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  • 162)バイってどうなの?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    以前から何度か拝見していた「バイセクシュアルって女も抱けるゲイなのでは?」のご意見、今回のエピソードでその根拠が分かりました。ゲイを見下し、自身のゲイ否定のためにバイセクシュアルを持ち出しているように見える人が何人もいたからなのですね。ふむ、そういう人たちはゲイを見下していた周囲に自分自身が染められ、そこから抜け出そうともがく被害者でもあるのでしょう。自分を認められないというのは、四六時中つきまとう感情で、きついです。でも、その負の気持ちを他者にまき散らすのは許されないことですよね。

    それはさておき、バイセクシュアルにもいろんなタイプがあるのでしょうね。恋愛って、まず、精神的に惹かれることは除外できないと思います(体より心が先という意味ではなく)。そのうえで、相手に向ける性欲は0から100までグラデーションなのかなあ、と。だから、精神的に強く惹かれるものを両方の性に対して抱く人は、性欲のあるなしに関わらず、バイセクシュアルなんだと私はとらえています。逆にセックスはできるけれど女性に恋愛感情を抱けない人は、バイセクシュアルではないと考えます。

    でも、その精神的な惹かれあいって、友情とは何が違うの?という疑問が生じます。もし精神的に強く相手を求めることがすべて精神的な恋愛なら、20代の理久くんがナッキーさんに抱いていたのも、紛れもなく恋愛ということになってしまいます。AIに質問すると、性欲に裏打ちされないが友情とは異なる、強い執着心を有する感情もあり、たとえばノンセクシュアルな人たちはその感情を恋愛感情と呼ぶのだと教えられましたが、しっくりきません。

    バイセクシュアルについての考察はまだ続くのですね。隼人さんの行動と心理についてはきっと後半にもヒントが隠されているのでしょう。

    浩一さんについては、男女でもあるあるの、典型的な泥沼ですね。ひとことで言うなら、相性が悪かった。建設的な言葉で表現するなら、好きになった相手をモノにしたいならそれ相応の努力が必要だ、でしょうか。
    浩一さん(もちろんもう一人の当事者だった歴野さんの目を通じての)を見る限り、相手から与えられることをひたすら願うばかりだったように見えるのです。恋愛について未熟過ぎたという印象がどうしてもぬぐえません。私は完全に浩一さんタイプ、彼の煩悶はすごくわかるだけに辛いです。理久くんが隼人さに自分にないセックスの強さを見出して憧れたように、浩一さんは理久くんの周囲を照らし出すような明るさに引き寄せられたのでしょうね。

    ……あああ、また長くなった! すみません m(_ _;)M

  • 161)セクシーの重要性への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > ノンケの男性は女性に対する受容性がとても高い気がします。

    ノンケ男性の女性に対する受容性が高く見えるのは、タイプど真ん中じゃないけれど許容できる女性を彼女とすることが多いからじゃないでしょうか。自尊心や性欲の解消先として。結婚直前で彼女を変えた後輩くんがふたりいるのですが、これも、それなんだろうなと思っています。そう考えると、ゲイ男性の(というか理久くんの)セックスする相手には不自由しなかったけれど、恋人には恵まれなかったという状況と、あまり変わらないかもしれません。

    じゃあ、女性はどうか、ノンケ女性も同じなんじゃない、と思いきや、やはりそこには男女の差が多少なりともありそうです。生物学的および社会通念的に。

    以前歴野さんがお書きになっていた「『ノンケ男性はセックスするのに女性に気を遣ったりお金を使ったり、大変だ』とゲイは笑い話にする」とのことを思い出しました。ワンナイトでセックスをするのはゲイ男性のほうがヘテロ男女より敷居が低いのかもしれません。でも、恋人として付き合うということになると、ゲイ男性のほうがはるかに厳しい注文を付けるということ。これは、セックスへのアクセスが簡単であるからこそ、恋人にはセックス以上の存在意義を求めるということなのかな、と感じました。

    前回書いたTシャツ実験、元は下記研究論文です(アブストのみ無料で読めます)。

    Wedekind, Claus et al.
    “MHC-dependent mate preferences in humans”
    Proc Biol Sci (1995) 260 (1359): 245–249 .
    https://doi.org/10.1098/rspb.1995.0087

    人間がパートナーを選ぶメカニズムは複雑で、においやフェロモン様物質による刺激と応答はファクターのひとつにしかならないでしょう。ゲイやレズビアンが同性に惹かれ、ヘテロ男女は異性に惹かれるのも、同じく、複雑なメカニズムは無数の単純なステップに翻訳できるはずで、その中の主要なひとつににおいがあるのでは、と思っています。

    作者からの返信

    「ノンケ男性の女性に対する受容性が高く見えるのは、許容できる女性を彼女とする云々」まさにそうだと思います⇒「彼女」とするんです。
     ↑つまりノンケ男性の多くは「やり捨て」なんてクズな事をしないし「出会い」を大切にする人も多い、と僕は考えています。
    (超モテ男でスケコマシなんて特殊例は省きますね)
     それだけ女性との縁が薄く、もし女性の方から声掛けされたら一も二もなく感謝感激のノンケ男性が、僕の周りにうじやうじゃいます。

     友達(ノンケ)が実感して発言した言葉に、僕ははっとした事があります。
    ───男は全体に薄っすら「女が好き」が根底にあるのに、女は全体に薄っすら「男が嫌い」が根底にある気がする───と言う内容でした。
     つまり男の基本は「受容」だけど、女の基本は「慎重」ではないか?との実感を彼は吐露しました。
     どうだろう?
     まあ、人それぞれと言ってしまえばそれまでだけど……

     あ、ここまで書いて思いつきました。僕がここで書こうとしている事をほぼ書き上げた記事が jimのブログにあります。

    「 jimの投稿履歴」
     2024/9/13付〜
    〈圭太さんからのコメントに返信します【1〜3】〉

     3回に渡る長文ですが、ゲイの恋愛観とノンケの比較をだらだら書いています。暇なときにぜひどうぞ♪
     頂いたコメントに対する返信も jim節の炸裂となっております。

    「ノンケの彼女作り」とはまた違った「ゲイの彼氏作り」──容易にSEXが成立すだけに返って難しいゲイの心理は宇佳子さんの考察の通りで⇒かなり的を射てます。
     その辺も詳細に(しつこく)書き散らかしていますから、このコメントの返送にも相応しいかと……

     って、いま念のためあちらを読み返して見ましたが、今回は変なネタバレもありませんからその点はご安心を!
    (前回不用意にブログ記事を紹介してネタバレになっちまった事を深く反省しております〜、汗)

  • 161)セクシーの重要性への応援コメント

    理久さん、更新ありがとうございます!

    今回は「セクシーの重要性」という、あまりにも潔く、説得力に満ちた講義を拝聴した気分です。

    「世の中、どうでもいい男の方が断然多い」と言い切る理久さんの、男を見る眼の厳しさと、だからこそ隼人さんという「稀有な相性」に出会えた時の衝撃……。理性や時間を一瞬で凌駕してしまうその暴力的なまでのセクシーなパワーに、圧倒されてしまいます。
    男という生き物を知り尽くしているからこそ辿り着く「野生の結論」。
    「やっぱり俺は動物だ」と自嘲気味に、でもどこか誇らしげに語る理久さんが、あの日、隼人さんという強烈なフェロモンを放つワンコを前に、瞬時に「受け入れ体制」を整えてしまったのも、もはや宇宙の法則のような必然だったのですね。

    そんな「相思相愛!」な二人が、そのセクシーさゆえにどんな嵐に巻き込まれていくのか。理久さんの本能が導く物語の先を、私も息を呑んで見守らせていただきます!

    作者からの返信

     ええっ?
     説得力に満ちた講義?
     宇宙の法則?
     あのね kukuri さん、話が壮大すぎますよ〜!
     単なる理久のスケベ噺ですよ〜!
     ゼハゼハ…

     何だか kukuri さんにはいつも過剰評価していただいて恐れ入るばかりです。
     でもホント、隼人の事が好きで好きで堪らなかった。

     僕なんて何だかんだ言っても高校生の頃からやらかしていた不埒者でしたが、
     隼人は25歳まで真面目に?(内心かなりな悶々だったらしいけど)
     むっつりお○ん○んだけ元気に(てかその元気を持て余して)
     生きてきた人だったから、そりゃ僕も大切にしてあげなくちゃ!
     優しくしてあげなくちゃ!
     あれもこれもしてあげなくちゃ!
     と思って責任重大と感じて付き合い始めました。
     その後とんでもない苦悩に見舞われようとは……

     はい「現在の理久」による愚痴はもう少し続きます。
     ご容赦を……

     あ、追記!
     宇佳子さんへの返信で jimブログのとある記事を紹介しましたが、もし良ければ kukuri さんもどうぞ♪

    編集済
  • 160)SEXアピールってすごいへの応援コメント

    理久さん、更新ありがとうございます!

    今回は『なぜナッキーさんではなかったのか』という、全読者が抱いていた最大の謎に対する、あまりにも正直で鮮やかな回答でしたね。

    安定感抜群のナッキーさんの隣で安心して『ボケ』ていられる幸福感よりも、襟足の青さや、ヒップに抗えない理久さん。

    理性ではナッキーさんだと分かっていても、本能が隼人さんという『野生の魅力』を掴んで離さない。この、抗えないフェロモンの勝利こそ、理久さんの描く恋愛リアリティなのですね。

    159話で明かされた、宝塚の客席からずっと理久さんを見つめていた隼人さんの執念にも驚きましたが、それを『喰っちゃった』とチャーミング?に笑い飛ばす理久さんの軽快さが、二人の関係性をより魅力的に見せています。

    『好きになる人は選べない』という、残酷で甘美な真理。

    その真理に従った結果、理久さんがこれからどんな『本番の地獄』へと真っ逆さまに堕ちてゆくのか……。感度を最大にして、次回の更新をお待ちしております!

    作者からの返信

     kukuriさん、そうなんですよ。理性が判断するベスト・パートナーと、本能が求める性欲の相手は必ずしも一致しない場合もあり得るんですよ。
     それはヘテロの男女でも同じだと思います。
     端から見ていて「あの二人はお似合いだよね♪」なんて思っていたのに、結果として全くタイプの違う別な相手を選んだりして、「え?あの人たちがくっついたの!」って驚かされるパターンは、案外そう言う事なのかも知れません。
     ヘテロは大昔からこう言います──「恋愛の相手と結婚の相手は別だよ」って。
     僕はゲイなのであんまり結婚と言うイメージで相手を探してはいませんでしたが、確かに昨今「同性婚」なんて話が真実味を帯びてくると、やはりゲイも、ヘテロと同じように考えるのもリアルかな?と思えます。
     当時、もし同性婚という選択肢があったなら、なんてったって理想の相手はナッキーでしたね、間違いなく。
    (あ、でもこれはナッキーの気持ちや考えもあるだろうから、あくまでも僕ひとりの思考です)
     でももしかしたら、そんな理屈でナッキーと同性婚したとしても、そのあと不埒な理久は度々出会う SEXアピールムンムンの色ぽい男と、いけないおいたを犯してしまっていたかも知れません(それも複数回?色白スケベだからな〜)
     ああ、やっぱり結婚って、理性や条件じゃなくて「セクシー」で結ばれた方がいいのかな?あ、いや、分からん!
     結婚なんて論外の世代に生まれた理久は、単純にゲイにまい進出来て幸いだったか?
     どうなんだ?

  • 160)SEXアピールってすごいへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    『恋愛的嗜好がまんま亮ちゃん』、これ、面白いですね。嗜好ってどうやって定まっていくのだろうと考えてしまいました。

    亮ちゃんといえば理久くんにとっては「甘いにおい」の人。においの好みの理由を探った実験に「スウェットシャツ実験」があります。その実験により、DNA型のより離れた相手のにおいをより好む傾向が『マウスでは』得られているそうです。ただし人間では真逆の結果も得られているとのこと。人がどのようなメカニズムでそのにおいを「快」と感じるのか、現段階では究明されていないようです。
    https://forbesjapan.com/articles/detail/41954
    また、上記の記事では、人間の恋愛嗜好に対する嗅覚の影響は限定的というほのめかしをしつつ、においが心身に性愛的な反応をもたらす可能性を認めてもいます。つまり、においが人間の嗜好に与える影響については、まだ研究が追いついていないだけで、かなり大きいのかもしれません。

    幼児期の体験はその後の嗜好に大きな影響を持つと思います。好きなにおいに関連付けられたシグナル(ここでは容姿)があれば、その容姿も好きになることはないか、とChatGPTに聞いてみたら、それは心理学でいうところの「転移」「学習」であり、ありうるよ、とのことでした。

    誰かを好きになるなり方には年齢も関係するのでしょうね。容姿や声、におい、仕草など、何に惹かれるのかにはいろんなパタンがありますし、もたらされる感情も、性的興奮もあればより穏やかな愛情もあるでしょう。それらは、さらに、年齢とともに変化していくものだと思います。

    二十代のころの理久くんは、ナッキーさんの容姿にも性格にもセックスアピールを感じなかったとのこと。でも、一緒にいて誰よりも楽しいという不動の特別枠にはおさまっていたのですね。理久くんの気持ちが年齢とともにどう変わっていくのか、こちらも興味深いです。

    「生理的に男が嫌い」なレズビアンもいれば、女性と同じ部屋にいるのですら不快に思うゲイもいるとのこと。これもとても興味深いお話でした。その生理学的メカニズムが知りたくて調べていたのですがまだ調べ足りず。いつか機会があれば歴野さんのご意見も聞いてみたいと思います。

    作者からの返信

     宇佳子さん、この実験は以前バラエティー番組で観た記憶があります。
     番組の信憑性については分かりませんが「娘が父親の体臭を嫌うのは近親相姦を防ぐために遺伝子に組み込まれた本能だ」との説の検証として、確か5〜6組の父娘が出演し、父親が丸一日着たTシャツを嗅ぎ分けると言う内容でした。
     娘は全く同じ数枚のTシャツから「最も不快な臭い」から「最も気にならない臭い」までをランク付けするシステムでしたが、見事に全員、自分の父親のTシャツをワースト1か2に選んでいました。
     確か「ナイトスクープ」だったかな?あ、いえ、これは記憶に自信がありません。
     とにかくバラエティー番組の企画だったのでヤラセはあったかも知れませんが、どうでしょう?

     それと「レズビアンが男嫌い」「ゲイが女嫌い」と言うのも、突き放した言い方にはなってしまいますが、結局は人それぞれだと思います。
     僕が雪絵個人を見たところでは「女が好きだからレズビアンになった」のか、それとも「男が嫌いだからレズビアンになった」のか、よく分かりません。それくらい「男嫌い」です。
     でも、僕の知っているレズビアンの人もそんなに多くないし、正直あけすけに話せるのは雪絵だけなので、アンケートにするには甚だ頼りないです。
     僕自身は若い頃から女性に対し共感出来ることが多く、親しみも感じていましたが…
     これどうだ?言っていいのかな?──歳を経ると共に、近年は女性が面倒になって来ました。
     仕事関係でも近所のごたごたでも、とにかく「女ってうざ!どんなにガサツで乱暴な奴でも男の方が可愛げがあるわ」なんて愚痴るようになって来ました。
     単なるジジイ化?

  • 159)ずっと君が好きだったへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    「ずっと君が好きだった」って、これは、王道の殺し文句ですね (*^^*)。亮ちゃん、圭くんに始まり、浩一さんからの「王子さま」呼び、このあとにも少なくとも一件はあると考えると、歴野さんの「自分はそんなにもてない」が謙遜であるのが、ますますはっきりしてきたのではないかと。
    隼人さんは彼女公認で理久くんと関係を続けているわけではないのですよね。三人が二つのカップルとして妥協できる形で付き合えていれば、それはそれでよかったのでしょうが、そうもいかなかったのでしょう。この状態で隼人さんと関係を重ねる理久くんの屈託も気になりますが、隼人さんの精神面は大丈夫なのかなあ。

    作者からの返信

     いやいや、時系列で言うとこの頃はまだ大学生ですからね、俺。
    「鬼も十八、番茶も出花」っての通り、若いうちは「若い」ってだけでそれなりに…ってとこですかね?
     いやいや、俺なんて30代以降は凄惨なくらいモテなくなります、お楽しみに!
     って、いやいやまだ先の話ですね、汗
     隼人とは5年も付き合いましたが、そりゃ色々有りました。そのへんも臆せず書こうと思います。
     なあに、難しいジュンと浩一を何とか描き終えたので、あとは随分気楽かも?


  • 編集済

    158)ああ…反省会Part3への応援コメント

    理久さん、更新ありがとうございます!
    今回は雪絵さんのキレ味鋭いツッコミに、思わず拍手喝采してしまいました(笑。

    前回の重厚な贖罪の空気を見事に切り裂く『レロレロの色白ス〇〇・モンスター』というパワーワード!雪絵さんのような理解者が、理久さんの『綺麗事ではない本音』を容赦なく引き出してくれるおかげで、この物語が単なる回想録を超えた、血の通った人間ドラマになっているのだと感じます。

    『男としての排〇は必要生理』と開き直りつつ、雪絵さんの追及にタジタジになる理久さんの姿が目に浮かぶようです。若さゆえの過ちや、一夜のつもりが泥沼化してしまった戸惑い……。
    それらを隠さず、さらには笑いに変えて届けてくれる理久さんのサービス精神こそ、読者が惹きつけられる理由なのでしょうね。

    雪絵さんと飲み明かす夜の空気感まで伝わってくるような、素晴らしい『反省会』でした。
    嵐の前の静けさのようなこの賑やかさ。次回の展開も、お酒とおつまみを用意して?楽しみにお待ちしてまーす!

    作者からの返信

    「前回の重厚な贖罪の空気を見事に切り裂くレロレロ〜、というパワーワード!」
     の件、僕はそこまで緻密な計算をしての演出でも編集でも無かったのですが、kukuriさんも本当に読みが深くて恐れ入ります。
     いえね、この回顧録を書くにあたり時系列の出来事順を表にまとめた時、浩一の事を書こうかどうかほんとうに悩みました。書けば「きれい事で済まない自分をさらけ出さなければならない…」
     が、しかし、ここで逃げたら素人のおっちゃんが自費出版した自叙伝を親類縁者に配る自己満足のようなものに収まってしまう。あれ?それってどうなんだ?
     と思い、ジュンの件と共に臆せず書き表わす決心をしたのです。
     まあ、ここまで書き上げればあとは平坦!(と思ったのも間違いだったが…)
    「嵐の前の静けさ」ですか?
    本当に皆さん先読みが鋭くていらっしゃる。
     確かに地獄の三角関係を清算し、ここからは隼人との幸せが始まるかのようですが、確かにここからが本番!
    本当の三角関係はこれからなんですよね…シクシク😭
     それにしても浩一……あの後どうしたのか本当に気になります。
     出来るものなら「僕色同窓会」を開きたいよ😆
     浩一だけじゃなく、圭も佐藤もジュンもサトシも、みんな一堂に介したらどんな事になるんだろう?
     修羅場か?
     がはは🥳🎉
    (↑極楽エロとんぼ)

  • 158)ああ…反省会Part3への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    隼人さんのことが好きで好きで仕方なかったのですね。これは理久くんには珍しく、自分が好きになったお相手との幸せなお付き合い……と思いそうになりましたが、違うわ、彼は亮ちゃんのケースと同じで、彼女がいるのでしたね。爆弾を抱えたお付き合い。万が一にも隼人さんが自分を選び、彼女と別れてくれないか、そんな一縷の望みを抱きつつの交際だったのでしょうか。

    心と身体は、かすがいになるものがなければ、男であろうと女であろうと、自然とばらばらになりがちなのかもしれません。それがことさらあしざまに言われる筋合いはないと思います。ただ、快楽を得ようと美食にふけるのとは異なり、セックスをするなら生きた相手がいるもの。相手が遊びと考えているのか真剣なお付き合いと考えているのかを慎重に見極め、自分と考えが合わないなら、泣かれたとしても最初のうちに別れてしまうのが、相手にも自分にもダメージが少ないということですね。

    さて、雪絵さんの以下のセリフが気になっています。

    > 「ああ嫌らしっ!これだからもう!男なんて大嫌い!!」
    > 「ゲイもノンケも一緒よ!男なんてみんなキモイのよ~!」

    酔った(?)雪絵さんが漏らした偽らざらる本音なのでしょうか? 理久くんとあっけらかんとゲイ男性の生態について会話をし、理久くんの「排泄」目的のセックスについてもさらりと容認していたので、上記のセリフに戸惑ったのでした。

    雪絵さん、何かありましたか? それとも、レズビアンの男性嫌いというのは、これほど一般的なことなのでしょうか? 

    同様に、ゲイの女性嫌いも一般的なのでしょうか? あ、もちろん、あからさまな性的接触以外で、です。

    以前、女性の(性的な意味合いはまったくない)ボディタッチに激しい不快感を覚えるというゲイ男性の描写を書いたら、「ゲイであることと女性に触られるのが嫌いということは別問題だ。あなたは混同している」、と指摘されたことがありました。それ以降、この問題についてずっと気になっています。

    ボディタッチについて、「性的な意味合いはまったくない」と書きましたが、それは触るほうの意識です。そもそも体を触るということは親密性を意識させる行為です。触られた方は性的な接触を連想し、その結果、不愉快になりがちだということはあり得るんじゃないかと想像しています。

    ただ、体に触れたりせず、会話する分には女性を嫌う理由もないのかなあとも思います。あ、においは嫌厭する理由になるかもですね。女性の体臭が嫌で、寄ってくれるな、と。

    今回は短いコメントにしようと思ったのに、長い……。失礼しました。

    作者からの返信

     いつもながら宇佳子さんの読みが鋭いです。
     これで隼人と幸せになりました──とはなりませんよね〜
     次の「章」の大見出し→「隼人と生きる光と影」です。
     はい「光」と「影」なんです。
     やれやれ……

     ところで、かねがね「僕は決してゲイの代表ではありません」とあちこちに書いていますが、雪絵だって決して「レズビアンの代表」ではありません。
     ここで僕が「レズビアンとは云々」とは書けませんが、雪絵のことなら書けます。

     雪絵は根っからの男嫌いです。
     もちろん社会生活を送る上で、例えば仕事の同僚とか社交上の関係の構築とかはちゃんと出来ていますが、どうやら「生理的」に男が駄目なようです。
     欧米風の屈託の無いハグも、日本でありがちな酒の上での無邪気なスキンシップも一切駄目なようで、そこは僕も弁えて付き合っています。
     幼馴染でどんなに仲好しでも、僕と雪絵はハグどころか握手もした事がありません。
     男の匂いとか吐息とか、存在そのものが不愉快なので、至近距離はアウトなようです。
     僕はそれ程でもないのですが、雪絵に合わせて(尊重して)不必要に近付かないように心掛けています。

     が、実はゲイにも雪絵に勝るほどの女嫌いはいます。
     宇佳子さんが「女性のボディタッチに不快感を覚えるゲイ」の描写で否定的な指摘を受けた件ですが、僕が思うには「混同」とかじゃなくて、現にそう言うタイプのゲイは存在します。
     ゲイは女性と親和性の強いタイプも多く(僕もそう)仲良くなると抱きついたり腕組んだり、ペットボトルの回し飲みなんかも平気なゲイも多い反面、女と狭い空間に一緒なだけで(カラオケとか)気持ち悪いと不機嫌になるゲイもいます。
     やっぱね、ゲイもビアンもヘテロの男女と一緒!色々な人がいるんだとしか言えませんよ。
     ゲイはこうだ!
     ビアンはこうだ!
     とステレオタイプに言うより、やはり個人差と言うか、あまり使いたくないけど、やはり多様性?
     ↑ああ、やっぱり便利な言葉……だよね。

     ここからは僕の想像なんだけど──ノンケの男で必要以上に男同士の接触を嫌悪する人がいます。
     要するに酔って肩を組んだりなどの、普通の男同士でもありがちな接触でも「野郎同士で気色悪い!俺に触るな!」とか言う人が一定数います。まさに「男だけでカラオケ?あんな狭い部屋に野郎ばかり詰め込んで何が楽しい?気色悪いだけだろう!」って言う人の事です。
     性の対象じゃないからでしょようか?(そう言う人の多くは女性に触りたがりのセクハラ常習)

     つまり、ゲイの中でも内面がことさら女性的な人ほど、性の対象でない女性に対して嫌悪が強いのではないか?
    ──と……

     あ、また余計な道に入ってしまった!
     やめとこ…

    編集済
  • 157)今にして浩一を想うへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    若さもそうですし、自分が当事者であるということもまた、冷静な判断を悲しいくらい妨げますね。岡目八目とはうまく言ったものです。当時は、浩一さんの辛さにときおり気づくことはあったとしても、必死に縋りつこうとしてくる浩一さんの束縛から自分自身を守ろうと、理久くん自身精いっぱいだったのではないですか? 未熟だったふたりにとって、これは、もう、仕方がなかったのかなと思います。苦しい思い出ですが、いま、こうやって正面から向き合うことができたのは、まさに理久くんから歴野さんへの大きな成長の結果なのでしょう。

    女装を仕事にしている方に男くさい仕事からの転身が多いのを「反動」というのには、いささか疑問が残ります。ゲイが先天的であるのと同様に、トランスジェンダーや異性装も先天的なのではないでしょうか。かたい仕事にもともと従事していた人が多いように見えるのは、それ以外の仕事では比較的異性装に寛容であるから、異性装を仕事にしなくてもやり過ごせるということもあるんじゃないかと感じます。

    今回の浩一さんに関する考察を読んでいて、ふと思いました。男性への「男らしくあれ」は今でも、暴力的ともいえる圧力を持って存在している場合があります。そんな社会通念に年若いゲイが強く押しつぶされているなら、自分を無条件で受け入れ庇護し甘やかしてくれる存在を切望するようになるのではないでしょうか? その無償の愛は、容易に「親」のイメージとつながります。親に対する失望や恐怖を味わっていないゲイなら、ずっと年上の恋人を求めることにつながっていくのではないでしょうか。

    作者からの返信

     宇佳子さんの感想やご意見を聞いていていつも思うのは、やはり人それぞれ色々な感性の広がりや深みが有るんだな、と素直に思えることです。
     僕はこの私小説の中で時折「決して自分はゲイの代表でも代弁者でもありません」との断り書きで自分自身にも釘を刺しているのですが、それでもうっかりするとついつい「ゲイのあるある」として決め付けた物言いになってしまうことも有りますね、気を付けないと…
     女装の仕事に就く人に「むしろ男臭い業種からの転職が多い」と言うのは昔からよく言われる「あるある」なのですが、でもそれも時代の変化で今は随分変わってきているとも聞きます。
     昭和のころ、70〜80年代の女装の仕事と言えば完全水商売で、これは女性のホステスもそうですが、銀座に代表されるような、かなりなプロの厳しい世界でした。
     男の世界ではホストクラブもそうですが、かなりな上下関係とシゴキで、暴力的にも(反社?)怖い世界だったと、女装バーの草分けである青江のママや吉野のママも語っています。
     いやいや、元自衛官ぐらいの根性がなければ務まらない仕事だったと聞かされていました。
     平成から令和に至り、女性の世界もプロの専業ホステス(お店に登録して自前で掛売営業をする)なんて殆どいなくなり、経済新聞なんて読みもしないキャバクラやガールズバーのお姉ちゃんばかりに変貌したように、近年の女装バーも、ホステスと言うよりは「ショーパブ」のダンサーと言われるような明るい世界に変貌しています。まあ、その裏側が傍目で見るほど甘くないのは変わらないでしょうが…
     てかコロナの影響もあるけど、今でもそんな華やかない商売がまかり通っているのかな?改めて考えてみれば現状もよく知らなくての発言でしたね、うん、良くない。
     現状→女装と言えばマッコさんやミッツさんのようなドラッグクイーンが主流のご時世ですね、あ、はい、この方達はいわゆる「女装ホステス」とは全く違った業種の皆さんです。パフォーマーですね。
     あれ?なんでこんな歌舞伎町案内所みたいな話になったんだ?
     駄目だな〜また話が飛躍してしまった。
     失礼しました😅


  • 編集済

    156)ごめんよ、浩一……への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。タイトルを見てなかなかその先に進めず、拝読してもおふたりそれぞれの辛さが迫って来て、ただただ苦しくなっていました。

    別れを切り出したのは浩一さんでしたか。彼に言わせてしまった、それが衝撃でした。でも、この顛末を包み隠さずさらけ出された歴野さんの誠実さに頭が下がります。渦中にあった理久くんには理解できなかったことを、時の流れとその後の経験で冷静に振り返れるようになったという証なのですね。

    生きる世界があまりにも違えば、たとえ「いいな!」から始まったとしても、合わないところが次々と見えてくるものですね。理久くんにとって浩一さんはそもそもタイプからかけ離れていた人。頑張って恋人という体裁を整えていても、いったん歯車がかみ合わなくなれば、すべてが崩壊するのは必然だったのでしょう。

    いかつい体つきから想像もできないほど、その内面は臆病な駄々っ子のような浩一さんです。恋人に対する執着も、子供がお母さんを独り占めするかのようです。精神的な幼さがここまで強いと、お付き合いを通じて直していくには、そうとう相手を選びそうで、浩一さんの道は険しいなと重たい気持ちになりました。

    誤解を恐れずに言えば、一読したとき、このときの理久くんは残酷だと思ってしまいました。でも、この破局のあとに理久くんは告白されることを恐れ厭うようになってしまったのですね。それが意味する深刻さがじわじさと実感されてきました。この経験は理久くん自身が意識する以上に理久くんの心を深く切りつけていたのでしょう。どうして別れを切り出したお前が泣くんだよ、と心の中でつぶやいたのは、理久くんが必死になって自分の心を守ろうとした足掻きなのかもしれません。

    理久くんの恋愛を通じ、人間って、いろんな人がいるのだなあというのをまざまざと感じさせられています。その人の魅力だけでなく欠点や無様なところも容赦なく描きながら、強く魅了してくる人間を描き出せる筆遣いに、引き付けられます。

    作者からの返信

    「臆病な駄々っ子」とは中々に言い得ていますね。
     それも宇佳子さんが「現在の僕」と同様に、大人目線だからこそ言える表現であり、相手は未熟な大学生なわけだから、保護者的な目線で「放っておけない子」とも思えましょうが、当時の僕には無理でした。
     自分の事で手一杯で、とても駄々っ子のお世話なんて無理でした。

     そうなんです。僕は怖かったのです、浩一の反応が…
     自分の不用意な言い方ひとつで大事件にもなりそうで、とても別れを切り出す勇気も湧きませんでした。
     そこに浩一の方から切り出してくれたのです。渡りに船としか思えませんでした。
     その言葉の奥にどんな思いが秘められていたのか……当時の僕は見ようともしませんでした。
     使い古された言葉ですが、若気の至り……としか……

     はい、そして僕は「求愛させるのを厭う人間」になってしまった。
     これ、一見すると自惚れた発言に聞こえるでしょうが、相手が真剣なら真剣なほど困惑と嫌悪のパニック状態でした。
     得てして物語のような両想いは少なく(てか、俺はあまり経験がなく)とにかく「どうでもいい所」から言われても迷惑なだけ!と強く忌避していた時期が有りました。
     ↑かなり傲慢。

     ああ、若さゆえの過ちでしょうか?
     え、あ、いやいや!
     この歳になっても嫌なものは嫌ですよね!
    (てか、もう誰もこのジジイをそんな風にも思わないだろうけど)

  • 理久さん、更新ありがとうございます!

