第8話 思い出と決意
秋の夜が更け、家の外を冷たい風が吹き抜ける。四畳半のドアの前に座り込んだ俺は、膝を抱えたまま目を離さねぇ。飯も食わず、風呂にも入らず、何日経ったか分からねぇ。体は重く、足が震える。目がかすみ、暗闇の中で婆さんの声が聞こえた気がした。
「辰、守ってくれてるね」
懐かしい声だ。柔らかくて、優しい笑い声。俺は目を閉じ、頭に浮かぶ過去に浸る。本が好きな不思議な奴だった、婆さんは。難しい言葉を並べて、訳が分からねぇことばかり言うから、「何だそりゃ」と俺が首をかしげると、婆さんはただ微笑んでた。強面で頑固で、人付き合いが苦手な俺を、婆さんはいつも助けてくれた。
近所との揉め事を仲裁してくれたり、息子が生まれた時も、俺が慌てちまったのをそばで落ち着かせてくれた。婆さんがいなけりゃ、息子夫婦とも、ミナとも家族になれなかった。俺はつまらん男だった。口数が少なくて、笑うのも下手で、婆さんに迷惑ばかりかけてた。それでも婆さんは文句一つ言わず、五十二年も付いてきてくれた。
「辰は頑固だからね」
笑ってた顔が浮かぶ。あの笑顔にどれだけ救われたか。感謝してるよ、婆さん。だから、最後に言い残した「部屋には入らないで」を、これだけは守らなきゃならねぇ。
目を開ける。暗い家の中、四畳半のドアがぼんやり映る。体は衰弱しきって、冷たい汗が額を伝う。足が痺れて動かねぇ。それでも俺は呟く。
「婆さん、誰も入れねぇよ」
この部屋には婆さんの大切な財産がある。周りの奴らが狙ってる。婆さんが俺に守ってほしいって信じたんだ。
俺は震える手に力を込め、膝に鞭を打つ。立ち上がり、ドアにもたれる。
「この部屋には誰も近づけさせねぇ」
婆さんの笑顔が頭に焼きついて、俺を奮い立たせる。家の外で風が枯れ葉を散らし、閉ざされたセカイの中で、俺はただ守り続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます