑
     こればかりは各楽器の特性だから仕方がない。
     特にピアノをやっていた人はその理屈(楽理)が分からないと、中々受け入れる事が出来ません(いかなる場合もピアノは原調だからね)
     それを同期生に教える役割を言いつけられて、まず僕が総譜を勉強しました。
     懐かしい。
     おそらく先輩方でも「?」な人が多かったと想像します。

     ところで、過去のコメントに「追記」した場合は知らせて貰わないと気付きませんが、
    新しく上げたコメントについてはその度に「カクヨム」から通知が届くので、宇佳子さんからのお知らせは必要ありません。
     思い付いたらどんどん「新コメ」を入れてください。
     どこに入れていただいても漏れ無く僕に伝わります。
     その点でも「新コメ」の方が便利で確実です。

  • すごい!
    私はバッハで初めてピアノに挫折感を覚えた記憶があります。ピアノが一気に難しく思えて、苦痛になりました。今となっては懐かしい。

    作者からの返信

     ピアノをなさっていたんですね♪だから「すごい」と思っていただける。
     こればかりはピアノを知らない方には中々分かっていただけない。

     同難易度の他の作曲家の曲と比べても、聴いた感じは全く「地味」
     誤魔化しの利くペダルも使えない。

     後にショパンやラフマニノフをかじるようになっても、バッハはずっと重荷で脅威でした。
     入門書扱いのインベンションでさえ天井が見えないんですよね、笑

  • 8)理久は小学1年生♪への応援コメント

    少女マンガのような恋がしたい男の子ってその年頃だと希少価値でしたね。
    ある意味理想の王子様だったと思います。色白で、ロマンチックで。
    とても素敵なお話でした。

    作者からの返信

     王子様なんて上等なもんじゃありませんよ、汗
     ただ周りの男児とは明らかに異質だったと思います。
     戦隊ごっこやライダーごっこに夢中な周りがやけに幼稚に見えました。
     ↑おそらく僕の中の女性的部分(早熟)があらわれていたのだと思います。
     トランスジェンダーではないけれど、ゲイにはそう言う傾向が大なり小なり有ると思いますよ…

  • 47)俺達は互いを引き合うへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。いつも興味深く拝読しております。

    ああ、なるほど。そうですよね。男子が集まれば気になる女子の話になり、その話についていけなければどうしても苦痛が表情に現れるか、いつもいつもその場を避けるかになってしまい、それに敏感な同じ指向の人であれば、ぴんと来てしまうのですね。
    でも同じクラスにこうやってあけすけに話ができる仲間がいたというのは、ありがたいことだと思います。これは歴野さまとジュンくんのどちらもが、同性愛を過度に否定的には見ていなかったからなのでしょうね。

    35話にいただいたコメント返信ですが、自分としても気になる点があったので、追記させていただきました。

    作者からの返信

     まず初めに──
     35話のコメントに追記していただいていた件に関しては、僕も追記しておきました。どうぞチェックして下さい。
     なお、今後は追記ではなく、新たなコメントとして連続して入れていただけたら嬉しいです。
     その方が会話のようになり、後から読んでも時系列がスッキリすると思うし、楽しいです。

     で、ジュンのことですが、読み進めていただくと分かるように、決して楽しい付き合いには発展しませんでした。
     って、あ、何だかネタバレみたいになるのでこの辺にしときます。

     今まであまりこのカクヨムではコメントをいただけなかったので、近ごろ宇佳子さんとのやりとりが楽しいですよ♪
     ありがとうございます。

  • 認知症でストレスがなくなり明るく朗らかになった人を知っています。
    お母様お大事になさってください。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     母とは複雑な関係でしたが、明らかに僕は「母親似」なんです。
     宇宙人のような父親とは全く似ても似つきません。
     似た者同士だからこその嫌悪と愛着──母も僕に対して複雑だったと思います。
     家族って難しいですよね、苦笑

  • 42)え?これって反省会?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    雪絵さん、すごい、素敵です! 

