第12話 生徒会での出来事

 今日は先週の生徒会会議で予告されていた笹の設置と本格的な七夕イベントの準備の日である。篠原さんも手伝おうと生徒会室に来ていた。


「まず先週お願いした短冊の回収から始めようか。全員ちゃんと書いてきたか?」


 桜庭会長がそう言うと、生徒会のメンバーは様々な表情を浮かべた。

 書いてきた、と頷くもの。忘れていた、と顔をハッとさせるもの。書いてこなかった、と申し訳なさそうにするものなどだ。


「御門は何書いてきたんだ?」


「そんな大したことは書いてないよ」


 そう言って御門は俺に短冊を見せてくる。

『会長にもっと気に入られますように』と書かれていた。


「これは大した事ないのか⋯⋯⋯⋯?」


 俺は独り言のようにそう呟く。


「鳴海くんは?」


 俺は御門に短冊を見せる。


「今の日常がこれからも続きますように、か。すごくいいね」


 可もなく不可もなくといったところだろう。

 匿名とは言え人目に着くし、思い切ったことなんて俺に書けるはずもない。


 その後、短冊は会長に回収された。

 結局篠原さんのお願いは分からず終いだ。


「よし、じゃあ本格的に作業を始めよう。まず笹の設置班と短冊の制作班に別れてくれ。笹の設置は人手が多い方が助かる。短冊の制作班は出来れば飾り付けも作って欲しい。それと恐らく制作班の方が早く終わるはずだ。だから終わり次第、作った飾りを笹の設置場所である玄関前に持って行って欲しい。私も手伝う予定だったのだが悪い。部活の活動報告の会議が今日になってしまった」


