いい日旅立ちダンジョンぼっち~底辺冒険者のワーキングプアは無自覚最強レベルMAX~

八゜幡寺

1:ハイエナと呼ばれた男

 俺は『嫌われ体質』だ。

 五歳の頃、学校の身体測定で行われたスキル鑑定で、そう告げられた。


 孤児院でも学校でもぼっちで、教員からも蔑まれていた。

 両親が俺を捨てたのは、薄気味悪いガキだから。らしい。そんな罵声は日常茶飯事だし、事あるごとにメシも取り上げられた。


 それでも必死に生き抜いて、18歳の門出。

 だが、こんな体質で就活なんて受かるはずもなく全滅。

 孤児院は18歳で退出となるため、晴れて俺はホームレスとなった。


 孤児院にはいい思い出なんて何一つないが、こんなにも、屋根と壁が恋しいとは思わなかった……。

 ホームレス生活一日で、俺は音を上げた。寒さと飢えで気が狂いそうだ。


 死にたくない。

 もう、なりふり構っていられない……!


 モンスター蔓延る、死と隣り合わせのダンジョン探索。

 俺はそんな危険な実地調査を生業とする、冒険者になることを決意した。

 ワンチャン、一攫千金も夢じゃない冒険者に、俺はなる――!




 ――が、現実はそう甘くない。


 今日も今日とて、ダンジョンの低層を調査。しけた遺物ダンジョントレジャーを回収して、帰路の最中だ。ダンジョン内はゴツゴツとした洞窟の形状で、歩きづらい。


 冒険者になって数か月。なんとか、雨風をしのげる程度の宿と毎日二回のささやかな食事にありつける日々を送ってはいるが、酒もタバコもやってない。贅沢してるわけじゃないのに、手元には何も残らず無一文だ。


 この生活を維持するためには、一日たりとも休めない。

 生活水準を上げようとすれば、よりダンジョンの深層にもぐる必要があるわけだが、一定以上のレベル試験に合格できなければ探索許可が下りない。


 で、レベル試験には受講料がかかる。

 金は現状、最低限の生命維持費のみで枯渇してしまう。


 しかし休日の一日もなく、このままダンジョンに潜り続けていれば、いずれ死ぬ……。身も心もすり減って、いつか命とりの失敗をする。

 なんとか打開したいところだが……はあ、どうしよう。


 冒険者となっても、『嫌われ体質』は俄然その猛威を振るい、誰もが俺を毛嫌いするからここでもぼっちだ……。冒険者ギルドの受付嬢も、仕事だから仕方なく、俺とは必要最低限のやり取りしかしてくれない。

 相談なんてできる相手もいない……。


 あれ? もしかして俺の人生、詰んでる……?

 緩やかに、死へと向かっていってる……?

 近い将来への不安が鮮明に見えたことに、背筋が急激に冷えてきた。


 なんとかしなきゃ……かといって、今の俺には、ダンジョン低層を練り歩く以外にできることはない。

 当分メシを減らすか……宿無し生活か……。


「──殺すぞ! このメスガキが!」


 人が人生の岐路に直面している最中、縁起でもない怒声が耳をついた。

 冒険者は大概、俺のような『人間の掃き溜め』みたいな人種が多い。そんなだから当然のように、ギルドでも酒場でもダンジョン内ですら、我を忘れて喧嘩がおっぱじまるなんざ日常茶飯事だ。


 物見遊山が半分。

 トラブルなら解決してやりたいという思い半分で、声を辿ってみた。


 入り組んだダンジョンの先には、男ばかり四人のゴツいパーティー。

 それに対峙するのは、一人の少女。

 華奢な金髪のポニーテル。スタイルのいい身体に張り付くような軽装は、おおよそ、ダンジョンには似つかわしくない格好だった。

 武器も腰に下げたナイフくらいしか見当たらない。モンスターとの戦闘を想定していない身なりだ。


 カラスか――。

 ダンジョン内で行方不明となった冒険者の捜索を専門とする冒険者。通称カラス。

 モンスターを相手にしない卑怯者と揶揄されているばかりか、死骸漁り専門家……故にカラス。なんて馬鹿にされている。


 理不尽な非難に晒されている彼女らには、身勝手ながらシンパシーを感じていた。

 俺も『嫌われ体質』なんて理不尽なスキルのおかげで、いわれのない罵倒や、時には暴力も受けたからな……。

 だからつい、口を出した。


「おいおい、女の子一人になに息巻いてんだ? ちょっと落ち着けよ」


 ひょっこり現れた俺に、全員が怪訝な表情を浮かべる。威圧的な視線を気にせず、俺は、カラスの少女の前に立ち塞がった。

 怪訝な表情は、より険しく、凶悪になった。


「なんだおめぇ! そのメスガキの仲間か!? ムカつくツラしてやがる!」


 ムカつくのは俺のスキルのせいだから、無暗に感情を昂らせてしまって、そこはすまん。

 だけど元々喧嘩腰だったわけで、俺のせいってばかりでもないか。


 背中の少女も、いきなり現れて味方風な俺を、怪しさ満点の表情で伺っている。

 こうなることはわかっちゃいたが……俺、性分がお節介なんだ。

 茶々入れさせてくれ。


 さて。なぜ冒険者パーティーとカラスが、ダンジョン内でいがみ合っているのか。本来、互いに獲物が被ることも、冒険の邪魔になることもない。

 近づいてみれば、その理由がわかった。


 対峙するパーティーの足元に、死骸が見える。

 ほとんど白骨化していて、装備もボロボロに錆びついていた。こりゃ、スライムに溶かされたんだろう。


 そしてこいつら。

 たぶん、この死骸を物色してたな。そこに、この死骸を捜索していたカラスの少女が鉢合わせた。


 よくある話だ。

 冒険者の死骸から使えそうな装備品やアイテム、金品を剥ぎ取ることは、何も咎められることじゃない。

 まあ、褒められる行為じゃないのは確かだが……モンスターに襲われいつ死んでもおかしくないダンジョン内において、身につけた装備はもちろん、そのへんに落ちている石ころでも、死骸だって、有意義に活用して生き延びることを咎められるいわれはないのだ。


 俺はしないけどね。死骸漁り。

 だって、もしそんなところを見られたら、俺の場合『嫌われ体質』の影響もあって、どんな誤解をされるか想像できてしまう……。

 李下に冠を正さず。

 それが俺のモットーだ。


「ただでさえ、俺たちは冒険者なんて信用のない仕事してるんだから、せめてダサい真似すんなよ。な。そこの死骸はこの子に譲ってやろうぜ」


 俺の精一杯に気さくな軽口は、より凶悪な言葉によって揉み消された。


「気持ち悪いこと言ってんじゃねえぞ! このゴキブリ野郎!」


 ゴキブリ……ひどくない?

 でも『嫌われ体質』を鑑定した先生が言ってたな。なんでも、「人間がゴキブリに持つ感情を誘発させるものと殆ど同じ体質になる」んだとか。

 絶望したね。もう慣れたけど。


「おいこいつ、この気持ち悪さ。もしかしてユイトだろ。【ハイエナ】のユイト!」


「あ? 人が狩ってたモンスターを横取りしちまうっていう、あの腐れ外道の【ハイエナ】か? こいつが?」


 え? なにそれ知らないんだけど。

 確かに俺の名はユイト。だが、【ハイエナ】の異名も、その不名誉な由来も、何一つ知らないんだけど。


 ……え?

 そんなことした覚えないんだけど!?

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