clap glass
フクロウ
第1話 小雪
「1ヶ月後! 小樽港第3号
そうプロデューサーが宣言してから、月日は流れてもう前日。チリリン、と商店街に吊るされた風鈴が鳴る中、私たち3人はまだイベントのチラシが入ったティッシュを配っていました。
「おおっ、今日も頑張ってるね〜あとでウチに涼みにきな〜アイスコーヒーでもおごってあげるよ〜」
「ありがとうございます」
ティッシュを受け取ってくれたのは小樽駅近くにある商店街の純喫茶のマスターです。私は丁寧に頭を下げると、「いや〜丁寧にどうも。小雪ちゃん、綺麗な黒髪で、ホント日本人形みたいだわ」と笑って商店街に戻っていきました。
ノルマのティッシュは減ったけれど、イベントのお知らせは広げられていません。
私たち──特に私は慣れないティッシュ配りに心身ともに疲れ切っていました。
1ヶ月間、レッスンとともにティッシュを配り続けてきました。高校の放課後すぐに電車に乗り込み、小樽駅から小樽運河に下っていく中央通りに面する商店街のあちらこちらでティッシュを配り続けてきました。
でも、減らない。受け取ってくれません。というよりもなんと言いますか、無視されます。今ならわかるのですが、私たちはまだ全然知られていないのです。知っているのは、イベントに携わる商店街の人たちくらいで小樽に住んでいる人だっていったい何人知っているのか。道行くのは観光客ばかりで知られているわけはありませんでした。
それなのに軽く考えていた私は、最初のティッシュ配りであまりのショックに心が折れてしまいました。ボロボロです。涙を流しながら立ち上がることもできませんでした。海羽さんと千紗さんがいなければきっと二度と街頭に立てなかったと思います。
「かわいいアイドルのライブをやるよ〜!!」「小樽のガラスアイドル! clap glass! みんな覚えてください〜」
遠慮のない海羽さんの元気な声は、いろいろな音が混じる中でも道行く人の耳に届きます。ティッシュを受け取ってくれるだけではなくて、人によっては軽く話をすることも。だけど、まだ苦手意識が払拭できない小さな私の声は、風の音にすらかき消されて誰かを止めることはできませんでした。
「あっ……」
ドンッと向かってくる人にぶつかり、持っていたティッシュを落としてしまう。大変、早く拾わないと──。
「clap glass? ライブ?」
同じ高校生くらいの男の子が、落としたティッシュを拾ってくれました。
「あっ、はい……あの、新しくできた小樽のご当地名物アイドルで、ガラスを──」
上手く説明もできない。小樽のガラスをさらに盛り上げるために新しくつくられたアイドルグループ──そう言いたかったのですが。
「そっか、ガラスだからglassってこと? でも、clapは?」
「clapは……手を叩くという意味です。ライブなどでみんなで一緒に手を叩く──そんなイメージです。ファンのみなさんとともにclapで盛り上げていけたらと」
「なるほど、ね」
興味なさそうな男の子の受け答えに、私は焦って言葉を投げかけました。
「お願いします! 来てください……あの……絶対にいいライブにしますから」
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