第一章
家族
第2話/絶望
凌弥さんには、自宅から離れたところでバイクから降ろしてもらった。
もし母親が起きていたらバイクの音を聞きつけて、床から起き上がりかねない。そんな事をされたらもうお終いだ。
「あ、ありがとうございました」
バイクを降りるのを手伝ってもらい、ヘルメットを返して一礼をする。バイクが怖すぎて、ずっと軽く悲鳴を上げながら、震えていたのは言わないでおいた。
「あぁ…。」
ヘルメットを腕と腰で挟み、自分のヘルメットを外した。怪訝そうにこちらを見る凌弥さんに肩をビクつかせて、慌てて下を向いた。
「お前さ、」
凌弥さんの声に顔を上げる。凌弥さんは前髪を掻き上げながら少し困ったように眉を下げて言った。
「もし、和真のことが気になってんなら…、本当に忘れた方がいい。…ていうか忘れろ。本当に。」
溜め息交じりにそう言って金メッシュの前髪をクシャと掴んだ。気怠そうな瞳に捉えられ、肩を揺らし、心臓を跳ねらせた。
凌弥さんの言葉に胸が締めつけられた気がした
なに、いまの…?
…気のせいだよ、ね?
「は、い」
それに小さい声で、頷いてから「ありがとうございました……」ともう一度お礼を言って、凌弥さんから背を向け踵を返した。家へ向かって走り出した。
ガチャ…、小さく音が漏れる。重い玄関の扉をなるべく音の立たないように開き、家の中へと入る。
真っ暗な玄関に、廊下。家の明かりは全て消えていた。
そんな暗闇に心の中でホッと安心した。
頭の中に襲いかかる言葉
それを気にしないために頭を振る。
カタン…
ゆっくりと足を進めて自分の部屋を目指す。
部屋は一階の隅にあるため、リビングを通らなければならない。
暗闇の廊下を手探りで進み、フラフラとしながらでもなんとかリビングと扉のドアノブを掴むことができた。
カチャン…と、リビングの扉を開けた。
「っヒッ………!」
扉を開けて、何気なく入った。そして顔をあげた途端、肩が震えた、軽く飛び上がった。
目の前の光景に
体の芯から震え出す。
「………何時だと思ってるわけ?」
「お、おか…ぁさん…」
そこにはリビングのソファに腰をかけていた母。
扉から入ってきた私静かに睨み上げる母。その低い声に肩と足が、小さく震えている。
「ご近所に見られたらどうすんのよ?タダでさえ、アンタのせいで評判悪いのに。なんでこっちまで悪く言われなきゃなんないのよ?ねえ。」
大きな溜め息とともに、重くのしかかる言葉。私は顔を見ることもその言葉に頷くことも出来ずに、ただ震えていた。
「ねえ、考えたことある?アンタのせいでこつちまで迷惑するってこと。こんな時間に出歩いて、アンタも所詮アバズレね。」
饒舌にそう言う彼女の声には怒りが満ち満ちていて。
ユラリと揺れた母はソファーから腰をあげて迫ってきた。
恐ろしさから声も出ないまま、ただ足が震える。
迫って来る母に耐え切れなくなって、自分の部屋へ逃げようと慌てて走り出そうとした。
母に背を向けた瞬間
「ん、ぐッ…!!」
背中を蹴られた。食卓の椅子にぶつかって転んだ
「うるさい」
椅子にぶつかった音が家に響いた。
それに文句を言う母に背後から髪を引っ張り上げられる。
「や、めっ!痛い!痛い!」
「うるさいっつってんのよ! 」
悲鳴にイラついた彼女に、強く背中を殴られる。一瞬、息が詰まり、苦しかった。
あぁ、なんでこの人こんなにイラついてるんだろ
殴られながらも、顔を上げて。
食卓の上を見れば一つ、夕食が残っていた。
あぁ、あの人が帰ってきてないんだ
納得したそれに殴られるのを避けようと、母から逃げるために身をよじる。
「ねえ、ねえ!!なんでいるの?生まれたの?なんであんたなんかが生まれてきたの?あんたがいなければ、あんたなんかがいなければ」
狂った様に繰り返す母、こんな言葉いつものことだ
「あんたがいなければ、家族三人で平和に暮らせれてたのにあんたのせいであんたのせいであんたのせいで!!」
「~~~っ」
またも髪を引っ張り上げられ、背中を殴られる。顔を床に打ち付けられる。口の端が切れて、痛い。
