スリーピングアイドル

山田貴文

スリーピングアイドル

 昔から寝相が悪いことをよく指摘されていた。それも並大抵の悪さではない。いつの間にか180度回転して頭と足が逆になっていたり、自分の布団をはみ出して隣の布団へ進出することは日常茶飯事だった。


 もちろん寝ている間だから何か自分で意識しているわけではない。ただ、目が覚めると、眠りについたところから遠く離れた場所にいることに気がつくだけだ。


 ある日。兄貴がぼくにニヤニヤ笑いながら動画を見せてきた。


「見てみろ、これ傑作じゃね?」


 それは昨晩のぼくの寝相を1分間に編集して音楽をつけた動画だった。まるでぼくが布団の上で寝たままダンスしているように見えた。確かに面白い。自分が映っているのでなければ。


 やめてくれと抵抗するぼくを寝ているから顔もわからないしいいじゃんと押し切り、兄貴はその動画をネットにアップした。


 すると。その動画がバズった。これ何だ最高と高評価および拡散の嵐。しまいには海外の著名人からも賞賛のコメントがつく始末。


 すっかり味を占めた兄貴は調子にのって毎晩ぼくの寝相を撮っては公開し続けた。


 自分でも感心するのだが、寝ているぼくの動きが毎晩全く違うのである。兄貴はぼくの動作に合わせてジャンルの違う音楽をBGMにした。ロック、J-POP、ヘビメタ、クラシック、時には演歌や民謡さえも。


 寝ているぼくは世間で大評判となり、馬鹿にならない動画の広告収入が我が家に入ってきた。そして、あまりの人気についには芸能事務所と契約することになった。史上初のスリーピングアイドル誕生である。


 ぼくの寝姿はTシャツになり、ポスターになり、アクリルスタンドやキーホルダーにもなった。いずれも嘘でしょと言いたくなるほどよく売れた。


 高校ではぱっとしないぼくだが、布団の上では天下無双だ。何の努力もせず寝ているだけでじゃんじゃかお金が入ってきた。


 ある日。学校から家に帰ると、応接間で事務所の人と兄貴が話し込んでいた。スリーピングアイドルの次の展開をどうすべきかと相談していたのである。当事者のぼくを入れずに何だと思ったが、よく考えるとぼく自身は寝ているだけで何もしていない。ぼくの寝姿をお金に換えているのは事務所と兄貴だから仕方ない。


 事務所のアイデアはライブをやってはどうかというものだった。つまり会場に客を集め、舞台上で寝ているぼくを鑑賞するというのだ。さすがに8時間もやれないし、あの動画は兄貴がうまいこと編集しているから見られるのだ。


「若干ですが、動画再生回数が落ちてきています。ここらで手を入れる必要があると思います」


 事務所の人の言葉に兄貴は逆らえなかった。結局、起きているぼくの顔出しをやろうということになり、サイン会の開催が決まった。


 そして、その結果はご想像の通り。サイン会にはさっぱり人が集まらなかった。


 起きているぼくには誰も興味がなかったのだ。


                                   (完)


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スリーピングアイドル 山田貴文 @Moonlightsy358

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