2:ナイスバディの罠
「待って待って。……なに? 【ハイエナ】? 何かの間違いだろ?」
「おーおー、何か言ってるぜ。聞く耳持つなよ、お前ら。獲物を奪う算段立ててるぜ」
「狙いはこいつか。この死骸。浅ましいことだ。だが、俺たちが先に見つけたんだ! さっさと消えろ! そこのカラスのメスガキもな!」
相手方はもう、いや最初からだが、なおさら俺の話に聞く耳を持っちゃくれなくなってしまった。
しまいにゃ、後ろの少女もため息をついて、呆れている。
「はあ。ほら、あんた、もういいでしょ。どいて。あれは私の獲物なんだから」
俺の異名を聞いて、奴らと同族と思われた様子だ。
冷たい視線で一瞥し、俺の前に躍り出る。
腰のナイフを抜き取って構えた――。
――瞬間、空気が張り詰める。
対峙するパーティーもすぐさま臨戦態勢を取ったのだ。各々が武器を手にし、殺気が漲る。
そして、それは彼女の罠だった。
「あーあー、武器を抜いちゃったね。私に向かって。殺す気マンマンでさ」
「はあ? 先に抜いたのはお前……」
カラスの少女は、ようやく、顔をほころばせた。
なんて意地悪な笑みだ。
八重歯を尖らせ、「これ、なーんだ?」と陽気に尋ねた。
指差すのは、彼女の平らな胸。
スタイルのいい身体に張り付くような服装は、乳首のあたりがぷっくりとしていて目のやり場に困るっていうか……いや。違う。
カメラだ!
片方の乳首っぽい膨らみは、よく見るとカメラのレンズになってるぞ!
「しっかり映ってるから。このむっつりスケベ共。あんたらが武器を抜いたところも……チラチラ胸を見てたアホ面も!」
「なっ! きっさま……! ハメやがったな!?」
「もう許さねえ! とっ捕まえてぶち殺してやる!」
男たちは、さっきまでの余裕綽々といった様子が、180度ひっくり返ってしまった。
慌てた様子で彼女に向かうが、しかし、まるで雲を掴むかのように、するりと取り逃してしまうのだった。
これがカラスの身のこなし。カラスっていうか、まるで猫だな。
ぜんぜん捕まる気がしない。
「ほらほら。この映像、SNSにバラまかれたくなかったら、おとなしく引き下がれば? 私は別にこのまま帰って拡散してあげても、別にいいんだけど? あんた達のせいでクエスト失敗したのは明確なわけだし」
苦虫を嚙み潰したような顔で、彼女の言葉に唸る四人組。
どうにかして彼女を捕まえようと必死だが、のらりくらりと躱されて、まったく相手になっていない。
とんだおせっかいだったな。俺。
彼女とこいつらとでは、役者が違い過ぎる。心配なんて全く必要なかった。
じゃあ、俺はここに来た理由のもう半分。
物見遊山といきますか。てなわけで、水筒の中の水道水を一口啜った。
……しかし、彼女はそういうものの、なかなかこの場を離れようとしない。
本心としては、やはり死骸を調査して、依頼主に報告したいのだろう。
だけど相手は四人パーティー。身のこなしだけでは、数の不利は覆せない。
というか一人は死骸の上に陣取って、頑なに動こうとしないのだ。
さては、よっぽどの貴重品を発見したと見える。
やっぱ、彼女に加勢してやろうかな。
なんて思っていた、矢先の出来事だ。
――死骸が突然、動き出した。
「え……?」
そんな素っ頓狂な声を出したのは、誰だったか。俺も、開いた口が塞がらなかった。
死骸だったモノは、日本刀を手にしていた。
その刀はまず、自らを跨ぐ男の股間から脳天まで一直線に、突き刺した。
モンスター化だッ!
嘘だろ、初めて見た! 前兆も何もなく、突然、人の死骸が凶悪なモンスターへと変貌した!
串刺しとなった男は即死。
仲間達も、その光景を、ただ茫然と眺めることしかできないでいた。
俺も、カラスの少女もだ。
だが、モンスター化した死骸は、既に次なる獲物に狙いを定め――!
「逃げろお前ら!」
一番、この状況を俯瞰していた俺が、真っ先に動けた。
モンスター化した死骸が彼らに迫るのと、俺が駆け出すのはほぼ同時だった。だが、近くにいた分、先に目的地へと到着したのは俺だ。
未だに思考が追い付かずにいる皆の前に立ちはだかり、その刀の一振りを、俺も剣を交差するように防ぐ!
ガギィン!
けたたましい金属音と、火花が散る。
耳障りな音色に、この場にいる誰もが、ようやく我に返った。
死骸がモンスターとなって動き出すなんざ、滅多にない現象だ。
知識としてはある。現に、人骨型のアンデットモンスターをスケルトンと呼ぶ。今回のこの死骸も、そう呼ばれることだろう。
だけどモンスター化は、数年単位でダンジョンの魔力に浸食されないと発生しない自然現象だぞ。少なくとも数日かそこいらでモンスター化するなんて話は聞いたことがない。
だってそんな短時間でモンスターになってしまうなら、ダンジョンに潜り続けている俺たちみたいな、生きてる冒険者がモンスターになった事例がなきゃおかしい。
「よくも仲間を!」
瞬殺された男のパーティーの一人が、血相を変えて槍を構えた。
だが、剣を交えた俺だからこそ、わかる。
この
そしてこの槍の男のトロい動作!
そもそもこのダンジョンに潜っていい力量じゃない!
「うおおおおおおおおっ!」
俺はスケルトンとの鍔迫り合いを強引に解いた。奴の剣を弾き飛ばし、肋骨部分を蹴り飛ばす。
そして振り向きざまに、槍を持った男も蹴り飛ばす!
「ぶへぇっ!?」
男は悲鳴を上げて転がっていった。蹴った感触からも、肉体の練度がぜんぜんなっていないことに気付いてしまう。よくこんな体たらくでダンジョンなんて潜ってられるな!?
俺なんて、こんな生活切り詰めてても、最低限のトレーニングは欠かさないぞ!?
パーティー組んでるからか?
互いに足りない部分を補い合ってたのか?
……そりゃあ、羨ましいな……。
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