    > 雪「でもね、私の相手は同性だったから、ある程度の気持ちを伝えるだけで精一杯で、後はひたすら相手からの返答を待ち続けるしかなかったの。
    どんなに辛くても催促も出来ず、静かにずっと顔色を見ながら待つしかなかった……」

    この言葉に重みを感じます。

    作者からの返信

     僕は誰と接しても大概ツッコミの立場なのですが、なぜか雪絵といると完全ボケに回ります。そしてそれが、とても心地良い。
     僕らのやり取りを傍から見たら「会話のテンポの良い仲好し夫婦」に見えるかも知れません。
     僕が「ゲイに深刻にならずに済んだ理由」に雪絵の存在は大きいです。
     大切にしたい親友です。

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    ああ、前回質問させていただいた佐藤くんのセクシュアリティに関する話がここで出てきましたか。セクシュアリティを「性愛」の対象と限定してとらえるのも、また、正しくないのかもしれませんね。何をもって性愛というのか、どんどん定義があやふやになってきますが…… 友情と性愛もすっぱり分けられるものではなく、グラデーションなのだろうなと思います。モノセクシュアルとバイセクシュアル、ヘテロセクシュアルとホモセクシュアル、それらは座標軸の端であって、人間はその座標のどこかにぽつんと打たれた浮動点なのかなあ、なんて思います。

    修学旅行から夏休みのあいだの圭くんの気持ちを想像すると辛くなります。圭くん、それに佐藤くんがそれぞれ幸せになっていることを願います。

    作者からの返信

    「それらは座標軸の端であって、人間はその座標のどこかにぽつんと打たれた浮動点なのかなあ、なんて思います」
     との表現→とても的を射た言葉と思います。

     かねがね感じていた「バイセクシャルへの疑問」については前回のお返事に書きましたが、確かに僕は「ゲイ」と「ストレート」を1本の座標軸と考えていて、そのグレーゾーンの真ん中を「バイ」だとする考察を後に述べる事になります。
     でも何かが足りないような気もしていたのですが、なるほど、それら四つの座標軸の中に、しかも固定出来ない浮動点が不安定に行き来しているとするなら、尚さら的確な表現と思えます。

     ところで度々現れるこの私小説の「今後の表記」について不自然を感じるかも知れませんね、一言添えておきます。
     実はこの私小説は一旦アメブロの中で完結したものなのです。
     しかしそれはブログの中で書き散らかした「雑な覚え書き」のようなものでした。
     僕はそれを、ある程度ちゃんとした「読めるもの」に格上げするため、この「カクヨム」を利用して「推敲」→「改稿」を試みているのです。毎日少しずつ書き直して、カクヨムにこうして投稿しているのです。
     だから「今後○○なエピソードが出てくる」なんて先のお話しが出て来てしまうのです。
     ご理解下さい。

  • 男の子だからこういう目に遭うってあるかもしれませんね。
    理不尽すぎます。可哀想で、胸が痛くなりました。

    作者からの返信

     はじめまして😺
     コメントをありがとうございます。
     そしてレビューも載せていただきました。とても嬉しいです😽
     重ねてありがとうございます。

     はい、ゲイとして生きて来た自分の半生を書こうとしたら、いきなりこの幼少期の記憶がよみがえりました。
     おそらくゲイとは何にも関係のないこの記憶から書き始めたのは、やはりこのエピソード→自分の引き出しの奥底に長年秘められていた、相当なトラウマだったのだと自覚させられました。

     実はこの回顧録=書き始めたら、これ以降もたくさんの記憶と後悔をほじ繰り返すことになったしまいました。
     とても恥ずかしい過去の反省文ですが、よかったらお付き合いください。
     よろしくお願いします😸


  • 編集済

    35)圭と佐藤の深い友情 ①への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    佐藤くん、優しい! 頼りがいがあるのに繊細な気配りのできるところに胸を打たれます。
    それを台無しにするつもりは全くないのですが、純粋な疑問がわいてきます。
    もし佐藤くんが完全にヘテロな男性だった場合、圭くんの「女より男が好きだ」という告白を聞いて、「もし圭が俺を好きなら嬉しい」と心の底から思えるものなのでしょうか? 友情からの優しさはどこまで高まっても恋情とは相いれないような気がするのですが…… もし佐藤くんが圭くんから性愛対象としての愛を向けられ、それでも戸惑いなく受け止められるのならば、それはもうバイセクシュアル的なところがあったのではないかと感じました。そういう性的指向のグラデーションって、結構あるように感じています。
    それにしても、歴野さまと言い、圭くんと言い、すぐそばに良き相談相手がいたのはありがたいことですね。