静かにしないとあの子が起きてきちゃうよ、眠い目を擦ってお母さん?と甘えた声であなたを呼ぶよ。
可愛い可愛いあなたの息子、あの人とあなたの息子。
お願いだからもう離して………っ
心が苦しくなる、辛くなる、暗闇に染まる。
鼻から血が出る。床に何度も打ち付けられたせいだ
「痛い!痛い!放してよ!」
耐え切れなくなってバッと勢いよく母の手を懇親の力で振り払う。
ドタンッ…、音を立ててストレスでやせ細った母の体が上から退いた。
「なにすんのよ…」
低い声で呻き睨む母が起き上がる前に、急いで部屋へと逃げ込んだ。
鍵を占めてイヤホンを指して、音楽を大音量で流す。
部屋の前で母が何か叫んでる、部屋の扉を開けようとしている。部屋の扉を殴っている音も、音楽を大音量で流してるため聞こえない。
ボタボタと溢れ出す鼻血を手で押さえる。
顔を傷付けないでよ
キズが残るでしょ
こんな顔じゃまた学校行けなくなるじゃん。
…まあ、学校なんて行こうとも思わないんだけど。
夜は眠れない
眠れば夢を見る。
あの人に殴られる夢、
あの人に殺される夢、
あの人のために自殺する夢、
あの子を殺す夢、もうそんなの見たくない。
眠れない
ただただ音楽を大音量で流して
夜が明けるのをただただ待つ。
この頃はそれに飽きてきて今日は母の目を盗んで外に出た。
”お前、家出たいか?”
「…たいよ」
「…っ出たいよ………っ」
蹲って涙を流す。声にならない声でそう叫びながら
家族なんていらないから
あたしに居場所をチョウダイ
気がつけば手首から血が溢れていた
あぁ、またやってしまった
カッター刃に赤い血がこびり付く。
私は母と父、そして弟の四人家族。
「行ってきます、お母さん」
黒いランドセルを背負った男の子が笑う。
「いってらっしゃい、まーくん。気をつけて帰ってくるのよ?」
ニコニコと笑う母が頭を撫でる。手を振って男の子が玄関から出て行くのを見送る。
”まーくん”
少し開いた自分の部屋の扉からその光景が見えた。
また長い一日が始まろうとしていた
男の子、弟である将輝(マサキ)を見送った母。
食卓の上に置き放しになっている昨日の夕食を見て、溜め息をついた。徐ろにそれを掴んだと思えば生ゴミの袋の中へそれを荒々しく捨てた。
「……………」
それを扉の隙間から見ていた。
時計を確認してベッドの上に戻り、身を縮こませる。母が仕事に出るまであと少しだけ時間がある。
「ちょっと!」
ガアン!という派手な音と共に扉が開けられた
「…なに」
「もう仕事に行くから。あんた学校に行くのかなんなのか知らないけど、洗濯物と食器洗いあとゴミ捨て全部やっといてね」
そう言って踵を返して母は部屋を出ていく。
きっとその内学校に行くこともできなくなるだろう
母に任された家事を全てやり終えたら外に出よう
そう思ってシャワーを浴びに浴室へ向かった。
服を脱げば身体中に残る無数の痕。
またキズ増えたな…
傷跡に染みるシャワーの水
「…………ぁ」
腕にあった無数のキズ。瘡蓋になったものも、キズとして残ったものも特に処置もせずにすべて放置していた。
絆創膏…
腕や足、無数にあったキズの中の数カ所に絆創膏が貼られていた。
”家族か?”
脳裏に和真さんの顔と和真さんが言った言葉が蘇る。
「っ、」
こんなの家族なんかじゃない
あんな人たち家族なんかじゃない
ガン!と風呂場の壁を叩いた。
シャァァァァ………
シャワーの水があたしの体を流れていく。
あたしの頬にも一つの雫が流れてシャワーの水と混ざった。
風呂場の床へポツン、とおちた。
シャワーを浴び終え、髪を乾かした後、母に任された家事を全てやり終える。
「そろそろ、出掛けようかな」
と、その時ガチャ、と玄関の扉が開く音がした。
?
こんな時間に誰?
少し怯えながら玄関の方へ向かう。
「…お、おとうさん?」
「…あ?」
ビクッと体を揺らす。
なに、
フラフラとする足取りで玄関から上がってくる。
酔って、る?
「クソが……」
え?
