第11話 映画
「―――映画?」
週明けの月曜日。
俺はお昼に篠原さんを映画に誘ってみた。
「ああ、バイト先の店長が面白いって言っててさ、俺もちょっと気になったんだ」
「何ていう映画?」
「『星の誓い』ってやつ」
「何か聞いた事ある気がするわ⋯⋯⋯⋯」
そこそこ人気な映画なので、テレビのCMとかでちょくちょく流れている。
名前くらいなら聞いた事があるのだろう。
「もし良かったら見に行かないか?」
篠原さんは目を大きく見開いていた。
そんなに驚く事なのだろうか。
「そうね。良いわよ。ちょうど今日はバイトもないし、お母さんも休みだから、春斗のお迎えも任せられるわ」
「なら、今日の放課後見に行くか」
「ええ、そうしましょ」
こうして放課後に篠原さんと映画を見ることに決めた。
※
放課後。
俺たちはのんびり帰り支度をして、生徒が少ない時間を見計らって学校を出た。
映画は隣町にあるショッピングモールで見ることにした。
学校から近いと、顔見知りの生徒と会う可能性があるからだ。
「鳴海くん、バイト先の店長と仲いいの?」
「ああ、そうだな。少し変わってる人だけど、優しいし俺は嫌いじゃないよ」
「そう。女の人?」
「ああ」
「⋯⋯⋯⋯そう」
少し素っ気ない態度でそう言う篠原さん。
そうして数十分歩き、ショッピングモールにある映画館に着いた。
まずは席を取る必要がある。
「篠原さんは後ろか前、どっち派?」
「後ろね。見やすいし」
「なら、後ろにするか。俺も見やすい方が良い」
上映までそれほど時間は無いため、席はそこそこ埋まっている。一番後ろの席は全て予約済みだ。なのでその一つ前の列の席を二つ予約した。
座席の券を持ち、次はポップコーンを買う事にした。
「ポップコーンは何味?」
「キャラメル一択ね」
「飲み物は?」
「コーラかしら」
「甘々だな」
「こう見えて私、甘党なのよ」
俺はポップコーンと飲み物2本の付いた、ペアセットを注文した。飲み物は俺もコーラにする事にした。
ポップコーンと飲み物を受け取り、俺たちは映画館の中に入る。
座席に着き、映画が始まるのを待つ。
「こういう映画を見るのは久しぶりだわ」
「そうなんだ」
「ええ。いつも見るとしたら仮面ライダーとかだもの」
春斗くんの付き添いか。
確かにこういう映画は見ないかもな。
「⋯⋯⋯⋯それにしてもペアセットのポップコーン、意外と量あるわね。食べ切れるかしら⋯⋯⋯」
篠原さんは自分の膝に乗せてある、入れ物からはみ出しそうな程に入っているポップコーンの量を見て、少し不安そうな表情を浮かべた。
「余ったら俺が食べるし、多分いけるよ」
「余ったら⋯⋯⋯⋯。一緒に食べないの?」
そう言って首を傾げる篠原さん。
「いやいや、俺も食べるよ。ただ上映中は食べなくても大丈夫ってだけだ」
「そう⋯⋯⋯⋯」
すると篠原さんはポップコーンを一つ掴み、自分の口に運んだ。
「甘くて美味しい。⋯⋯⋯鳴海くんも食べなさい。まだ映画は始まらないし」
篠原さんの言う通り、スクリーンには予告CMが流れている。
「じゃあ貰うよ」
俺も一粒手に取り、口に運んだ。
「うん。美味い」
この分ならいけそうだな。
俺は映画の上映中は、見入ってしまうのであまりポップコーンに手が伸びない。
なので見終わって、余ったやつを貰おう。
そうして映画が上映された。
柊さんから聞いていた感じでは、戦争の話なのでシリアスな感動作品だと思っていた。
しかし二人の出会いや、戦場での掛け合いは意外とコミカルで笑えた。
しかし上映から三十分後『星のカケラ』が天の川を渡り、言葉が相手に届くシーンで物語の雰囲気はがらりと変わり、俺はぐっと映画に引き込まれた。
そこからは二人のコメディチックな会話が続き、一つの山場を超える。
横目で篠原さんを見ると、彼女は声に出さないものの表情が笑っている。
普段はそこまで大きな表情変化を見せない篠原さんだが、映画を見ている時は場面事に分かりやすく表情が変化するので、見ていて面白い。
やはり映画は感情移入してこそだ。
そういう意味では彼女を少し羨ましいと思った。
最終場面。
この物語に決着が着く名シーンだ。
年に一度の天の川が来る日、彼らは秘密の作戦を立てた。ついにそれが実行される。
緊迫する戦闘シーンと、お互い抑えきれていない好き、という感情がスクリーン越しでもしっかりと伝わってくる。
思わずうるっと来てしまった。
涙は出ていないが。
そうして二時間近い映画は終了し、室内に明かりが着く。
篠原さんの目は少し赤くなっていた。
どうやら感動して泣いていたようだ。
映画が終わったが、お互い直ぐには立ち上がれない。まだ余韻が残っているから。
「⋯⋯⋯⋯すごく良かったわ⋯⋯⋯⋯」
「だな。原作も買おうかな⋯⋯⋯⋯」
「私も買うわ。読んでみたいもの」
俺はフゥーと心の中で深呼吸をする。
不意に彼女の膝にあるポップコーンの入れ物に目がいった。
「あれ、篠原さん⋯⋯⋯。全部食べたの?」
俺がポップコーンの入れ物を見ながらそう言うと、篠原さんは俺の視線を辿るようにしてポップコーンの入れ物を見た。
「⋯⋯⋯あっ、ごめんなさい。映画に夢中になってたらつい食べ過ぎてしまったわ」
ペアセットのポップコーンって確か、Lサイズだったよな。良く一人で完食できたものだ。
「満足したなら良かったよ」
「でも、明日から少し甘い物を抜かないといけないわ⋯⋯⋯⋯⋯」
そういう事を気にするのは、やはり女の子らしいと思えた。
※
外に出た頃には辺りは暗くなっていた。
夕飯に誘おうと思ったが、彼女の家には既にご飯が用意されているみたいなのでやめておいた。
「今日は誘ってくれてありがと。すごく楽しかったわ」
「俺も見たかったから、来てくれて嬉しいよ」
俺たちは夜道を二人並んで歩く。
「今思うと鳴海くんと二人で遊んだのは今日が初めてね」
「確かにそうだな」
「まさか鳴海くんから誘ってくれるとは思わなかったから、少しびっくりしたわ」
「そんなに驚くことでもないだろ。友達なんだし」
篠原さんは少し笑みを浮かべて言った。
「私はこういうの初めてだから、十分驚く事なのよ」
「⋯⋯⋯そうか。じゃあこれからはもっと色んなところに連れ回そうか?」
冗談交じりの笑みを浮かべて俺はそう言う。
「それはバイトがあるからお断りだわ」
「おい、断るなよ⋯⋯⋯⋯」
クスクスと篠原さんは笑う。
「でも少し楽しみにしてるわ」
そう言う篠原さんは月光よりも眩しい笑みを浮かべていた。
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