    追記)
    「ただもっと不思議なのは」の方については、理解できる気がします。勝手な妄想かもしれませんけれど。
    ゲイで、ノンセクシュアルあるいはアセクシュアルの方もいらっしゃいますよね。歴野さまのおっしゃるのは、基本的にはゲイでノンセクシュアルの方のなかのバリエーションなのかなと思いました。
    つまり、恋愛対象は男性。でも肉体的接触は望まず、精神的な愛のみを求める。ここまでは普通のノンセクシュアルですよね。
    ただ、それに加えて、生理的欲求のはけ口として女性を求めているのかな、と(いやな言い方ですが……)恋愛対象となりうる男性は美しいもので汚したくないから体には触れたくない。でも女性はどうでもよいので排泄のお手伝いをしてもらう、みたいな。
    性的接触を汚いものと感じ、もしかすると女性蔑視もあるからこその精神性と肉体性の乖離かと思ったのですが、そんなことはないでしょうか?

    私としては理解しがたく、もっと突っ込んで聞いてみたいのは、ゲイだけれど女の人ともセックスできるという人の心理です。なぜできるのか、というのがとても不思議で……

    作者からの返信

     この回顧録の初っ端から鋭い質問をいただきました。
     実はこれを書き始めた時、ここまで(結果)大長編になるとも思っていなかったし、ましてや「バイセクシャル」なんて大きな問題(疑問?)を取り扱う事になろうとは思ってもいなかっのが本心です。
     後に僕は20代の頃「バイセクシャルのような人?」と5年も付き合って、激しく情緒不安定にされて振り回されました。
     その項目で僕なりの「バイセクシャルについての考察」を行っていますが、まだ先のお話しです。
     なるほど宇佳子さんはこの段階で既に佐藤に対し、この疑問を抱いたのですね、鋭敏だと思います。
     実は今に至っても「バイ」についてはよく分かりません。
     確かにグレーゾーンも広いのですが、僕の知っている限り「自分はバイだと言い張る偽物」がとても多い。
     つまり自分がゲイだと認められず、また認めたくもなく、やたらと「彼女がいる」とか「結婚している」とか自分を飾るのですが、その実態は単なる「女ともSEXできるゲイ」です。
     分かるかな?女とも出来ない事もないけど、本当にやりたいのは男なんです。
    そう言う人はとても多いです。
     ただもっと不思議なのは「自分は男を精神的には愛せるけどSEXは無理だ」と言いながら頻繁に二丁目に通い詰め、「SEXが出来ないなら付き合えない」と好きな男に振られたとマジ泣きしている奴もいたから本当に分からん!
     彼に言わせれば「SEXは女とするけど精神的には全く女を愛せない。だから結婚はしない」と……ホントによく分かりません。
     近年、便利な言葉が世を牽引しています→「多様性」→何でも丸く収めてくれます。



    ★追記について加えます。
    「ゲイなのに女とSEXできる人」が分からないのですね。
     案外これは容易に説明出来ます。

     つまり男性がスタンバイ(勃○)出来る要因はふたつ有って、ひとつは精神的刺激です。
    →好きな人を想ったり、エロい事を想像したり、エロ画像やらビデオを見たりと、触らなくてもカチコチに勃○します。

     もうひとつが物理的刺激です。
     →相手がなんだろうと、触られれば勃○します。
    また自分で刺激を加えても勃○します(ようするにオ○ニー)

     特に若くて健康で刺激に敏感人ほど、割と苦労なく女とSEX出来たりします。
    (精神的にはしたくなくても、ここぞとばかりに頑張る理由は色々ある、男としての沽券とか、自分はゲイじゃないと思いたいとか)

     ただこれは個人差が大きい。どんなに刺激されても女相手では全く勃○しないゲイも非常に多い。
     だから女と一回でもできると「俺はバイセクシャルだ!」と得意げに言い放つゲイも多い。

     が、元々がゲイだから物理的刺激に慣れ、歳と共に感覚が鈍くなると中々「妻」とはSEXが困難になり、結果レスになってしまう既婚者が多いようです。
     僕は、ゲイなのに世間体のために結婚する人は、女に対して不誠実だと思っています。
     あ、踏み込み過ぎた!