ボソリと何かを呟いたそれをあたしは聞き返す。
ガアン!!!
玄関の近くの壁が派手な音をたてる。黒髪は乱れ、スーツもクシャクシャ。いつもとは正反対のあたしの父の姿にあたしは狼狽えた。
こんな時間に帰ってきて仕事はどうしたんだろう?
そんなことを思って様子がおかしい目の前の男を凝視した。
あたしの母は目の前にいるこの男と再婚した。
だからこの人はあたしの義父にあたる。
「何見てんだよ…」
ビクッ、父の声にあたしはビクついて一歩下がる。
「あぁ? オイッ!!」
「っ!!」
ガアン!!!!
胸倉を掴まれる。リビングの中へ投げられ、あたしは派手にソファにぶつかって倒れた。
…痛い、
昨日の夜も母に殴られたっていうのに、また今日も殴られるのか。
男の方が力強いから嫌なのに、
この男もあの女もあたしを言葉で罵倒し、殴り、蹴り、踏む。
もうそれが始まったのがいつからかなんて覚えてない
今日もまた殴られるのだと思った、
だけど、今日はいつもと父の様子が違った。
「あのオンナめ…ふざけやがって…」
「っ!?」
朦朧としている父がスーツのネクタイを抜き取る。
カバンをバン、と地面に叩きつける。その音にあたしの肩が揺れる。もう何もかも全て条件反射だ。
父に胸ぐらを掴まれて投げられ、ソファーにぶつかった時に体を打ってしまい起き上がることができずに父を見上げていた。
「ふざけんじゃねぇえっ!!」
バッ…、嫌な涼しさが体に触れた。感覚が気持ち悪くて今の光景に目を見張った。
「っ!!??」
徐ろに父が怒鳴り、その体の上に跨る。拳を振り上げられたとわかった時には、もう遅くて。
何が起こってるのか理解出来てなかった。
バシッ、と鈍い音と共に頬を殴る。
「……っ、っひ!ッイヤ!嫌だ!やめて!!」
「ウルセエッ!!」
音が響いた頬を叩かれたことがわかった。
そこがヒリヒリとして痛みを生み出す。殴られてしまえばもう恐怖から抵抗なんてできなくて。
痛い、痛い、痛い、!
怖くて、父の腕を掴み抵抗するがやはり女の力が適うわけもなく簡単に振り払われる。そしてまた殴られる。
血走った目がこちらを見下ろして、また拳を振り上げた。ゾッとして体中に鳥肌がたつ。気持ち悪さと恐怖か体中を襲う。
「イヤァッ!!イヤッ、ヤッ!!」
「ウルセエッ!!黙れっつってんだろ!!」
また?また?なんでまた?
助けて助けて助けて助けて
たすけてっ!
もう嫌だ、もうこんなの嫌だ
痛い、痛い痛いくるしい、くるしい苦しいよ
そう思って手を伸ばす、それさえどこにも届かない
上に跨って、殴りかかる父…いや、狂いに狂ったただの男の息
「イヤァッ!痛い、痛いっ…イ、ヤアアア!」
たすけてっ…!
その瞬間、脳裏に彼が浮かんだ
金髪に、茶色の瞳。短い髪から覗いた光るピアス
助けて和真さん
そんな心の声も届くことはない。
「っっ、いやぁぁ……!」
だけど助けに来る人なんて一人もいなくて腹、足、腕、どこもかしこも傷だらけになった。
もう瞼を開けることさえしなかった。
その夜はまだ肌寒かった。
あの後、横で気を失う…眠る父から逃げるようにしてシャワー室に隠った。
殴られた体をいたわることもせず、削る様に洗い、脱衣所に散らばる服を掻き集め、父にバレないように外に出た。
ボロボロになった服のまま、遠出は出来ず近くにあった公園の隅に隠れるようにして座っていた。
段々と日が沈み、夜がやってくる
この公園はいつも人気がない。
それもそのはずだあるのはベンチだけの小さな公園。
周りに植えられている木々は手入れされていないため、無造作に生えている。
木々に覆われ陽の光が入らないから暗い。
だから子供は寄り付かない、小さい頃はこの公園が怖くて嫌いだった。
住宅街から外れたこの公園。
街のネオンの光が見える。
未だにガタガタと震えるあたしははだけていた服をなんとか手繰り寄せて乱れていながらもその服を着用している。
