第3話:覚醒

 連邦軍に? ケイの中に、鋭い疑念が走った。


 9ヶ月前に始まったこの戦争は、敵国ゼノリスの優位で進められている。

 パリにだって、いつ敵が攻め込んできてもおかしくない。

 その惨状を招いた連邦軍を、心の底から信頼して良いものか。

 ケイには、その判断ができなかった。


 ケイは、男の言葉の真意を測りかねながらも、目の前で気を失っている少女と、そして静かに佇む純白のNFニューロフレーム「イカロス」を見つめた。


 自分が、とてつもなく大きく、そして危険な運命の渦中に、自ら足を踏み入れてしまったことを、彼は直感していた。


 ケイは、隣で息をのむ親友の横顔を一瞥した。

 こいつを巻き込んでいいのか? 一瞬、迷いが胸をよぎる。

 だが、もう後戻りはできない。

 それに、この状況を乗り切るには、この男の存在が不可欠だと、ケイは本能で理解していた。彼は覚悟を決めた。


「……フランク……」


 彼の声は、自分でも驚くほど、静かで、そして落ち着いていた。


「お前に、黙っていたことがある」


「え、何、その顔……やめてくれよ、そういう真剣な顔されるとロクなことにならないんだって……。

 なあ、あの人の言った通り、連邦軍に通報してさっさと立ち去ろうぜ、……なっ。」


 フランクは親友の見たことのない真剣な表情から、自分たちがとてつもない厄介事の中心に立たされたことを悟った。

 そして、その厄介事からもう逃れられないことも。彼は、泣きそうな顔で後ずさった。


 ケイは意を決し、告げた。


「実は……レジスタンス『希望の大地』に協力してるんだ」


 その言葉に、フランクの目が驚愕に見開かれた。


「はあ……レジスタンスだぁ? 冗談だろ、お前が!?

 死に急ぐなんて正気じゃねぇ!

 ……でも、そんな危ない橋を渡ってたなら、せめて俺に言えよ。

 黙って行かれたら……心配なんだよ」


 その声には、恐怖よりも、親友に信頼されていなかったことへの寂しさが滲んでいた。


 ケイは、言葉で説明する代わりに、行動で示した。

 彼は、リストバンド型のスマートフォンを取り出し、暗号化された通信回線を開く。


 フランクが見守る前で、ケイは堂々と通信を開始した。


「こちらケイ。

 トニー、聞こえるか? 緊急事態だ。サクレー高原、シャトルが墜落。

 生存者2名と、未確認の新型NFを発見した。

 至急、回収部隊を要請する。

 位置は後から送信する」


 通信アプリから、ノイズ混じりの冷静な声が返ってくる。


「……了解した、ケイ。

 現在地で待機しろ。

 位置を受けとった後、すぐにチームを向かわせる」


 トニー。

 その名を聞いて、フランクはわなわなと震えだした。

 かつてのeスポーツチームの仲間と同じ名前だった。

 これが紛れもない事実であることを、理解せざるを得なかった。


「ト、ト、トニー……あのトニーかよ。嘘だろ!? あいつもお前と一緒で頭のネジが吹っ飛んじまったのか!?」


「そうだ、あのトニーだ」


 ケイは静かに頷く。


「ってことはサラもか!? なんでだよ! なんで皆してそんな命知らずな真似してんだよぉ!」


 フランクが、食い気味に問う。


「うん、サラもだ。すまん、別にお前をのけ者にしようとしたわけじゃない」


「仲間だろ……? なんで俺だけ……」


 フランクは地面を蹴った。


「いや、待てよ? 死地に送られないだけマシか……? でも……やっぱり仲間外れは寂しいじゃねえか……。どうすりゃいいんだよぉ……」


「仲間だからこそ、だろ」


 ケイは諭すように言った。


「仲間だからこそ、命を懸けるような危険なことに、お前を誘うわけにはいかなかった。……でも、黙っててすまなかった」


「……分かったよ、分かった……」


 フランクは、友人たちが自分よりも先に危険な世界へ足を踏み入れていたことに、かすかな疎外感を滲ませながらも、複雑な表情を浮かべた。

 しかし、彼はケイがなぜそのような道を選んだのかを、心の奥底では理解していた。


「……お袋さんのことがあったからって、お前がそうなるのは……分かるけどさ。

 ……でも、無茶だけはすんなよ。絶対だぞ……」


 その言葉は、ケイの行動を肯定し、彼の覚悟を受け入れるものだった。


 重い沈黙が、2人の間に流れる。

 彼らはもう、ただの大学生ではない。


 その沈黙を破ったのは、ケイだった。彼は、目の前で静かに佇む純白のNFニューロフレーム「イカロス」を見つめ、ふと、ついさっきまでの彼とは思えないほど、不敵で自信に満ちた笑みを浮かべた。


「フランク、これ、動かしてみないか?」


 その突拍子もない提案に、フランクは呆気にとられたが、こめかみを押さえて低い声で呻いた。


「はああああああ!? 動かす!? お前、正気か!? そりゃ俺だって、あんなロボットに乗ってヒーローみたいに活躍出来たらと、子供のころは思っていたよ。けどなぁ」


 フランクはケイの両肩を掴んで説得を試みた。


「これはゲームじゃねーんだ!リセットもやり直しもねーんだよ! あれは軍の最新鋭機だ。

 つまり、下手に触れば警報が鳴って蜂の巣、うまく動かせたとしても、バレた時点で俺たちの人生は終わりだ。レジスタンスとか、そういう話じゃなくなるぞ……」


 ケイが自信満々にフランクを見返すと、フランクは天を仰いで泣き言を言った。


「……ああ、もうダメだこの目! こいつ、やる気だ! 俺の言うことなんてこれっぽっちも聞いちゃいねえ!」


 フランクは、ケイの目を見て、説得が無駄だと悟ったのか諦めたように頷いた。


「分かったよ! やればいいんだろ、やれば!」


 その言葉にケイは目を輝かせた。彼はeスポーツで培った知識を元に、自信を持ってフランクを見返す。


「前に見せてくれたゼノリスのクーガーの資料、覚えてるか? あのヘルメットを被れば、脳波で操縦できるんだ。

 きっと、こいつも同じシステムだよ。

 それに……こんなチャンス、滅多にないだろ?」


 その言葉には、危険な状況を楽しむかのような、純粋なゲーマーとしての好奇心が宿っていた。


 フランクは、ケイの覚悟と、その言葉の裏にある非凡な才能を改めて感じ、頷いた。


 ケイは意を決してイカロスのコックピットへと向かう。

 ニュース映像で見るクーガーは、全高が大型のトラックほどしかなく、イカロスもそれは変わらなかったが、実際に目の当たりにすると、威圧感は凄かった。


 膝をついた脚や、スライドした胸部装甲にはホールドが設けられており、ケイはそれを伝って機体に取り付き、コックピットへと滑り込んだ。


 コクピット内部は機械油と、新品の電子機器が発する独特の匂いがした。

 彼は、パイロットが残していったヘルメットを手に取り、自らの頭に装着した。


 カチリ、とロックが掛かる音と共にヘルメット内部が与圧され、外界の音が遮断される。

 次の瞬間、バイザーに機体のステータスや外部カメラの映像がHUDとして投影され、世界が一瞬でデジタルな情報空間へと変わった。


 ケイは、目の前の操縦桿を握り、目を閉じて意識を集中させる。

 eスポーツの試合開始直前の、あの研ぎ澄まされた感覚。


 すると、彼の思考に呼応するように、イカロスの右腕が低い駆動音を立てて持ち上がった。

 思考が、巨大な機械の動きに変換される。その奇妙で万能な感覚に、ケイは総毛立つのを感じた。

 彼はそのまま、ゆっくりと指を動かし、力強く拳を握ってみせる。外からその光景を見ていたフランクが、息をのむ気配がした。


 ケイは、目を開けると、自信に満ちた笑みを浮かべた。


「思った通り、脳波マウスと要領は同じだ。イメージ通りに動いてくれる」


 すぐに操作の感覚を飲み込むと、ケイはイカロスを立ち上がらせた。視点がぐんと高くなる。

 だが、空を仰ぐような感覚ではない。周囲の木々の梢は、まだ機体のはるか上に見える。

 まるで屈強な巨人の肩に乗っているような、不思議なスケール感だった。

 ゆっくりと歩かせると、その小柄な機体に見合わない重厚な振動がコックピットまで伝わってきた。


「いける! コイツがあれば、クーガーだって!」


 ケイがその圧倒的な性能の一端を実感し、興奮していた、まさにその時。


 その高揚感を打ち砕くように、甲高いアラームがコックピット内に鳴り響いた! HUDのレーダーに、複数の赤いマーカーが出現し、こちらへ高速で接近してくる!


「もう来たのか……!」


 ケイと、外で見守っていたフランクの表情が、高揚から一転して緊張に変わる。

 平穏な日常は、もうどこにもなかった。



 ***


 高揚感は、無慈悲な警報にかき消された。 迫りくる敵機。ゲームとは違う、やり直しのきかない命のやり取り。 その一瞬の迷いが、親友を絶望の淵へと突き落とす。 次回、『人質』。 突きつけられた銃口が、若者の覚悟を試す。



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