    編集済
  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。貴重な情報にいろいろと考えさせられます。

    男の子の精通は歓迎されないもので女親が介入しづらいもの、とのことですが、それなら男親がそこをフォローできないのだろうかと思うのですが、どうなのでしょう。昭和、平成前期であれば男親が子供の性教育に関わることはあまりなかったのかもしれません。でも今はかなり状況が変わっていているのではないでしょうか?

    精通でセクシュアリティを突き付けられるということには、はっとさせられました。男の人が好きなのだと気づかされて泣いてしまった男の子は、同性愛に対する(少なくとも周囲の)嫌悪感をすでに見知っていたということなのですね。むしろそれが悲劇だなあと感じさせられました。

    女の子の初潮が祝福されるものというのは、これも家庭によりけり、でしょうか。というか、個人的には、本当にそんな家ってあるんかいな、と思ってしまいます。

    初潮が強烈な性欲と同調することはありませんが、大人になることへの猛烈な嫌悪感に結びつくことは少なくないと思います。月経は今でも「表立って口に出しづらい恥ずかしい現象」というイメージを払拭しきれていません。逆に、精通を迎えた男の子が、「射精なんて汚い、大人になんてなりたくない」と自分の成長を拒絶することはないのでしょうか?

    作者からの返信

     そうですね、やはり母親の介入は難しいと思いますが、僕が言いたかったのは「知らなくて傷付けるのと、知っていて知らんぷりをしてあげるのでは全然違う」と言うことです。
     なら父親は?とのご指摘でしたが、改めてそう言われるまで僕は「父親の介入」なんて考えもしませんでした。

     うちの父親はこの後も度々登場するキャラクターですが、ほんと、仕事ばかりで子供に関心を示すような人ではありませんでした。
     が、それが幸いして特にぶつかることも無く、普通に円満に今に至っています。
     だから思い返してみて(もし父が僕の成長を気に掛けて性的なアドバイスをしてきたりしたなら…)と想像すると(げげっ!)と悪寒が走るし、大体そんなこと有りえません。
     そんな父と息子の関係でしたから、おそらくこの文章を書いた時、僕には「父親のフォロー」なんて思い付いていなかったのだと思います。
     どうだろう?
    「大切なことは父親から教わった」なんて息子もいるのかな?
     いるんだろうな?
     色々だから……

     それから「精通によって自らの性の対象を知らしめられる」と言うのは多いと思います。
     普通の男子(ストレート)は好きな女子や、たとえ精神性が伴っていなくても普通に女体に欲情して射○に至るものです→何の問題も有りません。
     が、僕ら(ゲイ)はその対象がはっきり男だと自覚させられるわけです→おおごとです。
     まあ、例外も多種あるだろうし、バイセクシャルに関してはよく分かりませんが、とにかく人それぞれだと思います。
     多様性ですね。
     ↑便利な言葉、笑

     中にはご指摘の通り「成長を拒んで複雑な心境に陥る男子」もいて不思議は無いと思います。
     ちょっとニュアンスは違いますが、僕の10代の頃の友達で「射○は不快だからしたくない」と自慰やSEXを回避する奴がいました。
     何でも射○の瞬間に偏頭痛に襲われるとか…
     僕には理解できなかった。

     ほんと、人それぞれだと言うことです。


  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > では男子は?と言うと、これまた教わるのは「月経」についてでした。

    え、そうだったのですか?! 恥ずかしながらこれは知りませんでした。

    関東地方のかたから、最近(?)では男女一緒に性教育が行われているとのこと。少なくとも月経については、ナプキンの使用法など、かなり突っ込んだところまで男女一緒の教室で学んでいるようです。男子の揶揄があったりしないのか(おそらくかつてはそれを危惧して男女別々に教えていたのではないでしょうか?)と尋ねましたが、彼女の肌感覚では、男子でもまじめに聞いていて、からかう子はいなかったとのことでした。男子の反応については地域柄も大きいのではないかと思いますが、大人が思う以上に子供はまじめにとらえるんじゃないかとも感じます。

    そして! 精通については、かつて学校では学んでいなかったのですね。それは片手落ちもよいところ。照れや性への関心が急速に高まる前の小学校低学年のころに、男女ともに基礎的な性教育をした方が良いのではないかと思っています。

    精通を迎えた男の子がそんなに悩むことがあるのだとは知りませんでした。でも自分の体に未知のことが起きて、お母さんに口を濁されたり拒絶されたりしたら、それはショックですよね……

    作者からの返信

     本文の初っ端に書きましたが、現在の性教育がどんな感じなのは全く分かりません。
     え、男女一緒に教わるのですか?