 桜庭会長の言う活動報告の会議は、月に一度、全ての部活の部長が集まり、生徒会に活動報告をするというものになっている。

 その内容によっては来年の予算が変わることもあるそうだ。

 六月に入ってそれほど日は経っていないので、今日入ってもおかしくは無い。

 生徒会からは副会長である花城先輩を除いて、他の役職のものは会議に参加する事になっている。


「申し訳ないが、ここから先は全て渚に任せて私は会議に行く。渚、頼んだぞ」


「りょうかーい」


 桜庭会長は生徒会室から去って行った。


「それじゃあ作業を始めよっか。まずは設置班か制作班、どっちがいいか手を挙げてね。人数によっては何人かもう片方の班に移ってもらう事になるけど」


 俺的には篠原さんと一緒に仕事がしたい。

 彼女はどっちにするんだろうか。


「それじゃあ設置班がいい人―――」


 大半の男子は設置班に手を挙げていた。

 先週の短冊作りの様子を見て、察してはいた。

 御門も設置班の方に手を挙げていた。

 篠原さんは上げていない。


 花城副会長は手を挙げた人数を数えていく。

 パッと見、半分より少し多いくらいだろうか。


「⋯⋯⋯⋯残りの人は制作班でいいのかな?」


 花城副会長はみんなの顔を見渡しながらそう言う。全員の同意を確認し、彼女は口を開けた


「じゃあこれで別れて作業を始めていこっか。私は設置班の方に行くから、製作班の方は任せたよ」


 笹の設置場所などを理解しているのは、役職のある4人くらいだ。

 花城副会長は設置班を連れて生徒会室を出て行った。


 残ったメンバーで短冊や折り紙で飾りを作る作業を始める。篠原さんは無言でどんどんと折っていく。

 ほんとこういうの得意だよな。

 もしかしたら春斗くんとかもいるし、良く折り紙折ってあげてたのかもな。


 一方の俺は不器用なせいで、上手く折れずにいた。


「貸しなさい」


 そう言って隣に座る篠原さんが俺の折っている最中の折り紙を取った。


「ここは縦じゃなくて横に折るのよ―――」


 そう言って折り方を教えてくれる篠原さん。

 その時の彼女はいつものような穏やかなさはなく。まるで初対面か、顔見知り程度の人と接しているような少し硬い感じだった。

 そこまでして俺に折り方を教えるほど、俺の折り紙センスは絶望的だったのだろうか。


 それから数十分折り続け、少し終わりが見え始めていた。


 そんな時だ。


 コンコン、と生徒会室のドアをノックする音が聞こえガチャと少し乱暴に扉が開いた。


「あ、あの⋯⋯⋯テニス部の者です⋯⋯⋯」


 少し焦り気味な少女がそう言う。

 俺は彼女を知っていた。というか同じクラスだ。亜麻色のロングヘアーと整った容姿の持ち主である七瀬さんだ。


 彼女はまるで誰かの探すようにして生徒会室を見渡し、独り言のように呟く。


「副会長さんいない⋯⋯⋯⋯」


 そんな挙動不審な彼女に対して、最初に口を開いたのは篠原さんだった。


「どうしたの七瀬さん」


「あっ、篠原さん。えっと、その⋯⋯⋯⋯助けて欲しいの!」


 そう言って篠原さんに詰め寄る七瀬さん。

 何だか彼女から来る圧は他の人とは違う。圧倒的陽のオーラを目の前にして、篠原さんは少し戸惑っている。


「た、助けて欲しいというのは具体的にどういう事なの⋯⋯⋯⋯?」


「あっ、その説明をしなきゃだね。先走ってごめん」


 そうして七瀬さんは事の経緯を話し始めた。


「今日ね。テニス部が事前にグラウンドの半分を予約してたの。でもさっきグラウンドに行ったらサッカー部がフルコート使ってて、それで副部長がサッカー部の副部長に何でか、聞いたの。そしたらフルコート取ってる、って言ってきて。⋯⋯⋯それで予約の確認をしに行ったらサッカー部はグラウンドの半分しか取ってなかったんだ。それを副部長が指摘したら、サッカー部の副部長がミスだから譲れ、って言ったんだよ。元々テニス部とサッカー部って副部長同士が喧嘩別れしたカップルだから、すごく仲が悪いって有名なの。それでお互い譲れないのか、ヒートアップして今すごく揉めてるんだ。でも私たちじゃ止めれそうになくて。それで生徒会の人に仲裁をお願いしに来たの⋯⋯⋯⋯⋯。無理なお願いだって事は分かってる。でもお互いを貶しあってる先輩たちをどうにかして止めたいの。だからお願い、力を貸してください」


 七瀬さんは真剣な顔でそう言った。


 部活を管理しているのは生徒会だ。

 なのでこういった揉め事の対処も生徒会の仕事の一つ。だがこういった事は下っ端ではなく、基本的に役職持ちの先輩たちがやる事だ。

 だが運の悪いことに活動報告の会議で花城副会長以外はいない。テニス部とサッカー部が揉めているのも部長がいないからだろう。

 ここは花城副会長に任せるべきだとは思う。

 だが副会長は設置班の指示で忙しくしている。

 手が離せない可能性だってある。


「えっと⋯⋯⋯⋯」


 篠原さんもそれを分かっているのだろう。

 返答に迷っていた。


「お願いします⋯⋯⋯⋯」


 七瀬さんは頭を下げてそう言った。


 あの焦りようからして相当激しい言い合いになっているのだろう。

 同じ部活のメンバーでも止められないから、生徒会を頼ってきた。


 俺たちが手を出してどうにかなるのかは分からない。だが少なくとも生徒会が出てきた、となれば少しは冷静さを取り戻すだろう。


 俺は立ち上がり、七瀬さんの元に向かう。


「分かった。とりあえず俺が行くよ。篠原さんは花城副会長に報告してきて」


「ほんと! ありがとう! ⋯⋯⋯⋯えっと⋯⋯⋯⋯」


 そう言って俺に詰め寄る七瀬さん。


「鳴海悠です⋯⋯⋯⋯」


「鳴海⋯⋯⋯⋯あっ、ごめん。もしかして同じクラスだった?」


「あっ、うん。そうだよ」


 やっぱり認知されてなかった⋯⋯⋯⋯。

 俺は悲しい気持ちでいっぱいになった。


「ねえ鳴海くん。私も付いて行って良いかしら?」


「どうして?」


「花城副会長への報告は誰にでも出来る事でしょ。でも揉め事の対処は簡単じゃないわ。多分鳴海くんは生徒会が出たらお互い冷静になると思ってるでしょ?」


「ああ⋯⋯⋯⋯」


 心読まれた。


「確かに少しは冷静になると思うけど、そこからはどうするの?」


「それは⋯⋯⋯⋯⋯」


「揉めている時点でお互い譲る気は無いって事でしょ。ならテニス部とサッカー部、両方の意見を聞いた上でお互いが納得する答えを出さない限り収集はつかないと思うわ。なら一人より二人で行った方が良くないかしら?」


「⋯⋯⋯⋯⋯確かにそうだな。悪い、篠原さんも付いてきてくれ」


「もちろんよ」


「二人ともほんとにありがとう」


 七瀬さんは深く頭を下げてきた。


 花城副会長への報告は制作班の一人に任せた。

 俺たちは七瀬さんの後に続き、グラウンドへと向かう。


 その道中、篠原さんが俺の手をトントンと叩いてきた。

 俺は彼女の方に視線を向ける。


 彼女は俺に聞こえる程の大きさで言った。


「ありがとう鳴海くん。さっきは間に入ってくれて」


「でも結局、篠原さんにも頼ることになったし。ノープランで発言したのバレてちょっと恥ずかしいくらいだ」


「でも私は嬉しかったよ」


 そう言う篠原さんは優しい笑みを浮かべていた。

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