影の中で、愛を求めて

@biology25

第1話 影の中で

 山下光希(ヤマシタミキ)は、誰もが気づかないような隅っこで過ごすのが常だった。小さな頃、両親の離婚で家族の形は崩れ、おばあちゃんの元で育てられた。親から愛されることを知らず、愛情の欠片を探し続けたが、どこかで「愛は与えられるものではない」と感じていた。おばあちゃんは温かく育ててくれたけれど、その愛が常に満たされることはなかった。


成長した光希は、愛を求めるその空虚感を埋めるために外見で他人の目を引くことを重視するようになった。美容整形を繰り返し、派手な服を着て、夜ごと男遊びに明け暮れる。そんな生活の中で、他人から注目されることには一瞬の満足感を得るものの、心の中の空虚感は決して満たされなかった。


ある日、光希はいつものように仕事帰りに立ち寄ったカフェで、目に留まる人物に出会う。その男性、松原慎一は、周囲の喧騒にまったく動じない穏やかな雰囲気を持っていた。光希は何故かその姿に引き寄せられ、思わず目を合わせてしまった。


「こんにちは、ここ、空いてますか?」


慎一が静かに声をかけてきた。光希は少し驚きながらも席を譲り、微笑んだ。慎一はコーヒーを飲みながら、何気ない話を始める。光希はその穏やかな言葉に少しずつ心を開いていった。普段の自分とは全く異なる、誰かに優しくされることに慣れていない光希は、言葉に詰まることもあったが、慎一の優しさには無防備になっていった。


「どうして、そんなに優しいんですか?」


思わず口にしたその言葉に、慎一は少し驚いた顔をしたが、優しく微笑んだ。


「優しさは、求められた時に与えるものじゃなくて、ただ与えるものだと思うんです。」


光希はその言葉に胸が締め付けられるのを感じた。自分にはそんな優しさに触れる資格がないような気がした。今までの人生で、人に優しくされた記憶などほとんどなく、そのような感情に触れることが恐ろしかったからだ。


「すみません、急に用事ができたので。」


光希はその場から立ち上がり、急いでカフェを後にした。慎一は驚いた表情で見送ったが、何も言わず、ただ静かに彼女を見送った。


外に出ると、冷たい風が頬を打った。心臓が不安定に鳴り響いていた。慎一の優しさが胸に残り、どうしてもその温かさから逃げられなかった。だが、光希は自分にそうした優しさを許せないという気持ちを振り払おうと必死になった。


その日から、光希の心は慎一のことが気になり始め、しかしその感情に対して拒絶反応が出る自分がいた。彼の優しさを受け入れることができれば、過去の傷を乗り越えることができるのではないかと思う一方で、それを恐れていた。愛を知ることが、彼女にとっては怖かった。


その恐れと矛盾した感情を抱えたまま、光希は日常を過ごし続けた。慎一のことが頭から離れない自分が、次第に彼女の心の中で大きくなっていくのだった。

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