わたしの一番欲しい物

@hayte

愛の形

「ねぇ、見てあの子。なんか怖く無い?」

「ほんとだ、しかもすっごい気味悪い……」

 私の覚えている最も古い彼との思い出。

 それはこんな少女たちの内緒話から始まる。

 おそらく彼女たちは聞こえているとは思っていなかっただろうし、たとえ聞こえたところで私自身単なる有象無象が何か言っている程度の認識でしかなかった。

 なのに──

「そんなこと言ったら可哀想だよ」

「え?」

「は?」 

 高い声が響いた。それに釣られるように上がる少女たちの困惑した声。

 彼女たちに習い私もその闖入者に目を向けると、そこには一人の少年──彼がいた。

 まだ成長期を迎えていない背はこの場にいる女の子の誰よりも低い。

 しかし、その事実に気圧されることなくまっすぐと彼女たちを見据える彼。

「謝って」

「……」

「……」

 再びかけられる言葉に沈黙が降りる。

 めげることなくもう一度、しかも今回は語気に憤りを滲ませて。

「謝って!!」

「ちょっと何、この子?」

「わかんない。とりあえずあっち行こ」

「う、うん」

 その言葉に恐れたのか、はたまた呆れたのか少女たちはその場から去っていく。

 その間、私はあまりに咄嗟のことでその後ろ姿を眺めることしかできなかった。

「ごめんね、謝らせられなくて……」

 そんな私に気づいてか彼は話しかけてくる。

 その声は先ほどまでのものとは異なり、柔らかく温かみを感じられる。

「それにしてもひどい人たちだよね。こんなに綺麗なのに……」

 そう言って彼は目を輝かせながらそれでいて慈しむように、私の頭を撫でる。

 初めての事だった。

 そんな言葉を贈ってくれた事も、優しく触れてくれた事も。

 その事実を前に私は自身のチョロさに呆れながら、けれどどこか満たされた心地で理解した。

 私は今、恋に落ちたのだ……と。

         *

 それからは彼の家に招かれ、気がつけば彼の低かった背もあの少女たちよりも伸び、高かった声も声変わりを経て低く落ち着いたものとなっていた。

 私と言えばあの頃とさほど変わってはいないものの、彼の成長を見守り、変化を楽しむことでより一層彼への愛情が深まるばかり。

 幸せだった。

 生まれて今までで一番幸せだった。

 でも、

「何? この子?」

 その終わりの始まりはいつかの時と似た言葉だった。

 声の発信源は彼の後ろ、そこには佇む一人の女性。

 彼と同じ学校の制服で身を包み、腰に届きそうな髪を後ろで一つに結んだ彼女が楽しげに私の前へと近づいて来る。

「綺麗でしょ? 小さい頃からずっと一緒なんだ」

「うん! すっごく綺麗!」

 そう言った彼の方へと振り向いたあの子の顔は私からは見えない。

 けれどその表情を向けられた彼がとても幸せそうな笑みを浮かべたから。

 私には出会ってから一度も向けてくれたことのない笑みを。

 だから、こんな思いが湧いたのは仕方がないことだろう。

 あの子が妬ましい。

 あの子が恨めしい。

 あの子が………………羨ましい。

 私の何が駄目なのだろう。

 この白く生気の感じられない肌がいけないのか、この無愛想で全く動かない顔がいけないのか、それとも…………

 あの子がこちらに向き直って彼に問う。

「どこで買ったの? この人形」

 人形だからいけないのだろうか。

 それから彼が何かあの子に話していたけど、私の耳には届いてこない。

 聞こえるのは私の中から響いてくる彼への何でという疑問とあの子への純粋な嫉妬。

 それで頭がいっぱいになっていたことで、いつの間にか静かになっていた二人に気づくのが遅れた。

 否、気づかない方が良かったかもしれない。

 だって、二人が言葉を交わしていたその口が何にも阻まれることなく重なっていたから。

 そこからは私にとっての地獄が始まった。

 冷静に考えれば当たり前のこと。

 想いあった男女が一つ屋根の下、何も起こらないはずがない。

 この時私は初めて彼が綺麗と言ってくれたこの顔を憎んだ。流れるように行われる彼らの愛し合う光景を閉じることのできない瞼のせいでその瞳に焼き尽くすことになったから。

 彼の色気を感じさせる吐息も、あの子の隠せない快楽の喘ぎ声も、二人の絶頂に至った後の満足そうな表情も。

 永遠にも似た時間が終わり、彼がまたねと言ってあの子を見送る。

 それから戻ってきたいつもの日常、私の気も知らないまま勝手に流れていく時間。

 その間、私は心の整理をし続けた。

 ようやくそれを終えたのは夜が更けた頃、彼の寝息だけが聞こえるばかりで誰もいない部屋で私は満面の笑みを浮かべた。

         *

 次の日、彼は失踪した。

 彼の両親も、恋人であるあの子も知らない。

 どこを探しても見つからない彼に心を病んでしまった彼らは八つ当たり気味み部屋にあった私とその隣にある人形を不気味だからという理由で焚き上げに持って行った。

 本当にバカな人たち、けど仕方ない。だって普通は思わないもの、自分の子供や、愛した人が人形になっているなんて……。

 これから私たちは燃やされる。でも、怖くないだって隣には私の最愛の人形がいるんだもの。

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