霊討喰頻 ~霊を喰い殺す男~

結城からく

第1話

 その日の夜、俺は事務所でぐったりと倒れていた。

 全身に力が入らず、虚ろな目で天井を眺める。


「腹減った……」


 出入り口の扉が開いた。

 現れたのはゴスロリ服を着た化粧の濃い女だ。

 彼女は助手の相沢である。

 相沢は印刷された用紙をひらひらと振って俺に報告する。


「黒藤さん、依頼ですよ」


「霊か!」


「霊です」


「美味そうか?」


「それは自分で確かめてくださいよ」


 相沢の手から用紙をひったくって斜め読みする。

 その間に相沢は事務所から出た。

 扉を閉める際、彼女は俺に言う。


「とにかく、すぐに出発したいんで五分で準備してください」


「わかった」


「建物の前に集合でお願いしまーす」


 用紙をポケットに仕舞った俺は仕事の支度を始めた。

 今回使いそうな物をさっさとまとめて事務所を出る。

 階段を下りると、駐車場で相沢が待っていた。

 相沢は頬を膨らませて文句を垂れる。


「遅いですよー」


「まだ五分経ってないぞ」


「美女を待たせたペナルティーです。夕ご飯奢ってください」


「断る」


「そこをなんとか!」


 懇願する相沢を引っ張って出発する。

 俺は尚もめげない相沢に尋ねる。


「このまま現場に向かうのか」


「いえ、先に夕ご飯です」


「お前……俺に奢らせるために連れ出したのか」


「そうに決まってるじゃないですか。先輩なんですから財布の紐を緩めていきましょうー」


「ったく……」


 こういう時の相沢が意見を曲げないのはよく知っている。

 議論するだけ無駄だ。

 早々に理解した俺は、近くの牛丼屋に赴いた。

 ここの牛丼が相沢の好物なのだ。


 スキップしながら入店した相沢は慣れた様子でタッチパネルを操作する。


「私はポン酢トッピングにしますけど、黒藤さんはどうします?」


「普通の奴の大盛りでいい」


「卵とかいらないんですか?」


「……じゃあ温泉卵で」


「はーい」


 相沢は俺の分も入力して注文した。

 牛丼は間もなく届いた。

 俺は温泉卵を混ぜた牛丼を口に掻き込んでいく。

 しかし心身が満たされる感じはいなかった。


(味気ねえな……)


 牛丼は悪くない。

 俺が偏食なのが原因である。

 実際、目の前の相沢は幸せそうに牛丼を頬張っていた。

 よほど美味いのか「これでワンコインとか反則ですよね」と呟いている。


 俺の箸があまり進んでいないのを見て、相沢が俺の牛丼に紅ショウガを盛ってきた。

 しかも牛肉が見えなくなるほどの量を容赦なく載せてくる。

 俺は相沢を睨む。


「おい、何してんだ」


「黒藤さんが物足りなさそうだったので足してあげました。褒めてください」


「勝手なことすんなよ」


 相沢を叱りつつ、紅ショウガ山盛りの牛丼を食う。

 ……刺激が強まった分、さっきよりマシになった気がする。

 しかしそれを素直に言うと、相沢が調子に乗るので黙っておく。


 そうして夕食を済ませた俺達は店を出た。

 俺は相沢に確認する。


「今度こそ現場に行くのか」


「いえ、私は先に地元への根回しとか交通規制の要請に行ってきます。現地集合にしましょう」


「は?」


「集合は深夜三時。場所は七原峠です。依頼の概要は後で連絡しますね。ではではー」


 早口で言い終えた相沢は、颯爽と走り去っていく。

 なるほど、今の時間は本当に夕食を奢らせたかっただけらしい。

 実際の仕事はもっと遅い時間だったというわけだ。


(あいつ……俺を舐めてやがる)


 苛立ちを覚えるも、あれが相沢のキャラだ。

 どうせ叱ったところで反省はしない。

 ずっと怒っているより、さっさと忘れて気持ちを切り替える方が建設的であった。


 俺はスマホの地図アプリで七原峠を確認する。

 最寄駅から徒歩で向かえば、ちょうど三時に着きそうだ。


「仕方ねえな……」


 ため息を吐いた俺は、ひとまず駅に向かうのだった。

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