第13話 崩壊の日

 このファーヴィスに終わりがあると知って約一年。本当に世界崩壊が始まり、皆が選択に迫られていた。この場に残って今のファーヴィスと共に消えるか、新たなファーヴィスで生き続けるために崩壊の間は他の世界に逃げ込むか。ゆっくりと崩壊を進める世界で皆が役割を果たしながら自分を見つめ続けている。


 どうしたらいいのだろう?


 何度も迷い、日毎に意見が変わる。毎日毎日脳内の投票箱に答えを入れて、密かに数えていた。崩壊を迎えた日に、票が多かった選択を取ってもいいかもしれない。全て僕が出した決断だから、多数決でも納得できるだろう。

 もしまた悩んでも、こんなに悩んで決めたのだからと諦めがつくだろう。




 そうしているうちに、ファーヴィスは終わりの日へと近づいていた。崩壊と再建の間、異世界へ渡る者たちが準備を整え、昨日から移動を開始している。


 僕はその様子を他人事のように眺めていた。……いや、実際他人事だ。僕の出した結論はここに残ることだったから。

 僕が好きな世界は、やっぱりサイリィがいるファーヴィスだったからだ。写真の中の彼と目があう。少し若さが残る彼も、最近の彼も優しく僕を見てくれていた。


「最後は一緒だ、サイリィ」


 覚悟は決まっている。自然とここに来た時のことを思い出していた。異世界なんて物語の中だけだって思っていたはずなのに、今は全てを受け入れて、すっかり異世界の住人として役割を全うしている。

 元の世界にいた数十年の方が夢だったのではないかと感じるほどに、僕はファーヴィスに染まっていた。


 ”本当に後悔しないのか?”


 オーンはここ数日毎日僕のところに来て説得してくれていた。彼との別れも寂しくはあるけれど、僕の意思は固い。


 ガラッ……


「……!」


 向かいの塔がゆっくりと崩れ落ちる。砂のように散る箇所もあれば、SF映画のようにブロックの粒子となって段々と照明つしていく箇所もあった。通達の通りの時刻に崩壊を始めている。僕のいる塔の消滅は後一時間後だ。もう客も来ない。カウンターに座って、ぼうっと周りを眺めていた。


「…………」


 自分が消えることにさほど恐怖はない。一万年も生きれば心も成長するもので、随分と落ち着いている。



 ”タツキ、君……ボクの後継者になってよ!”



 一番楽しかったのは、やっぱりサイリィと一緒に過ごしたあの五年間だった。



 僕と出会ってぱあっと明るく笑った彼の顔が蘇る。僕がここにいることが嬉しそうで、この仕事を誰かに任せることができる安心感もあったのだろう。あのサイリィの喜び様は忘れられない。

 また、迷いが生まれる。


 慌てて首を振った。何度も考えたことじゃないか。次の世界に渡ればサイリィの墓はない。彼の存在が抹消された場所で僕は生きていくことになる。そんなの嫌だ。……でも。


 自分はサイリィに仕事や生き方についてのノウハウを多く教わった。でもそれもここで消える。僕は役目を果たせたのか、彼の期待に答えられたのか。サイリィの言葉を次に繋げるべきだったのではないか。


「……っ!」



 急だった。考えは180度変わって僕は荷物を背負う。しかし足を止めざるを得なかった。


「あ……」


 僕のいる塔が崩壊を始める。……間に合わない。意見を変えるのが遅すぎた。


 どちらを選んでも後悔するのはわかっていた。ここで消えればその後悔もなくなる。けれどそれじゃあただ逃げているだけにならないだろうか。文字通り現実逃避した自分を、許すことなんてできるか?


「……ごめん、サイリィ」


 気がつけば頬を涙が伝っていた。どうせいつかは終わりが来るなら、彼と共に消えることができればそれでいいとほんの数分前までそう思っていた。なのにこんな最後の最後でやっぱり生きて役目を果たしたいだなんて。自分で自分が情けない。


「ちょっと、何泣いて……」


 誰かの声がする。


「……?」


 目の前に現れたのは一人の女性だった。僕は涙でぼやける視界の中でそっと顔を上げる。


「……だれ」

「いいから捕まって」

「え?」

「早く!」


 ぐいっと腕を引かれる。崩れる塔に抗うように二人分の身体が浮き、周辺にはカードが舞っていた。僕がこの世界に訪れたときに見たものと同じ、あの不思議なカードだった。

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