    ナッキーさんとのマシンガントーク、まるで映画のワンシーンを見ているようで最高に楽しかったです。

    遊園地から動物園、水族館の『ペンギン餌やり体験』まで……。恋人とはできないような『恥も外聞もないはしゃぎっぷり』を共有できる相手がいるって、人生において何よりの財産ですね。理久さんの動物好きが暴走して、羊にタックルしたりシャチに抱きつこうとしたりするエピソードには、理久さんの無邪気な生命力が溢れていて思わず笑顔になりました。

    でも、ナッキーさんの『理久が望むなら……』という言葉や、必死に隼人さんのことを『サカリの付いたワンコ』と腐してみせる姿に、彼の切ない本音が透けて見えて、少し胸がキュンとしました。

    これほどまでに相性抜群で、お揃いのカチューシャまで持っているナッキーさんを『特別枠』と呼びながらも、あくまで友情の域を出ない理久さん……。その罪作りなまでの『天然さん』なところが、ナッキーさんや今の彼たちを惹きつけてやまない魅力なのでしょうね。

    楽しい夜の裏側で、少しずつ近づいてくる『二股の清算』という嵐。この温かい友情がどう理久さんを支えていくのか、次回の更新も心待ちにしています!

    作者からの返信

     ナッキーはねぇ……
     今後もナッキーとの複雑な関係が度々描かれますが、当時の僕にとってナッキーは「友達だった」と言うより、「恋人としては見れなかった」と言ったほうが正しかったのかも知れません。
     どんなに相性が良くて仲好しでも……好みのタイプってか、セックスアピールってか、誰にも乗り越えられない壁って有るでしょう?
     ところが隼人はその壁をひょこっと、なんなく乗り越えてしまった。そんなところかな?
     ルックスで言えば、確かにナッキーは綺麗過ぎて……って、褒め殺しは止めよう!
     正直に言って、そのままリボンつけてスカート履かせれば女子に見えちゃうナッキーに全くそそられなかった。って事かな?俺はゲイだから…
    (当時はそんな事、可哀想で言えないよ〜)
     ただ、そんなナッキーも歳を経ながら徐々に顔つきも男らしく、逞しくなって行くから!
     まあ、長〜い目で見てやって下さい!
     人の気持ちは変わるしね。

     そして、そうだね、浩一のこともちゃんとしないと😓

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    あれ、ナッキーさん、亮ちゃんの顔を知っているのですね? それにしても、口の悪いナッキーさん (^^;) でも実はとてもやさしいというギャップがいいですよね。
    あらら、とうとうケンちゃんさんからも理久くんとナッキーさんの相性の良さを指摘され、ナッキーさん自身からもアピールされているのに、理久くんはまったく気づこうとしない(ふり?)。

    でも、それが良いのかもしれませんね。

    理久くんの「恋人と付き合うって決して楽しい事ばかりじゃない」という言葉、つまりナッキーさんと恋人になってしまったら、今まで楽しいことばかりだったふたりの関係に面白くないことが入り込むかもしれないとも、考えられるのかもしれません。それを恐れ、意識的にか無意識のうちにか、付き合わないようにしていたのでしょうか。恋人とはできないけれど、親友となら楽しくできることもある。恋人って、一体何なんだろうな、と考えてしまいました。

    前回の、男性同士だと歳の差カップルも少なくないという話に興味がわきました。ヘテロのカップルだと、やっぱり生殖を念頭に置くからでしょうか、女性が男性よりも10歳、15歳も年上というカップルは極めて少ないと思います。同性同士だからこそなのでしょうか? それとも、男性同士に限られることなのでしょうか? 恋愛対象群のどこに魅力を感じるのかについて、ヘテロ、ゲイ、レズビアンで何が異なり何が共通するのか、気になるところです。

    作者からの返信

     はい、ナッキーと出会ったのは亮ちゃんと別れた後でしたが、その後「亮ちゃんとのエピソード」を知ったナッキーに「見せろ見せろ!」とせがまれて何枚か写真を見せました。
    「なるほど、理久はこんなんが好きなのか…」と言われたけど「いやいや、あんま顔は気にしないから」と答えましたが…、あ、ちなみにサトシもサークル飲み会のスナップ写真を見せてます。

    「恋人になると破局の後に会えなくなる」とのトラウマが亮ちゃんで成立してしまったは確かです。恋人ではなかったらしいけど、ジュンとの事も同様でした。

     言われてみれば確かに、ヘテロに比べるとゲイは歳の差カップルは多いですね。なぜだろ?一度ブログの方で考察してみようかな?
     ゲイの指向に「フケ専」ってのは珍しくなくて(タッチとかナッキーとか)僕自身もアラフィフで十代の子に泣かれて困った事があります。
     親子ってより、もはや犯罪でしょう?まあ、何とか事なきを得ましたが……

    編集済
  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。

    え、この遊園地通いに動物園・水族館通いは、どう考えても理久くんとナッキーさんのデート…… (^^;) 

    たしかに恋愛の「恋」の部分では、相手に対するときめきがあって、相手にいいとこを見せたいくせに、素の自分をわかってもらいたいというジレンマが渦を巻いているもの。激しい精神の乱高下は楽しいけれどくたびれます。理久くんにとってナッキーさんは、そんな心の動揺なしに付き合える間柄なのでしょうね。同世代で同じ町出身。共通の趣味があり、互いにゲイであることも知っている。ふたりで一緒にいると、気楽で、バカを言い合えて……もう、家族ってことでいいんじゃないですか? 兄弟みたいな……あ、これは違う意味になっちゃうのでした💦

    十五歳の年齢差があると、同じものを同じように楽しむのは難しいのでしょうか? アミューズメントパーク好きなおじさまって結構いますが、これも今だからなんですかね? 男女関係なしに、年上が年下に「どこ行きたい?」「遊園地!」で年下がはしゃいでいるのを見て年上が楽しむ構図って、いかにもありそうに妄想していましたが、現実はそうはいかないのでしょうか? 気になりました。

    これが①ということは②もあるのですね、お次は理久くんの番でしょうか、楽しみにしています。デートっていまいちわかりません。そもそも何をすべきなのか、どのあたりが楽しさポイントなのか。

    動物お好きなんですね。ヒツジとかペンギンを抱きしめるの、気持ちよさそうです。私はダチョウをハグしてみたいです。

    作者からの返信

     実は、時系列から見たらこの章は浩一と隼人との板挟みで苦しんだ「二股時代」を描く順番なのですが、これがどうして…中々ペンが進まない。
     やはり誰しも辛かった頃の記憶って、中々文章にまとめ難いものだと思います。むりやり搾り出してもやはり楽しいお話にはならないしね。
     ええい!ならばいっそ!
    ──と、ナッキーとのいちゃいちゃ噺を挟んでみました。
     自分自身の気分を上げて、その勢いでペンを走らせようかと……

     ところで「15も歳が離れていると──」の件ですが、男同士の場合⇒一般的に見て中々に不自然に見えますよ?これが…
     先ず同年代なら普通に友達同士に見えるし、それこそ多少の年の差は兄弟や先輩後輩に見えるから問題無い。
     ところが15歳差となるとどうだろう?
     ↑ゲイの歳の差カップル(案外多い)の多くが気にしている点です。
     若い叔父と甥っ子?
     上司と部下?
     先生と生徒?
     いやいや、普通二人で街を歩いたり、買い物したり、お茶飲んだり……
     あまりしませんよね?
     親子ほど歳が離れていると、それこそ文字通り父親と息子に見えるかも知れないけど……
     普通いい歳した親父と息子がイチャイチャと映画を観たりしませんよね、まして遊園地なんて……
    ───と言うことです。
     ゲイは色々なことで、特に人目を気にして生きています。
     亮ちゃんも「俺は見た目フケてるし、理久は歳よりずっと若く見えるし、これじゃまるで、おっさんが若い子を連れ回してるみたいでみっともない!」って嘆いていたし、案外他人からどう思われても平気な僕の方が、ゲイ界で少数派なのは間違いありません。

    編集済
  • 153)隼人はとにかく元気への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    相手を裏切っていると知りつつ、素知らぬふりをし続ける苦しさには耐えがたいものがありますね。浩一さんと顔を合わせるのは土日だけとはいえ、その秘密を抱え続けた三か月間は短い時間ではなかったでしょう。でも、そのストレスが隼人さんとの関係にも暗い影響を及ぼすなどということにならなくて、本当に良かったです。

    > 隼人を好きになれば好きになるほど、浩一が疎ましくなってしまう

    そして、浩一さんを疎ましがる自分に嫌悪感でいっぱいになってしまうまでがセットですね。これは想像するだけでも苦しいです。

    隼人さんがつねに理久くんのお○ん○んを触っていたということ、初めは、ぬいぐるみや毛布を撫でたり抱きしめたりするようなものかな、と思いました。肌触りの良い、ちょっとボリュームのあるものって、触れていると安心できますよね。身体でそれに該当する部位、つまり骨がなくてそれなりにボリュームがあって触りやすい部位って、乳房とお○ん○んくらいなんじゃないでしょうか? 触っていたくなるという気持ちはわかります。

    でも、そうかと思いきや、理久くんが彼のほうに手を伸ばしたら、きちんと反応していたとのこと、ここでわからなくなりました。歴野さんのご説明でも「ただの手慰みじゃなくて、隼人はいつも、ちゃんと僕に発情していた」とのことでしたが、興奮してはいたけれど、何かをするというわけでもなかったのですよね。これって、ストレスがたまりはしないのですか? 勃起しているからと言って、必ずしもやる気満々になっているわけではない、ということなのでしょうか?

    作者からの返信

     男性器の機能について少し語りたいと思います。

     勃○力でまず言われるのは「年齢差」ですね。
     実は一番高性能なのは10代と言われていて、環境さえ整えば最も生殖力は強いです。
    「とにかくやりたい年頃」と揶揄される高校時代などは、それしか考えていない男子も珍しくありません。
     1日数回の射○でも、ものともしません

     ただ社会的立場も経済力も到底子育てなど無理な年代だから、そこは自制せざるを得ない男子も多いですが、中には確かに、無責任にヤリまくりのモテ系イケメンもいますから、女子は自分を大事にしなければなりませんね。
     ↑正直、恋も愛もあったもんじゃないです、同年代の女子が思い描くロマンスなんて猿男子には無縁です、笑

     そして20代→30代→と年齢を経るほどに機能が落ちていくのが自然の摂理です。
     が、しかし、その「年齢差」を遥かに凌駕するのが「個人差」です。
     若くてもED(昔はインポと言っていた人)はいるし、高齢でも元気な人もいます。指揮者のストコフスキーは70代で3人目の妻に子供を産ませました。

     で、僕は……実はそれほど元気な質ではないな…と自覚していました。
     あ、もちろん(その気になれば)ちゃんとSEXは出来ますが、ただ四六時中→例えばちょっと触られただけで感じたり、ちょっとエロ本見ただけで反応したりは、若い頃から殆どありませんでした。冷静なチ○コでした。
    (歳を経た現在は益々、とても高尚な賢者のたたずまいです、はい)

     人は自分に無いものに憧れ、求めるところが有ると思っています。
     隼人の元気は僕にとっての憧れ→「自分に無いもの」でした。
     だから僕のチ○チ○を触り放題の隼人も嬉しかっただろうけど、そうして股間をパッンパッンにしている隼人を、僕の方も大好きだった事を否めません。
    🥳🎉
    (ああ、こりゃのろけだな〜)

    あ、つけ足し!
     勃○したら射○しないと収まらない、と言う訳ではありません。
     気分が変われば途端に萎えます。そこはご心配なく
    😆🤚

    編集済
  • 153)隼人はとにかく元気への応援コメント

    理久さん、更新ありがとうございます。

    今回は特に、理久さんの心の奥底にある『隼人さんへの絶対的な肯定』が熱く伝わってきました。

    理屈や言葉を超えて、身体が正直に反応し続ける――そのシンプルで力強い『愛情表現』に、理久さんの繊細な感性が共鳴してしまったのですね。赤ちゃんがおっぱいを求めるよう、という比喩には、単なる欲情を超えた、魂の結びつきを感じました。

    浩一さんへの罪悪感に震えながらも、目の前の熱量に身を任せてしまう理久さん……。
    『自分を嫌い』と言いつつも、その葛藤が今の理久さんを形作る大切な欠片なのでしょうね。

    これほどまでに真っ直ぐに求められ、それを受け入れた五年間。その『元気すぎる』日々の幕開けを、これからも大切に読み解かせていただきます。

    作者からの返信

     あまりの手癖の悪さに俺も辟易として
    「なんでそんなに俺のち○ち○ばかり触って来るの?」って聞いた事もあるんです、少し強めに…

     そしたら「だって理久のチ○チ○だもん」って…
    「え?」と奴の顔を見直したら
    「だから、大好きな理久のチ○チ○だから♡」って、顔を真っ赤にしながら言われたから、俺…
    (あ、どうぞどうぞ!いつでも触って?)って思っちゃいました。

     それに
    (隼人の父ちゃんも、母ちゃんに対してこんなんなのかな?)なんて余計な想像をしてしまった事も思い出しました😆🎊

     

    編集済
  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。

    ふたりの恋人と付き合うことイコール二股というわけでもないのですが……

    ひとりの恋人を愛するのとまったく同じやりかたでふたりの恋人を愛そうとすれば、それはすぐに破綻を迎えるでしょう。おっしゃるように、時間も精神力も体力も有限ですから。もし、真面目にふたりと付き合おうと思ったら、そのときは身も心も、それなりのやり方にシフトする必要があると思います。

    まあそれはそれとして。

    やはり浩一さんとの付き合いに、理久くんはかなり無理をしていたということなのではないでしょうか? 恋はふたつに分けられない、のではなく、恋が始まったら、無理して恋だと思い込もうとしていたものがいかに恋とは似ても似つかないものかわかってきた、ということじゃないかなあと感じました。

    迫られるのに弱いとのこと、確かにそれは以前言及させてもらった記憶があります。でも、迫られて断れなかったときも、迫って押し倒したときと同じく、理久くんのほうが相手に尽くしていますね。せっせと相手の好きな料理を作ったり、肉体的にも相手を喜ばせようと。それが興味深いです。付き合うと決めたからには、とことん尽くさないと気が済まないから? 生来の世話好きがここでも発揮され、たとえきっかけが相手に押し切られてであっても、積極的に相手を喜ばせてあげたいということなのでしょうか? この細やかさ、濃密さで人を愛そうとしたら、確かに恋人ふたりは負担が大きすぎますね。

    隼人さん、本音がいまだによくわかりません。本気で理久くんを求めているように見えたのに、彼女と別れるつもりはないって、うーん??

    作者からの返信

     二人の人と恋人として付き合っていたら、それは僕の定義ではやはり「二股」としか言えません。
     二股どころか、それ以上の人もこの世には存在しますよね。僕はそう言う人を、ある意味尊敬してしまいます。
     世の中的には「クズ」と言われますが、それは複数の恋人を持つ人がクズなのではなく、元々クズな人が節操もなく複数の相手との乱行の結果であり、繰り返しますが、複数の相手とちゃんと恋人としての体裁を守りながら付き合える人はまずマメであり、几帳面であり、経済的にも甲斐性の有る人なのだと思います。
     ↑そんな優れた人はそうそういないと思います。
     その点⇒歴野理久はダメダメでしたね〜、汗
     二人の恋人を持つなんて到底無理!
     無理無理無理!
     好物の料理してあげたり、お風呂で身体洗ってあげたり、お洗濯してアイロンかけてあげたり……もう、一人で手一杯!
     二人は無理!大汗

  • エコエコアザラクとか懐かしい文字が頭にうかんじゃいしました
    私は女で結婚して孫までいたりしますが
    女の人も愛せたと思います(そういう目で見てた女性は二人しか浮かばないけど)

    そういう私も中学の時、『さぶ』って言葉を発案した(?)と言われてるある編集長の作ってる雑誌で投稿文書いたりするバイトしてました
    その頃はゆるやかに男×女以外の恋愛事情は知られていたけどまだまだ閉鎖的でしたね
    今の時代、どこか人間味は失われた気がしますがそれでも"理解"が広くなったことは嬉しかったりもします
    あ、感想じゃなくて持論みたいなの書いてごめんなさい

    作者からの返信

    「持論」大いに結構ですよ、笑
     僕のところには「考察」や「論文」のようなコメントも多いです😆💥
    「エコエコアザラク」
    懐かし〜!古賀新一どこ行った〜!
     ぽんぽこぽんさんも同性愛の自覚があったんですね?
     僕がこの項目で書きたかったのは、当時の少女漫画界における少年愛分野の台頭についてでしたが、そう言われてみれば……あまり女性同士での愛を描いた作品は多くなかったように思います。
     やはり作者も読者も(異性である)男性同士のことは正に絵空事のように描き散らかすことが出来たけど、やはり自分たち(女性)の性となると表現に躊躇したかな?
     それは現在のBLブームと、その割にさっぱり流行らないGLの実態にも現れていると思いますが、いかがなものかな?
     ただ、BLも長い変遷を経て随分変化しました──そんな僕の「持論」もこの私小説の端々で語っています。
     よろしくどうぞ!

  • お母様も自分なりの正解で頑張ってきたのですね
    笑顔が多くなったの良かった

    作者からの返信

     ぽんぽこぽんさんの言葉を借りれば、母親の「正解」と僕の「正解」が食い違うことが多かったのだと思います。
     それでもやはり、大きく括れば母親と僕は、人間として同じタイプのグループにいたのかも知れません。なにせ僕は母親似でしたから…
     母親は当時のあの世代にしては「男らしくしろ」とか「男のくせに」とか言わない人でした。
     それは姉に対しても同じで、「女はね…」なんて言わない人でした。
     だから僕たち姉弟は自分らしく育つことが出来たと感謝しています。
     ただ、僕がゲイとしての生まれてきたことは「正解」とか「不正解」ではなく、これ僕の「生きざま」でしたから……
     そこを理解し合うことはとても困難でした。
    (父親なんて蚊帳の外だったのに、笑)

  • 親子だから仲良くやるのが正解
    みたいなルールや常識は
    成績が、高学歴が、大手勤務が
    人の質とイコールされるくらい
    浅い意見ですわ

    親子だろうが人間同士
    合わないものはあわない

    それに、滑り台事件は軽い話じゃないですよね
    恐怖と悲しみと怒りに巻き込まれてるのに
    最後は自分の絶対的な味方であるはずの人から信じてもらえなかったら大人でも削れてしまいます

    作者からの返信

    「相性」はあるし、重要ですね。
     人は誰しも自分を中心にものを見て、考えます。そんな自分に対し、好意を抱いてくれる人もいれば、その逆の人もいます。
     何もかも「相性」と決め付けるの安直ですが、家族という親密性が高い関係だからこそ、かえって複雑な関係を構築してしまうことは有り得ると思います。
     現に僕と母親は、僕が進学のために上京し、距離的にも時間的にも親密性が薄くなって、むしろ互いに反発する事がずっと減ったと自覚してます。
     父親とは衝突も喧嘩も、な〜んにもないのにね。同じ親でもこの違いはなんでしょう?やはり「相性」かな?
     僕が「母親似」であることは間違いありません。
     

  • は、波奈さん!!!!
    凄い!こんな風に大人に言ってくれる身近な存在が(しかも子供)いてくれたのは大きな救い
    (;´Д⊂)自分の中に似たような風景があるせいか、なんだか刺さります

    作者からの返信

     3歳上の姉でしたが、幼少の頃の3歳差はとても大きかったと思います。
     いまでこそ対等に遣り取りしていますが、僕が社会人になる頃までは、完全に「姉=目上の存在」でしたね。
     まして幼少期はただでも成長が早く、おませな姉でしたから、僕にとっては完全に保護者的な存在でした。
     シスター・コンプレックスと言ったら、未だに僕はそれかも知れません。
     僕がゲイだろうと何だろうと、完全肯定してくれる姉は僕にとって最も大切な人のひとりです。
    🥳🎉

  • あああ……辛い(;´Д⊂)当時の『僕』の
    恐怖と怒りが流れ込んでくる
    学校でも教師の機嫌を損ねたら
    グーパン喰らう時代でしたもんね
    誘導尋問、片側だけの意見を信じる
    幼いからと否定を嘘と決めつけられる

    そんな子供時代の記憶は身体は大きくなってからも、心の萎縮が残ってしまうわ

    作者からの返信

     そうなんです。
     僕は「我が人生!」なんて、人間理久を全てを網羅した大作を書こうだなんて思ってもいなくて、ただ「ゲイとしての道のり」と、そこに焦点を当てて私小説を描こうと思っていたはずなのに、なぜか初っ端からこのゲイに何も関連のない冤罪エピソードを書いてしまいました。
     いえね、この歳まで生きてきて、普段こんな事すっかり忘れていたんですよ?なのに……
     回顧録って、やはり眠っていた記憶を掘り起こす作業だったんですね。
     恐れ入りました…😓

  • 1)弟の理久と姉の波奈への応援コメント

    時代背景といい、お姉様の禁忌話といい
    自分とシンクロして
    読みながら意識が昭和にワープしました
    語り掛けるような、それでいて気さくな
    作者様の文章好きです

    作者からの返信

     はじめまして、歴野理久です。
     こうしてコメントをいただけるのはとても嬉しいです。これからも何か感じたらどしどしおたずね下さい。
     ただ、僕はダラダラとした駄文がやたらと長文になってしまう欠点を自覚しています。その点、驚かずにお付き合い下さい。
     またその割にはお返事に数日掛かり、お待たせしてしまう事もあろうかと思いますが、本業をこなしながらのカクヨム活動ですのでお許しください。
     では、お暇つぶしにこのつづきもどうぞ♪

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。

    「好き」へと向かっていく気持ちは止めようがないですね。

    相手が見せた隙だらけの姿は自分しか知らないのだと気づいたら、それは興奮しますし、そのにおいに理性よりも深いところをぎゅっと掴まれれば逃げようもないでしょう。

    『誠実なクズ』という言葉があって、私はこれがかなり気に入っています。道徳や倫理にはひっかかるけれど、自分が対峙する人間に対しては誠実であろうとするスタンスのことですね。歴野さんのここまでの生き方にその精神に通ずるものを予感し、ずっと興味を引かれています。

    作者からの返信

    「誠実なクズ」ですか?初めて聞く言葉です。
    「世界中が君を非難しても僕は君の味方」と言う事でしょうか?
     つまり「僕に浩一がいても、隼人に彼女がいても、それがダブル不倫という世間からは非難される不貞であっても、僕は目の前にいる隼人からの愛を誠実に受け止める」と言う事なのかな?
     何だか恐れ多いな…
     俺なんて、単に押しに弱い、軽いだけの奴みたいだけど…
     はい、この振り返り小説を書きながら改めて思うのは、ホントに俺、口説かれるのに弱いってか、断るのが苦手ってか、案外浩一にも隼人にも引っ掛けられてるのは俺の方で、結局押され負けしてたのかな?との自虐です。
     亮ちゃんと破綻したりサトシに振り回されたり、案外この頃の僕は疲弊していたのかも知れません。
     そんな時に限ってパンチの効いた二股交際⇒ここから先が本当の「疲弊」でした。

  • 理久さん、更新ありがとうございます。

    「俺だけが知っている隼人の姿」――その秘密を共有する背徳感と高揚感が、文章から色っぽく伝わってきました。

    特に「匂い」という感覚的な部分から隼人さんの無垢な反応まで、理久さんの視点を通すことで、読者である私たちまで二人だけの密室に引き込まれる(覗き見する?)ようです。

    浩一さんという存在がありながら、隼人さんに対しては「可愛い」と容赦なく溺れていく理久さんの心の揺れ動き…まさに『大変なこと』が始まってしまいましたね。

    この罪作りな二股の結末、これからどんな嵐が待ち受けているのか、優雅に、かつスリリングに見守らせていただきます

    作者からの返信

    「俺だけが知っている隼人の姿」⇒確かにそうですね。
     男にはとても繊細で正確なセクシー受信機が備わっています。
     口だけでどんなに愛を語ってもそこが無反応ならそれまで。
     逆にどんなに平常を取り繕っていても、そこがビンビンに反応しているならやる気まんまん。
     って、そんな表現は普通女子向けのBLでは書かれない内容でしょうが、僕が隼人から感じた一番の愛情表現として、忘れられない特徴でしたから率直にかきました。
    「匂い」もね、実は女性からしたら単に「汗臭い」だけだったかも知れません。
     ↑それを源氏物語の匂宮のように感じるんだから、僕もよっぽどの男好きなんでしょうね、あはは😆

  • 150)抱いてやる隼人!への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。同じ穴の狢です。

    本文じゃないから比較的気楽に脱線させていただきますが、数字で紛らわしいなと思うのに、倍と二倍問題もありますね。倍と一倍と二倍は、同じことを指すことが多いというこの不思議。さらに、「二倍増える」は「二倍になる」のか「三倍になる(もとにその二倍分を足す)」のか、数値を聞くまで分からないという。日本語の混乱ですね。

    隼人さんとの邂逅はドラマのような展開でした。思い人からもう会えないと言い渡されたものの、どうしても諦めきれず、ひとこと告げられたお店を連夜訪れ、彼の痕跡を探しつつ傷心を癒そうとする。そこに、偶然(え……?)思い焦がれた彼が現れる。思わず嬉しさを隠せない顔で見つめ,話しかけたとたん、彼からむぎゅと抱きしめられ……(隼人さん視点)

    ああ、でも、会っちゃったのですね。
    今回に関しては、こうなることはフラッシュに来る前から自明でした。いや、それどころかフラッシュのことを隼人さんにもらした時点で、いやいや、ホテルに行った段階で、もう避けようのない流れだったような気もします。つまり、隼人さんの内面は、抗うことが無理なくらい理久くん好みだった、と。

    とは言え、ケンちゃんの言うように、自分が心から愛する相手がいつどんなタイミングで現れるかは知りようがないものです。恋人がいるときにそんな人と鮮烈な出会いをすることもあるでしょう。心が誰かに動き続ける限り、つねに取捨選択をしなきゃいけないのでしょうね。

    でも、いま隼人さんの手を取ってしまったということは、一時的に浩一さんを裏切っていることになってしまいました。これはまた「ナッキーに叱られる」パターン……。

    作者からの返信

     同じ狢としては「負けず嫌い」と言うワードが昔から引っ掛かっています。
    「負けたくない人」つまり「勝ち気な人」ですよね。
     それって普通に「負け嫌い」で良くない?

