第13話

「大丈夫かな」


父を迎えに行ったナヨ――母さんが中々帰って来ない。

少し話が長引いてるだけだと思うが、不安だ。

よくも息子を、なんて争いになってるかも知れない。

あり得ない妄想ではあるが、無性に不安になるのだ。

ただ一時離れただけだと言うのにこうも不安になるとは思ってもみなかった。

これも母さんの話を聞いたが故か。

思い出すことは出来なくとも、死ぬ間際のことは魂が覚えているのだろう。

不安に揺れる瞳。

思わず漏れでた声に一鬼は笑う。


「ハハ!今の様子を言うたらすぐにでも飛んで来そうだ!!」


それは確かに。俺が言うのもなんだが、母さんの愛は些か重い。

子を1度失くしたがために、と理解はしているが俺の身にもなって欲しいものだ。

今は女児とは言え、今世の俺は男として産まれて来た。

男としてスタイルの良い女性に抱き付かれるのは母親と理解していても堪えるのが厳しい。

そこをもう少し理解して欲しいのだが、遠い道のりと言ったところだ。

思わず溜め息が漏れる。


「ありがとう、一鬼。お陰で落ち着いたよ」

「気にするな。ナヨもこれぐらい素直であれば付き合いやすいものを……」


重い溜め息を吐く一鬼。

おちょくる癖のある母さんと長年付き合って来たのだ。

俺では推し測れない苦労があるのだろう。

心情を察して俺は苦笑する。


「はは、そこは俺もなんとかしてみるよ」

「無理せんで良い。アレはもはや矯正できるものではないからな。しかし、子に心配されるなど、あやつは親としてもっとしっかりすべきだろうに……」


やれやれ、とでも言いたげに一鬼は首を振る。


「して、ワシは貴様を何と呼べば良い?」

「あぁ……」


いつ聞かれるのかと身構えていたが、いざ聞かれると答えに窮す。

聞くも言うも慣れた名の方が違和感もないし、呼ばれて困惑もしない。

だが、母さんの付けた名も捨てがたいのだ。

懐かしさを感じる名と言うのもあるが、嬉しそうに名を連呼する母さんの様子を見てしまうと別の名を呼んで欲しいとは言いづらい。


「悩んでいるか」

「あぁ。正直、悩んでる。どっちの名も捨てがたくてさ」

「ならばどちらもと言いたいが、ナヨが反対するのは確実……か」

「だと思う。猛反対するのが目に見える」


母さんなら絶対、「ナツキはナツキじゃ!」と言って聞かないだろう。


「ふむ。話は変わるが、貴様はどちらで暮らして行くつもりだ。人の世か、妖の世か」

「それは……」


俺はどっちで暮らしたいのだろう。

元々は人に戻りたかった筈だ。

であるなら、人の世で過ごすのか。

その答えに俺は喉が詰まったような苦しさを感じる。

ならば、妖の世か。

この見た目では到底人の世で暮らせない。

であるなら、母さんの居る妖の世で暮らした方が安全な筈だ。

だが、その答えにまたも俺は苦しさを感じる。

妖の世で暮らすと言うことは今まで築いた関係や価値観を捨てることを意味するのだ。

俺にそれが出来る程の覚悟もなければ、勇気もない。

俺はどっちつかずの存在だと今更ながら気付く。

精神は人。肉体は妖。

どちらにでもなれる俺はしかし、どちらも選べない半端者。

孤独だった。自分以外に同族は居らず、世界にただ1人。

俺はどちらになりたいのだろう。

答えの出ない問いを投げ掛ける。

しかし、もしくはやはりと言うべきか、その問いに答える者はいない。

悲しくなった。仲間を求めて、答えを欲して暗闇を彷徨う姿はまさしく灯蛾。


「――ょ―」


どこに居る。


「き―ょ―!」


どこに行けば会える。


「鏡!!」

「えっ?」


気が付けば目の前に鬼が居た。

真っ赤な鬼だ。

最初は理解が出来なかった。疑問も驚きもなく、ただただ不思議そうに顔を見ていた気がする。


「おい!聞こえとるのか鏡!?」

「あ、あぁ……聞こえてた、よ?」


聞かれるままに答えるが理解が追い付かない。

俺は何をしてた。何を考えていた。

それが思い出せない。なのに、とても苦しかったのは覚えている。


「はぁ……急に虚ろになるから驚いたぞ」

「そうだったのか?」


自覚がないために他人事のように聞き返す。


「あぁ、あの時の鏡は末恐ろしかった。ワシが難しい質問をしたばかりにすまぬ」

「いや、気にしないでくれ。正直、俺自身、何があったのか覚えてないんだ」

「そうか……」


何故か一鬼は悲しげに俺を見る。

困惑した。

何故そんな目で見られるのか。それほど酷い表情をしていたのだろうか。

俺自身の話の筈なのに俺だけが理解できない。

そのことに恐ろしさを感じる。

いったい、あの時の俺は何を思っていた。

思い出そうとするが、靄が掛かったようにその時の思い出すことが出来ない。


「決めたぞ。ワシは貴様のことを鏡と呼ぶ。鏡がどちらを選んだとしてもワシは変わらず鏡と呼ぶことにした。良いな?」

「それは別に構わない。というか、その手があったか」


2択しかないと思っていたところにまさかのもう1択。

視野が狭くなっていたと気付かされる。

先のことは気になるが、今は解決したことを喜ぼう。


「ナツキ。居るか……」


母さんの声だ。

どこか焦燥を感じるが、どうしたのだろうか。

父と何かあったのか。まさか本当にいざこざがあったのではないかと不安になる。

だがしかし、その不安は部屋に入って来た人物を見て吹き飛ぶことになる。


「誰?」

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