こんなとこ…また昨日みたいな人達に見つかったら…
そう思ってゾッと身震いする
もう嫌…
自分の膝を抱え込むように座る。震える手と体、自分の膝に顔を埋め体を抱きしめる様に握った。
父からの暴力のせいで体に疲労を感じていた私はその場で意識を失うように眠り始めた。
父と母が再婚したのは数年前
母は若くして私を身ごもった。だが実の父親はそれを認めず母から逃げるようにして行方を暗ましたらしい。
母と二人の生活は金銭的には苦しかったが、母との仲は良好だった。女二人で助け合って生きてきた。
母が今の父と再婚するまでは。
父は母が働いていた店のお偉いさんで結構高い役職に就いていた。
母は父と結婚し、会社を寿退社した。
そして少ししてからパートを始めた。
はじめは母と父、そして私の関係はとてもいいものだった。
素直に”お父さん”と呼んだし、なんの違和感もなくあの男は女二人だけの家族に溶け込んだ。
そして将輝を母が身ごもってからも将輝が生まれてからも母と父の態度は変わらなかった。
だけど、いつからか
父の私への態度が変わった。
見る目なのか、私の体付きの変化なのか、ジロジロと私を見るようになった。初めはほんの少しの違和感だった。
何をしたというのか、何がいけないのか
意味がわからないまま、父に暴力を振られる日が始まった。
暴力だけならよかった、私が我慢すれば母に黙っていれば、きっと何もバレないから。でも、父は時折帰って来ないようになり、朝帰りが続いた。
それから母の様子もおかしくなった。
父の朝帰りの日は特に。
優しかった母と父は消え、
私のせいだと連呼する鬱病間近のヒステリックな女と
憂さ晴らしに暴力を振るい、夜な夜な別の女のところへ出入りする最低な男が現れた。
毎日のように暴力を振るわれ、殴られ、蹴られ、罵倒された。母からは、食事を用意されてない時なんてほとんど毎日に近かった。
弟の将輝は姉を慕ってくれていたようだがそれは子供ながらの無邪気さ純粋さがあるからで、成長するにつれ、いつ母や父のような大人に変身するかも分からなくなる。
毎日、不安と憎悪と後悔の塊だった私はいつからか学校へも行かなくなった。
母と父につけられた傷を見て、何かと不気味がり遠巻きにし、汚いとイジメ始めたクラスメイトに、それを見て見ぬふりをするだけの腐った教師。
なにもかも見えなくなって、生きている価値なんてあるのかと、ここにいる意味があるのかと、存在意義はあるのかと考え苦悩し、死んでしまいたいと考えるようになった。
しかしいざそうしてみれば死ぬのは怖く、臆病な私は手首を切ることしかできなかった。
母も父もそれを見てもなんとも言わない。
『死んじゃうよ?いいの?』
『私死んじゃうんだよ?』
『ねえ、ねえ、こっちを見てよ。』
そんな言葉を投げかけたとしても。
きっと彼らはなにもしない。
いつもと変わらない。
その度に行為はエスカレートした。
そして、たどり着いたのは
こうして父親に虐待され
逃げるようにして家を出てきた今。
私の人生はもう救いようがない。
なんで生まれてきたのかと
なんで愛されないのかと
誰も私なんていらないのだと
思い始めればキリが無くて苦しくなって。
それと同時に欲望が増してきて
愛されたいと居場所が欲しいと強く願った。
もう嫌だ…こんな家、こんな場所、もう嫌だ
人生をやり直せたら
もっと違う人のところへ生まれていたなら
違う人生が送れるのだろうか。
答えは黒い暗い闇に呑まれたまま、出てこない。
ーーーーーーーーー………
ーーーーーー………
ーーーー………
「ーーー…!」
「ーー…ん!」
「ーーー……かちゃん!」
「ーーー…京香ちゃん!」
肩を揺さぶられ、ハッとして目を覚ました。
「京香ちゃん!京香ちゃん!!大丈夫!?」
『うるせえっつってんだろ!』
「っ、!?」
ハッとして目を覚ました途端、体中に悪寒が走る。自分の置かれている状況が理解できなくて
バシンッ……!!