    「負けず」ってイコール「負けない」って事ですよね?
    「負け知らず」って事ですよね?
    「負けず嫌い」って、そのまま読むと「負けない事が嫌い」つまり「負け好き」って事になりませんか?

     よく分からん!
     実はこれ、AIにも聞いたんだけど納得のいく説明は受けられませんでした。
     はい、今日の狢タイムでした〜、ってこれ冗談!
     シリーズ化するつもりは全く有りませんので誤解無きように願います…

     本題
     はい、こうして僕は人生初の「二股交際」しかも「ダブル不倫」と言う「三角関係」を経験する事となりました。
     詳細を語ると本文に障りますのでご勘弁下さい。
     このつづきはまた明日〜!
     🥳🎉

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。149話の余談に関してです。コメント追加できないので、こっちに書かせてもらいますね。邪魔だったら(邪魔ですよね💦)二日後くらいに削除しますので、おっしゃってください!

    なるほど、「○○日目」「○○日後」のカウント法の違いではなく、「しあさって」っていつなの?というお話だったのですね。

    これについて少し耳にしたことがありましたが、チャットくんの回答のニュアンスがやや違っているかな?と思ったので、調べてみました。学術調査の報告書や新聞社の記事なら、まあまあ信憑性があるかなと思うので、そのあたりの参照サイトを挙げてみますね。

    「しあさって」はもともと関西で三日後の意味。東京では江戸では三日後の、それ以外では四日後の意味として定着。
    http://www.asahi.com/area/tokyo/articles/MTW20160627131340001.html

    明明後日をしあさってという分布図(3-2.図参照)
    https://www.mie-u.ac.jp/report/files/aeecd5dcaef8c15dbb98e84800619fd5.pdf


    以下、AIに参考文献を挙げるよう強要して(^^;)解説してもらった文章です。貼り付けますね。この参考文献2はおもしろそうです♪

    *   *   *   *   *
    【「明後日の次の日」の主な呼び方と分布について】

    現在、共通語としては「しあさって」が広く浸透していますが、古くからの地域方言を見ると、主に以下のように分かれています。

    西日本(および現在の共通語):「しあさって」
    分布: 近畿、中国、四国、九州などの西日本一帯。現在ではテレビなどの影響により全国的な共通語として定着しています。
    特徴: この地域では「あさって」→「しあさって(3日後)」→「やのあさって(4日後)」という順序になります。

    東日本(伝統的な方言):「やのあさって(やなさって)」
    分布: 関東、東北、北海道などの東日本。
    特徴: 東日本では古くから、3日後を「やのあさって(やなさって)」と呼び、4日後を「しあさって」と呼ぶ地域が多くありました。西日本と「しあさって」「やのあさって」の意味が完全に逆転しているのが最大の特徴です。現在は共通語の「しあさって=3日後」が浸透したため、世代間で意味の食い違いが起きることもあります。

    東海・一部地域:「ささって」
    分布: 三重県を中心に、愛知県、岐阜県の一部など。
    特徴: 「あさって」→「ささって(3日後)」→「しあさって(4日後)」という独特の体系を持っています。


    <分布の背景と逆転現象>
    この東西での名称の食い違いは、方言学でも有名なテーマです。
    もともと「しあさって」という言葉は西日本から広まったとされており、それが東日本へ伝播する過程で、もともと東日本にあった「やのあさって」という言葉と意味のズレや押し出し合いが生じ、現在のような複雑な逆転現象が起きたと考えられています。


    <参照文献>

    1. 国立国語研究所 編『日本言語地図(LAJ)』
    1960年代に全国規模で行われた方言調査をまとめたものです。「明後日の次の日」のような日常語が、日本列島でどのように分布しているかを示す詳細な地図が収録されています。

    2. 佐藤亮一 編『方言の地図帳』(講談社学術文庫 / 2019年 など)
    上記の『日本言語地図』などのデータをもとに、一般読者向けに分かりやすく解説した書籍です。まさに「やのあさって」と「しあさって」の東西対立がトピックとして取り上げられています。
    *   *   *   *   *

    ということで、結論として、歴野さんが最後に助言されているように、日付で言う!が間違いないやり方でしょうね。

    もう開き直って、さらに蛇足です。九州北部の、歴野さんより少し後の世代ですが、公立中学校男子の髪形は強制的に坊主でした。女子の長髪は認められていましたが、必ず結べ、でした。

    作者からの返信

     結論から述べます。
     宇佳子さんがせっかく調べてくれた貴重な資料⇒このままここに残しましょう!

     順を追って反省しますね。
     149話を書き始めた時⇒冒頭にて「3日目の夜」と書けばそれで済んだ話でした。
     なのに僕は⇒(これは地方によって表記が違うらしい)なんて余計な事を書き添えてしまった。

     あの時僕は
    (あれ?これって隼人と出会った日からみて、しあさってなのか?)と迷ってしまい、ついつい調べてしまった。
    (ちなみに僕は東北地方の人間なのだけれど)

     後から思うとこれがいけなかった。
     調べるのは勝手だが、雑学好きな僕はついつい(こらは地方によって云々)との余計な一文を挟んでしまった。

     そこにまた似たもの思考の宇佳子さんが引っ掛かり…
     僕は「だよね!そこ、気になるよね!」と嬉しくなってしまった。
     そしてさらに調子に乗った僕は、本文に【余談】まで添付してしまった。

     これはもう冷静に振り返ると、僕と宇佳子さんの共通した探究心が(同じ穴のむじな的に)盛り上がっただけの話で、他の多くの読者の方々には全く余計なお世話だったような気がしてきました…

     記念としてここの遣り取りは残しますが、本文の方の「余計な記述」はきれいに訂正しようと思います。
     だって、ストーリーとは何の関係もない「豆知識」ですもんね、汗

     端からみて見て「?」のこだわり⇒僕たちの共通点てすね、笑
     これからも脱線を恐れず楽しみましょう♪
    🥳🎉



    ★あ、ちなみに!
     僕のブログ記事を読んでくれたのですね😃
     やっぱり丸坊主強制でしたか〜
     僕はブログ記事でも書いた通り、丸坊主の強制なんて聞いたこともない中学時代でしたが、でも同じ東北でも県の違いで事情も違ったようです。
     ああ、あのブログ⇒宇佳子さんには恥ずかしいエロゲイ記事も多いのに……
     マジ恥い、大汗




    編集済
  • 150)抱いてやる隼人!への応援コメント

    理久さん、更新ありがとうございます!

    ケンちゃんのアドバイスからの、あの『隼人砲』の破壊力……。理久さんの心の城壁が崩れる音が、こちらまで聞こえてくるようでした(笑。

    『抱いてやる!』という言葉の裏にある、理久さんのどうしようもない愛情と『降参』の気持ち、しっかりと受け取りました。……そんな『へんてこりん』に振り回される理久さん、やっぱり罪作りですね🩷ごちそうさまです!

    作者からの返信

     もともと「へんてこりん」に惹かれてしまう僕の指向?嗜好?どっちの漢字が適切?
    (↑これは迷ったから本文では使用を避けた)

     その感情の流れを理解していただきたく、僕はここ数日間の同じような話しを(しつこく)つづけて書きました。

     結果───!
     心の城壁が崩れ落ちる「音」が聞こえましたか?
     我が意を得たりの心境です。
     
     そしてここから、隼人と浩一との板挟みな毎日が始まるのでした…



  • 編集済

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    理久くんが好きになるタイプははっきりしてきましたが、理久くんを好きになってしまう人にも、やはりタイプがあるのでしょうか。先日、二面性の強い人に好かれる傾向にあるとおっしゃっていましたが、そこに何か理屈はあるのか気になりました。

    二面性のある人って、結局は、社会で高く評価される「あるべき」自分と本当の自分との間にギャップを抱えている人なのではないでしょうか。そのギャップが大きければ大きいほど、素で生きている人に強烈に惹かれそうな気がします。ギャップを保つのってストレスですから。浩一さんはほかの男性なら恥ずかしくて着て歩けないような派手派手なスーツを颯爽と着こなす理久くんに自分を解放する夢を見たのかもしれないし、隼人さんも劇場で盗み見ていた理久くんの言動に、自分が自分に認めていない指向をあらわにできる可能性を見ていたのかもしれないなと感じました。

    女性がいまでもしばしば『女らしく』を強要されるように、男性も『男らしく』を暗黙のうちに強要されているとしばしばいわれます。100パーセント『男らしい』人なんて、いないと思うんですよね。『男らしい』と周囲から高く評価されている人は、『らしさ』の型に自分を一所懸命はめ込んでいるんじゃないかと疑っています。型に押し込もうとする圧が強ければ強いほど、わかってもらいたい相手の前に出たときの弾け具合が大きいのかなと思います。

    男性の幼児化というのも、興味深いところです。つい最近SNSで、『男の人って好きな女性の前ではどうして赤ちゃん化するんだろう』という書き込みを見かけました。ヘテロ男性にもよく見られる傾向のようですね。

    好きな人とふたりというのは、何よりくつろぎを感じられる場でしょう。また、好きな人には素の自分を知ってもらいたい気持ちが強いものでしょう。だから、恋人の前で幼児化する人は、幼児に戻っているというより、素は幼児なんじゃないかなんて思います。

    ほほう? ケンちゃんもナッキーさんのことをそう見ていたと……

    「三日目」の言い方、うちのほうでは「四日目」になりそうです。当日(ここが一日目)、翌日(二日目)、三日目、……みたいな。紛らわしいですね。○○日後、ならいいのかな。当日、一日後、二日後、……

    作者からの返信

     なるほど、確かに「タイプ」と言うと自分を中心に考えがちですが、言われてみれば「僕を好きになってくれる人達にも何らかの共通点があるのではないか?」との発想ですね?

     ああ、でもこの回顧録⇒まだ大学4年の頃のエピソード中で、あまりこの後のストーリーをネタバレさせたくはないのだけれど…
     実は僕、それほどモテていません、汗
    「僕を好きになるはこう言うタイプの人達で〜す」と言えるほどのサンプルが無い!笑

     まあでも確かに、ここまでの登場人物だと亮ちゃんも浩一も、そしてまだ不明確だけど隼人も、みんな世間体を気にして自分を抑え込むタイプの人達かも知れないな〜
     うん、宇佳子さんに言われて(なるほど!)と膝を打った、ぽん!

     亮ちゃんには「理久のような生き方は俺には出来ない!」って泣かれたもんね…
     うん、どうやら僕は「面倒な人達に憧れられるのか?」
     はて?分からん!

     この回顧録、今後も平田やサトシのような悲しい片思いばかりが続く気がする。
     あ、でも、やっぱ多いのはノンケへの、所詮は叶わぬ片思いなのかな?

     はい、僕があまり世間の目を気にせず、自由奔放に生きていたことは間違いありません。
     だから「抑圧されている人」から魅入られることも、あるのかな〜?

     ところで
    「3日目の表記」について気になりました?
     本文に「余談」を添えたのでご確認下さい。

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    物語中で現在進行中の出来事にはコメントしづらいだろうなと分かっていますので、お気になさらなくても大丈夫ですよ (*^^*)。こちらはこちらで、好きに突っ込ませていただきますね(笑)。

    別れをどれだけ引きずるかは、本当にひとそれぞれですよね。理性できっちり抑えて二度と会わない電話もしないを貫ける人もいるでしょうし、なりふり構わずわずかな可能性に縋りつこうとする人もいます。でも、その理性を鍛えるのは経験でもあります。隼人さんの場合、本人の気質に加え初体験だったということが、彼に大胆な行動をとらせた要因のひとつだったのかもしれませんね。

    捨てられたワンコから夢見る夢子ちゃんへ。隼人さんの中では「別れた(いや付き合ってないし)」ではなく「待っていればきっといつか理久くんが!」に変わっていますね。

    関係を持った翌々日には、ナッキーさんに知られてしまいましたか(笑)まだまだ鎮火しきっていない思いがふと顔をのぞかせる今、感情的になったナッキーさんにずばずばと言われるのは堪えそうです。でも、早めにナッキーさんに介入してもらったことで、強制迅速鎮火に繋がるのかもしれません。理久くんひとりだけだと、連日連夜フラッシュ通いの隼人さんに(ケンちゃんに泣きつかれて)会いでもしたら、ふらっと傾いてしまうように思えてしかたないので。

    定番の掛け合い漫才「結局オレの事なんて※.:*:・'°」「え?なに?」 ナッキーさんのもごもごが聞き取れる日はまだ遠そうです。

    作者からの返信

    「別れ」と言っても二通りある(仮説)として──
     ①=ある程度付き合って互いを知った上で、何らかの理由で別れに至ったのなら、僕は理性でそれに耐えるほうかも知れません。
     ②=出会った初見で相手をよく知らず、ただインスピレーションだけで惹かれた相手とは…むしろ一回でスパッと切るのは後ろ髪引かれるかも……

     ろくな会話も無くただムラムラとハッテンしちゃった相手とは割と互いに後腐れもないものだけど…
    ラブホの浴室で下着の洗濯までしちゃう相手なんて、実はその段階で既に変な人間関係が出来上がっちゃっていたのかも…

  • 147)隼人と別れた翌日の夜への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > 理「ありゃ~、まさかホントに来るとは思わなかった~」

    ええっ? これ、本当にそう思っていたのですか? 歴野さまの文章でしか隼人さんのことを理解していないわけですが、読んだ限り、ぜったいすぐにフラッシュに行くよね、隼人さん、と思ってしまいました。

    これまでの理久くんの恋愛を拝見するに、理久くんって、別れ際が美しいと感じます。辛い恋を諦めたことは何度かあっても、泣いて追いすがったり、駄々をこねたり、何度も電話をかけたり、家に押しかけたり、そういう切羽詰まったようすは一度もありませんでした。一度別れたら、二度と合わないスタンスだ、とおっしゃっていましたよね。理久くんには、いくら諦めきれなくても未練がましい行為はしないという矜持とそれを守りぬける強さがあったということでしょうか。

    でも、みんながみんな、そうというわけじゃないんですよね。どうしても吹っ切れず、なりふり構わない狂態を晒してしまう人も少なくないかもです。

    別れ際にフラッシュのことを持ち出してしまった心理は微妙ですね。この情報は隼人さんの未練を掻き立てるばかりということは、さすがに理久くんだって気付いていたのでは? 隼人さんがかわいそうになったからというより、完全に縁を切ってしまいたくないという理久くんの気持ちが、つい頭をもたげてしまったように感じられます。魔が差したのでしょうか。でも、いま会えば理久くんのほうも諦めがつかなくなりそう、電話もちょっと微妙ですね。ここは心を鬼にして「接触しない」を貫かねば……

    作者からの返信

     先の方への返信にも同じ事を書きましたが、まず分かっていただきたいのは、この章の結末に向かってストーリー展開させるにあたり、この段階での余計な発言がネタバレにもなりそうで、迂闊にお話出来ないと言う僕の苦しさをご理解下さい。
     この先益々じれったい話が数話に渡り続きますが、隼人に対する理久の心情を丁寧に描きたかっとお察しください。もちっと我慢ねがいます。
     宇佳子さんは理久の浩一への不実を避けるため「隼人とは再会させたくない派」なんですね。
     それもこれも、隼人との別れ際に見せた「隙」を「魔」だとの解釈──ってこれはその……だから迂闊な発言はネタバレってより、もはや告白になってしまいます!
     も少し待って?
     く、苦しい…
     あと数話で結論でるから〜、汗

    編集済
  • 147)隼人と別れた翌日の夜への応援コメント

    理久さん、お疲れ様です!

    ケンちゃんの『捨てられたワンコ』という例えに、理久さんの心がぐらりと揺れた音が聞こえた気がしました(笑

    二丁目に一人で突っ込んでいく隼人くん、凄まじいバイタリティですね。

    でも一番凄いのは、『会わない』と言いながら、彼がたどり着ける最短ルートのヒントをしっかり残している理久さんかと…。

    隼人くんが必死になればなるほど、実は理久さんの描いた(無意識?)シナリオ通りに進んでいるような…そんな理久さんの『罪作りな罠』が見えた回でした。

    作者からの返信

     まず分かっていただきたいのは、この章の結末に向かってストーリー展開させるにあたり、この段階での余計な発言がネタバレにもなりそうで、迂闊にお話出来ないと言う僕の苦しさをご理解下さい。
     隼人との経緯はなるべく丁寧に描きたいとの思いから、ここから暫くもじれったい展開が続きますが、もう少し我慢してやって下さいませ〜
    🥺🙏
     はい「捨てられたワンコ」がなぜニャンコではなくワンコなのかは、隼人が明らかにワンコキャラだからです。
     ゲイ界では「ほんの行きずりの──」はありがちなんだけれど、別れ際であんな「ワンコ」をやられると、理久もついついクールになり切れず、隙を見せてしまいました。
     と、自分では思ってるけど……未練が有ったのは実は理久の方だったのかもね。
     あ、何だかんだ言ってると、ほらネタバレの危険が!
     この辺で勘弁して下さいね、汗

  • 146)隼人と別れたその夜への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    隼人さん、即フラッシュに電話をしましたか。そりゃそうですよね。自分が心から求めていたことを初めて体験できたのでしょう(もしかすると、こうしたかったんだと初めて気づいた?)。悪知恵の働く人なら、お店に電話するときに、もっとうまく立ち回ったでしょうね。「歴野理久ってお客はいるか?」で連絡先を教えてくれる店なんて、当時だってなかったでしょうから。本当に世間ずれしていないというか、ええと、理久くん好みの人だったのでしょう。

    浩一さんはときに可愛らしいところを見せるかたですが、それでも理久くんの本来のタイプからは大きくずれています。浩一さんへの思いには、関係のさなかであろうと、どこか他人事のような客観性が残っていたのでは? それに比べて、隼人さんの情けなさには本気で保護欲をそそられ、相手も自分を求めています。これって、今まで理久くんが経験してきた恋の中では珍しいパタンでは?

    人に打ち明けたり相談したりするときって、自分の思いがある程度熟していないと辛いものではないですか? 忘れなきゃいけないにもかかわらず、互いに本気で惹かれはじめてしまい、その思いがいままだ燃え盛ろうとしている。だからナッキーさんにですらまだ触れてほしくないと感じたのかなと思いました。

    隼人さんが理久くん以外にきちんと愛しあえる恋人を見つけられますように、フラッシュで鉢合わせしないようにと祈ります。

    作者からの返信

     浩一は、僕の前では泣き虫の甘えっ子になっちゃうけど、対外的には大学の体育会で厳しい練習をこなすド根性ラガーです。
     隼人だって、僕に抱かれた途端にうぶなキュルキュルになっちゃったけど、対外的には爽やかでしっかりした好青年なのでしょう。
     どうして僕の周りにはこうした二面性の強い複雑なタイプが集まるんだろう?
     ひとつ言えるのは、浩一も隼人も懸命に違う自分を装っていること。
     まあ、あまり裏表の無い僕に「自分には無い要素」を嗅ぎ取って寄って来るのかも?
     浩一だと苦手に感じる要素も、似ているのに隼人では可愛く感じてしまうのは、実はほんの紙一重だったと今にして思います。
    「相性」って難しいですね。


  • 編集済

    133)苦行のような恋愛開始への応援コメント

    浩一さんとの一連のやり取りを拝読しました。浩一さんのしていたことは「精神の搾取」ですね…理久さんは自分の優しさゆえに抗えなかった。胸が締め付けられる思いです。

    相手の底なしの依存を受け止めてあげようとしたその誠実さが、結果として理久さん自身の自由やエネルギーを奪う鎖になってしまった。逃げ出したくても扉を叩くことすらできない不自由さに、どれほど消耗されたことかと思います。

    また、ナッキーさんとの日常が削られていくことに「急に悲しくなった」という一節に、理久さんの純真さを見た気がします。

    この重苦しい記憶から逃げずに、誠実に書き切ろうとしている今の理久さんの強さを、心から応援しています。

    作者からの返信

     浩一も幼かったけれど、当時の僕もまだまだ未熟だった…、それは本文にも書いた通りです。
     人生、失って分かるものが有ります。この場合「若さ」です。
     今の僕なら浩一を、身体ではなく心で抱いてあげられるのに……

     でも、逆にあの頃だったからこそ互いにぶつけ合えたものが有ります。それが前述の「若さ」でした。

     闇雲に強く抱き合って、そしてその強さゆえに傷つけ合って……そして僕たちは二人とも、それぞれ大人へと成長したのかも知れません。

     あ、あまり書きすぎても予告編になってしまいますね、このへんにしときます。
     付き合っていれば嫉妬や拘束は生じますよね。
     どこまでが許され、愛を深めるか…
     どこから先が疎まれ、愛を破局させるが…
     それが容易に判断できれば幸せは続くのに……って、あれ?
     俺、おセンチになってる?
    (腹減ってるのかな?)


  • 編集済

    歴野理久♂さま

    こんにちは。144話へのコメントがやや言葉足らずだったかもしれませんので、こちらで補足させてください。下記、137話以降のネタ晴らしには一切繋がりません。念のため。

    さて、まず、ポリアモリー(複数愛)について、いわゆる「モラル」から切り離してお考えくださったこと、感謝いたします。ポリアモリーは不倫や浮気とは異なり、恋人に他の恋人を隠し立てする仲ではありませんし、基本的には全員が対等です。もう少し言うなら、「愛の絶対値が多い人がやるもの」でもないのです。また、モノアモリ―(単数愛)に比べ、ひとりがひとりに注ぐ愛が減りがちな分、恋人の束縛に陥りにくい、さらりとした関係といえるかもしれません。

    ここからが本題です。

    ポリアモリスト(複数愛者)は現状マイノリティです。この社会では異性愛で単数愛指向の方が圧倒的マジョリティでいわゆる「ふつう」です。
    マジョリティが同性愛を「異常」と見なす偏見はいまだに根強いと思います。マジョリティがマイノリティのありかたに偏見のない目を向けるには、障壁を超える大きなきっかけが必要かもしれません。
    マイノリティは日常の端々で偏見にさらされ、したがって自分と無関係な性質についても、そのマイノリティ性に向き合うための障壁が低い傾向にあるのではないかと思っています。そういう意味で、まず、同性愛者であれば、ポリアモリーについて偏見なく向き合ってくれる人がより多いのではないかと想像しました。
    それに加え、144話のコメントに書いたように、同性愛は生殖と無関係な愛です。本質的にはそうではないとはいえ、子供の存在はポリアモリー実践に二の足を踏ませる原因になると思います。
    ですので、このふたつの点から、同性愛者はポリアモリー関係に馴染みやすいのではないかと考えていたわけです。

    もしもポリアモリー関係をみだらな関係と感じられるなら、先の考えは同性愛者を貶める言葉ととらえられることでしょう。そうではないという意を汲んでいただければ嬉しいです。

    この話も面白いです。要は、関係性はさまざまにあり、マジョリティじゃないものも、存在は認めてもらいたいなあということです。
    https://comemo.nikkei.com/n/n40cfd85f4cc6?magazine_key=m9b686bdb9fdc

    異性を愛することが「ふつう」で「あるべき姿」でないのと同じく、ひとりを愛することが「ふつう」で「あるべき姿」とは限らないのだと思っています。

    感想の範疇からはなはだしく逸脱したコメントでごめんなさい。次回からは気をつけます、たぶん m(_ _)m

    作者からの返信

     ポリアモリーに関する宇佳子さんの意見により、僕が不愉快を覚えたのではないか?との心配は全くの杞憂です。
     マイノリティのひとつである「同性愛」を抱えた人間なら、ポリアモリーについて偏見なく向き合ってくれる人がより多いのではないか?との宇佳子さんの推測も否定はしていません。
     ただ、僕自身はポリアモリーには同調は出来ないと、個人的に意見を述べただけです。

     そしてその理由は申し訳ないくらい単純な僕個人の性質でありまして【 144)】にコメント下さった hkukuriさんの「愛は一対一であるべき」にお返事した通り、僕はそれほど「高潔」でも「純粋」でもなく、本当に「ズボラ」なだけなんです。
     ここに同じ事を書くのは無駄なので、どうかそちらの遣り取りをよく読んでみて下さい。

     僕という人間は、本当に複数の人と公平に(恋愛として)付き合うことの無理な狭量な人間でして、謙遜でなく本音を言えば、複数の恋人を持つ時間や労力が有るなら「もっと他の事」に費やしたいと考える人間です。
     ある意味、宇佳子さんが提示した【僕は愛情の総量が人並みだから同居はしないようにしている】の考察を上げた彼とも(少し)似ているのかも知れません。

     宇佳子さんの言う【子供の存在はポリアモリー実践に二の足を踏ませる原因になると思います】と言うのは確かだと思います。
     ポリアモリーとまでは言わなくても(てか、そんなことに無頓着でも)やたらに享楽的で複数との同時SEXに耽っているゲイは案外多いです。
    (↑ハッテン場なんてところをあまり一般には認知されたくないのですが…)

     そんな乱交が成立するのも「妊娠」なんてとてつもないリスクが生じないからであり、それは宇佳子さんの推察通りではあるのだけれど、でも、だからと言って互いに名も明かさずにそれっきりの人達を「ポリアモリー」とは言えません。

     それに「ポリアモリー」の形態について、「同性愛者」だからこそ生理的に相容れない事があるのでは?と僕は推察します。
     ノンケの世界に「輪姦」と言うワードが存在します(すんなり変換では出ませんが…)
     どうやらノンケの男たちは一人(或いは少数人)の女をみんなで回して犯すのが楽しいようです。他の男が女を犯すのを見て興奮するようです。

     が、ゲイは(生理的に)女が大嫌いな人が多いです。声や匂いだけで萎えると言うゲイは非常に多い。
     そして僕の知る限り、レズビアンの男嫌いはゲイ以上に激しいです。
     ゲイにしてもレズビアンにしても「男女混合のポリアモリー」の中で自分なりのSEXを楽しめるとは思えないのです。

     が、しかし、いかなることにも例外は有るし、推測を打ち破る事実も存在します。
     結論=だからこそ僕は「ポリアモリーを受け入れる要素が同性愛者に多いとは限らない」と思うのです。
     あくまでも人それぞれ⇒個人素質だと思うのです。
     ↑これ自体僕の推測ですが。

     ちなみに僕自身、ゲイの享楽的行為を知らないわけではありませんが、もしそこに一人でも裸の女が紛れ込んでいたら(ゲゲ〜っ)となって逃げ出します。
     そんな僕自身を基準に考えれば、むしろ同性愛者にポリアモリーは無理!
    ──となってしまいます。
     
     でも「自分がどうだ!」と言うのと「他人事としてそれを肯定出来るか?」と言うのは別です。

     僕にとってポリアモリーは全く相容れない世界ですが、でもそれを「淫ら」とか「不潔」とか蔑む気持ちはまるでありません。
     僕達ゲイの方がよっぽど「淫ら」「不潔」もひとつおまけに「変態」と言われている現実をよく分かっていますから。
     そこは信頼して下さい。

  • 145)一回限りの仲だから…への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    隼人さん、最後になって「え?次は?次はいつ会ってくれるの?」ですか。この無邪気なところが少しサトシさんを彷彿とさせますね。ただ、サトシさんのほうは、理久くんが「親切な友人」の一線を越えるのをさりげなーく回避していた節がありましたが、それと比べると隼人さんのほうはいろんなところが矛盾していて、より無防備な感じがします。言ってみれば、サトシさんはパンツいっちょ、隼人さんは前から見るとスーツを着てるけれど背中は真っ裸、みたいな。

    イラっとしたからつい挑発して、可愛い!と感じたからつい可愛がっちゃった、という単純なことなのですが、そこに「性的な関係」が入り込むと、世間の受け止め方ってがらりと変わりますね。なぜでしょう。ワンナイトの関係イコール悪という世間のとらえかたもどうなのかしら、と思います。

    私の説明不足のため、先のコメントを誤解されたりご不快に思われたりしていると悲しいので、補足させてください。ここに書くと長くなりすぎるので、新たに挿入された「兄弟になぞらえる心情①」に書きこませていただきますね。

    作者からの返信

     隼人の無邪気がサトシを彷彿とさせるとは……
     いや、作者としては意外な反応に楽しくなります。

     確かに隼人もサトシも最初の印象だけでは判断できない複雑さがあります。
     ただ決定的な違いは、隼人がいくら取り繕うとも僕に関心大有りだったのに対して、結局サトシは最後まで僕に無関心だった悲しい事実。
     好かれるのと無関心なのでは、そりゃ全然違いますよ。

     隼人は初め、好青年として颯爽と僕の前に現れました。
     しかしだんだん化けの皮が剥がれてきて、最後は僕の胸の中でクンクン甘えて、まるで年下の少年のようになってしまいました。

     確かに情が湧いた。
     でも、それはケジメを着けなければならない逢瀬でした。
     僕には浩一を裏切るなんて出来なかった……
    (え?とっくに裏切ってるって?)