     僕が想像するに、かつて男女分けした理由は「男子が揶揄するから」と言うよりは「女子が恥ずかしがらないように」との配慮だと認識していました。

     現在→男女一緒と言うのはむしろ驚きました。
     ご時世ではセクハラにならないようにとか、コンプライアンス的な配慮とか煩く言われていて、男女一緒に生理の話なんかされたら、かえって男子の方が身の置き場に困るような気がしますがどうでしょう?

     それと、現在は男子の「精通」についてもちゃんと教育させるようになったのかな?
     それこそ女子の前でそんな事を話されたら男子だって恥ずかいと思うのですが、どうなんだろ?
     それとも最近の子は男女共に早熟で、そんな話はへっちゃらなのかな?

     僕の方こそ現在の性教育の現実を知りたいです。

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    子供時代の理久くんに多大な影響を与えた雪江さん。その雪絵さんと今でも良い友達でいるというのが素敵ですね。当時、雪絵さんのセクシュアリティについてお母さまがさばさばと受け止めていらっしゃったのはすごいなあと思わされます。
    アメブロの情報、ありがとうございました。さっそく拝読させていただき、前回のコメントに少し追記させていただきました。情報、とてもありがたいです!

    作者からの返信

     実はこの私小説を書き綴り始めるまで、な〜んにも思っていなかったのです。
     ただ毎日の仕事と生活に追われ、自分ひとりで好き勝手に生きて来たつもりでした。

     が、いや度々こぼしますが、回顧録って恐ろし…

     雪絵と言う存在がこんなに自分に影響を与え、助けられていたとは…改めてその存在の大切さを自認しました。
     家族と同様、古い友人というのも長い間に空気のようになってしまって、その有難さを自覚出来なくなってしまうんですね。

     こうして自分の過去と記憶を掘り返し、すっかり忘れていた雪絵のママのことまで思い出しました。
     子供の頃に強烈な印象だった雪絵のママ→正直すっかり記憶の引き出しの奥に埋没していました。
     こうして記憶を掘り起こすことで、すっかり忘れていた故人の若かりし頃の笑顔も鮮明に思い出せます。

     前回のコメントへの追記を読ませていただきました。
     早速 jimのブログをチャックしてくれたのですね、お恥ずかしいですが、あれが僕の実態です、笑


     


  • 編集済

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > 「ゲイのBL嫌い」は確かにあります。

    このあたりはとても気になるところです。「私たちマイノリティを感動ポルノとして消費するな」ということばを時に見かけますから。

    歴野理久♂さまがおっしゃるように、BL作品のおかげで、幼いうちに「自分と同じ立場のひとがいるのだ」ということを知ることができるというのは、その人の人生を左右するくらい大きなことだと思います。偏見がないうちに触れておくのとそうでないのとでは、大きな差が生まれることでしょう。

    でもそれは諸刃の刃でもあります。のちに当事者となった方であれば、自分の経験をもとにフィクションを現実のほうへと上手に合わせて解釈できるかもしれませんが、非当事者の方は、与えられたフィクションをまるっと受け止め続けます。それが「ゲイは繊細で芸術系の能力に恵まれていて……」などの色眼鏡となるのではないかと思うのです。

    すみません、御作の感想から脱線してしまったかも。BL文化が花開いたことには、同性愛が現実に存在することを知らしめる絶大なメリットがありましたが、もう一段上の理解レベルに進むのは難しそうだなと気になっているのでした。

    ゲイ当事者の、しかも子供時代からのこころの変遷の一例を教えていただけるのはとてもありがたいです。


    追記)