と目の前にあったものを拒んだ。いきなりのことで気が動転した。
肩を掴み、体を揺さぶっていた手を叩き落とした。
その場から数歩後ずさる様に体を後退させ、自分の体を抱きしめる。何が起きてるのかわからないまま、周りを見渡す。
そこは先程と変わらない公園で。バッと勢いよく前を向いて目の前の男を睨んだ。体中がカタカタ震えて落ち着かない。
「…京香ちゃん…?」
睨む私の目の前にいたのは、黒髪の男。
耳が被る程に長いその髪を垂らしながら、こちらを覗き込んでいる。
「…あ、……ぁおいさん?」
カタカタ震える体を抑えるけどそれは収まらなくて消え入りそうな声を漏らした。
彼の名を呼んだことに、彼は少し安心したのか
「大丈夫?」
「…………」
手を差し出しながらそう声をかけてくる。その問に答えることができず葵さんを凝視する。
「葵!」
すると、葵さんの後ろから聞こえた大きな声。その声に体をビクつかせて睨むようにそちらを向く。
黒髪の男にに金髪メッシュの男が近づく。その金髪メッシュはこちらを認識したあと目を見開いて驚愕の顔を見せた。
「凌弥」
「オイ、葵…どういうことだよ」
ボソリと呟いた彼の言葉は私には届かない。
急な登場に気が動転したまま思考が追いつかず体を震えさすことしかできない。
『シネ!しね!』
『いや!いやだぁぁ!やめて!いやぁっ!』
悲痛な叫びとあの人の荒い息と罵倒の言葉、それが全部脳裏に蘇り、体が無意識に震えはじめる。
遠くから無数のライトが私を照らす。暗かったはずの公園がなにか眩しい光に包まれていた。
「…ないで …………来ないで、来ないでっ」
「オイ、…京香?」
金髪メッシュがか細い声を聞きつけて恐る恐ると名を呼んだ。でもその声は私の意識には届くことはなくて
「いやあぁぁっ!来ないでええっ!」
それに大きく体を揺らし、震えあがり反応するように叫んだ。その叫びに黒髪の男と金髪メッシュが驚いたように肩を揺らす。
「オイ…落ち着け、オイ!」
「いやぁぁ!イタイイタイイタイ!来ないでよ!近づかないで!さ、っさ、わ触んないで!!!」
何を叫んでるか自分でも認識していない。目を見開いて叫び出す私に目の前の二人はどうすることもできずにいた。
「オイ。」
そんな時、低い声が聞こえた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー和真 sideーーーーー…………
「ーーー……ぁぁぁ!」
葵が入っていった公園の中から金切り声が聞こえた。
その悲痛な叫びに俺は眉を顰めて、声のする方を凝視した
なんだ?
バイクに寄りかかっていた俺は、連絡を終えたところだった。
先程、倉庫に戻る途中、葵が何かを見つけてバイクを止めた。公園の中に入っていく葵に俺らは首を傾げた。
仕事を終えたという報告の連絡を入れないといけなかった俺はちょうどいいと、あいつらへ連絡するためにスマートフォンをポケットから出した。
数代止まったバイクに屯る男たち
凌弥が葵のあとを追って公園に入って行った。
葵が「ここで待ってろ」と、他の連中に言い付けて行ったのにも関わらず。
バイクに屯る男たちの大半は煙草を吹かしたり、傷の応急手当をしたりと様々だった。
いきなり響いてきたその金切り声を聞きつけた連中は、一気にそこに立ち上がる。金切り声のする方を睨み即座に公園に入ろうとする奴もいた。
「待て。」
「っ、か、和真さん!けど中でなんか!」
慌てるソイツ等に「わかってる。」と俺はそれを止めて、スマートフォンをポケットにしまってから「ここで待ってろ。」と指示を出して、葵たちがいるであろう公園の中に入った。
公園の中は俺らのバイクの光で照らされていて、おかしな金髪メッシュの頭と女みたいなサラサラの長髪黒髪野郎はすぐ確認できた。
「…?」
だけどおかしなのはソイツらの目の前にいる奴だ
…アイツ
俺はそちらへ進みながら、男二人の前にいる奴を確認する。
「いやぁぁ!イタイイタイイタイ!来ないでよ!近づかないで!さ、さわ、っさ触んないで!!!」
なにかを叫んでる女。その顔は見覚えがあって、少し胸に吐き気と嫌悪感が浮かんでくるのをなんとか飲み込んで声を出した。
「オイ」
「和真!」
黒髪の男、葵がなにか焦った様子で俺を呼ぶ。
金髪メッシュの頭はあの女を見つめたまま、動きやしねえ
「……………、」
金髪メッシュが凝視する女に視線を向ける。凌弥から少し離れたところにいる女は何かに怯えるように体を震わしている。