     もう二度と会えないんだな、と思って帰路を急ぎました。



  • 編集済

    145)一回限りの仲だから…への応援コメント

    最新話、一気に拝読しました。
    ホテルを出たあとの「少しだけ目が潤んだ」という最後の一行に、理久さんの純真さが凝縮されている気がして、胸がキュッとなりました。

    意地悪な挑発から始まったはずなのに、相手の幼さを知った途端に「慈しみ」に変わってしまう。そして最後は、自分の生活(浩一さん)を守るために、「さよなら」を告げる…

    その瞬間の痛みと孤独の結晶ですね。理久さんの筆致は、映画のラストシーンを見ているような、切なくも美しい余韻を残します。

    作者からの返信

     実はこのページ⇒書いていて胸が詰まりました。本当に涙ぐんでしまったのです。

     回顧録って……フィクションと何が違うかって、そりゃ登場人物に対する思い入れがもろ反映してしまうことです。
     申し訳ないけど、浩一の事を書くのは辛かった〜
     正直、あまり記憶(思い出)も無い。つまりエピソードが思い浮かばない。

     これは「実録」ではなく「私小説」なのだから、浩一と過ごした楽しいエピソードの一つ二つを創作しても許されるはずなのに、やはり脳内は経験と記憶に針を振っているので、創作だと「嘘」を書いてる気になってしまう。
     ⇒結果、筆も進まず物語も停滞してしまう。

     ところがところが、話がいよいよ隼人の番になると、これがもう楽しくて仕方がない!
     ペンが走る走る。
     隼人の言葉、仕草、何より笑顔が浮かぶ浮かぶ。

     僕はこの書き物を一話2000字から3000字でまとめるようにしているが、隼人との喫茶店の会話だけでどれだけの長さを書き散らかしてしまったのだろう?

     とにかく想い出が交差して、今は会えない隼人と久しぶりに語らっている錯覚に囚われてしまうのです。
     隼人との馴れ初め⇒この後も延々と書いてしまいました。
     も少しお付き合い下さいね♡
     😆🤚


  • 編集済

    144)あれ?何だか可愛い?への応援コメント

    横入り、失礼します💦

    理久さんの返信、とても深く、そして頷きながら拝読しました。

    理久さんが仰る「愛は一対一であるべき」という感覚、私も心から同意します。

    ゲイだから、ノンケだからという属性で括るのではなく、「自分がどう人を愛し、どう在りたいか」という個の良識を貫く姿は、とても潔く、かっこいいです。

    同時に二人を愛せないというのは、不器用さではなく、それだけ一人の人へ注ぐエネルギーの密度が濃いということなのでしょうね。

    その「貞操感」は、良識という言葉以上に、理久さんの生き方の「美学」なのだと感じました。お仕事も、大変な時期かと思いますが、物語の続きを楽しみにしています!


    (※ここから先、理久さんからの返信への返信)

    理久さん、全力の「謙遜」と「カミングアウト(?)」をありがとうございます!

    「ずぼらだから一人に絞る」という理久さんの理屈、最高に面白いです。でも、それって実は究極の「誠実さの省エネモード」ですよね。あちこちにエネルギーを分散させてトラブルを招くバイタリティよりも、自分の限界(キャパシティ)を潔く認めて、ただ一人に(持て余しながらも!)全精力を注ぐ…構造をシンプルに保つことこそが、一番強固で美しい形かと。

    「ドスケベで不埒者」なんて仰っていますが、そうやって自らの「愚かさ」を笑いに変えてさらけ出せるところが、やっぱり私には「高潔でかっこいい」と映ってしまいます。過大評価ではなく、理久さんのその「お気楽な軽薄さ(に見せかけた深い愛情)」のファンなんです。

    将軍にならず、庶民として旦那様一人と四苦八苦されている理久さんの物語、これからも楽しみにしています。ゼハゼハ😛しながら、またお邪魔しますね!

    作者からの返信

     hkukuriさん
     こちら「カクヨム」では
    はじめまして♪
     以前は別のサイトでお世話になりました。
    m(_ _)m

     早速、本文に入りますね。

    【自分がどう人を愛し、どう在りたいか、という個の良識を貫く姿はとても潔く、かっこいいです】
    ───って、いやいや、汗
     そんな高潔な奴じゃありませんよ、歴野理久は…
     はっきり言って、同時に複数の人を愛せない一番の理由は「ずぼら」だからです、大汗!

     僕はかねがね思っています。
     愛人作って不倫してる人とか、二股三股かけて複数の恋人と付き合ってる人って、
    とぉ〜っても「まめ」だな〜!って。
     それに凄いバイタリティ!
    ──それってもはや「ひとつの才能」ではないか?って。

     まず精神的に保ちません。
     ⇒予定とか約束とか、どこで何を話したとか、どこで何を食べたとか…
     軽率な理久は調子に乗るとペラペラと余計な口を滑らせて、何かとトラブルの元です。

     経済的にも保ちません。
     ノンケが女性にお金を費やす程ではないだろうけど、それでもやはり「付き合い」にはお金が掛かるし、それが(✕2or3)になるんじゃ財布が保ちません。

     書いているだけで疲れるので理由は端折りますが、時間も、体力も日常生活も保ちません。
     あらゆる意味で保ちません、無理です。

     以前【 78〜80)LGBTってどうだろう?】にも書きましたが、「一夫多妻制」は男にとって、決して天国でも極楽でもありません。ハーレムは実は大変過酷なシステムです、地獄です。
    (↑僕にとっては)

     僕のブログに書いた「ガチゲイ家光」のように、もし僕が将軍だったら中奥に美青年を集めてやりたい放題も出来そうですが、実際は諍いを避けたり、公平を保ったり、そりゃ大変な気苦労でしょう。

     庶民的でお気楽な軽薄理久には、恋人は一人で十分です。
    (↑今や旦那ひとりでも持て余してるのに…)

     つまりね、
    【同時に二人を愛せないというのは不器用さではなく、それだけ一人の人へ注ぐエネルギーの密度が濃いということなのでしょうね】
     じゃなくてね、
    理久はとっても「不器用」だし、全体のエネルギーの濃度が薄いから「一人に注ぐだけで目一杯」なんです。

    【貞操感は良識という言葉以上に、理久さんの生き方の美学なのだと感じました】
     び、美学って……
     hkukuriさ〜ん!申し訳ない!
     hkukuriさんは理久を過大評価してるよ〜、汗

     男なんてみんなスケベです。
     理久なんてその中でも特にドスケベです。

     愚かな理久をかいかぶらないで〜
     僕なんて義務も責任も無く、単なる「やり逃げ」ならいくらでもやっちゃう不埒者なんですよ〜
     ゼハゼハ…

     こちらでもコメント、よろしくね♡

  • 144)あれ?何だか可愛い?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    隼人さん、この調子だと、彼氏もいないし彼女さんとも何もしたことがない可能性が高そうですね。これ、理久くんがじれてホテルに誘ったりなどしなかったら、お茶だけ飲んではいさようなら、だったのでしょうか。

    一番気になっているのは、浩一さんのことです。いま、まだ彼とつきあって(?)いるのですよね。少なくとも、浩一さんはそう思っている、と。もしも彼が隼人さんと理久くんの関係を知ったら、耐えられないんじゃないかな、と感じます。

    そこでふと気になったのが、ゲイの方の貞操観念です。ゲイの、というよりは、男性がもともと持っている、なのかもしれません。ヘテロ男性の恋愛は、ターゲットである女性の妊娠および貞操に大きく支配されていると思います。もしも女性が妊娠の可能性ゼロで肉体関係が持てて、かつ「女性はみだりに肉体関係を持つべきではない」という社会通念がなくなったなら、ヘテロ男性の交際はゲイ男性の交際と変わらなくなるのかもしれません。

    近年、日本では、一夫一婦制が「ふつう」とされていて、それ以外の関係性は眉をひそめられます。それは婚姻という形をとっていない、いわゆる男女の恋人たちの間でもそうであることがほとんどですね。ただこれは、法的に管理するうえで都合よいからであり、愛とは一対一であるべきだ、ではないと思います。ポリアモリー(関係する全員の同意を得たうえで複数人間で愛を育む)関係は最近ようやく日本でも知られるようになってきました。

    現実問題として、女性の場合、肉体的な関係を持てば妊娠する可能性があり、子供ができれば親権だの相続だのに関係して、子の父が誰なのかをはっきりさせる必要が出てきますので、ポリアモリーな生き方とそぐわないところもあります。でも、ゲイの方、レズビアンの方なら、生殖と愛を分離して考えられるので、ポリアモリー関係とは、比較的、親和性が高いのではないでしょうか。それで、現在の社会で口にされる「貞操観念」とはまた別の考え方が恋愛の根底にあるのかな、と感じたのでした。

    作者からの返信

    【いま、浩一さんと付き合っているのですよね?】
     って、だから宇佳子さん、真剣に読み込んで下さってるのは感謝ですが鋭すぎます。
     ここでそれについてお返事したらストーリーの前倒しって言うか予告編って言うか、要するにネタバレになってしまいます。
     細く長〜い目で読んでやって下さいませ〜
    はは〜っm(_ _)m

     ところで「ゲイの貞操感」ですが、もちろん有ります!

     ヘテロ男性の貞操感について女性の妊娠を絡めた宇佳子さんの考察は中々的を射ていると思えますが、究極のところ、同じ男でもゲイとノンケではその性の対象の違いを考えると全く同じとは思えません。
     ただ僕が言えるのは
    「確かにゲイにも貞操感はあるけど、それはあくまでも心の問題であり、案外肉体的にはユルユルなのかな?」と思える節も強いです。
     あ、もちろんこれも人それぞれですよ?⇒でもあま、これ言っちゃうと元も子もないですけど…

     ちなみに僕自身は「愛するのは一途にパートナーだけだけど、単なる排泄だったら…事情によってはアリかなぁ?」って感じですか?
    (↑なぜに疑問符?)
     まあ、今回のエピソードも⇒「浩一がいるのに隼人とやっちゃう」って流れが、その「事情によっては」って感じですか?
    (↑だから!なぜに疑問符?)

     で、こんな僕ですが、宇佳子さんの言う「愛とは一対一であるべきだ、ではないと思います」
     ↑に関しては、正直言って同意できません。
     僕は同時に二人の人を愛せません⇒これは実体験から言い切れます。
    (こちらのエピソードも直ぐに本編に出てくるのでお待ちあれ)

     ポリアモリーについては、僕には全く無理です。
     おそらくそれはゲイorノンケに関係なく、もっと言うと男女の性別に関係なく、可能な人と不可能な人がいるのだと思います。
     で、僕には無理だとはっきり言えます。はい、身も心も耐えられません。

    【ゲイの方、レズビアンの方なら生殖と愛を分離して考えられるので、ポリアモリー関係とは比較的、親和性が高いのではないでしょうか】
     との意見にも、もちろん賛同できません。理由は上記の通りです。
    「ポリアモリーが可能な人か?」或いは「不可能な人か?」の区別に、性別もセクシャリティーも無関係と思います。

     同性愛者だって異性愛者だって「出来る人は出来る」そして「出来ない人は出来ない」
     それだけの事と思います。
     ↑あくまで僕の私見なので、アンケートを取ると違った結果が出るかも知れませんが…

    「ゲイの貞操感」について戻りますが、フリーでいる分には色々な意味で「楽しむ」
     でも明確に「恋人」としての交際が成立したなら「自重する」は、ゲイでもあってもヘテロ同様、当然の良識だと思います。
    (勿論そうでない不埒者もおりますが…)

  • 143)不埒にも即 Check inへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    隼人さん、たじたじになってしまいましたね。まだ「彼女」を持ち出して空威張りしようと足掻いたりしているようですが、なぜこの期に及んでそんな態度を取るのか、理解できないです。でも、からいばりが破れると、「泣きそうな顔」になるのですか? そのあたりで理久くんのタイプにぐっと近づいていませんか? 理久くんは理久くんで、彼の表情に翻弄されていたところもあったのではないかと思ったりしました。

    ところで。

    > 僕は堂々と仁王立ち。これっぽっちも隠さない。ここはそこそこ自信もある。

    このくだりで、疑問を思い出しました。以前、ゲイの中でのスターはラガーマンタイプだとお聞きしました。それはなぜなのでしょう?

    ゲイの方々は生殖とは関係のない愛を育んでいるわけですよね。となると、ことさら「生殖能力が高いオス」にこだわる必要はないですよね? 筋肉質であるとか、何度でも射精できるとか、ペニスが大きいとか、繁殖に好都合な性質、つまりいわゆる「男らしさ」は生殖とは切り離してしまっても、魅力的だということなのでしょうか? ラガーマンタイプにあまり魅力を感じていなかったような理久くんが、ペニスの大きさにはこだわる?とちょっと興味深く思ったのでした。

    作者からの返信

    【なぜこの期に及んでそんな態度を取るのか、理解できないです】
     ⇒この後のストーリー展開により、もしかしたら理解できるかも知れません。
     とにかくここでは、
    隼人⇒初心《うぶ》だった、とだけ言っておきます。
     むふふ…


    【理久くんのタイプにぐっと近づいていませんか?】
     ⇒だから、ホントに宇佳子さんは鋭くて……推理小説じゃないんたから、も少し軽く読み流して下さ〜い。何もかも見透かさないで〜、汗


    【ゲイの中でのスターはラガーマンタイプ。それは何故ですか?】
     ⇒これはもう「無い物ねだり」と「稀少性」です。
     とにかくゲイは「男らしい見た目」を好みます。そして大概のゲイは自分の「女性的要素」を自覚しています。
     この場合の「らしい」そして「要素」は、単にステレオ・タイプと受け取っていただいてOKです。そんなに複雑に考える必要はありません。よって「無い物ねだり」となります。
     二丁目には「見た目だけ寄せた偽ラガーマン」も多いと書きましたが、外面は男らしく装っても喋らせればべたべたのオネェ様ってタイプが多いです。だから浩一のような本物はとても「稀少性」が高いのです。


    【生殖とは無関係なのだから、生殖能力にこだわる必要はないですよね?】
     ⇒はい、生殖なんて考えた事も有りません。
     が、しかし、前記の通り「男らしい見た目」には強く惹かれる人が多いです。
     例えば女性にとってのバストの大きさがどれ程の自信になったり、あるいは逆にコンプレックスになるのか男の僕には分かりません。
     が、男の多くはイチモツの大きさに凄くこだわります⇒これはノンケも同じです。
    「人からどう見られるか」よりも「自分がどう思うか」の方が重要とも思われます。
     大きければ根拠のない自信にも繋がるし、小さければ銭湯などでもこそこそ隠すようになります。これは、男としては極めて自然な心情と言えましょう。


    【つまり「男らしさ」は生殖と切り離しても魅力的だという事なのでしょうか?】 
     ⇒はい、その通りです。
     重ねますが、内面的な男らしさより、見た目の男らしさを求める人の方が多いように僕は感じます。
     が、もちろん例外は有ります。僕がそうです。僕は全体的な雰囲気が情け無い人に惹かれていました。


    【理久くんがペ◯スの大きさにはこだわる?とちょっと興味深く思ったのでした】
     ⇒ここはちょっと説明しますね。
     ノンケの男性は普通他人の「勃◯したペ◯ス」を見る機会はまずありません⇒それは女性が見るものです。
     ところが僕達ゲイはむしろ
    他人の「勃◯したペ◯ス」ばかり見ています、何本も。
     つまり自分のレベルが自ずと分かってしまいます。
     僕は何人かと関係を持って(自分は大きいほうなんだな)と自覚していました。
     だから「上には上があることも知っています」
     ↑実はこれは、後のエピソードに関わってきます。先走って解説しときます。
     ノンケにとってのおっぱいと同じで、ゲイも大きいペ◯スを好む人が多いのも事実です。僕自身は、実はあまり大きくない方が好きです⇒色々な意味で疲れないので…
     ぐふふ…

  • 142)意地悪な誘惑への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > 隼人=僕の知っている限り一番の「真正ど天然」

    ……ど天然? 天然? 
    ということは、もしかして、隼人さんは自分がなぜ理久くんに声をかけたか、自分の気持ちを理解していないのでしょうか? 彼女がいるとか結婚間近だとかわざわざ口にしているのも、ゲイであることに負い目を感じ、否定しようとしているわけではなく、本気で自分はノンケだと思っていると? でも、理久くんに「なぜか」引き寄せられ、訳も分からぬままお茶に誘ってしまったと?? もしそうだとすると、隼人さん、いろんなところで人を不快な気持ちにさせていそうですね。

    亮ちゃんのときにもちょっと感じたのですが、理久くんは自分を牽制しようとする相手に憤るというよりも、ゲイであるにもかかわらず、それを頑なに認めようとしないことに、殊に強い不快感を感じているようにも見えます。と、同時に、それ以外に関しては他人への興味はかなり薄いようですね。そのアンバランスな心理が興味深いです。

    隼人さん、孔雀の羽にまるで免疫ないようですよ。理久くん、広げ過ぎは危険なのでは……

    作者からの返信

     隼人に関しては書くのが楽しくてベンが走っています。
     この段階では理久も相当ムカついているので、宇佳子さんが「友達いなそう」と感じるのは正しい感じ方だと思います。
     まあ、ネタバレを避けるとなると、正直→返信しにくい状態ではあります。
     もう少しがまんして読んでみてください🙏

  • 141)ちょっとムカつくへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    隼人さん、理久くんに以前から興味を持っていたということですか。でも、今回のたった一回のチケットさばきで、お目当てにの理久くんが『偶然』釣れた!なんてビギナーズラックは、さすがにないでしょう。ということは、理久くんが来るかもと踏んだ公演で、なんどもこうやってさばきをやっていたのでしょうか。
    それなのに、喫茶店では「彼女」を連呼? 「結婚間近」? 確かにこれではいったい何がしたいのか、さっぱりわかりません。ゲイであることやヅカファンであることに大いなる引け目を感じつつ、でも欲求には抗えず? その態度が他のその行為がゲイの気持ちを逆なでしてしまうことにまでは、考えが及ばなかった? これは、ゲイを含め、マイノリティの友人がいないタイプと見ました。
    隼人さんにとっては、「ゲイである自分」を極力日常生活から抹消することが社会の中での自分の立場を守るすべだったのでしょうね。それはわかるのですが、でも、声をかけてきつつ、そんな態度を保ったままだと、さすがにいらっとしますね。

    作者からの返信

     亮ちゃん=自分がゲイだと認めたくない苦悩の人。基本ネガティブ。
     平田=儚げな様子が心配。気弱だけど純真な愛すべき小市民。
     サトシ=頼り無さげで放っておけないようで、実は誰より図太い不思議ちゃん。
     浩一=やや二重人格的な裏表の激しい人。複雑で繊細なのにやたら圧の強い人。

    ───などのど、僕の周りは多種多様な人達が多かったけど、こいつについては単純明快。

     隼人=僕の知っている限り一番の「真正ど天然」

  • 140)彼の名は隼人への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    宝塚はテレビで何度か見たことがあるだけなのですが、たぶん母が好きだったのでしょう、家には写真集もあり、キラキラの衣装に目を奪われながらページをめくっていました。これ、きちんと劇場で見ていたなら、はまっていたのでしょうかね。

    前話で、宝塚ファンにLGBTの人が多いのも事実というくだりがありました。その心理に興味がわきました。宝塚だと女性が男役もこなすわけですが、異性を演じているというところに、惹かれるのでしょうか(歴野さん的にはいかがでしょう?)。それなら、能や歌舞伎もそうですよね? 能も歌舞伎も、いまやおかたい『芸術』のイメージが強いので、その演目やキャラクターに「憧れ」にくいのかもしれません。でも、かつては大衆娯楽、その当時は現在の宝塚と同じような状況だったのでしょうかね。

    隼人さん、誘いは強引でしたね。でも、お茶に誘った後はスマートに? 慣れてるのかな、年上の余裕まで感じられます。名刺とかブランドスーツとかって、こうやって見ると処世術として大事なんだなと思いました。はったりでことがスムーズに進むことも多いでしょうから、強力な手段のひとつとして準備しておくと良いのでしょうね。

    「人の気持ちは変わりやすい」は、まさにそうで、だからこそ、人を丸め込むのにも、波風立てないようにするにも、「おいしそうな餌」を上品にちらちらさせるのは大事だと思います。

    蛇足ですが、こんなネタがありました。ゲイの「兄弟」をどうとらえるかにちょっと関係しています。この記事を鵜呑みにする気はないですが、考察を進める手掛かりにはなりそうです。
    http://jambeenflee.com/2015/04/14/sexualityofthemasuculinityintheeraofedo/

    作者からの返信

     第8章で「ヅカ友タッチとの出会い」を書いた中にも有りますが、見方は多様です。
     僕は宝塚を豪華なエンタメとして魅せられ、初めはかっこいい男役よりも、実は艶やかな娘役に惹かれていました。
     反してタッチは多くの女性ファンと同様、男役の美しいヴィジュアルと色気に憧れていたようです。

     実は女性の心理はよく分かりませんが、ボーイッシュでスマートな同性に憧れる女性も多いようで、当時は漫画のオスカル人気から宝塚に入ったファンも多く、ただそれがそのままレズビアンに発展するのか?と言うとそうでもないようで、そこはやはり複雑なのだと思います。

     ただ、明らかにレズビアンと思われるカップルも多く見掛ける空間ではありました。
     僕らにはすればイカホモさんは勿論、男性客は何となく互いに相通じるものがありました。
    (注、イカホモ=いかにもホモの略⇒短髪、口髭、筋肉を誇示した服装など、むしろ自分はゲイだと積極的にアピールしている人達)

     華やかな女の園に短髪口髭タンクトップにピチピチ短パンの二人組がキャピキャピ歩いていれば一目了然てすよね、笑
     要するにTVタレント系オネェさんのファッション見ればお分かりの通り、ゲイは派手好きな人が多いのです。
     ↑あ、もちろん例外も多いですが!タッチみたいに…

     歴野さん的には、正直いかにカッコ良くても女性には性的興味は有りません。ただ、ミュージカル俳優として歌、芝居、ダンスと三拍子揃ったスターさんに惹かれました。
    だからヴィジュアルは二の次。
     逆にタッチはヴィジュアル第一で、歌やダンスがイマイチでも気にならないようです。
     ホント、ファンの心情も十人十色です。
     あ、でも大多数を占める女性ファンの中には、同性愛的な目でスターさんを見る人も多かろうと推察します。なんせ女の園ですから…

     さて、隼人に「年上の余裕」ですか?
     ぐふふ…ちゃんちゃら可笑しい😝💕
     でも、つまりこの段階で宇佳子さんにそう感じて貰えたなら、僕の書き方も割と適切だったのだと自身が持てます。物語の中の理久にもそう見えていましたから…
     隼人についてはこの後どんどんボロが出てきますからお楽しみに♪

     それにしても若衆髷の前髪についての考察⇒よく見付けましたね!勉強になりました。
     確かに兄弟になぞらえる風習が大昔から続いているとの確信を得ました。

     僕はこれまでのやり取りで「ノンケの間でも〜」との書き方を度々していましたが、これは逆で、ノンケ間の「義兄弟の契り」から僕ら同性愛者がニュアンスを借りてきたのではなく、逆に元々おおらかな日本風土の中に存在していた同性愛的なニュアンスが、現代のノンケの間でも引き継がれている、との見方も出来るのかな?と思えました。
     宇佳子さん⇒資料探しの天才ですね♡

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    いつも丁寧なコメント返信をありがとうございます! 得難い情報、感謝です。そして、おやまあ、理久くんの物語に……ではないですけれど、補遺に登場させていただきました。ありがとうございます。

    この「兄弟」に関するご解説を作中で明示するのは賛成です。BL,GL含むラノベ好きなノンケ友人(男)に聞いてみたところ、「ぜんぜん知らんかった、面白い!」という反応でした。兄弟と呼び合うという事実の説明に加え、そう呼ばざるを得ない事情について考えるきっかけにもなりますね。

    ところで、魚の性別ですが、オスからメスもメスからオスも、どちらもあるのですよ。
    『性別が変わる魚たち』
    https://www.homemate-research-aquarium.com/useful/13879_aquar_064/
    ちなみにウナギは稚魚では雌雄に分化しておらず、成長とともに雌雄に分かれます。
    https://chikusannavi.kyoritsuseiyaku.co.jp/disease/156

    動物にも同性愛が見られるというのはよく聞きますが、これも交尾行動とパートナー関係の構築とを分けて考えた方がいいのかなと思います。若いオスがオスどうしで交尾行動をとるという観察例は、交尾の練習であり(上下関係の確認の意味もありましたっけ?)、同性愛とは言い切れないかもしれません。一方、ペンギンなどでは同性どうしでつがいとなって添い続ける関係性も見られるようで、こちらはいわゆる同性愛の関係に近いのでしょうね。

    ゲイとレズビアンとでは圧倒的にゲイのほうが多いというのは、そもそもその数の調査がどうやって行われたかを慎重に検討する必要がありそうです。でも、身体的な違いと社会的な立場の違いの両方が関係しそうに思います。たとえば、男性のほうが性的な欲求が強かろうということ、たいていの国で女性のほうが社会的に抑圧されているということ、などなど。まったく文化が異なる社会で同じ調査をして数の比を比較してみると、身体要因と文化要因を分けるヒントが得られるかもしれないですね。

    作者からの返信

    「生物学」なんてとんと門外漢な僕が流れで変な方向へ脱線しましたが、流石の宇佳子さんが深掘りして下さって恐れ入ります。
     で、宇佳子さんの解説のおかげで「新たな思い付き」に至りました。

    【若いオスどうしで交尾行動をとるという観察例は、交尾の練習であり、同性愛とは言い切れないかもしれません】
     ⇒はいはい!その通りですね!逆に動物から教えられます。
     人間も同じですね。改めて気付かさせます。

    「バイセクシャル」と言うカテゴリーについては話しをややこしくするので(ここでは)スルーしますが、思春期の性に目覚める頃にはヘテロの男児も同性間で色々なことをやらかしますね。
     ⇒それはこの私小説でも「第2章」で散々書き散らかしたことでした、思い出しました。
    「男児間のこれらの行為が必ずしもゲイに発展するとは限らない」と僕自身が書いていました。
     なるほど、動物の同性間交尾もそれか!と、目から鱗です。

     そしてもう一つの例、
    【ペンギンなどでは同性同士でつがいとなって添い続ける関係性も見られる】
     と、生殖を目的とせずくっついているなら確かにこれはもう「愛」ですね!
    (↑動物ゆえの勘違いとは思いたくない。ロマンが欲しい♡)
     まさか宇佳子さんと生物で語り合うとは思わなんだ⇒楽しい♪

    【ゲイとレズビアンとでは圧倒的にゲイのほうが多いというのは、そもそもその数の調査がどうやって行われたかを慎重に検討する必要がありそうです】
     ⇒確かにそうです。
     僕も「そう言われている」程度の認識だし、明確な資料を読み込んだ事は有りません。
     ただ過去の事例でそれを推測する事は可能と思います。

    ★宇佳子さんの言う「身体的な違いと社会的な立場の違い」は確かだと思います。

    ★「男性のほうが性的な欲求が強かろうということ、たいていの国で女性のほうが社会的に抑圧されているということ」これもおっしゃる通りと思います。

     さらに僕が思うのは
    ★古代ギリシャやローマ時代の「美少年讃美」⇒それゆえにキリスト教は男同士の同性愛を罪悪とした──にも関わらず、あまり女同士は問題視されていない(もしかしたら魔女裁判にレズビアンが関係していたかも?でもそれは僕だけの発想)
     ちなみに「レズビアン」の語源は古代ギリシャのレスボス島の女流詩人サッポーだとされていますが、それ以降「歴史的に有名なレズビアンのスター」はおりませんよね?誰が知ってる?