    アメブロの情報をありがとうございます。私が知りたい情報をたくさん学ばせてもらえそうで、嬉しいです。ゆっくりと拝読させてください。

    P.1と2を拝読いたしました。歴野理久♂さまはBLドラマを現実のものとして受け止めるのではなく、夢を与え心躍らせてくれる創作物として楽しまれているのですね。2020/11/28 17:30にご投稿された男性もまたしかり。でも、そうとらえられない方々もいらっしゃる、と。

    創作物の受け止め方は、受け止める側の経験や知識に大きく依存します。だから同じものを見聞きしても、それを現実のものととらえて嫌悪するもの、あこがれるもの、非現実的なものと受け止めて拒絶するもの、楽しむものと、反応が変わってくるのかなと思いました。

    私はドラマや映画が苦手で見ることはないのですが、歴野理久♂さまのBLドラマの楽しみ方は、ヘテロの男女が恋愛ドラマを楽しむのと同じようなものなのでしょう。ドラマはドラマ、現実にそんなに美しい展開があるわけではないとわかっているけれど、登場人物たちの気持ちになって、わくわくしたりはらはらしたりするのを楽しむ、と。

    でもそこに誤解や無理解からくる受け入れがたい描写があったら、ドラマ自体が台無しになってしまいますね。BL嫌いのご友人はそれが耐えがたいのではないかしらと思ったのでした。

    あ、ちなみに、「チャット君と共に横溝正史を語る」がおもしろくって読みふけってしまいました。『悪魔が来たりて笛を吹く』の情念渦巻く重苦しさは他に類がないのではないかと思います。

    作者からの返信

     実はこの私小説を読み進めていただくといずれ判明しますが、元々この「僕色」の執筆を始める動機になったのが
    「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」というBLドラマだったのです。
     そのドラマにハマり、関係サイトにたくさん投稿していた流れが、この私小説を書き始める切っ掛けとなりました。

     そこでのやり取りで僕は「ゲイのBL嫌い」について度々語っていて、当時のメンバーの方々にも認知していただいていた成り行きから、思わず僕はこの私小説の中でも「確かにゲイのBL嫌いはあります」なんて断定的な、なんなら(みなさんそれ知ってますよね?)的な書き方をしてしまったのだと反省します。

    「ゲイのBL嫌い」については語り出すと長くなってしまうので、もしよろしければ僕のブログを覗いてみていただけますか?
     上記の「チェリまほ」ファン向けに始めたブログなのですが、初っ端→第1回から第2回にかけてこれについて何度か説明しています。

     ここにはリンクを貼れませんが、検索していただければ直ぐに行けます。





    アメブロ「 jimの投稿履歴」


    「P,1 はじめまして jimです」から「P,2」まで。

     このブログは現在、すっかり「チャリまほ」を離れて「ゲイ向け」のお下劣ブログに変貌しているのですが、そのへんはスルーして下さい、汗

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    なるほど、ピアノをモチーフにした作品があるのは、このようなご経験がもとになっていたのですね。家にオルガンしかない状況でバッハの三声まで進んでいたというのが凄いと思いますし、ピアノを弾きたくて合唱部に入部したというのは素晴らしい情熱だと感じました。

    作者からの返信

     ピアノは好きでしたね。
     当時はまだ偏見が有って「男のくせにピアノか?」と周りに揶揄されたりもしましたが、でも僕の(好きなものは好き!)の思いは偏見に負けなかった。
     案外そう言う気の強さは持っていましたね。

     幸いだったのは両親にそんな偏見の無かったこと。
     最初に書きましたが、元々は姉に始めさせた習い事でした。
     が、弟の僕の方がハマったのは計算違いだったのでしょうが、その後の僕の上達を喜んでくれていました。
     ただピアノを買って上げられない事がむしろ悩みで辛かったようです。

     そこに手を挙げた祖母!
     中々のキャラクターですが、今後登場しますからお楽しみに♪

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    「ゲイを自覚した時、それらの漫画を読んでいた者と、その存在すら知らなかった者では、それこそ天と地ほどの違いが生じた事に間違いない」という言葉、そのとおりですよね。ゲイだけでなく、さまざまなマイノリティにとっても深くうなずけることだと思います。

    作者からの返信

     現在「BL」と言うカテゴリーが腐女子のマニアの領域を超え、幅広く認知された「エンタメの一大カテゴリー」となりました。
     それだけに枝葉も分かれ、種類や品質も玉石混交となりましたが、ゲイとして生きなければならない子供たちや若者たちには、取捨選択の余地のある良い時代になったと僕は思っています。