何かを恐るように焦点の合ってない目でどこかを睨む
来ないで触らないでと切羽詰まってる様子で叫ぶ
その姿はどこかアイツと似ていた。
俺は邪念を振り切るようにその女から視線を外して葵を見る。葵も凌弥も、食い入るようにあの女を見ている。
「オイ、葵。コイツどうした」
「わからない。さっきここで蹲ってるの見つけて…」
「声をかけたらこうなった」と葵は困った様に言う。軽い気持ちで声をかけたりするからだ、と軽く心の中で溜め息をつく。
女に視線を向け、よく見ればそいつの服装は酷いもので服は破け、白い体の部位が覗き、生々しい傷が見え隠れしてる。
「…見るにも耐えれねえ。」
誰にも届かない程度の小さな言葉を呟いた俺は眉間に皺を寄せてからそれから視線を外し、踵を返した。
「葵、飲み物。凌弥、テメェはそれ脱げ」
俺が低い声で言った言葉を二人はすぐに理解したらしく。葵は公園の出口に走り、凌弥はゆっくりと女に近づき服の上をかける。
「落ち着くまで放っとけ」
服をかけた凌弥はそれにコクリと頷き、またゆっくりと女から離れた。
女は未だにカタカタと震えていて一人で何かをブツブツ呟いている。
「和真…こいつどうする…」
「…………」
「この格好…」
黙って女を見下ろす俺に「見たらわかるだろ」と顔を歪めて言う凌弥。それに俺はわかってる、と意味を込めて頷く。
一日二日でこれか。
『和真』
…………。
ジャッジャッと砂利を蹴り鳴らす音が後ろからする。
葵が飲み物を持って帰ってきたんだろう。そんな葵を一瞥してから俺は顎で女を指した。
「連れてけ。」
「は!?」
「だって、…」
「コイツは一般人だ。どこのチームのやつでもねえ。」
顎で女をさして言う俺に凌弥も葵も目を丸くする。口を開けて、ありえないとでも言いたげな視線を俺に送る。
葵が後ろから呟くような声で俺に言葉を吐いた。
「和真、マジで言ってんの…」
俺が女を連れ込むのがそんなに信じれないのか。
目の前の女をアイツと重ねているの自分がいる。
だけど、そうせずにはいられない。
「凌弥、そいつが落ち着いたら車で運べ。葵、交代してお前が付き添え。俺は先に戻る。」
「ちょ、ま!れ、蓮さんのところには…」
「今から行ってくる。倉庫に連れていったら葵は曰野を呼んで来い。凌弥は、落ち着かせて寝かせろ。話は明日だ。」
俺はそう言って踵を返して公園の出口に向かった。後ろから聞こえる葵と凌弥の慌てた声なんて全て無視して足を進めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー和真 side endーーーーー……………
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………
「オイ…葵。これ、どういうことだ」
信じられないと言う様に離れていく姿を見て、「和真が女を受けいれるなんて…」と凌弥は動揺した口調で言う。
「わからない…。」
未だにカタカタと震えている京香を葵は視線に移す。それを静かに見下ろしてからもう一度離れていく背中を見た。
「昨日からおかしかったんだ、アイツが俺らの話を聞き入れるなんて!野郎ならまだわかる!けどこれは女だぞ!?アイツが女を受け入れんのか!?」
困惑から苛立っているのか凌弥は髪をクシャクシャと掻き乱す。自分たちが起こしていることなのに、何が起こってるのかわからないと言うように。
「とりあえず、彼女をなんとかしよう。」
そう言って葵は未だに震えている京香に体を向ける。見下ろす黒い瞳には何だか怪しい光が宿っている。
「和真が蓮さんに報告するってことは京香ちゃんの倉庫行きは決定事項だ。」
「アイツ…なに考えてんだ」
凌弥と葵は和真が出ていった公園の出口を視線に移す。
もう一度凌弥は葵に向かって、尋ねるように言葉を吐いた。
「アイツ、女嫌いのはずだろ…」
「その女嫌いの和真が、京香ちゃんを”黒蓮”に迎え入れるって言ってるんだよ?」
「それは………、惚れたってことか?コイツは俺らの”姫”になんのか?」
「さあ…」
凌弥はただただ、眉を潜めて理解できない、わけがわからないと悩んでいた。葵の黒い瞳は何か怪しげに光っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……………
私の愛したあの獅子は。 @maika_01234
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