    ★日本でも武家や寺院で公に稚児、色若衆がまかり通っていた。
     が、尼寺でどうだとか、武家の奥向きでどうだとか言う話はほとんど聞いた事が無い。

    ★明治維新の欧米化(キリスト教)で廃止されるまで、遊郭と並んで「陰間茶屋」や「芝居役者」による男娼(男相手)が公然とまかり通っていた。
     が、女性による女性のための風俗は古今東西あまり聞かない。

    ★70年代⇒ゲイ雑誌「薔薇族」で当てた「第二書房」が満を持してレズビアン雑誌「百合族」を発刊したが、まるで売れず即廃刊した。
     要するに風俗も出版もレズビアン相手では商売にならない。

    ───などなど、箇条書きにすればキリが無いほど、レズビアンの数が少ないと推測されます。

     どうだろう?

    編集済
  • 138)切っ掛けはチケットへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    前話のご返信の兄弟の件について……ああっ、わかっていませんでした! 『兄弟』、そういうことだったのですね!

    ナッキーさんのセリフに、(えー、本当の兄弟になっちゃったら配偶者にはなれないよー)なんて思っていましたが、ここでは「法律的な兄弟になること」と「『兄弟』(=パートナー)になること」とが掛詞になっていた、と。そうか、だからふたりが自分たちの披露宴の話で盛り上がっていたのですね。なんと深い!! わかっていませんでした💦 ご解説ありがとうございます。

    ところで、この、配偶者とも言える関係に『兄弟』の語を使うのは、法律や社会に認められた関係性の象徴としての兄弟なのか、それとも親密な上下関係の象徴としての兄弟なのか、それが気になりました。古い小説を見る限り、女性どうしでも『お姉さま』(と妹?)ですよね。実際どうなのか知らないのですけど。

    男女の親密な関係においては、きょうだいを現わす言葉を配偶者に使うことはまずない、これ、確かにそうですね。男女だと、「きょうだい」にならずとも法や社会に認められた関係を新たに築けるわけですから。そこから類推すると、同性どうしの場合、きょうだいを現わす言葉でパートナー関係を代弁するのは「法律や社会に認められた関係性の象徴」の意味が強いのでしょうか。でも歴史的に見ると、「親密な上下関係の象徴」の意味が先にあったんじゃないかという気もします。

    素朴な疑問ですが、「俺の『弟』になってくれ」は兄貴分からのプロポーズ的な言葉だとして、「俺の『兄』になってくれ」と弟分からプロポーズすることも普通なのでしょうか? つまり、男女だと今でも、プロポーズは男性からというイメージが残っていますが、男どうしだと、立場は対等になりがちなのか、それとも上下関係が生まれがちなのかが気になりました。

    さて、浩一さんの影がちらつく中で次の恋のはじまりですか? もうその段階で怖いのですけれど……

    今回のお相手は「いかにもな好青年」って、今までの理久くんのタイプとは少し違っていそうですね。

    作者からの返信

     やはりそうでしたか。
     先にも書いた通り、女性の感覚では「ゲイカップルが自分たちの事を兄弟として表現する事も多い」との感覚がピンとこない、或いは知らなかったと言う人も多いかな?と思い、あえて書き添えてみました。
     女性作家のBLにもあまりそう言う表現はありません。
     やはり宇佳子さんもそうでしたか。

     知り合いのカップルがデート中に会社の同僚とバッタリ遭遇しました。彼は同行者を普通に「友達」と紹介しても構わなかった。
     が、しかし、彼は同行者を「弟のような奴です」と紹介し、そう称さられ同行者は瞬間⇒目が潤むほど嬉しかったと言っていました。
     彼は同行者を、まさか恋人とは紹介出来なかった。
     でもただの友達とも言いたくなくて、こんな表現になったのです。一般社会では「弟のような」との表現だけでも、結構勇気が要ったと思います。
     これが男女だったらどうでしょう?
     デートのつもりだったのに「妹のような子です」と言われたら、同行者は少ながらずショックを受けるでしょう。
     ↑これがゲイカップルと男女カップルの違いです。
     

     宇佳子さんの感想に(えー、本当の兄弟になっちゃったら配偶者にはなれないよー、なんて思っていました)とありましたが「同性婚」なんて言葉も無かった昭和の当時、まず男同士で(配偶者)なんて考えもしない。

     とにかく単純に友達⇒親友⇒さらにその先は恋人⇒兄弟(家族)と進展します。
     ↑その点、フケ専のカップルは年下がパートナーを(パパ)とか(お父さん)とか呼ぶパターンも多い。

     前述と重複しますが、ノンケのあいだでも親友以上になると(特に命がけの戦友となると)ドラマや映画でも「行くぜ!兄弟!」なんてセリフが飛び交います。
     女性同士(ヘテロ)の場合どんなに親密になっても「姉妹の契り」なんてあまり聞きません、どうだろう?

     ゲイとレズビアンでは圧倒的にゲイの方が多いと言われています。
     何かオスとメスで性差があるのかな?
     動物界でもオス同士の疑似性交は色々と報告がありますが(鳥類も多い)、メス同士との話は(僕は)聞いた事がありません。
     クマノミなんかもオスがメスに変異して性交⇒子孫を繋ぎます。メスがオスに変異する種は聞いた事がありません。
     あれ?話が跳躍してる?
     済みませ〜ん!!
     

     また宇佳子さんいわく【配偶者とも言える関係に『兄弟』の語を使うのは、法律や社会に認められた関係性の象徴としての兄弟なのか?それとも親密な上下関係の象徴としての兄弟なのか?】
     との問いですが、僕は後者の方が多いと思います。

     前者の場合、「同性婚」に代えた手続きとして「養子縁組」が昔から利用されてきました。正に法律的に認められた家族関係です。
     が、だからと言って年齢差も無い恋人同士が、届け出のあと突然に「親父&息子」とは呼び合いません。
     そこはやはり、戸籍上の関係が実生活とは相違する点と思います。

     だから僕は、宇佳子さんの言う【親密な上下関係の象徴としての兄弟】なのだと思います。


     最後に、宇佳子さんいわくの【素朴な疑問】について──
    【男女だと今でも、プロポーズは男性からというイメージが残っていますが、男どうしだと立場は対等になりがちなのか、それとも上下関係が生まれがちなのかが気になりました】
     との事ですが、いきなりプロポーズする訳ではありません。
     まず付き合い始めて⇒互いを恋人と認識し合えて⇒ある程度二人の関係が熟成して⇒ようやく家族のような次の段階に(或いは永続的な関係に)一歩前進したいと思った時、プロポーズのような空気に至るのだと思います。
     そこは男女のように「婚姻」と言うはっきりした手続きな無い分かなりファジーではありますが、どちらがどうアプローチするかは十組十色と思います。
     ただ、そこに(年上だから)とか(攻めだから)とかの無駄な空気は無いように思います。


     今回も長々と書いてしまいました。長駄文は僕の欠点です。
     毎度の事ながら──僕は決してゲイの代表ではありません。
     また、これは僕の若かりし頃を描いた回顧録であり、当時の様子が今現在と同様とは言い切れません。
     パートナーシップが導入され、同性婚とのワードも一般的になってきた昨今、ゲイカップルの心情も大きく変化しているとも言えます。
     考え方は無限にあります。
     そこはご了承下さい。

    編集済
  • 135)妄想結婚式 ②への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    理久・夏ダブルボケコンビによる妄想回?! ツッコミ不在だとどこまでも妄想が暴走していきますね (^^;) やっぱり女子中学生っぽいノリで、なんともほのぼのしていい感じー……ということにさせていただきます。

    この漫才の後半、
    「おい!それって、ナッキーと俺と、両方の血をひく子供が生まれるって事じゃないか!」
    「ねえ理久!そ、それって、もはやオレ達二人の子供も同然だよね?」
    このやりとりに、ぺしーんと頭をはたかれた気分です。これ、まさに自作に入れてる展開です。

    もしかしたら、理久くんとナッキーさんは、上記のセリフを笑いのネタとして口にしたのかもしれません。でも、かつてその(へ)りくつに気づいたときに、目からうろこが落ちた気になりました。子供を作れないものどうしでも、ワンクッションおけば、自分と相手の両方の血を受け継ぐ子供って作れるんじゃん!って。コロンブスの卵ですね。

    「そんなのあたりまえだろ」と言われれば、それまで。しかもこれって大和和紀さんの漫画『はいからさんが通る』(ご存知、ですよね?)のしょっぱなで使われていたネタでもありました。とはいえ、「自分とパートナーの間には子供ができない」ということがずっと引っかかっている人たちにとっては、この考え方って小さな明かりになるんじゃないかなとも思ったのでした。血縁関係に興味のない人間にとっては、どうでもよい話なのですけれどね。

    波奈さんとナッキーさん兄とがもしも結婚していたら、まったく違う人間関係が生まれていたのでしょうね。

    作者からの返信

     発想が被っていましたか?!
     それは失礼しました、笑
     でもハイカラさんでも使われていたなら満更とっぴな発想でもないのでしょう。
     どうか笑って納めて下さいね。

     以前ブログのコメントで、女性の方から「ゲイのカップルは兄貴とか弟とか、自分達を兄弟に例えるものなんですか?」と問われた事があります。
     つまり彼女いわく「男女の場合⇒君のことは妹としか思えない、は女性にとってフラれ言葉の定番だ」と言うことでした。
     なるほど、そう言う「お断り台詞」はドラマなどでよく目にします。確かに男女ではそうですね。
     ただ、男社会ではゲイでなくても(時代劇や任侠ものでは特に)義兄弟の契りなんかが強い絆とされたり、そこまででなくても「相棒」とか「御神酒徳利」とか、外来語でも「バディ」とか、それに類するワードは多いです。
     ドラマやアニメでも「アニキと呼ばせてください!」なんて台詞が飛び交いますがら、そこはやはりゲイのカップルでは年下が相手を普通に「兄ちゃん」とか呼んでるパターンは多いですね。
     男女のように婚姻により家族になる術がないため、「恋人の一歩先」として、やはり家族的な関係を求めるのだと思います。
    「俺の弟になってくれ…」は、ゲイの場合プロポーズの言葉になり得ます。


     

  • 134)妄想結婚式 ①への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    ああ今回はあまり辛い話が深掘りされることはなかったですね。嵐の前の静けさでしょうか。そう考えると、ますます怖くなります (^^;)

    そう言いながらつい考えてしまうのは、やっぱり浩一さんとのお付き合いのこと。ほぼひと月、お付き合いを続けてきたのですね? そのことがやはり謎なのです。最初の一夜で「もう勘弁!」状態だったのに、そのまま交際に突入したのはなぜなのでしょうか? 浩一さんが強引だったのはわかりますし、理久くんが強力に押してくる相手に比較的弱いのもわかります。でも、必ずおとずれる辛い別れ。それが比較的すぐそこにあるとわかっているうえに、決定的に趣味が合わないことが明白な相手と付き合うのって、自虐的ではないでしょうか?

    そして歴野家と春川家のファーストコンタクト!? この奇妙な四角関係がどう発展していくのか、この思わせぶりな章タイトルはどう回収されるのか、今後のお話が気になります。

    歴野さまの描き出すナッキーさんについては、繊細さと図太さの両方が同居する性格だと感じ取っています。決して純情一辺倒の美少年とは思っていません。既婚者との泥沼も経験済みの恋愛強者というのには納得です。だから、彼が理久くんへの「辛い片思い」に悩んでいるとは感じていないですね。とは言いつつ、言動の端々に理久くんに対する関心の強さとそれを表に押し出せないためらいが見えるのが興味深いのです。ナッキーさんについては、「なんで俺がここまで気にしているのに理久ときたら俺のことを全く気にかけないんだよ……」ともやもやとしているように感じています。

    作者からの返信

     この自分史を書くに当たり、実は当初、ジュンや浩一のようなブラックな過去を公衆にさらすつもりは有りませんでした。
     でも幼少期から順に書き始め、「私小説」としての形を整えるに当たり、やはり「失敗と反省」も正直に書くべきだと思いを改めたのです。
     不本意ながらも浩一とずるずる付き合い続けた理由はただひとつ⇒「優柔不断」です。これは僕の欠点です。
     宇佳子さんの指摘の通り、僕は「押し」に弱いです(推しではありません、笑)てか、当時は特にそうでした。
     亮ちゃんとの付き合いが破綻して、サトシへの片思いに泣かされて、恋人空白の期間に突然強く押してきた浩一です。
    (あれ?なんで?)と戸惑いながらもついつい「お断り」を言えず、それでも浩一が指定した週末にはせっせと部屋を片付け、いそいそとカレーなど煮込んでいたりした理久です。
     が、やはり心から好きな相手でないと恋愛は盛り上がりません。
     逆に「盛り上がり」は、これまた突然に巻き起こったりします。
     ⇒つまり新たな恋です。
     そのあたりが次の章であらわになります。

     ナッキーとの笑い話のような小エピソードは、重苦しいペンを、たまには軽快に走らせたくて挿入してます。
     妄想結婚式の一部始終を呆れながら読んでみて下さい、笑
    😝💕


  • 99)別離の雨音への応援コメント

    「カミングアウト」するかどうか決めてない状態で付き合い始めてしまったのですね🥲

    悲しいエピソードでした。続きもゆっくり読ませていただきます。

    作者からの返信

     当時の日本の感覚ではカミングアウトなんでまだまだ一般的ではありませんでした。
     それこそ美輪明宏さんやカルーセル麻紀さんのような芸能人でさえまだまだメジャーには扱われていなくて、むしろおすピーさんや日出郎さんなどが「オカマ」と称され「お笑い界」で注目されてきた頃です。
     カミングアウトしているゲイはまだまだ特殊な人であって、一般サラリーマンや公務員のゲイはそれこそ一生涯の命を掛けた秘密でした。現にそれがバレて自死に至った若者のニュースも二丁目では度々話題になっていました。
     かなりフラットだった僕でも、付き合いにあたり「どうする?カミングアウトする?」なんて相手に問う感覚はまるで有りませんでしたよ。
     そう言う時代でした。東京でもそうだったんだから、地方はさらにきつかったでしょう。

    編集済
  • 133)苦行のような恋愛開始への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    猛烈にすがりたくなる浩一さんの気持ちも、がちがちの束縛にぞっとする理久くんの気持ちもわかるので、二重に苦しいですね。重力がいきなり二倍増しになったようで、息をするのも苦しく感じます。

    本当にこのふたりが付き合っちゃうのですか? 絶対合わないのに。理久くんへの指導はナッキーさんがいるから良いとして、誰か浩一さんに恋愛指南をしてもらいたいところです。でなきゃ、彼はずっと辛い恋を繰り返してしまうのでしょう。やるせないです。

    ナッキーさん、浩一さんからの留守電猛攻の件を聞いても、「すぐに別れた方が良い」とは言わなかったのですね。それどころか、やんわりと自分の痕跡を理久くんのもとから消させ、浩一さんと真っすぐ向き合えと言わんがばかり。しかも「可哀想だから」。そのあたりの彼の感覚が興味深かったです。

    と、ここまで書いて、気づきました。そうでした。このころの理久くんにとって、恋愛とはいつか終わるもの。浩一さんと付き合い始めたということは、平たく言えば、もう別れを見すえていたとも言えるわけですね。ナッキーさんの言動からも、同じような意識が感じられます。ただ、付き合っている間は真摯に向き合ってやれ、と。これは理久くん独自というより、恋愛が結婚に繋がらない人たちにとっての基本的なスタンスなのでしょうか。

    理久くんのことが好きで、心配もしている。でも、「浩一とは別れるべきだ」と強くアドバイスしはしない、と。これは、互いに相手の恋愛の自由を尊重していたということなのでしょうね。そういう、見ようによっては冷たくすら見える割り切った関係というのは、結果論かもしれませんが、関係性が長続きする秘訣なのかもしれません。

    ……いやいや、この場合、ナッキーさんが敢えて「今すぐ別れるべき」と言わなかったのは、「自分をまったく意識してくれない理久なんて少し困ればいい」という嫉妬からとも考えられるのかも?

    最近コメント長くて申し訳ありません。

    作者からの返信

     まず最初に
    【最近コメント長くて申し訳ありません】
     って、ふふふ……
     何を今さらですが、踏み込んだ鋭いコメントこそが宇佳子さんの本領です。
     どうそ遠慮なく、これからも忌憚の無いご意見をお待ちしておます。

    【浩一の気持ちも理久の気持ちも両方分かるので二重にくるしいです】
     って、なるほど。
     僕はあくまでも一人称の私小説で書いているから「理久中心」で当たり前なんだけど、宇佳子さんは俯瞰で見てくれているから二人の板挟みになってしまうんですね。
     深く読み込んでいただいてありがとうございます。

     そして、確かに理久にはナッキーと言う「愚痴を聞いてくれるアドバイザー」がいたけど、浩一はどうだったかな?そんな人いたのかな?
     実は浩一の(ゲイ的な)人間関係は当時あまり聞いていなかった。
     ↑あ、これ今後も多い理久の特徴=つまり、あまり根掘り葉掘り聞かない性格。
     ↑これは理久としては遠慮なんだけど、ナッキーに言わせれば「理久は人の事なんて何にも興味ないもんね…」なんて言われてしまう。

     でも後から思えば、浩一に関してはことさら他人行儀だったような気がします。やっぱり苦手意識が強かった……
     何にしても可哀想な事をしてしまった⇒初っ端、既に書いた通り、結果として浩一の口から「別れよう…」って言わせてしまいました。
     他のエピソードはみな物語として書いているのに、この浩一についてだけ、先に結論から書いたのは、やはりストーリーを紡ぐのが苦しかったからです。
     宇佳子さんも(でも、いずれ別れるんだ)と知っていた方が読みやすいと思います。
     ↑僕は書きやすかった。

     もひとつ。
     ナッキーについては、あまり「可哀想」には書いていないつもりだったのだけど、どうも宇佳子さんはナッキー贔屓になってますよね?
     言い訳じゃないけど、ナッキーは理久に辛い片思いをしている訳ではありません。
     基本⇒ナッキーはずっと年上の人とばかり付き合っていて、モテモテだったし、既婚者とのドロドロの不倫劇もやらかしているし、恋愛に関しては理久よりずっと経験豊富な達人でした。
     その様々な恋愛劇を書かないのは、これが「ナッキー物語」ではないからです。
     決して理久がナッキーの気持ちをもてあそんいたわけではないので、そこは誤解の無いようにお願いします😆

    編集済
  • 132)夏生との複雑な関係への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    どういう行為をすると付き合っているということになるのか、考えてしまいます。

    セックスをしなければ恋人じゃないというわけではないのと同様に、セックスをしてもそれが即恋人の証明になるわけじゃないと思います。不道徳だという人も多いでしょうが、たまたま知り合った気の合う人と軽くおしゃべりすることがあるように、たまたま知り合った相性の良さそうな人とワンナイトという関係だってあると思います。理久くんがここで、友人、恋人という関係性にセックスという行為をどう位置づけているのかが気になりました。

    そもそも、セックスの定義がいまだによくわからないのです。刑法における性行為の定義を見てもよくわかりません。受精を目的とする行為と定義するならそこそこ明確になるのでしょうが、それは明らかに違いますもんね。

    恋人とは恋愛を楽しみつくしたら別れるルートしかない。友人とはくっついたり離れたりしながらいつまでも続けられうる。こう書くと恋人と友人という関係性は大きく異なるものですが、それを隔てるのはセックスの有無だけ、ということでしょうか? セックスをしてしまった相手とは、友人には戻れない? その気持ちがとても興味深いです。なぜなのでしょう。

    セックスってそれほど意味の大きなものなのかなあと疑問に感じます。だって、結局、「とても気持ちが良い」というだけでしょう? それって、おいしいものを飲んだり食べたり、好きな音楽を聞いたり演奏したり、それとどこが違うのでしょう? 

    これ、この私小説に対してだけでなく、しばしば疑問に感じています。男女であろうと、子作りを目的としたセックスって限定的で、たいていは行為者の快楽目的の行為だと思うので、そこに同性愛者異性愛者の別はないと思います。みんなセックスをどのようなものだととらえ、なぜそれほど特別視するのでしょうね。

    今までのナッキーさんとの関係は、理久くんの鈍感さ+セックスの忌避(関係性が崩れることへの恐怖)から、いわゆる親友関係と呼ばれていただけで、実質はどうみても恋人ですよね。いくらでもおしゃべりしていられる関係を手に入れられたなんて、これは本当に貴重なことだと思います。

    > ──と、俺は当時、本気でそう思っていた。

    なるほど、つまり、この後ターニングポイントがある、と。そこに、理久くんにとっての上記もろもろを理解するヒントがあるのかもしれませんね。

    タイトルが「ナッキー」ではなく「夏生」となっているのが、ものすごく思わせぶりですよ。

    作者からの返信

     さて、今回は気合いを入れて作文しなければなりません。

     まず【どういう行為をすると付き合っていると言う事になるのか?】
     これは人それぞれ、自分なりの法則が十人十色と思えます。
     そして僕にとっての規定は単純です⇒SEXを「するか」「しないか」です。
     一般的に男女の交際は「付き合い始めてからどれくらいの段階でSEXに至るか?」が取り沙汰されます。
     が、僕の場合(これはゲイの場合とは言えません)⇒どんなに仲が好くてもSEXが無ければ「付き合っている」と言う意識にはなりません。
     だから当然⇒ナッキーとは「付き合っていない」となります。

     それなら逆に「SEXすれば付き合ったつもりになるのか?」と問われれば「No」としか言えません。
    「1回やったくらいで付き合ったつもりになるな!」と言う傲慢な台詞が僕にも当てはまります。
    「SEXをしてもそれが即恋人の証明になるわけじゃないと思います」との宇佳子さんの発言の通りです。

    【理久くんがここで、友人、恋人という関係性にSEXという行為をどう位置づけているのかが気になりました】
     との事でしたが、答えになりましたか?
     はい、要するに理久くんは相当自分勝手な奴だったと言うことです。

    【セックスの定義がいまだによくわからないのです】
     とのこと──
     確かに男女の場合「挿入」と言うはっきりとした段階が有りまずが、それなら挿入をせず、互いに指先だけでオーガヅムに達する行為はSEXとは見なさないのだろうか?
     ↑これも人それぞれ、定義は十人十色だと思います。

     まあ、僕の場合簡単ですね⇒「射◯した」あるいはそこに達しなくても「射◯しようとした」行為が有れば、それがSEXなんだろうなぁ?と思います。

    【セックスをしてしまった相手とは友人には戻れない?】
     ↑これは男女間でも、ゲイの間でもよく話題に昇ります。
     先に僕の答えを述べると、僕の場合⇒「別れた恋人と友達に戻るのは難しい」と思っています。それは過去の経験が言わせます。

     あんなに好きで仲好しだったのに「別れるには別れるだけの確固たる理由」が有りました。
     そして泣く泣く辛い思いで別れたのに、なぜその後平気で友達付き合いが出来るの?と、逆に聞きたい。

     いや、男女間でもゲイでも、別れた後も良好な関係を続けるカップルがたくさん存在する事を知っています。
    「友達に戻ろう」とはよく聞く台詞です。
     が、僕の場合、そう言う「円満な別れ」を経験したことが無い、と言うだけの事かも知れませんね。

    【SEXってそれほど意味の大きなものなのかなあと疑問に感じます】
     なるほど、この小説において今までもこれからも、主人公理久はとても軽やかにSEXに対応しているかのように描かれているかも知れません。
     が、もし仮に(知り合った時点で)タッチやナッキーと気軽にSEXに至っていたら、果たしてその後の長い友人関係が維持できたかどうかの自信が全く持てません。
     そう言う意味では「SEXは重要」と僕は言えます。

     別の言い方をすると、これで案外、理久はSEXを「単なる気持ちの良い遊び」とは考えていない節も見掛けられます。
     だからこそ「好きな人とのSEX」には慎重になります。
    「関係性を大切にしたい相手とはSEXを避ける」
     ↑これは本当にそう思っていましたが、逆に「どうでも良い相手ならやっちゃえ!」ってなスケベ心も確かに有りました。
     男って……ってより、理久ってやっぱり勝手な奴ですね。
     だからナッキーに「たまには浩一みたいな奴にその性根を叩き直して貰えばいいんだ!」なんて叱られるのです。


     なんて「──と、俺は当時、本気でそう思っていた」ってフレーズに、ちゃんと宇佳子さんは引っ掛かってくれましたね、ニヤリ…

    【なるほど、つまりこの後ターニングポイントがあると】
     ↑確かにその通りです。
     宇佳子さんは鋭い!

     何だかんだ言っても時系列で見ればこの辺の理久はまだ20代前半の未熟者です。
     この私小説⇒まだまだ長いです。
     細〜い目で見てやって下さい。
     😝🤚

  • 96)今なおタッチは大親友への応援コメント

    趣味で繋がるっていいですよね。
    同じ物に興味があるって大切な条件だと思います。

    作者からの返信

     そうなんですよ。
     しかも宝塚歌劇なんてマニアックな分野で、さらに絶対的に女性の割愛が多い中での希少な男性同士です(もひとつオマケにゲイ同士…)
     これはもう、一生の付き合い⇒即決定って感じでした!

  • 131)ナッキーに叱られるへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    ナッキーさんとのイチャイチャごっこ(……ごっこ?)をみていて、おいおい、と思いましたが、でもですね、これってあれですよ、三昔、四昔くらい前の女子中・高生のノリ。仲の良い友達同士でボディタッチは当たり前、キスくらいやっていた、そんな雰囲気がありました。よく知りませんが。そう考えると、このシチュエーションも奇妙に腑に落ちてしまいます。「きみたちは女の子か!?」という、セクハラまがいの言葉をかけそうになってしまいますけれど。

    ここまできても、本当にナッキーさんの気持ちはわかっていなかったのですか? いや、いくらなんでもそれはないですよね?
    ナッキーさんのセリフからすると、彼は憎からず思っている理久くんが他の人と付き合ったり遊んだりするのに「翻弄」されていると感じているようですね。そのやきもきをもし理久くんがきちんとわかったうえで、それでも気づかないふりをしているのなら、それはちょっと小悪魔が過ぎる気もします。

    というか、この当時の理久くんは恋愛に何を求めていたのかなと気になりました。ナッキーさんとのこの関係はすでに「恋愛」の「愛」を得ているように見えます。肉体的な関係はないけれど、精神的にはもう伴侶のレベルでは? その安定感をがっちりつかんだうえで、それとは別の場所で「恋」のわくわくや肉体的な欲求の解消を図っていたということでしょうか。

    > それに捨てるとか捨てないとか言葉のチョイスが変なんだ。一体今までどんな人生送って来たんだ?って感じ

    この一話のなかで、この言葉に一番驚きました。これって、理久くん独自の感じ方なのでしょうか、それともゲイの方のふつうの意識なのでしょうか? ものすごく好きな人がいて、でも自分に自信がなかったら、感情のたががはずれたときに「捨てないで」はふつうのセリフでは?と感じてしまいます。

    作者からの返信

    「君たちは女の子か?」と聞いて(なるほど!)と膝を打ちました。
     僕は女子の生態を知りませんが、確かに「男女」でそれが許されるのはカップルだけかも⇒決して男女の友達同士でスキンシップやイチャコラは無いですよね!