     黎明期の「少年愛もの」は純粋で無垢で美しかった…
     試行錯誤に悩ませられただろうに、当時の作家さん達の情熱は奇跡だったと思います。
     そして尚さら思うのはそれを認めて掲載した出版社!
     特に草分けの小学館!
     あの頃こんな「BL絶賛」の時代が訪れるなんて、誰が予測したのでしょう?
     先見の明には尊敬しかありません。

     うちは仕事柄書庫が広く、漫画も多く保存しています。
     後に波奈が結婚し、僕には可愛い姪っ子&甥っ子が出来るのですが、その子たちも何気に書庫の萩尾や竹宮を読んで育ちました。

     僕は特にカミングアウトしたわけではないのですが、彼らは自分の母や叔父がこれらを愛読して育った事を当たり前に認知して育ちました。
     今の僕を自然に受け入れてくれている要因なのかな?

     重ねて言います。
     特にカミングアウトしたわけではないのだけれど…

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    なんという恐怖。幼稚園の先生は、怪我をした子は庇うべき弱い存在としかとらえられず、その子に怪我の原因があるなんて、まるで想像もしなかったのですね。そしてお母さまも……。
    かたや波奈さん、すごい! 話を聞いて冷静に判断してくれて、これはヒーロー決定ですね。

    作者からの返信

     僕はこの私小説を「自分の全てを書こうと欲張った散漫なもの」ではなく、あくまでも「ゲイとして生きる」をテーマに描くつもりでしたが、なぜか初っ端からこのゲイと関係のない「冤罪エピソード」を書いてしまいました。

     思うにこの体験は幼少期の記憶の中でも唯一無二のトラウマで、これはもう「僕がゲイであること」なんて些細なことを吹き飛ばすほど、その後の僕に大きな影響を与えている恐怖の体験だったのだと、いまさらに気付かされました。

     回顧録って恐ろしい…

     僕はあの時の、取り乱した母の怖い顔を忘れていません。
     世の中のお母さん達にお願いしたい──自分の子供を信じてあげて!

     この歳になって幼少の記憶をほじくり返して、そして今になって自分のトラウマに気付かされるとは…
     実はこの私小説を書きながら色々と埋没していたエピソードを思い出し、自分でも驚きの「人生の見直し」をこの後もいくつか書きあらわす事になりました。

     繰り返します。

     回顧録って恐ろしい…

  • 1)弟の理久と姉の波奈への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    幼少時のエピソードを拝読していて、お姉さんとの関係性や周囲の大人の発言に、あるある、とうなずいております。
    今ならばアウトな発言、当時は多かったですね。でも昔の人がダメだったのではなく、人間って、すごく意識的に生きていないと、人を傷つける言葉がぽろぽろと洩れてしまうものなのだと思っています。

    作者からの返信

     はじめまして。
     コメントありがとうございます。

     僕の子供の頃は「男の子は青い服&女の子は赤い服」が常識、と言うよりそれが真っ当と決めつけられていました。
    「あら、男なのに色白なのね、それに比べてお姉さんは……」なんて言われて、実はこれは僕にとっても決して褒め言葉ではなく、子供ながらに(男のくせに色白!)と責められているような気持ちになった事もあります。
     言動から趣味趣向まで→ことごとく「女らしくない姉&男らしくない弟」として真っ当に育った姉弟でした、笑。
     でも、確かにハラスメントだらけの時代ではありましたが、現代のように何を話すにも言葉を選ばなくてはならない世情とはまた違った人間関係の構築も有ったように思い、懐かしくも思えます。
     姉と仲好く育ったのは幸いでした。

  • 進展が楽しみです。表現が叙情的でゲイの繊細さを感じさせられています。
    これからも応援しています。

    作者からの返信

     ありがとうございます。
     繊細ですか?
     うきょきょ♪😽
     僕はかなりなガサツ者なんですよ?
     確かにゲイには繊細な人も多いですが、僕は基本⇒極楽トンボです。
     その辺のところは追々見えて来ますよ、きっと😸
     カクヨムで初めてのコメント、とても嬉しいです🤍
     これからもよろしく!