救人(セーバー)を目指していたのに能力(フレーバー)が無かったので、怪人にスカウトされました

オノヒロ

第0話 憧憬!道を決めた日

ジーワ、ジーワ、ジーワ、ジーワ、


青い空、白い入道雲、セミの声が鳴り響く初夏の平和な町に突如謎の声が響き渡った。


「フフハハハハハッ! 我は世界の支配者ガイアクダー一の戦士、オクトサンダーなり! この町は我々ガイアクダーが占拠させてもらう! 」


ガラガラッ、


 大声を上げる迷惑な存在に付近の住民達が窓から顔を出して声の主を探す。

 彼らの目に映ったのは雑居ビルの屋上に立つ三人の人の姿。全員がこの暑い中で全身タイツのような服を着ており、中央の男はその上からプロテクターの様な物を身に着けていた。しかし、男の最大の特徴は全身タイツという奇異な姿ではなかった。男の特徴。それは頭がタコのそれであり、体からはつまりは八本の腕が生えている事だった。


 怪人……としか形容しようがない男、オクトサンダーは自身が声を上げたことによって注目されたことに気付き、更に声を張り上げる。

「愚民共よ! 我の姿を見よ! この支配者としての勇姿を! そして、我らに忠誠を誓え! さすれば、貴様ら愚民もガイアクダーの役に立つ栄誉が授けられるであろう!」


 誇らしげに自らの異形の身体を誇示するオクトサンダー。その言葉に対する住民たちの反応は……


「ふざけんなっ、タコ!」

「タコの分際でうっせーぞ!」

「タコが偉そうにすんな!」

「昼寝していた子が起きちゃったじゃないの! 迷惑なタコね!」


 オクトサンダーの呼びかけに返ってきた答えは苦情、非難の声であった。

 もっとも、平日の昼間から大声を出せば非難される事自体はいたって普通の事である。住民の正当な抗議に、オクトサンダーは文字通り茹でダコの様に顔を真っ赤にして怒り出した。


「キィ~サァ~マァ~ら~! せっかく人が親切にも命だけは助けてやろうというのに……! ならばこちらにも考えがある! これを見よ!」

 オクトサンダーは置かれた大きな箱からある物を取り出すと、住民達に見せつける様に頭上に掲げた。


「おっ、おい!? あれは!?」

 住民から困惑の声が上がる。


 オクトサンダーが出した物、それは一人の男の子だった。年のころは五、六歳といったところだろうか。子供らしく運動しやすい服装をした活発そうな男の子である。しかし、その瞳は恐怖の色に染まっており、恐怖から声すら上げる事が出来ない状態だった。


 男の子の表情を見たオクトサンダーは、怒りも忘れて嬉しそうに男の子を自分の目線まで下ろす。


「坊や~、怖いか~? 怖いだろうな~。お前は今から死ぬんだ~。それもお前が悪いからじゃ~ない。我の言うことを聞かなかった愚民の所為だ~。どうだ~? 死にたくないか~?」


「あっ……うっ……しっ……」

 オクトサンダーの呼びかけに男の子は答えようとするが、恐怖から言葉が詰まって出て来ない。


 返事を返さない男の子の様子にオクトサンダーは再度顔を赤くして、

「ガキが! 我の質問に答えろ! 我は愚鈍な者は嫌いなのだ! さっさと答えんとこのまま屋上から地面に落としてやろうか!?」

 一気に男の子に捲くし立てた。男の子は激高したオクトサンダーに脅され、


「しっ、死にたくない……!」

 必死に声を絞り出した。


 その言葉にオクトサンダーは薄ら笑いを浮かべる。

「そうか、そうか~。死にたくないか~。」

 薄ら笑いを浮かべながら男の子の顔を覗き込むオクトサンダーだったがその顔から薄ら笑いが消え、、


「だがダメだな。」


 冷酷に言い放つと男の子をビルの外に放り投げた。

 男の子の落下する先はビルの下。つまり、コンクリートで固められた地面であった。


 男の子の視界に映る景色が猛烈な勢いで変わっていく。その恐怖から男の子は目を閉じると、瞼の裏に短い人生の走馬灯を見た気がした。まもなく訪れるであろう死に、男の子の心を諦めと絶望が支配していく。