     んじゃ、男同士は?
     これはまあ、仲が良ければ挨拶代わりにプロレスの技を掛けたり軽くパンチを入れたりはするけど、決してそれはいちゃいちゃではありません(一方通行だとイジメ?)
     だから同性でいちゃいちゃするのは女子とゲイ?と言うとこれも違う⇒ゲイ同士は(恋人同士以外は)あまりいちゃいちゃしません⇒容易に誤解を与えてしまう。
     むしろゲイは必要以上にノンケとも絡みません⇒逆に避けます。
     ↑身バレを恐れて。

     結論!
     僕とナッキーは(と言うより特に僕は)特別にいちゃいちゃを楽しむ傾向にあったと思います。
     これは(亮ちゃん等とは違って)僕たち二人共あまり人目を気にしない質であった事と、やはり宇佳子さんご指摘の通り、僕がとっても!鈍感だった事に起因していると思います。
     これは「読み物」として、小悪魔を感じさせる表現に出来上がっていますが、現実には僕がよっぽどの鈍感能天気だったと言えましょう。

     さらにその先の「二人の関係性」についての宇佳子さんの指摘は、これまたとても的を射ておりまして、これについても今後⇒こと有る毎に「僕とナッキーの関係性」として書くことになります。

    「捨てる、捨てられる」についてもご意見いただきましたが、誠にごもっとも。
     これについてもこの後、浩一との反省点としてちゃんとフラグを回収する準備があります。も少しお待ち下さい。

     何にしても宇佳子さん、鋭すぎます!
     ↑とても楽しい♡


  • 編集済

    130)ぐったりへとへとな朝への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    浩一さんの「え?もうお別れですか?」に、セックスをした後でも理久くんとは一緒にいたいと思える、つまり、浩一さんは体の関係だけでなく恋人として理久くんを求めているのだな、と一瞬思いましたが、いやいや、彼の場合、今でもセックスの前状態と言えるのかもしれず……うーん、体と心を切り離して考えるのって、難しいかもしれません。

    浩一さんの堂々たる体躯やいかつい姿で「お兄ちゃん」と甘えてくるギャップに辟易しつつも、その彼がしょんぼり肩を落としたり、上目遣いで見つめて来たりすると、とたんにストライクゾーンに入ってしまう理久くん。これは一度離れて冷静にならないと危険な状況ですね。

    ナッキーさんとは当時、アパートの合い鍵を交換し、自由に行き来しあう仲だったんですか。恋人じゃないけれど、なんでも打ち明けて笑い飛ばせる親友って、心強いですね。特にこんなとき。浩一さんにも、そんな友人がいたら、まだ少しは精神的に安定できたのかもしれないなあと感じました。

    でも、この顛末、ナッキーさんには思いっきり呆れられ、爆笑されるのではないでしょうか。次回の展開にちょっとどきどきしています。

    作者からの返信

     本当に宇佳子さんの感想はいつもいつも的を射ていて笑ってしまいます。
     まさか宇佳子さん⇒名を偽ったナッキーじゃないよね!
     この後お話しは取り乱した理久がナッキーの元へ飛び込んで行く展開になるのですが、そこからのいちゃいちゃに、宇佳子さんには「あんたら昼間っから何やっとるんじゃ!」と叱られそう……!
    😱💥

  • 129)これはどう言うPlay?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。2026年となりましたね。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

    理久くんの「早まったんじゃないか、これ」という猛烈な焦りが伝わってきます。カッコウの巨大なヒナに餌をねだられるホオジロか、ピレネー犬の子犬に抑え込まれているチワワが思い浮かんでしまいました。

    絶倫の旦那に奥方が耐えきれず、あるいはその逆などを小説や落語で見かけることがありますが、おお、本当にあるんだ、と目からうろこでした。男女だと違っていて当たり前なので、互いに分かり合えないこともあろうと思いますが、同性どうしであってもその不一致は切実な問題なのですね。性欲が極端に強い方々って、恋人探しというよりは日常生活ですごく苦労するのでは、と心配になります。一晩付き合わされた理久くん、ご愁傷さまでした。

    浩一さんについては、どのエピソードを見ていても、最初は思いもよらぬ展開にあっけにとられますが、でもどう考えてもこれは嗜好なんて生易しいものではなく強い抑圧なのではないかと苦しくなってきます。

    浩一さんがこういうプレイ(と言ってしまっていいのでしょうか)が好みなのであれば、彼の見た目やステータスは完全にマイナス要素ですね。初対面の相手にはステレオタイプな見方をするのが一般的だと思います。内面を知っていくうちにその像を修正していくわけですが、浩一さんの場合そのギャップがものすごく大きいですよね。それを乗り越えてこのごつい浩一さんを甘やかしてくれるパートナーはなかなか見つからなかったでしょう。

    ゲイの世界にもいろんなカテゴリーがあるとのことでしたが、浩一さんが幸せになれるカテゴリーもあるのでしょうか?

    作者からの返信

     宇佳子さんの感想が面白すぎる!
     僕はもう、浩一のエピソードを書くのに苦労しすぎていて、実は何度も何度も修正⇒書き直しをしています。
     書き上がりを再読して(こうじゃない!)とか(こんなだっけ?)とか迷路にはまり、最終的なこの表現で(読者に伝わるのか?)と半信半疑で掲載しましたが、宇佳子さんの感想を聞いて(ああ!ちゃんと理解して貰えた〜)と大汗と共に感激しております
    ⇒ピレーネとチワワ!ああ!両方が不幸!
     浩一についてはジュンの時と同様に(自己嫌悪まみれの)反省文が付いて来ます。
     もう少しご辛抱を願います。
     とほほ


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    128)本当に涙を流してるへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    こ、これは……。亮ちゃんの生きづらさに匹敵する辛さ……

    浩一さんの涙や「お兄ちゃん」呼びはプレーではなく本気のようですね。ゲイの人たちから見たら、それにラガーマンたちから見ても、恵まれた体格に恵まれた家庭環境だった浩一さんですが、それは本人の望みとはまったく別もの、それでも両親や周囲の期待に抗えず、大学生になる今まで、反抗らしい反抗はできずに来たのですね。以前にも書いたかもですが、「周囲より優れている」と一般的に思われる特徴に対する無遠慮な決めつけって、思いのほか当人を追い詰めることがあると思います。背が高い、色白である、頭が良い、スポーツが得意、男らしい、女らしいなどなど、実は当人はそれと真逆になりたくてたまらないことだって、あるんですよね。それにしても、浩一さん、今まで反抗できなかったなんて、優しすぎるのでしょう。彼は理久くんに自分を違和感から救い出してくれる王子様を感じていたのかなと思いました。

    と、それは浩一さんのほうの事情。

    これまで未経験だった自分よりはるかに大きな体に包み込まれる感覚にうっとりしかけていた理久くんですが、実は「お兄ちゃん」になってもらいたいと言われれば、青天の霹靂はやむなしでしょう。理性で理解できても、とっさに感情をコントロールすることは難しそう。混乱のあまり、一気に冷めたというのもわかります。こうなってくると、互いに苦しいばかりですね。浩一さん、切羽詰まっていたのでしょうけれど、もう少し、きちんと手順を踏んで理久くんに自分を開示できていれば、結果は異なったのかな、とも思いました。

    次の更新は年明けですね。今年はコメント欄での密な交流をありがとうございました。いろんな気付きに感謝しております。どうぞよいお年をお迎えください。

    作者からの返信

     様々な成り行きでこの私小説を書き始めることになった時、ジュンの事と同じくらい「これは書くべきかどうか?」と迷ったのが浩一のこの一件です。
     ジュンの時と同様、決して気持ちの良い終わり方の出来ないエピソードですが、お許し下さい。
     さて、宇佳子さんにはいつも鋭い感想と誤魔化しの利かない質問に、理屈屋の僕としては楽しい遣り取りをさせていただきました。
     来年もまたよろしくお願いします。
    😝🎉

  • 127)えっ?理久は王子様?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    おおっと、王子様ときましたか。王子様なんて、きゃぴゃぴした女性が言うのを聞いたら間違いなく引いてしまいますが、男性なら、しかもむきむきマッチョなラガーマンの口からならば、切実なものを感じますね。この乙女心の持ち主なら、体育会系のノリを期待するゲイとの恋愛は不可能でしょう。どうしても、見た目とのミスマッチに悩む浩一さんの辛さが胸に迫ってきます。
    それこそ、バレエとか宝塚とか、一緒に観劇に行ったら盛り上がったんじゃないですか? ひとりだと、浩一さんにはまず行けなかったでしょうから。こういうの、辛いんですよね。自分には絶対これは似合わないとわかっていて、でも好きで好きでたまらないというもの。
    理久くん(というか、歴野さんかな)はモテ筋ではないなよなよ系だとのことですが、そのことで卑屈になったことってないのではないでしょうか? 見た目はまるっきり正反対とはいえ、浩一さんには、亮ちゃんの自己肯定感の低さと似たにおいを感じてしまいます。
    さあて、誰に目撃されていたのでしょうね。とりあえず、ナッキーさんに一票入れておこうっと (*^^*)

    作者からの返信

     確かに僕は「モテ筋」ではありませんが、それで卑屈になったり自己嫌悪したことは殆どありません。
     てか、むしろかなりなナルちゃんだったと思います(水仙と言うよりは🍄だけど)

     ゲイ界ではちやほやされませんが、しゃばでは「お坊ちゃま」「美少年」と(特におば様たちから)もてはやされて育ちましたから、二丁目でどう評されようが、自分では可愛いつもりでおりました。
     ↑若いって(勘違いが)恐ろしい!大汗…

     浩一についてはまだまだ奥深いです。凄いです。
     乞うご期待…

  • 126)エレガンスな夜への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    ん? そうなのですか? だって、ピアノがうまくてクラシック音楽が好きで、宝塚観劇に通っていて、バイト三昧しなくてもゆとりをもって暮らしていける大学生だったのでしょう? これって、誰がどう読んでも、ハイソでエレガントな若者としか思えないのでは? しかも見た目もすらっと背が高くて色白なのですよね? 容姿もそんな雰囲気を醸し出す強烈な後押しをしていたのではないですか? 

    でも、自分が「それは自分とは違う!」という姿を勝手に押し付けてこられるのはきっついですね。理久くんも、それに浩一さんも。浩一さん、見た目と指向の「カテゴリーエラー」で苦しんでいるのでは……

    作者からの返信

    「カテゴリーエラー」
     なるほど!それか!
    「ギャップ萌え」の対義語(らしき言葉)はまさにそれかも知れません!
     そうなんです。
     浩一は誰がどう見ても体育会系の猛者《もさ》なんだけど、どうやら中身は全然違っているようです。
     浩一の奥深さはまだまだこれからですから更にお楽しみに。

     ところで僕が「エレガンス?」に見えた一番の要因は次回に明らかになります。
     とにかく今回は変なお話しです。
     ↑あ、いつものことか?

  • 125)本物の体育会への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    これまでに何度か、いわゆる体育会系と言いますかマッチョ系と言いますか、男くさいタイプの男性がゲイの中では人気があると教えてもらっていたので、なるほどなあと思いながら拝読しました。田亀源五郎さんの描く男性のような感じですかね。
    どんな社会でも、自然と、主流と傍流ってできますよね。それぞれが自分たちに誇りをもってカテゴリーを創り出していても、おのずとカテゴリーごとの「あるべき」ができあがってしまうのが、ちょっと苦しいなあ、と。カテゴリー越境型の恋愛は、何かと物議を醸しだすことになっちゃうのかなと老婆心ながら心配してしまいました。
    理久くんにとって浩一さんはゲイの世界のスターかつ自分はあまり好きになれないタイプ、浩一さんにとって理久くんは……どのあたりがどうだったのでしょう。次話以降をお待ちします。でも、なんだか辛そうですね。

    作者からの返信

     辛いなんてもんじゃありません!って、あ、ネタバレはいけませんね、大汗。
     ところで田亀氏をご存知とは恐れ入りました。宇佳子さん、中々通ですね。
     田亀氏と言えばゲイ・カルチャーの世界では有名な先生です。
     浩一についてはまだまだ奥深いのでお楽しみに…

  • 88)亮ちゃんの鬱積への応援コメント

    亮ちゃん可愛いし、正直で好感持てます。うらやましいくらい😆

    素敵な人と両思いで良かったですね。

    作者からの返信

     亮ちゃんはあくまでも幼馴染であって、決して初恋の相手ではありませんでした。
     が、しかし、中学時代の圭や高校時代のジュンが僕にとってはなはだ不明確な相手であったのに対し、この頃の亮ちゃんは初めてのちゃんとした恋人と言えます。
     ずっと続いていれば、僕の人生は大きく変わっていたでしょう……ね。

  • 124)泣かせた男への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    年をとるというのはとんがった体験をいくつも重ねていくということで、それにより自分の中の許容範囲が徐々に広げられていくのでしょうね。子供は柔軟だなんて言いますが、自我を確立させたばかりの年少者ほど柔軟性のないものはないというのが正しいんじゃないかと思います。なんて偉そうなことはまったく言えた義理ではないのですが……
    学校、職場、趣味の場、日常生活の場などさりげない交流の場に恵まれているマジョリティたちと異なり、接触のタイミングがより限られるマイノリティたちは、どうしても、出会いから付き合うまでの期間が短くなりがちじゃないかという気がしました。顔見知りか恋人かの二択になりがちなのかなあ、と。だから付き合い始めてから違和感にとまどうこともより多いのでしょうね。
    あ、でもそう考えると、この頃の理久くんとナッキーさんの関係性が説明つかないですね (^^;) 人それぞれなのかな、それとも理久くんとナッキーさんが珍しい例だったのかな。

    作者からの返信

     そうですね、確かに「子供は柔軟」と言われますよね。
     でも本当にそうかな?
     言われてみれば宇佳子さんの言う通り、子供の思考はガチガチとも言えると思う。
     子供の言動が狭い人間関係(家族)によりガチガチ偏見の価値観だったり「こうだ!これが正しい!」と言うガチガチの決め付けでイジメや残酷な言動を起こしたりします。
     あ、ちょっと今回のお話とは逸れましたが、要するに「人間は数々の経験や時間を重ねて許容範囲を広げていく」のだと思います。
     宇佳子さんに同意します。

     で、当時の僕が浩一の何に戸惑い、許容出来なかったのか……
     ↑それをこれから書き進めて行きます。
     恐らく浩一の実態には、さすがの宇佳子さんでも驚くと思いますよ?
     もう時効──今だから書ける浩一の話です。

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    うーん、その曜日トリックに関しては、ナッキーさんの推理がもっともらしい気もします。三人の男女がサトシくんの部屋で一度も鉢合わせしなかったんですもんね。曜日について、他の二人、すくなくとも岡さんに確認はしなかったのですか?
    でも理久くんではないですが、今までのサトシくんの様子を見る限り、いわゆる意識的なジゴロやヒモではないと思うのですよね。いや、私が見ているのはサトシくんではなく、理久くんの期待のこもった目を通じたサトシくん像だからかもしれませんが。

    作者からの返信

     いつもいつも鋭いですね〜。
    「理久の目を通したサトシ像」って、なるほどですよね〜。
     筆者がサトシの事を悪く思えない以上、そこから描かれるサトシ像が小狡い人間であるはずがない。
     僕は今でも「ちょっと足りないけど無垢で純粋過ぎる奴」って思ってます。
    (思いたいです)

     ナッキーの「実はバイトなんてしていない説」については、当時の僕は鼻にも掛けませんでした。そんな事あるはずがない!ってサトシを信じていました。

     が、完全第三者のナッキーにしたら(そう言う風に考えるんだな〜)と目から鱗の解釈だったので印象が強かった。だからこのエピソードを創作しました。
     回転が早いナッキーの明晰さが伝われば幸いです。

  • 122)何年経っても意味不明への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > 人に聞かせると何故かまさかの大爆笑

    歴野さんって、惚れた相手ならだれでも落とせそうな自信に満ちた雰囲気とそれを裏付けるだけの魅力があるのではないでしょうか? だからリアル歴野さんを知っている方にとっては、「あの理久が、とことん惚れ抜いた相手に貢ぐだけで手も足も出なかった?!」と、ことさら意外に感じられるのでは?
    ふと思いましたが、ダメンズに人が惹かれるのはある意味正しいのかなと。ひとりで生きていけない幼児が可愛らしいのは、大人の保護欲をそそることで生存可能性を上げるためなどと言います(合目的で失礼、本当はそうできた子供が生き残ってきたわけです)。それと同じで、ダメンズも、周囲の保護欲をかきたてることで生きていけるものなのかもしれません。
    ダメンズに発達障害の方が含まれるのかどうかわかりませんが、グレーゾーンの方だって多いでしょうから、実際のところ、かなり含まれているのかもしれません。
    それはさておき、だから、一見魅力がないように見えるダメンズになぜか夢中になるとことは、実はさほど不思議なことでもないのかも、と思ったのでした。

    この当時のナッキーさんとの関係が気になります。彼は理久くんのことを気にしていたのですよね? サトシくん以外が見えなくなってる理久くんのことをどう思っていたのでしょう。次回以降の展開を楽しみにします。

    作者からの返信

     え?
     自信、雰囲気、魅力って……
     誰のはなし?

     次の「章」で散々語る事になりますが、僕はゲイの世界で決してモテるタイプではありません。
     謙虚過ぎるのもイメージを歪めるので正直に言いますが、女性からは好かれるタイプだったかも知れません。

     ただ「女性から見たイケメン」と「ゲイから見たイケメン」は全く別物なのです。
     ↑大まかな見方です。何事にも例外は有ると踏まえて下さい。

     分かりやすく例えれば、女性から絶大な人気を誇る「ジャニ(旧称)系」は、ゲイ界ではさほど人気はありません。
     逆に最近の女子が嫌がるマッチョ、毛深、ガチムチ、イモ系なんかが羨望の的となります。
     匂いなんかも男っぽい汗や体臭が大好きで、フレグランスなんてとんでもありません。美容男子なんてもってのほかです。

     まあ僕の話が大笑いされるのは、ひとえに内容がお間抜けだからに他なりません。
     ただでさえ、僕は昔から自分の深刻な話しを、茶化して面白可笑しく伝えてしまうことが多いです。
     この私小説にもそんな傾向が強いかな?と自覚しています。

     あと、ダメンズ好きは未だにそうですね〜
     テレビ見てても(あ、素敵♡)と思うのは、一般的には「冴えないキャラ」と位置づけされているタレントばかりですね、笑。
     これはもう、仕方がない…

  • 86)亮ちゃんは僕のもの!への応援コメント

    小悪魔…本当に黒い翼と尻尾がありそうなくらい🤣
    素敵な思い出ですね。でもちょっと刺激が強くてクラクラしました。

    作者からの返信

     今にして思うと、やっぱり僕は亮ちゃんが好きだったのだと思わざるを得ない。
     でもそれは甘酸っぱい初恋の感覚でもなければキラキラした恋心でもなかった。
     なんだろう?
     やっぱ「幼馴染み」って特別な関係?
     とにかく、亮ちゃんは僕のことが大好き!って信じて疑わなかったからこそ出来た大胆行動でした、笑。

  • 121)彼にとって僕って何?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    嫌われるよりなんとも思われないほうが辛いとよく言われますが、これ、その言葉そのままですね。サトシくんの心には、誰ひとり入り込めておらず、奈保子先輩も岡さんも理久くんも、みんなひとり相撲だったと。どこにもとっかかりのない人間関係の寂しさ。

    でもそう分かった瞬間、断ち切りがたい恋情を抱えつつ自分から切ろうと決断できる人、それでも縋りついて相手に振り払われるまで諦めきれない人とに分かれると思うのですが、理久くんは前者ですね。亮ちゃんの時もそうでしたが、引き際に美しさがあるなあと感じます。渦中にあるときにそんなことを考えている余裕はなかったでしょうけれど。

  • 120)第三の女が現れた! への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    三人が三人とも、サトシくんには与えるばかりで、彼から返礼を受け取ることはなかったと。せいぜい、真っ赤な顔ではにかむ笑顔が見られるだけ(いや、そういうのが本当は大事だなんて思えるようになるにはよほど老成しないと無理ですね ^^;)。

    たとえ誰かがサトシくんと正式にお付き合いすることになったとしても、彼が劇的に変わるとは思えません。彼との交際はこういうものだと割り切って、眺めるだけの愛に満足できる人でないと、サトシくんとは付き合えないだろうと思います。父母としての愛、みたいなものなんでしょうね。彼はその後、幸せになれたのでしょうか。

    発達障害と思われる親戚が数人いますが、うちひとりは両親から他の兄弟より溺愛されていました。こちらもはかなげな子で、放っておけない気弱さが可愛くて仕方なかったのだと思います。ただ大人になってからはかなり苦労しています。ぱっと見わからない障害って、社会で不利益を被ることが多いですね。

    作者からの返信

     実は「いまにして思えば発達傷害だったのでは?」と思いたい自分がいます。
     人を手玉に取ってずるい事をたくらむような子だったとは思いたくない、って思う自分が未だにいるのです。

     それから、あの頃は僕もまだまだ純で未熟だったけど、もう少し歳を経て手慣れていれば強引に口説き落としてまんまと喰い散らかすことも出来たかな?なんて不埒な妄想も抱きます。
     付き合った相手は別れた理由に嫌な事があって黒い記憶も絡むけど、片思いだった相手って⇒実は一生片思いし続けるものかも知れません。
     帯状疱疹ウイルスのように身体の奥深く、何十年も静かにじっとふつふつと…


  • 編集済

    119)ついに決着?三者会談への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    サトシくんにさらに別のみつぎ主がいたのは――ふたりいるなら、まあ三人、四人といるだろうなあという感じでした。サトシくんが言うように、「自分からおねだりしたわけじゃない」のだから、責めることはできないでしょうね。でも、社会のいわゆる「良識」から外れた言動をするときは、良い悪い関係なしに、きわめて注意深く行動しないと、そのうち刺されますよ、サトシくん (^^;) 

    と言いたいところですが、もしかすると、サトシくんは、言葉を言葉の意味どおりに、行為をその行為としてしか理解できなかったのかもしれませんね。言葉や行為の裏に隠された意図を推測することが著しく苦手、と。だから自分がはっきり言っていないにもかかわらず買ってくれる人たちはなぜだか自発的に買ってくれているだけであり、自分がそれに対して何かを差し出すべきだとか、遠慮すべきだとか、そういうことには思い至らなかったのかもしれません。今なら発達障害を疑われていたのかもですね。

    ところで、サトシくんを前にしたときの岡さんと理久くんの違いには、女性と男性の差が反映されているのでしょうね。女性というものは、たとえふだん跳ねっかえりでも、彼氏・旦那には従順に従うのが美徳であるという暗黙の了解があった時代だと思います。まあその意識は今でも根絶されてはいないのですが。

    岡さんがサトシくんを前にするとおしとやかになってしまっていたのは、本当に惚れこんでいて、好かれたくてたまらなかったからなのでしょうね。一方、岡さんとほぼ同じ状況に置かれていた理久くんがずばずば問いただすことができたのは、やっぱり男性として男性であるサトシくんに恋していたからなんでしょうね。この差がとても興味深く、苦しくもあります。

    んー、ということは、当時のレズビアンたちは、両方ともが女性としてパートナーに尽くそうとする関係だったのでしょうか。それとも、人間関係において、男性は男性である自分を中心に相手に関与し、女性は自分主体でなく相手に応じて、つまり相手の性別に応じて自分を変えていた可能性もありますね。つまり、ゲイは男性対男性の対等なお付き合い、レズビアンだって女性対女性の委縮しないお付き合いができていたのかもしれないと。妄想ですけど。

    作者からの返信

    「発達障害」とは決して特殊な事ではないし、恥じることでも有りません。
     現在はかなり多くの人が何らかの発達傷害を抱えていると言われています。
     かく言う僕も、中々「人の顔」を記憶出来ません。そのせいで今までどれほどの相手に嫌な思いをさせた事か…
     
     で、当時は発達傷害なんて認識はない時代でしたから、僕は本気でサトシの事を邪気や屈託の無い「素直な子」だと思い込んでいたのです。
     まあ、そうでもない事を後のナッキーとの会話で気付くのですが、それはこの後のお話しです。

     ビアンについては全く分からない世界です。
     なぜなら同じ「同性愛」と括られていても、その内容は(どうやら)ゲイとは全く違っているからです。
     あくまでも「偏見」として僕のイメージをお話しするなら、ビアンのカップルは見た目ボーイッシュの(男役的な)人と、むしろ過剰なほどフェミニンな(娘役的な)人がくっついているパターンが多いと思います。
     あくまでも僕のイメージてすからね!
    (お脳が宝塚腐れのためか!)

     ゲイはマッチョ同士、普通同士、そして意外でしょうがオネェ同士のカップルも多く、様々です。
     決してBLのようにスパダリ&フェミ男のカップルだけがスタンダードな訳では有りません。

     ただ僕の知る限りは、ビアンのボーイッシュ同士とかフェミニン同士と言うカップルは見たことがありません。
     益々の無責任発言をお許し下さい⇒ビアンのボーイッシュさんは、もしかしてトランスジェンダーさんではないかと?
     そしてそのお相手は宝塚ファンにも通じる独特の匂いが感じられて、案外バイセクシャルな方も多いのでは?なんて想像します。
     ↑これホントに偏見ですね。あんまりあてにしないで下さい…




     

  • 118)これは修羅場の予感!への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    岡さんからも理久くんからも、愛情と援助をたっぷりもらっていたサトシくん。いますよね、ぱっとせず、情けない感じしかしないのに、何人もの人に放っておけないと思わせてしまうタイプ。

    はあ、次回はついにふたりでサトシくんを問い詰めることになるのですね (^^;) ふつうに考えると(サトシくんにとって)修羅場ですけれど、きっとサトシくんは何を言われてもそこまでこたえないのでしょうね。理久くんと岡さんには失礼ですが、ふたりは押しかけ女房みたいなもの。サトシくんはなにひとつ、口に出して求めていないわけですから。

    サトシくんへの入れあげで感じたのは、理久くんは自分の「好き」という気持ちをぶつけられる相手を一所懸命探しているんだなということでした。一年間、サトシくんにプラトニックな恋を続け、岡さんさえ現れなかったらそのままそれが続いていたかもしれないと考えると、肉体的な欲求より精神的に満たされたい欲求がずっと強かったのだなあと思わされました。そしてどうやら、理久くんの好みである「情けないタイプ」は理久くんの愛情を受け止めるには力不足な子が多い感じ……

    女の子を家に上げ、ふたりっきりで夜まで過ごすことを数か月続けていたって、何もしない男の子は何もしないですよ(好意があっても)。って、これはまるっきり蛇足ですが。

    作者からの返信

    ♪〜知り合った時から半年過ぎても、あなたって〜手も握らない〜♪

    「赤いスイートピー」が流行っていた頃、二丁目界隈では「この男⇒間違いなくゲイだよね」って話題がもっぱらでした、笑。

     まあ、それは世間話として、サトシにとって僕らは「押しかけ女房」ですか?
     なるほど!なるほど!
     まさにその通りですね、汗。

     それとこの頃の理久が享楽的な肉体関係よりも、愛とか恋とか「精神的な繋がり」を求めていたのは確かです。
     宇佳子さんは本当に読みが深い!

     さて、次回は修羅場?なのかどうかは分からないけど、事態は益々複雑怪奇へと発展します。
     ネタバレ防止のためにこれ以上は言えません。
     ふがふが

  • 117)えっ!まさかの彼女?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    岡さんの存在に、理久くんが我に返ったことに寂しくなりました。「自分の好きな人に自分以外にもアプローチをかけている人がいた、これはびっくり!」なだけでなく、岡さんの登場に、自分は好きになるべきじゃない人にのめり込んでいた、と無意識のうちに身を引こうとしていることが苦しいです。

    章タイトルと言い、やや茶化したような書きぶりと言い、今回のできごとは理久くんが少しばかり自嘲的に回想しているように感じられますが、その裏に隠されている気持ちを考えると、ひんやりした気持ちになってしまいます。

    岡さんが同性愛を嫌悪するような人でなくて、その点はほっとしましたが、いくら彼女がゲイに理解があっても、ゲイ当事者の理久くんのほうは、じゃあ僕たちはライバルだね、とは思えないのですね。「いくらこちらが好きになってもノンケが振り向くことはない」というのは、ほぼそのとおりなのでしょうが、だからといって、好きになってしまう相手を理性で完全に制御することなんで無理ですし。辛いものです。

    ……でも、サトシくんがノンケかどうか、確認は取れていないんですよね? 取るのは難しいでしょうけれど、でも、まだ、とどうしても思ってしまいます。……というふうに引き際を冷静に考えられないと、深みにはまってより苦しむことになっちゃうのでしょうね。

    それにしても、サトシくん、たよりなさげなところがある種の人たちの心をいたくくすぐってくるようで。彼の今後も気になります。

    作者からの返信

     宇佳子さんからいただいた前回のコメントから
    ⇒「理久くんはこの頃、自分の性的指向を隠そうとはしていなかったのですね」について返答したいと思います。

     僕はこれまで(一般社会において)性的指向を大っぴらにした覚えはありません。むしろ余計な波風を立てたくなくて、沈黙する方が多い人生だったと思います。

     が、それはあくまでも僕自身の「基準」に則しての事です。例えばその警戒心がすごく強い亮ちゃんから見たら、僕なんて他人からどう思われたって平気な「開けっぴろげ」に見えたでしょう。

     大学時代も僕は周りにカミングアウトするつもりなんて毛頭なかったのだけれど、突然サークルへの顔出しが増えて「サトシ、サトシ」って騒いでいれば(あれ?こいつは…)って訝しく思われても仕方がなかっただろうな〜、って後からは思います。

     まあ、カミングアウトする意思は無かったけれど、その言動でカミングアウトに近い雰囲気は醸し出していたのかも知れない。
     案外知らないのは僕自身だけで、影では(歴野って変だ…)って、大学では噂になっていたのかも?
     あはは、笑うしかありません。

     まあ、基本的にはメンタルは強かったのかと…
    (今振り返ると自覚せざるおえない…)
     当時は自分の事を「繊細」と勘違いしているふしも有りました。
     ↑そう言うところが図太いと突っ込まれそうです。
     爆笑!

