第一章 第二話 次にすること。
そして、今日から私は華子になった。
それが、今さっきの出来事。
話が唐突だけど、私は華子にならないといけない。
なぜか?
それは、わからない。
けど、多分、母のあの目と、それに、何より…
この事件のことは、既に早くからマスコミが聞きつけており、今日の夕方にでもテレビなどで情報は流れるであろう。
女優の櫻井美郷さんと娘の華子さん、葉子さんとマネージャーを乗せた車が、車線を飛び出し突っ込んできた車両と衝突。
そのうち、櫻井美郷さんと櫻井葉子さん、マネージャーの北田君子さんは軽傷。
櫻井華子さんは、死亡しました。
こんな感じのニュースが本来流れるであろう。
けれど、これではだめだ。
(華子は、ここに居るんだから)
「はい。私、櫻井です。はい、華子と葉子の母ですが…亡くなったのは、華子ではなく、葉子、なんです…はい…こちらの手違いで…」
このことに気付いていた母は今、色々な記事会社やテレビなどに電話をかけていた。
それに応じて、この撤回に疑問を持つ者も現れるかもしれないが、心配はいらない。
双子の姉妹、華子と葉子は顔立ちがとても似ており、見分けることができたのは、今まで母とマネージャーの北田さんのみ。
手違いとでも理由を付ければほとんどが納得するだろう。
それより、日本、海外でも多く活動する女優の一家が被害者となる事故が起こったのだから、言い方は悪いが、あまり気にはならないだろう。
「あ、よう、ちがう。華子ちゃん!」
電話の合間を縫って話し掛けたのか、北田さんの忙しない声が私を呼んだ。
(北田さん…バレるのは早そうかも…)
「どうかしたの?」
「えーと、美郷さんが車で待っててって言ってますよ?」
(車…)
「、いや、私は外で待ってるね...だから、気にせずに…」
「そうですか、わかりました。」
それから、母たちの電話がひと段落し、三人は車に乗って帰路についていた。
そして、その車内で今さっき話をしていたニュースがちょうど流れていた。
(仕事が早いんだね...)
{今入ったニュースです。
昨日三日、東京都内で発生した交通事故により、女優の櫻井美郷さんとその双子の姉、櫻井華子さん、櫻井葉子さん、そしてマネージャーが乗車していた車が、対向車線から突っ込んできた車に追突されました。}
ニュースキャスターの淡々とした言葉に、私は胸が痛んだ。
母も、北田さんもそうだろう。
そして、
{この事故で、櫻井葉子さんが亡くなられました。}
この瞬間から、本当に私は華子になる。
{事故を引き起こした車を運転をしていたのは、都内在住の会社員、堀内太一容疑者、飲酒運転をしていたことが判明しています。警察は現在堀内容疑者を逮捕し、詳しい事故の経緯を調査しています。}
(今頃、ネットは大騒ぎかな。まぁ、事故を目撃してた人もいるかもだけど、まさか私たちだとは思わないでしょうね。)
「華子。これから、大変になるわ。けど、決して秘密を明かすようなことはしてはいけないわよ?」
隣から母の厳しい声が、聞こえる。
「分かってるよ。」
それに私は、まるで華子のように返した。
顔も、声も、ほとんど同じ。
それで華子の仕草をしてしまえば、さすがの母も少し顔をひきつらせた。
だが、それもすぐに戻って、母は窓の外に目をやる。
「私、何か変かな?」
あなたが、華子になることを望んだんだからね?
「っ、いいえ。任せたわよ。」
今の私の言動に、車を運転していた北田さんも何事かと振り返る。
「もーお。北田さん、前向かないと危ないよ。」
「…華子ちゃん…うん、ごめん」
(葉子ちゃん、どうしたんだろう…あんな、一日で、)
自宅に着くと、北田さんは車を駐車場に止めるため、先に私たちを下ろした。
「そうだったわ。」
突然と母が私に向き直って口を開いた。
「事故のことで、カウンセリングを受けないといけないらしいわ。」
(カウンセリングか…)
「そうなんだ~けど別に私大丈夫だよ?」
「いいえ、空いている日に予定を合わせておくよう北田さんに言ってあるから、ちゃんと行きなさい」
(やっぱり、心配してるのかな?)
「もう、わかったよ~。ちゃんと行くから。」
それから私は、振り払うように母の言葉を遮って、家の中に逃げ込んだ。
その時、一度振り返って見えた母の顔は、悲しげで、切なく見えた。
「危ないとこだった…」
私は一人、自分の部屋でつぶやいた。
「華子はいつもこんな調子だけど、疲れないのかな?…」
葉子は昨晩、これまでの華子を思い出して、すべてを書き出し、癖や口調、性格などをまとめて、今日、再現してみせた。
もちろん、まだ遠いところもあるが、テレビに復帰するころにはすべて完璧にするつもりだ。
「それにしても眠い…今日は早く寝よう。」
華子(葉子)はベットに倒れこむ。
昨日の睡眠時間は1時間程度で、当然眠いわけだ。
「手か私、素が出てる…一人の時でも華子を保っておかないと…ね.…」
{あー!葉子!勝手に食べたね!?私の、みかん!せっかく冷蔵庫に入れておいたのに!}
{だって、食べたかったんだもん。仕方ないでしょ}
{何言ってんの!あれはせとかのみかんなの!おいしいやつなのに!}
{もお、二人ともまた喧嘩?葉子、華子に謝りなさい。華子にはまた買ってあげるから}
{言ったね!絶対買ってよ!てか、葉子逃げない!謝ってよ!}
{あー、はいはいごめん。}
{なにそれー!ちゃんと謝ってよ!目をみてね!}
{あー、ごめん}
{ちょっとー!?}
「っ、あれ?」
体を起こして飛び起きると、カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいた。
そして、目には涙が溜まっていた。
「なんで…?」
(私は、自分が、わからない…!)
それから私は、沈んだ気持ちを引っ込めて身支度をすませ、自分の部屋を後にする。
既にリビングには母が居り、ちょうど朝食をとっているところだった。
「早く、食べちゃいなさい。」
「うん、わかった~」
椅子に座って、手を合わせる。
「いただきまーす。」
これが、これから過ごしていく日常。
櫻井家の演技派女優 AMAMINE @KURODATUKI
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