 だが、訪れるはずの衝撃と痛みはいつまで経っても来なかった。不思議に思った男の子は恐る恐る目を開ける。


「うわっ!?」

 男の子が驚きの声を上げた。


 男の子の視界に映ったのは、地面から数メートルの高さに浮かぶ自身の体だった。そして同時に男の子は気付く。自分が宙を浮かぶ男に抱きかかえられている事を。


 男の顔は逆光の所為で男の子からはよく見えなかったが、男は男の子が自分を見つめていると気付くと男の子の方を見た。

 男の子には男が自分に笑い掛けた様に見えた。


「よ~し、坊や。もう大丈夫だぞ。頑張ったな」


 男の子に優しい声を掛けると、男はそのままビルの屋上へと浮かび上がり、ビルの屋上の床に男の子を降ろした。男が男の子の頭に大きな手を置く。

「ちょっと危ないから、ここで動くなよ」


コクンッ、


 男の言葉に男の子が大人しく頷く。男はそれを見て、

「いい子だ」

 男の子の頭をポンと叩いた。


 男は悠然とした歩みでオクトサンダー達へと近づいていく。

 近づいてくる男にオクトサンダーが声を掛けた。

「我の邪魔をする愚か者が現れるとはな」


 オクトサンダーの言葉に男は不敵に笑う。

「愚か者、違うな。俺は救人セーバーさ」


 男の言葉にオクトサンダーは興味無さげに首を横に振る。

「どちらも我にとっては同じ意味である事には変わらん。我の前に現れ、そして倒される者という意味ではな」


「残念だが、お前が望む結果にはならないな。の子供に被害を出そうとしたお前とお前の組織は俺が叩き潰す。すら守れない奴には、それがお似合いだ。


 男が言った「一般市民」という言葉、そして「ルール」という言葉にオクトサンダーは驚きの表情で男の子を見た。


「なにっ!? 一般市民だと……! そうか……どおりで……確かに我らの不覚である。だが……こうなってはなおさら引けぬ! 我らが組織の為にも、貴様らの口を確実に封じさせてもらう必要が出来たのだからな!」

 不退転の決意と共にオクトサンダーの全身から殺気が放たれる。


「そうさせる訳にはいかないな」

 男がオクトサンダーの言葉を否定する。


「命を賭してもやらねばなるまい……!貴 様らは帰還して本部に連絡しろ。我が帰らなければ死んだと思え」

 オクトサンダーは決死の表情で部下の二人に命令する。


「「はっ!」」


 オクトサンダーの言葉に男達は屋上から飛び降り、そのまま建物の屋根伝いに飛び跳ねながら去っていった。


 男は逃げる二人を追う事も無く、自らの視界から男達が見えなくなった事を確認すると、

「さて、始めようか」

 オクトサンダーに向かって拳を構える。


 対するオクトサンダーも、

「あぁ、時間をとらせたな」

 八本の腕を使った独特の構えを取った。


……


 互いに構えを取ったまま、一瞬の静寂が流れる。


「では、行くぞ!」


 先に仕掛けたのは男の方であった。男は真上にジャンプすると、


「正義の一撃、ジャスティスキック!」


 掛け声と共に斜めに下降しながらオクトサンダーに向かって跳び蹴りを放つ。


 男の跳び蹴りを見たオクトサンダーは笑みを浮かべる。

「笑止! 我ら軟体系怪人に伝わる伝統技を知らんと見える。とくと味わえ、キック潰し!」


ヒュババッ、


 オクトサンダーは言葉と共に八本の腕を異常な長さに伸ばし、男の体を雁字搦がんじがらめにする。

 オクトサンダーの腕に拘束されて男の体は空中に固定される……はずだった。


「無駄だ! その程度で俺の正義を止められるものか!」


ブチンッ、


 男の声と共に男の体に巻きついていた腕が千切れ飛ぶ。


「何っ!?」

 驚愕の表情を浮かべるオクトサンダー。男の蹴りはそのままオクトサンダーに突き刺さり、


ズバンッ!


 その体を貫いた。


 オクトサンダーは自身の体に空いた大穴を信じられない様子で見る。

「ばっ、ばかなっ!? 我がこれほどあっけなくやられるとは……!?」

 よろけながらもオクトサンダーは男へと視線を向ける。


 男は着地の態勢のまま言葉を返した。

「正義は勝つ。ただそれだけだ」

「無念……なり!」

 言葉と共にオクトサンダーは倒れ、


ドカーン!


 その身体が爆発した。噴煙残る中、男は大人しく言う事を聞いていた男の子へと歩いていく。戦いの迫力に呆気に取られて固まっている男の子の頭に、


ポンッ、


 男は再び手を置いた。


「さぁ、もう安心だ。君の家はどこかな? 案内しよう。きっと親御さんも心配しているぞ。」


 男の手の大きさ、暖かさにキョトンとしていた男の子は我に返り、男へと満面の笑みを浮かべる。

「お兄ちゃん、凄い! かっこいい! 助けてくれてありがとう!」

 男の子の言葉に男は照れる様子もなく、

「礼には及ばないさ。俺は救人セーバーだからな。でも、君が俺に助けられた事を嬉しく思ってくれるなら、いつか君も悪い奴らから誰かを守ってあげてほしい。約束出来るかい?」


 小指を差し出す男に男の子は自分の小指を絡めて約束をする。


「うん! 僕、絶対にお兄さんみたいに人の役に立つ人になる!」

「良い返事だ。期待しているそ。未来の救人セーバーよ」


 男は満面の笑みを浮かべて男の子に親指を立てる。


 相変わらず逆光で顔の詳細は全く見えなかったけど、その笑みは男の子の……僕の中に今でも鮮烈に記憶されている。僕の夢……僕は救人セーバーになるんだ……!

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