    編集済
  • 116)サトシとの奇妙な関係への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    理久くんはこのころ、自分の性的指向のことを隠そうとはしていなかったのですね。この研究会であからさまにサトシくんを追いかけられていたのは、研究会の仲間との人間関係が良好だったからなのか、それとも、ゲイであることで疎遠になるような関係なら失っても構わないと割り切っていたからなのか。このあたり、理久くんとふたりでお出かけすらできなかった亮ちゃんとあまりに対照的で、とても興味を引かれました。

    追いすがろうとする理久くんと、ある一線まではそれを喜んで受け入れるサトシくん。うーむ、両者の気持ちともわかるので、これは二倍気恥しい気持ちになります。サトシくんが通常以上と思われるスキンシップにも引く気配を見せなかったのは、人に好意を寄せられることが嫌いじゃなかったからなのでしょうね。彼の目には理久くんが人好きのする魅力的な仲間と映っていて、そんな理久くんにちやほやされるのは悪い気持ではなかったのではないでしょうか。あるいはパーソナルスペースがめちゃくちゃ狭い? 

    うーん、そんなサトシくんに彼女がいたのですか。うーん……

    この顛末、苦しいのは理久くんで、気づまりなのはサトシくんで、やるせないのは彼女さんでしょうね。

    作者からの返信

     うう〜ん……ネタバレになるのでこの時点では何も言えないのですが……
     とにかくまあ「世の中には色々な人がいるんだな〜」と言うお話しですよ。
     そして僕も「無駄な片思いにはまっていたな〜」って、しょうもない話……

     参考⇒僕はこの私小説を(1話2000字から3000字くらい)でまとめるように書いています。
     話により、その時々で長短が有ると読者の方が読みにくいかな?と思っての配慮です。
     で、このエピソードは案外長いです。あと数話続きます。
     よろしくです😅

  • 115)特撮映画研究会への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    ああ、やはり。亮ちゃん、平田くんときていますから、理久くんが好きになるタイプはもういわずもがなですね。これが、理久くんに迫ってくるタイプとなると、美形ぞろい? そして実は押しに弱かったり、します?

    さて、前回のコメントで敢えてスルーした「婚姻」について歴野さんが話題にしてくださったので、思っていたことやブログを拝読した感想を書いても良いでしょうか? 超長文、すみません。

    ブログの記事のご紹介をありがとうございます。「そうかな?」と思いつつも、最後まで読むと「そうだよね」としゅんとしてしまいました。納得することばかりでした。

    カクヨムでは青年期までの「理久くん」が紹介されていますが、ブログのほうでは現在の歴野さんのお考えがより細やかで鮮明に表れていて、こちらもとても参考になります。コメント返信の情報に、おおお、そうでしたか、これは素敵!と嬉しくなったことはここでは置いておきますね。

    歴野さんも記事の冒頭でおっしゃっていますが、同性婚という権利自体はあってしかるべきだと私も思います。ただ、それに加えて、法的な婚姻が意味するところを整理してもらいたいなと思っています。

    あるサイトでは「婚姻制度は本来、男女間のカップルに子供が生まれることを想定し、家族の存在によって子供の福祉を守ることを前提としている」と断言し、夫婦が法的に得られるメリットも子供のためだと解説していました。それなら子供のいない夫婦にはメリットを享受する権利がないんじゃないかと思いますが、そこは「婚姻の定義は一律でなければ成り立たないので、制度としての婚姻は子供が誕生することを想定して、民法などで様々な権利を付与しているのである」だそうで、なんか二枚舌もいいところだとイラっとしてしまいます。戦前の常識ですね。

    でも、現在でも婚姻制度の目的の多くが「子供の福祉のために夫婦にメリットを与えるためのもの」のままだと感じさせられます。だから制度名を変えるというか、目的ごとに分離してくれたらいいのに、と思うのです。パートナ―関係を認めさせることと、子供の福祉のために養育者にメリットを与えることとに。

    前者は同性のパートナー、三人以上のパートナー、あるいは(現在の)法律婚をしたくないパートナーたちにとって、かなり重大な問題を孕んでいます。家を借りるとき、入院するとき、手術するとき、死別したときなど、パートナーとの間に法的な権利がなくてトラブルとなることが結構ありますよね。それに関しては、結婚している子供なしの(現在の)法的夫婦と同じ権利を、どんなカップルであろうと得られるようにしてほしいです。そこに深くかかわる夫婦同姓制度は撤廃し、婚姻の会社への届け出は不要、くらいにできないものですかね。ちなみに各種控除や保険については、次の次、最優先な話ではない、と思っています。それらを享受しようと思ったら、会社へのカミングアウトは必要で、ここは残念ながら今のところ、高い心理的ハードルを撤去できなさそうです。

    > とにかく地方においては「騒がないでくれ」「放っておいてくれ」と言う立場のゲイも少なくないと思われる」

    よくわかります。自分の身近な人、親友と呼べるような人でさえ、旧来の常識から外れることを告げられれば、たいてい何らかの波紋が生じますね。だから、たとえ同性婚が法整備されたとしても、それを嬉々として利用できる同性愛者たちは少ないでしょうし、同性婚を法整備する動き自体が、ようやく落ち着いた人間関係を再び波立たせるかもしれません。でも、それは曲がりなりにも落ちつけた人たちの言葉であって、その権利がないために落ち着くことができない人だっているのではないでしょうか。
    何にせよ、いざという時に利用できる制度が、あっちにはあってこっちにはない、という状況を放置しておくのはとてもいびつなことだと思うのです。

    とか言いながら……私の親族も地方在住で、この手の問題に関しては保守的・否定的であることは間違いなく、そこに敢えて切り込むのは不可能だと痛感しました。私自身が表立って「平等な権利を!」という運動に加わることはありえず、既存の枠組みの中で最善の身のかわし方を探るだけなのですけれど。波風はもうまっぴらですね(笑)

    作者からの返信

     宇佳子さんいわく
    ⇒「コメント返信の情報に、おおお、そうでしたか、これは素敵!と嬉しくなったことはここでは置いておきますね」
    ──と受け流していただいた件⇒誠に僕の不手際でした、大汗!

     既にご存知の通り僕は「文章おしゃべり」な質でして、会話が進むともう、どうにもこうにも、どこに何を書いたか全くの無意識、無責任状態でして、それでも記事本文を書く時は固有名詞は避けるように気を付けていて、あの記事でも「うちの旦那」とか、はぐらかしていたつもりでした。

     宇佳子さんからの上記の言葉を受けて(え?なに?)と思い、慌てて自分の過去記事をチェックしてみたら……
     あらら、本文は問題なしとしても、コメント返信の部分に私小説のネタバレが……汗

     ですよね、あれだけ書き込んだ記事を読んでいただいて、でもってそれにコメントが載っていたならそこもチェックしますよね、それが自然な流れ、あらら……
     本文では用心していた僕も、コメントくれたブロ友さんにはついつい気を許して
    「宇佳子さんにとっては寝耳に水のうっかり発言」が有りましたね!自分でもびっくりしました!
     申し訳ないです!迂闊でした!

     まあ、そうなるまでがまだまだ長いので、そこはじれったい思いを楽しみながら続きをご覧下さい。
    😅

     婚姻についてですが
    「子育てと子供の福祉のための制度」とは恐れ入りました。初めて聞きました。
     世の中には色々な解釈が有るものですね、なるほど…
     まあ子供の人権は大切ですが、確かに宇佳子さんの言う通り「それなら子供のいない夫婦はどうなの?」となりますよね。

    「同性婚」にしても、単に自分達の思いを公にして友人知人を集めてパーティーしたいだけなら今でも十分に可能です。
     問題はそんなメルヘンな次元じゃなくて、現実に看病や介護、葬儀や相続と言った数多い諸問題に配偶者として対応を許される権利を得るための「婚姻」なら、逆に親類縁者に知らしめる必要もないし披露宴も必要ない。
     しかしその分(リーマンなら)会社を通した各種手続きや申告を為さなければ意味がない。

    ──と、ブログと同じ事をここに書いてもしょうがないので止めときますが、やはり僕が言いたいのは
    「制度としての同性婚は制定するべきだが、実際にそれを利用するかどうかは個人の自由」との世の中になって欲しいと言うことです。

     実際に「同性婚」を実行している国も有りますからお手本は多種多様で雛形も作りやすいはず。
    ⇒あとはそれを如何に日本らしく整えるかであって、例えば台湾の同性婚制度のスピーディーには当時驚いたものです。
     まあ、日本は何やるにも年月を要しますけどね……

     僕達は今のところ結婚をする予定はありません。
     ブログのあの記事を書いた頃から気持ちの変化はありません。

    編集済
  • 80)LGBTってどうだろう?③への応援コメント

    僕達はとても高性能なアンテナを持っていてって神話だと思っていましたが、ゲイダーってよく英語圏では使われる語は事実だったんですね😆

    日本語でゲイは男性だけに使う言葉なのかな。私が知る限りレズビアンを含む語です。

    作者からの返信

    「ゲイダー」ってワードは知りませんでした。今回、検索して認知しました。
    (↑便利な時代です)

     この感性は確かですが、感じ方の個人差も大きいと思います。

     また「受信する側のアンテナ」も大切ですが「発信する側の信号」も肝心です。
     つまり「互いにタイプOK」なら即座にアイコンタクトが成立しますが、受ける側に拒否があれば素知らぬ素振りで無視するし、第一こちらも「興味の無い相手」に発信はしません。

     まあ、例えば僕の場合⇒若くてきれい(?)だった頃はゲイダーも敏感で頻繁だったけれど、歳を経て容色も衰えると、いくらこちらが頑張って発信しても相手の箸にも棒にも掛かりません、大笑!
     知らない相手から色っぽい眼差しを受ける事もめっきり無くなりました、まあいいけど…

    「ゲイ」は本来(海外では)男女に当てはまるワードだと知っています。
     が、日本では男性に限って使用されています。
     ようするに、いわゆる「外来語」のような扱いだと僕は認識しています。


  • 114)それぞれの人間模様への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > また「恋人」はいつか必ず別れる事になる

    これまでのご経験、亮ちゃんやタッチさんのことがもとになっての言葉なのでしょうけれど、「必ず」と感じてしまったことが辛いですね。たしかに、多くの場合、結果的にそうなるのでしょうけれど……
    別れの辛さ込みで始める恋。恋ってしんどいですね。

    作者からの返信

     一般的に婚姻のことを「紙切れ一枚」って言いますが、僕らにはその一枚の紙切れすら無いと言う事実が重大でした。
     現在は「パートナーシップ」なんて制度を開始する自治体も増えてきていますが、はて、どうでしょう?

    「同性婚」については僕のアメブロに
    2024/12/16付で「同性婚→ jimにとっては」とのタイトルて記事にしていますので、興味があったら覗いてみて下さい。

     つまり、男女のカップルなら「婚姻」は恋愛とは別の強い絆である場合もあるし、世間にはばからず堂々と子供を生み育てるための制度でもありましょうが、当時の僕の感覚では、やはり恋愛関係なんて一時の浮かれた状態の事との感覚が強かった。

     むしろ僕は「別れた恋人と、その後も友達として付き合っていける♪」なんてお気楽な気持ちのほうが信じられませんでした。
     ↑これはゲイに限らず、ヘテロの男女でも時々聞きますよね。

     亮ちゃんとはそれっきり、きっぱり会っていません。
     友達なら「喧嘩の後の仲直り」もあるけど、恋人とは基本→それっきり。
     ↑それが僕の信条でした。

  • 113)うぬぼれた二人の夜への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    たしかに、不思議な関係ですね。男女間でも、ときにある、恋人ではないけれど、友達ともいいきれない、危うい関係に似ていますね。恋人にならないからこそ、関係を長く続けることができるのでしょうけれど。
    「俺らのほうが熱々だよ」で「イチャコラ」していたのなら、それ、もう、実質付き合っているのと同じでは (^^;) 付き合うって何なのだろうと悩んでしまいますね。

    理久くんが「年下で可愛い」と思っていたということは、ナッキーには「年上で頼れる」と映っていたのではないでしょうか? すごく年上ではないですけれど、理久くんのイメージはナッキーのストライクゾーンに近づいていたのではないのかしらと感じます。

    山下公園の辺りって、そんな危険なところなのですか。それとも、時代性?

    作者からの返信

     ナッキーとは本当に不思議なくらいに偶然性が高くて、路線も一緒で駅も近くて何より出身地も同じで…
     いや、それまで一年近くも「単なる行き付けの店の常連同士」と言う薄い関係でしかなかった事の方がむしろ不自然な感じの二人でした。
     互いの正体を知って途端に大の仲好しに昇格したんだけど、実はそこから「恋人」に踏み込むには、僕の方に不都合な事情が有りました。
     その理由は次のお話しで……

  • 112)笑って?ナッキー♪への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    幼いころに父親を亡くしたことが強く心にのこっていたことと、同性愛者であることとは関係ないのですよね? それとも、あるのでしょうか?

    人間の性的指向がそこまではっきりとヘテロ・ホモと分かれておらず、揺らぎもあるのであれば、生い立ちによりそれがどちらかに傾けられることもありえますよね。

    失った父への強い思慕から、大人の男性に興味を持つようになり、いつしかその思慕が性的なものと混同される? でもこういう考え方は、同性愛を教育次第で異性愛に「矯正」することも可能だ、という考えにつながりかねず、歴野さんでもなければ気軽にお聞きできないのですが……

    ナッキーはいままで心の内を離せる相手がおらず、ずっと胸のつかえを感じていたのではないでしょうか。ぐいぐいと引っ張ってくれる理久くんとの交流で変わっていくナッキーに、読んでいるこちらもほっとし、嬉しくなりました。そして相変わらずのどんかん理久くん。でも、だからこそ、みんなに愛されるのでしょうね (*^^*)

    作者からの返信

     僕は心理学者でも何でもありませんが、父親不在と同性愛は無関係だと思います。母親不在の女性がレズビアンになるとも思えません。
     ただ、ゲイとして生まれてそこに父親不在が重なると、もしかして年長者に憧れがちになる傾向はあり得るのかな?とも思います。

     女性でもかつては「ロマンスグレーのおじさま」に憧れるコンセプトがドラマや映画など、数々の作品に見られました。
     現在めっきり減ったのは、やはり「年配の男性と若い女性の交際なんて不適切だ!」との一般論が主流だからでしょうか?
     セクハラ?知らんけど…

    「歴野さんでもなければ気軽にお聞きできないのですが……」との事ですが、世の中には案外ステレオタイプな人も実は多いし、多種多様なタイプがおりますから、まあ、何をどう書いても良いのかも知れませんよ。
     だって小説だし、特にリアルばかりを求めると「BL」なんてカテゴリーは成り立ちませんから…

  • 111)えっ?まさかの同郷?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    まさかの春川さんイコールルカちゃんが、さらに同郷だったとは! この偶然には話題が弾みそうですね。「同じである」ことは、思いのほか、私たちに強い連帯感を生じさせるようですね。
    ナッキーにとっては、お店で最初っから呼び捨てにされ、馴れ馴れしいやつ、と思っていたキノちゃんこと理久くんです。そんな彼がクラシック好きで、しかも部屋はきれいにしていると知ると、そのギャップはことさら大きく感じられ、そこが好意に繋がっていきそうな気がします。その好意が友達としてなのか、恋人としてなのかは、まだわかりませんが。でもこうやってつながっていくのって、素敵ですね。

    ところで、ひとつお聞きしても良いでしょうか?
    以前から何度か、バイセクシュアルが理解できないということをおっしゃっていました。その理解できない、とは、具体的にどんな気持ちなのでしょうか。
    女性になぜ恋愛感情を持てるのかわからないという、ノンケに対する「理解できない」と同じなのか、それとも、男性も女性も両方愛せることに対する不可解さなのか、それとも、それ以外のなにか(バイと言っているけれど、本当は違うんじゃないかという疑念)なのか、考えあぐねています。

    作者からの返信

    「バイセクシャルが理解できない」と言うより「自称バイセクシャルが本物かどうか信じられない」と言った方が的確かも知れません。

    「自称バイセクシャル」は大勢います。が、僕の見たところ本物は極稀です。そのほとんどは「バイ」を騙る「ゲイ」だと僕には思えます。

     自分がゲイである事を認めたくない、あるいはどうしても認められない人が多い事には理解も同情も致しましょう。
     が、しかし、「自分はバイだからゲイの君たちよりもワンランク上の人種なんだよ」と上から見下ろす態度は如何なものでしょう?
     僕はそう言った鼻に付く「自称バイ」を沢山見ました。

     実は二丁目にまでやって来るような開き直った人にあまりそう言った「自称バイ」はおりません→こてんぱんにされますから、笑。
     そう言う人は文通などの利用が多く、出会って口開けに「実は僕はゲイじゃない、バイなんだ」なんて、聞いてもいないのに釘を刺して来ます。

     なぜ?
    「だったら僕の方には用件は無いけど」と、直ぐにサヨナラしたくなります。
     ところがよくよく話しを聞いてみると、その実態は単なるゲイでした〜、ってエピソードは二丁目の会話でもあるあるなんです。

     また「彼女がいた」とか言われても、ノンケ同士なら自慢にもなるんだろうけど、ゲイに向かってそんな筋違いな事を言われても「だったら何しに来たの?」って感じです。
     とにかく「自分はゲイじゃないんだ!」って僕らに訴えますが、男にモテたいならそんな発言は逆効果なのに、どうなりたいの?

     実はバイについてはこの後散々書かなくてはならない事になっています。お待ちあれ。

     ちなみに既婚者で子持ちの人も、その多くは「バイセクシャル」ではなく「単に女ともSEX出来なくもないだけのゲイ」である事が多いです。

    編集済
  • 110)うちにおいでよ!への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    このふたりがいつまでも一歩踏み込んだ仲になれなかったのは、ルカちゃん改めナッキーのツンデレというより、理久くんの見事な鈍感さが原因だったということがだんだんはっきりしてきましたね (^^;) きっとこれが理久くんの良いところでもあり、もどかしいところでもあり…… 

    肩に手をまわして歩くって、日本だと確かにお酒に酔ってでもない限り、成人男性どうしでやってるのは見ないです。いきなり人目があるところでそういう振る舞いをされたら、亮ちゃんなら震えあがってしまいそう。そしてそう感じてしまう自分にまた強烈な自己嫌悪を抱くのでしょうね。

    亮ちゃんがどうしているのかもとても気になりますが、まずはナッキーと、共通の趣味である音楽をはじめ、普通にあれこれしゃべれるようになってもらいたいところ!

    作者からの返信

     ナッキーは今後もこの物語の重要人物だし、亮ちゃんもこれで終わりではありません。
     なぜって、そりゃ実家がご近所ですからね〜
     ↑これを腐れ縁って言う。

     はて?
     僕が鈍感?
     なんのことやら……

  • 109)これは運命の出会い?への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > 事実は小説より奇なり。
    > 僕は「ルカ」と「夏生」と、
    > 同じ人と二回出逢った──。

    ええっ?! なんと、これは思いもよりませんでした! 

    キノちゃんとルカちゃんではなく、理久くんと夏生くんとして新たに知り合ったふたり。趣味が合うものどうしとして引かれ合って出会ったふたり。今度は夏生くんも笑顔になってくれる関係をつむげますように。……とはいえ、彼、かなり根っからのツンデレに見えるので、好きな人には無防備な笑顔を見せてくれなさそうな気もします (^^;)

    本作はノンフィクションではなく私小説ですからそれにふさわしい流れがあると思いますが、前話にいただいたコメント返信の「実際はずいぶん紆余曲折ってか、色々やらかして右往左往していたのが事実でして」についても、いずれどこかでお聞きできる機会があったら嬉しいなあと思います。やっぱり、そちらも、とても気になるのですよね。

    そういう意味で、本話の《 解説 》はありがたかったです。自分は仕事が割と特殊な分野なので、学生のころに顔を合わせていた人と職場で同僚として再会、ということが何度かありました。仕事であれ恋愛であれ、属する世界の広さは人によりぜんぜん違って、みんな、自分の世界以外のことは、言われるまで想像できなかったりしますね。

    作者からの返信

     僕は小説でもドラマでも、いわゆる「ご都合主義」と言われる展開があまり好きではないのです。
     だからこの偶然の「出逢い」と言うよりも「鉢合わせ」と言った方がいいような嘘臭いエピソードは、いかにもご都合主義に思えて何とか「ルカ」が「ナッキー」になった自然な理由を思案したんだけど…
     やっぱどれも逆に説明臭くなって、何よりさっぱり面白くない。
     これは事実が一番面白いな!と吹っ切って書きましたが、どうにも言い訳がしたくて「解説」を添えました。
    「蛇足か?」とも思ったのですが、宇佳子さんに「解説がありがたかった」と言っていただけて免罪符を頂戴した思いです。
     

  • 72)地獄のダブル・デートへの応援コメント

    前回の補足です。
    私のゲイである友人がちょっと女性に言い寄られていて、後で聞いたら悪い気はしないと、ちょっと嬉しそうというか、モテて自慢げだったので、おじさんだからかなと。

    ちなみに彼は完全にゲイです。バイではありません。

    作者からの返信

     なるほど、友人がゲイと言う事でしたら話は変わります。まして「おじさん」と言うなら尚更です。

     僕の場合、若い頃は「結婚」との重要案件が絡み「女性の貴重な適齢期を無駄にさせてはならない!」との重圧から、とにかく女性からのプッシュが負担でしかありませんでした。
     今時(適齢期)なんて不適切なワードですが、他に相応しいワードが見つかりませんでした。

     が、しかし、年齢も経て「おじさん」ともなると、相手も弁えた大人だったり、既婚者だったり、逆に歳の離れた若い女性だったりとなると「結婚の重圧」とか「肉体関係に進む危険性」などが低くなり、案外若い頃よりはずっと気楽に考えられるようになりました。
    「歳を経てもまだ自分にもそんな魅力が有るのか?」と思えれば悪い気もしないものです。
     ただ、作中の理久はまだ高校生ですから、僕はその頃の心情を思い出しながら描いています。

  • 108)春と夏が一緒の名前♪への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    うわあ、このドキドキ感! 手紙のやり取りで打ち合わせてようやく会えるのって、オフ会などよりもはるかに緊張と期待の度合いが強かったのではないでしょうか。

    春川さんはゲイ雑誌に文通希望を出していたのですから、少なくともゲイ雑誌を購入していたということですよね。クラシック好きのちょっとおとなしい男性を想像してしまうのですが(これも勝手な思い込みかも!)、大学生ともなると、そんな性格のかたでも、書店でゲイ雑誌のコーナーに行き、手に取り会計を済ませるということにさほど抵抗がなくなるのでしょうか。私は大学生のときにエロ小説をレジに持って行ったとき、お姉さんににやりと笑われたのがとても嫌で、二度と買いに行けなかったのですよね。

    作者からの返信

     まず最初に
     素晴らしいレビューを上げていただいてありがとうございます。素晴らし過ぎて身に余る思いです。
     今後も楽しでいただけたら幸いです。

     宇佳子さんがレビューの中で解説して下さった通り、僕は自分の体験談を「私小説」と言う形で書き続けています。
     これはつまり、実はかなり混乱していた「記憶の宇宙」を読み物として整えるため、数々のエピソードを取捨選択したり時系列を整理整頓したりと、まあ、正直「小説としての体」を整えるために多少のフィクションも織り交ぜて物語を構築していると言うことです。
     だからこれは「実録」ではなく「私小説」なのです。

    「ゲイ誌の文通」についても、実はこれ⇒当時の重要な「出会い方法」でしたから、実際はずいぶん紆余曲折ってか、色々やらかして右往左往していたのが事実でして、トラブルや嫌な思いも数々経験していたと記憶してます。
     ですがね、物語としてそんなトラブル談よりも「素敵な出会い」の方が読んで欲しくて、この奇跡的な出逢いだけをピックアップして描きました。
     次回をお楽しみに!
     僕にとって、本当に運命的な出逢いでした。

    編集済
  • 若かったからでしょうか😊
    私の友達は女性に好意を寄せられると喜んでましたけど🤔
    悪い気はしないって言ってました。

    作者からの返信

     若いとか高齢とか関係なく、普通の男性なら女性から好意を寄せられれば嬉しいと思います。
     僕はゲイだから女性から好意を抱かれて迷惑に感じるだけ……って、これはつまり、普通の男性がゲイから好意を抱かれれば同じように迷惑に感じるってことですよね?
     なるほど。

    編集済
  • 107)演奏会に行きませんかへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    ああ、良いですね。待ち合わせ時間を決めるのに、「提案」「承諾」「確認」の三段階のやり取りをする、こののんびりした感じ。いや、のんびりに見えますけれど、この一往復半のやり取りは、今でも約束を取り付けるときの原則だと思います(年寄りの言葉かなあ)。
    まあなんにせよ、ポケベル・携帯電話・スマホという通信手段が発達する以前は、待ち合わせは場所と時間を事前に確約しておき、当日は相手を信頼するのみ。急用で待ちぼうけを食らうことだって織り込み済み、でしたね。

    この彼とはどんな出会いになるのでしょう。自分が待ち合わせをしているかのように続きが楽しみです。

    ところで、ピアノから入るとピアノ曲ばかりに興味が向いてしまうのは痛感しています。なかなか交響曲に馴染めず、数年前からようやく聞き始めました。今はチャイコフスキーの交響曲にはまっています。

    作者からの返信

     宇佳子さんもピアノをやっていたのですね♪
     そうなんです。
     クラシック音楽と言っても内容が広くて、中々ドンピシャな嗜好の人と巡り合うのは難しいですね。
     この待ち合わせがどう言う結果に至るか──それはネタバレになるのでここでは書けませんが、まあお楽しみに。

  • 106)出会系のアナログ版への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > 「歴野さま」はやめましょうよ

    了解しました、歴野さん! ただ最初の呼びかけ(そもそも、それいるのって話もありますが ^^;)は手紙の宛名みたいなものなので、そこだけは「さま」で残しときますね。

    昔はいろんな雑誌に文通希望欄ってありましたね。私も小学生の頃に一度、友達募集に応じて文通をしたことがありました。こんなに簡単に日本全国の人と繋がれるんだ、郵便システムってすごーいと感慨にふけったものでした。

    > ──ケイタイもメールも無い時代、郵便を頼りとしたこのシステムは「どちらか一方が住所も本名も先にさらさなければならない」と言うリスクがあった。

    これは確かにリスクを伴うものですが、良い大人なら誰が見ても「リスクがある」とわかるシステムであるのは、むしろ良いのかもしれません。現在のSNSだって、個人情報を特定できるいろんな穴があるものですよね。でもぱっと見、そうは見えません。それに安心しきって「昔は住所や名前を晒して文通してたの? 怖いね、今ははるかに安全だよ」なんて不用心になって落とし穴に落ちているような気がします(口が悪いですが ^^;)

    あと、匿名性が高くなればなるほど、人間ってえげつなくなるような気がします。氏名住所を晒してコンタクトを取っていた時代は、今よりずっと穏やかな付き合いに繋がったのではないでしょうか?

    作者からの返信

     言われてみればそうでした!
     昔は色々な種類の雑誌に「文通コーナー」が有りましたっけね。ゲイ誌だけでは有りませんでした。
     全国誌にもろ住所と氏名が載っていて、編集部を通さず直接遣り取りが出来るのだから、よくもまあ事件も起こらず、平和と言えば平和な時代でしたね、汗。

     現在は秘匿性はありますが、宇佳子さんの言う通りかえってえげつなくなっていると思います。ロマンス詐欺なんて増えてますからね。

     しかしまあ、本人が一歩を踏み出す勇気を持てなければ何も起こらないのは昔も今も変わりません。
     昔は手軽でなかった反面、だからこそ一回一回の出会いを大切に扱ったかも知れませんね。
     😺


  • 105)ルカはやっぱ怒ってるへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    ゲイであることを認めてくれ、それを隠す必要もない場所ができたのって、嬉しいことですね。ケンちゃんのお人柄が読んでいてもとっても気持ちよいです。ルカちゃんのツンデレっぷりも、ますます可愛らしくて……
    ネットで出会いの場が林立する以前は、このような場は本当に重要だったのだろうと考えさせられました。いくら歴野さまのおっしゃるゲイ独特の嗅覚があろうと、ヘテロの男女に比べて出会い自体が少ないのだから、社会で一般的な生活だけをしていては恋愛のチャンスは極めて限られてしまいますものね。
    そう考えると、当時地方にいたゲイの若者たちは、本当に苦しい思いをしていたのでしょうね。

    作者からの返信

     まず最初に──
    「歴野さま」はやめましょうよ😽
    「理久」と言うと作中の主人公と紛らわしいので、せめて「歴野さん」くらいにしといて下さい。「様付け」は恐れ多いし堅苦しいです。
     僕なんて初めから馴れ馴れしく「宇佳子さん」ですから😸

     地方と都市部の格差は現在でも甚だしいと思います。便利なアプリが主流になっても、登録数に明らかな格差が有るのは昔も今も変わりありません。
     で、ストーリーとしてはこの後に、当時の出会いのひとつだった「ゲイ誌での文通欄」に言及します。
     お楽しみに♡

     ケンちゃんの人柄の良さやルカのツンデレが伝わっているなら、僕の文章力もまずまずなんだろうな♪
     ありがとうございます。

  • まだ幼いのに大変な思いをされましたね。

    それにしてもジュンくんは若くしてポリアモリーだったのか、あるいは愛着障害だったのかと思いながら読んでいました。興味深いです。

    作者からの返信

     ポリアモリーとは知らないワードでした。今回調べてみて勉強になりました。
     ありがとうございます。

     ただ、ジュンがこのポリアモリーだったかどうかは不明です。
     今だったら愛着障害とかSEX依存とか色々なワードが飛び交いますが、当時は単に淫乱とか乱交とか、そんなふしだらなイメージしかなくて……

     僕はこの自分史を書くとき、本当にジュンのことを書こうかどうか迷ったのです。
    「ここまで書く必要があるのか?」と思ったし、実はジュンの真実も分かっていない…
     でも「やはりここは外せない!」と思い切りました。

  • 104)ごめんねルカへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    どれだけ勢い良い啖呵を切って出てきたとしても、今はまだ、ことあるごとに亮ちゃんのことを思い出してしまいますよね。身長が同じくらいというだけで亮ちゃんを思い出し、キスしたいと思ってしまうなんて、これじゃ本当に亮ちゃんへの当てつけの協力者を探しているだけ。相手を傷つけ、理久くん自身もさらに傷ついてしまいそうでひやひやします。
    ルカちゃん、年上の人が好みではありますが、今までに経験のない同年代の子からの強引なアプローチに、興味のあるなしは別として、ちょっとどきどきさせられている様子が伝わってきます。

    小学校のときの先生を好きになるゲイの男の子って、同級生を好きになる子よりも数の上では多いのでしょうか? それとも、そういう経験のある子が目立つだけなのかな。

    作者からの返信

     ルカとも、その後ずっと縁が続きます。
     ネタバレになるので多くを語れませんが、宇佳子さんの読解力はさすがです。苦労して描いたルカの複雑な心情を、宇佳子さんは的確にとらえてくれています。

     小学校の時の先生(大人)に憧れるってったって、相手はまだ二十代の若者だったりします。今の僕たちから見れば二十代なんてまだまだですが、小学生から見たら立派な大人に見えたことでしょうね、笑。

     リサーチした訳ではないので「先生か?同級生か?」の答えは有りませんが、この小説の中で、今後も複数人の初恋談義を描くことになります。

    編集済
  • 102)手負いの理久、暴走すへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    ああ、これは確かに暴走キノちゃんです (^^;) この調子だと、良くも悪くも一気に有名人になってしまいそう。

    > きれいを綺麗と漢字で書いても遜色の無い子だ。

    わあ、これ素敵な表現ですね。もう、これで、彼がどんなタイプの美しさだったか掴めるという。

    お店は趣味ごとに分かれているとのことでしたが、それを求めて来店している人たちがうまくマッチングできるよう、お店の方が交通整理に当たっているのですね。キノちゃん、さっそくイエローカード?

    作者からの返信

     初めての二丁目で出会ったケンちゃんは頼りになる兄貴分で、でもちゃんとカウンター越しの関係を弁えてくれる玄人さんで、理久の今後にもずっと関わってくれる重要キャラクターです。
     二丁目デビューで理久の周りにもどんどん新キャラが増えていくので書き分けが難しくて苦労しそうですが、人生の振り返り小説って楽しい!
     頭の中が青春に戻ってます♪


    編集済
  • 101)二丁目にデビューしたへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    なるほど、ゲイ・バーって、まさにゲイどうしの出会いの場として、お相手を求める者たちが集えるように作られた場所だったのですね。いわゆる「観光バー」のイメージしかなく、それと出会いの場とを混同していたので、「よくわからんなあ、それじゃ一般のゲイどうしの出会いにはつながらないのでは?」と思っていたのですが、これで納得しました。

    でも、タッチさんが案内してくれたのだからまさに彼の趣味に合う出会いを提供する場だったのですね。これまでの理久くんには同年代の付き合いしかなかったのでは? さて、理久くん、年配者を好きになれるのでしょうか。

    作者からの返信

     宇佳子さんもゲイバーと観光バーの違いを知らなかったんですね。

     うん、確かに観光バーとの言い方は僕たち当事者の間での言い方で、いまだに「ゲイバー」と言ったら、一般の方々は「女装したニューハーフが豪華なショーを観せる店」とイメージすることが多いかも知れません。

     今回、あえて「ゲイバー」と検索してみました。
     人生初の検索です、笑。

     ウィキペディアによると
    ①女装したニューハーフが一般の男女を楽しませるショーパブ。
    ②女装やショーは無く、ゲイの人々が出会いなどを求めて集うバー。
    ───以上ふたつのタイプがあり、両者は営業内容や客層が全く違う。

     との説明でした(かなりはしょった)

     もうこの際、全く別の言い方で分けた方が、誤解が無くて良いかも知れませんね…


  • 編集済

    100)僕達…終わりなんだねへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    別れというのは男女であろうと男どうし、女どうしであろうと辛くて、もうここは駆け足で抜けさせていただくとして……

    > だって理久は、本当は理久は、 俺の事なんて好きじゃないよな?

    この言葉、ずきりときます。本当は好きでたまらない理久くんを諦めるための、亮ちゃんの最後の砦だったのでしょうね。なついて、まるで心から愛し合っているかのようにふるまおうとする理久だけど、あいつは本気で俺を好きなんじゃない。俺が振るのではなく、あいつがそもそも俺のことを本気で好きなんじゃないんだから、あいつのせいなんだから。そう思うことで子供のころから好きでたまらなかった理久くんを振り払おうとする亮ちゃんが痛々しいです。

    そしてその主因は、当時の世間の無理解とそれを悪い方悪い方に予感してしまう亮ちゃんの繊細さ…… 亮ちゃん、今はどうしているのでしょう。

    り、理久くんについては、この衝撃と痛みから、亮ちゃんよりはスムーズで合理的に立ち直ってくれたのだと信じています。

    追記)
    たいした内容じゃないのでコメントに追記で……
    そうなんです。自分でもこのコメント書きながら、あれ、なんだか私、亮ちゃんのことばっかり、むきになって書いていない? と(苦笑)。
    おそらく、かつて自分が創り出したキャラクターに似ているからなのだと思います。

    作者からの返信

     亮ちゃんがその後どうしたかは、今ここでは言えません、笑。
     実は亮ちゃんは、今後も僕の人生にちょこちょこ関わってきますからお楽しみに…
    (あれ?宇佳子さんは案外デリケートな亮ちゃんファンかな?)

     理久は大丈夫。
     既にお気付きでしょうが、奴はそうとうタフです。
     極楽トンボってか、心臓が毛だらけのタイプですから!
     😸

  • 相手の過去にモヤモヤしたり、嫉妬したりって、やはり男女差ではなく個人差なのですね。複雑。勉強になります。

    作者からの返信

    「個人差」の他にも「年齢差」とか「経験値の差」もあると思います。
     僕自身のことで言えば、あの頃はまだ若くて経験も無くて、だからその分「想い」や「考え方」も純粋で、だからこそ不安でやきもきしたりも強かっのだと思います。
     そんな初心(うぶ)な僕もその後「歳」を経て「経験」も増えるほど、徐々に相手を思い遣ったり妥協したり、許せるようになったりと「変化」してきたと思います。
     そして相手の過去を詮索したり嫉妬することが、かえって「別離」の原因になってしまう事も学びました。
     何より「自分自身だってそうそう褒められたもんじゃない」と自覚出来るようになると、相手にばかり多くを望めなくなります。
     複雑です。
     今は(この歳になると)相手の落ち度を責めるよりも、そこは目をつぶって円満な付き合いが続くように、と考えています。

    編集済
  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    う、さいごの四文が思わせぶりで次の章に進むのが怖いです。別れ、ですか……中島みゆきの「別れ歌」じゃないですが、ああいうふうに別れをしみじみ懐古できるのなんて傷がかさぶたになってはがれそうなあたりからでしょうね。理久くんといっしょになって亮ちゃんとのいちゃいちゃに癒されているいま、別れ、と聞くと他人事ながらかなり動揺してしまいます。

    アメブロの情報をありがとうございました。あちら、本作に比べてもひとつの記事当たりの内容が濃いので(もちろん良い意味で!)、ゆっくり拝読しております。アメブロの感想は本来そっちに書くべきですよね。アカウント作ろうかなあ、でもすでにできているjimさんと仲間の世界に割り込むのも気が引けるんですよね…… とりあえず今回はここに少しだけ感想を書かせてください。

    「おっさんずラブの功罪」について。
    「おっさんずラブ」は存在はもちろん知っていますが、見てはいません。悪ノリで笑いものにするための旧来の「ゲイ」像を「素直」に踏襲した作品だったのですね。しかも、笑いものにされている『ゲイ』は非現実的な、制作側の悪意を疑ってしまうようなものだった、と。
    「おっさんずラブ」というタイトルを初めて見たときから、このややコミカルな表現をどうとらえたらよいのだろうと気になっていたのです。くだけた感じにゲイカップルを表現して間口を大きく広げようとしているのか、いや、それにしてもちょっと悪意を感じてしまうなあ、と。内容をお聞きするに、作品の本質的なところで「ちょっと悪意を感じる」どころではなかったようですね。

    jimさんのご返信の15と8が印象的でした。

    作者からの返信

    「さいごの四文」についてはネタバレになるので何も言えません…

     アメブロについては特にログインしなくても読めるからこのままで良いですよ、笑。
     いえね、別にお仲間ってほど強い絆はとおに薄れて、今は単なるゲイ・ブログに変化しちゃってるんですよ。通りすがりの観覧者も多くコメントも今は常連感が薄くなってます。
     ↑その辺は全くお気遣いなくね♡

     今後もブログの方で何か思ったらこちらでお話ししましょう。

    「おっさんずラブ」は観ていなかったのですね。でも僕の言いたい事は伝わったので嬉しいです。
     ゲイのステレオタイプについて書き出すとまたぞろ長文になってしまうし、
    (ああ、そう言えばブログのあそこに長々書いたっけな)と思い出しての紹介でした。

  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。

    タッチさんと理久くんの宝塚の楽しみ方が全然違ったというのは面白かったです。いろんな思いを受け止められる宝塚の世界の奥深さを改めて感じました。

    トランスジェンダーの感覚も、謎めいているなと思えるもののひとつです。

    また女性の話になって恐縮ですが、幼い女の子が大人の女性になることを厭うというのはよく聞く話で、それは時に強烈な嫌悪感にまで発展します。第二次性徴を否定し、拒食症に陥ったり、とかですね。この感情は当然トランス男性にもあるようですが、でもこの感情を経験しているからと言って全員がトランス男性というわけではないのですよね、難しい…… 

    話を男性に戻すと、トランス女性以外が自分の性別を強烈に嫌悪するということはないのでしょうか? 

    タッチさんが「自分は女の子なのに」と思いながらも、男としてやっていこうと無理に折り合いをつけたのは、老舗の大店のひとり息子という立場も大きかったのかもしれませんね。

    作者からの返信

     また長くなりそうで自己嫌悪なのですが……

    「LGBT」と言う括りに納得出来ません。
     さらに「LGBTQ」として「クエスチョン」を足すなら、
    「L」も「G」も「B」も「T」も、全て「クエスチョン」だと僕は思うのです。

    「L」と「B」は男女の性別の違いは有れ、ここでは合わせて「同性愛者」としましょう。
    「T」もここは男女合わせて「トランスジェンダー」とします。

     これも私見ですが、
    「同性愛者とトランスジェンダーは似て非なるものではあるのだろうけれど、確かに両者は限りなく似ている」と僕は思うのです。
     何だかややこしい日本語で理解に苦しむかも知れませんが、お許しを…

     別の言い方をすると、
    「同性愛者とトランスジェンダーは必ずしも別物なのではなく、つまり(LGBT)と並び称するべきではない」とも思っています。

     同性愛者に「性」の違和感は付き物で
    「男児なのに赤い服が着たい」
    「女児なのにスカートが嫌い」から始まり、
    「男子なのに魔法少女に憧れる」
    「女子なのに戦隊ヒーローにもえる」を経過して、やがて自然に「同性を好きになってしまう」──これがとても多いパターンです。
     宇佳子さん言わせれば「それこそステレオタイプで決め付け!」と叱られそうですが、事実そうなのです。

     ただ!その個人差は大きく、人によってその度合いも内容も大きく違います。
     ゲイとノンケにグレーゾーンが有るように、同性愛者の性自認にも「同性から異性へのグレーゾーン」が有ります。

     つまり、ゲイの性自認にも「自分は男だけど女っぽい部分も有るな」と言う人もいれば「自分はかなり女っぽいけどやはり芯は男だな」と思う人もいる。
     もしかすると「自分はゲイだけど100%男だ」い言い切れる人もいるだろうし「身体は男だけだ心は完全に女だ」と言い切れる人もいるでしょう。

     これはもう「ゲイか?ノンケか?」と同じで、例えば血液検査のように数値で表す検査方法が無い以上、自己申告に頼るしかない「性」だと思うのです。
     本人が「自分はトランスジェンダーだ」と言うなら、周りはそれを「ああ、そうなんですね」と認めるしかない。

     これは当節取り上げられる「自称トランスジェンダーのために女子トイレや女風呂を開放するのか?」の問題に絡んできます。
     ↑あ、やばい流れなので止めますね、汗

     だいたい「性同一性障害」なんて言葉はずいぶん近年の認識であって、当時のタッチとしたら長男とか跡取りとか関係なく、
    そんな「誰にも理解されない性」は黙って押し殺して生きて行くしか無いのが当たり前の時代でした。

     そう言えば随分あと、埼玉医大で治療としての性転換施術が話題になった時にタッチはこう言っていました。
    「そりゃ内面がいくら女でもさ、身体を傷付ける気にはなれないよ。だって僕は、身体は男として生まれてきたんだからさ…」って…
     あくまでも個人の考えです。
     トランスジェンダーや性転換施術を否定するものではありません。

     ちなみに、昔聞いた或る二丁目のママの一言が思い出されました。
    「ゲイなんて多かれ好かなかれ皆んなオネエよ」
     と──
     そう、その「多かれ少なかれ」が言い得て妙だと思います。

    「トランスジェンダー」と、そしてもうひとつ「バイセクシャル」は、僕の中でいまだに解決出来ない「大きな謎」でもあるのです。

  • 96)今なおタッチは大親友への応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    > また当時の「列び」にはお祭り気分もあったと思います。

    これ、ありますよね。チケットをゲットするところから、わくわくが始まっているんですよね。睡魔や心細さと戦いようやく手に入れたチケットだからこそ、観劇にこの上ない充実感を味わえのかもしれません。一緒に並んだ戦友に、他の友達とは異なる強いきずなを感じるのもさもありなんです。

    とか書きながら、えっと、これは前売り「整理券」だったのですね (^^;) うーむ、さすがは宝塚、凄まじい……

    作者からの返信

     それにしても、こうして振り返ってみると僕がそれなりのヅカライフを送れたのは、100%→タッチのお陰だったんだなと…
     僕一人では到底あんな荒業は無理だった。タッチと二人だったから出来たんだと!
     僕一人だったら、普通にチケット売り場で三階席の隅っこの席とか買って、遠くからオペラグラスなんか覗いていたのかも知れない。
     それにしても、僕と出会う前から一人で夜明かし列びをしていたタッチは本物のツワモノだ…!
     尊敬しかない。

  • 94)正真正銘のお坊ちゃまへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。

    何度か出てきた「マイノリティーの僕らは、互いに引き合う」のあたりについて、しばらく考えていました。これは難しい問題をはらんでいますね。いや、問題自体は複雑でなく、扱う私たちが難しくしているだけかもですが。

    もしも女性がゲイを「ヘテロ男性が好まないものを好み」「互いに自分たちがゲイだとわかる」なんて描写したら、非難されるだろうなと思います。この小説でそれが許されるのは『当事者が実話に基づいた私小説を書いている』からでしょうね。「だってぼくは実際にこうなんだもん」と言われれば、誰もそれには文句を言えません。

    でも、これを非当事者が描くと問題になりかねません。当事者はマイノリティの個々のばらつきを、非当事者はマイノリティ全体の平均を描くというように住み分けをするのがいいのかなあとも思ったり……

    現在の風潮として、かつて社会ではびこっていたゲイのステレオタイプ(繊細であるとか、芸術に秀でているとか)は事実を反映していないという考え方が主流じゃないでしょうか。それはもちろん、かつてそのステレオタイプを押し付けて当事者に不快な思いをさせたからという反省に基づいているのでしょうが、今はその反省が行きすぎているところがあるように思います。

    現在の主張は「ゲイの集団もヘテロ男性の集団も、その個性は同じようにばらついていて、平均を取ると同じところに落ち着く、だからゲイもヘテロ男性も変わりはなく、男性は男性だよ」と言いたいように思えます(もし私の誤解ならお許しを!)。でも、それって間違いじゃない? と思うのです。

    ゲイとヘテロ男性とではセクシュアリティ以外にも異なるところがあるのでないかと感じます。それには後天的なものもあるし、先天的なものだって存在するんじゃないかと思います。その考えに、ひとつかふたつという限られた例ではありますが、お答えをくださったのが歴野さまのお話でした。「多くの男性が敬遠する宝塚に馴染む男性にはゲイが多い」、これがもし正しいのであれば、やはりヘテロ男性の平均とゲイの平均はセクシュアリティ以外でもずれがあるということではないでしょうか。そしてそれが、「それらしき雰囲気」のもととなり、互いに何となく察せられるということに繋がるのだろうなと想像しています。

    「何を回りくどく言ってるの、好きになる相手が異性か同性かという大きな違いがあるんだから、それ以外が違うのも当たり前でしょ」、そう言われるかもしれません。私も基本的にそう感じます。でも、きちんとした根拠なしで口を開けないのがこの問題ですね。

    漠然とした感想ばかりの長文、失礼いたしました。

    作者からの返信

     宇佳子さんの考察にはいつも深く考えさせられます。

    「現在の風潮から(或いはそれが過敏すぎて)ゲイをステレオタイプに描いてはいけないとの厳しい縛りがある。それは当事者だからこそ許されるもので、決してそれを女性(非当事者)が描いてはいけない」
     とありますが、僕は必ずしもそうではないと思います。そして宇佳子さんも僕と同意見なのだと受け取りました。

     確かに何らかの会話や演説、評論の中でゲイに限らず「いかなる決め付け」も許されない場面があります。
     例えば政治家が公に「同性愛者には生産性がない」なんて発信するとは愚かも極みです。

     が、しかし、
    こと「小説」や「戯曲」と言う創作においては表現の自由や個性が認めらるべきであって、「非当事者はマイノリティ全体の平均を描く」なんて忖度の上には人を感動させる物語の構築など到底無理だと言えましょう。

     小説やドマラの中には変質者も犯罪者も、それは性別にかかわらず多種多様な人間が描かれます。
    「こう言う女の物語です」との作品に「そんな女は現実にはいません!」なんて苦言を呈するのも愚かだし、またそれ自体が決め付けともなります。

     先程の例で言えば「生産性の無い同性愛者の物語です」と提示された作品をひとつの創作物として否定する事は出来ないし、嫌なら自分が観たり読まないようにするだけです。

     宇佳子さんが小説を書く時、それはどんな女や男を書いても物語として許されるように、同性愛者である登場人物もまた宇佳子さんの思うまま、好きに動かして構わないと思います。
     それが創作であり、個性だと思います。

     僕はこれを「私小説」としていますから、登場人物のキャラクター創りに苦労はしていません。
     知っている人をそのまま書いているだけですから…

     ただ、確かに「男も女も十人十色」と理解している世間でも、まだまだゲイに関しては不自然な思い込みも強いのかも知れません。
     そこまで考えると複雑な心境となります。

    「おっさんずラブ」と言うドラマは知っていますか?
     僕は「創作作品の中でならどんなキャラクター設定でも呑み込めます」と言って舌の根も乾かぬうち、
    ああ、そう言えばいかに創作であってもあのキャラクターは許せなかったな!と、はたと思い出しました。
     あの中で吉田鋼太郎が演じた「部長」と言うキャラクターがどうにも不自然で許せなかった。

     もし興味があったら
    僕のブログ
    「jimの投稿履歴」

     2022/4/15 付け
    「おっさんずラブの功罪」
     同日
    「続・おっさんずラブの功罪」
     
     以上の2件を覗いてみて下さい。

     ゲイのステレオタイプについても言及しています。

  • 共通点ありすぎて怖い😨
    私もエクボにちょっと弱いんです。それともみんなそうなのかしら🤔

    作者からの返信

     平田のはもしかすると(エクボ)と言うより(やつれ)だったのかも知れません😹
     まあ、それにしても僕は頬バンバンのぽっちゃり君よりは頬げっそりのスリム君の方がタイプなのかも知れません。
     で、普通にエクボは可愛らしいですよね♡

  • 私も中学校の吹奏楽部でクラリネット吹きたかったのに、何故かフレンチ・ホルンになった者です。奇遇ですね笑。

    作者からの返信

     奇遇!奇遇!!
     実は僕はクラシックを聴いていたので、オーケストラの中でホルンと言えば割と派手で目立つ印象があったのです。
     ↑白鳥の湖の主題のような…

     でもいざ始めてみると、ブラスバンドの中でのホルンの立場は中音域パートの代表で「和音」と「後打ち」ばかり──
     オーケストラでホルンが担う「中音域のメロディー」や目立つ「対旋律」は、ブラスバンドにおいては何故かユーフォニアムに持ってかれる。

     特にマーチなんて初めから終わりまで「後打ち」ばかりで譜面も要らないくらい退屈。
     合奏でも上手く出来ていて当たり前で、特に褒められる事もないのに──たまに和音が歪んだりリズムが乱れると速攻で注意される。
    ───などなど、愚痴ればきりのないパートですよね、苦笑

     トランペットやクラリネットのようにメロディーを奏でるパートの奴らに「いやいや、ホルンは重要なパートだよ」とフォローされても嫌味にしか聞こえないと言う、ひねくれた理久でした。

     美奈子さんなら分かってくれるよね?
     ホルンの難しさ…

    編集済
  • 歴野理久♂さま

    こんにちは。
    当時のチケット取りって、こんなに大変だったのですか。今のネットでの人気チケット取りは、ネット回線が細い人には最初っから取ることが不可能ですけれど、当時は本人の頑張り次第で何とかなった、と。いや取れる取れないが自分次第というのは、それはそれで精神的にきついですね。波奈さん、これまですごく頑張ってくれていたのですね?
    そして理久くんは、おどおど系男子に弱い、と、ふむふむ。

    作者からの返信

     本文では「なぜ各組のトップのファン・クラブが列びの一番なのか?」までは書かなかったけど、
    実は当時の旧東宝劇場の地下街には「宝塚歌劇センター」と言うグッズ販売の店舗があって、その店舗の脇に常に折りたたみ椅子に座り込む四人組がいたんです。
     ↑365日、昼も夜も…
     つまりこれが各組(花、月、星、雪)のトップのファン・クラブの「列び」だったんです。
     彼らは一年中列んでいたんです!
     ↑キ○ガ○ざたです。
    (もちろん交代制だけど)

     だから常に列びの一番は各組トップのファン・クラブだと言うシステムで、東宝はこれに一切関知していない、とのていだったそうです。
     今では考えられないですよね?異常です。

     はい、理久はいつしか「地味でおどおどしてボケーッとしている情け無いタイプ」が好みになっていったのです。
     ↑こればっかは仕方がない…

     

    編集済

  • 編集済

    42)え?これって反省会?への応援コメント

    雪絵さん、すごく素敵な方ですね。

    作者からの返信

     そうなんですよ。
     僕が僕らしく生きて来られたのは波奈と雪絵=ふたりの女性のおかげでした。
     それともう一人→今回これを書きながら今更に気付いたのですが、あの宇宙人のようにピント外れな父親(おおらかなと言った方が良いのか?)が、案外僕を放ったらかしにしてくれたのが助かった。
     厳格な父親に「男らしさ」を強要されて育ったらこう言う仕上がりにはならなかっただろうな〜
     しみじみ…

    編集済
  • 一章読みながら「いやお医者さんごっこて!」て叫んで、
    「押入れの呼吸」あたりで笑いすぎてコーヒーむせたwwww
    でもなんでやろ、笑ってんのに、めっちゃ胸しんみりました……
    “恋の色”って、こんなにも記憶と一緒ににじむものなのか。

    てか、この章だけで一生分しゃべれるw
    続き、体感3時間後には読みに戻ってくる予定です✋(現場からは以上です)

    作者からの返信

    (はい、スタジオです)

     Natukaさん✨
     はじめまして!
     コメントを、そしてレビューも書いていただいて、ありがとうございます!
     コーヒーむせるほど笑っていただいて、とても嬉しいです♪

     第一章だけで一生分しゃべれるなんて最高の賛辞です。これからもどんどんしゃべりましょう!
     俺、おしゃべりですから、笑
     😽

  • 90)大学と宝塚と亮ちゃんへの応援コメント

    歴野理久♂さま

    こんにちは。
    いつも丁寧なコメント返信をありがとうございます。ご負担をおかけしちゃってるかもと思いつつ、真面目にお付き合いくださるのが嬉しくて、知りたいところについては、つい、突っ込んだ質問をしてしまいます。

    そう、亮ちゃんについては、最初からずっと「甘いにおい」と書かれていたのが印象的でした。においって力強いですよね。有無を言わさず何らかの感情を引き起こしてしまう力があると思います。
    でも、理久くん、亮ちゃんは絶対自分から離れないと安心しきっていて大丈夫なのかしらとドキドキしています。あまりすげなくし続けていたら、それでなくとも繊細そうな亮ちゃん、不安から離れていってしまわないでしょうか……

    作者からの返信

     宇佳子さん、ニヤリ😸
     実は既にお気付きの通り、僕は突っ込んだ遣り取りが大好きなんですよ。
     思い付いたら何でも話し掛けて下さいね。

     亮ちゃんについては今後たくさんのエピソードがあるのでネタバレな事は書けませんが、宇佳子さんが「におい」について引っ掛かってくれたのは僕の思惑通りです。
     亮ちゃんのにおいは「匂い」であって「臭い」ではありません。
     源氏物語にも美しい貴公子として「匂うの宮」が登場し、決して「トイレ臭」とは「においの質」が違います。
    (日本語って素晴らしいですね漢字が違うだけで意味も変わる!)

     それと「亮ちゃんが繊細」と読み解いていただけたのも嬉しいです。
     理久と亮ちゃんの今後を見守って下さいね♡

    編集済
  • 41)悲しくて不可解な結末への応援コメント

    久しぶりにその言葉見ました。
    そういえば、おこげって映画ありましたね。

    作者からの返信

     今は「多様性」と言う言葉が逆に強気でまかり通る配慮の時代ですが、僕が子供のころは「オカマ」が一般的呼称→それよりいくらかマシだったのが「ホモ」。
    「ゲイ」なんて明るく前向きな意味の呼称が海外から伝わるのは80年代も半ば?→僕が大人になってからでした。
     本文に書いた通り、少女漫画で「少年愛は美しい」と啓蒙されていた僕には「オカマ」と言う蔑んだワードが同義語とは思えませんでした。
    (今はもう何を言われても平気ですが、笑)

    編集済
  • 40)なぜ?僕達のすれ違いへの応援コメント

    この頃って誰もこういう経験しますよね。
    痛々しいけれど可愛らしい。

    息子と親友はもう21歳です。中学の頃からバイだって言っていた、大人びた大学生です。

    うちの子は超奥手なので、親友君に比べると幼稚園児みたいで情け無い。

    作者からの返信

     やはりセクシャリティーについては思春期に自覚する男子は多いです。
     どうしても苦悩するし、子供ではいられなくなって大人びる傾向はあると思います。
     でも息子さんも、そんな親友を受け入れられるのだから器の大きい「男」なのだと思います。