第二章 ファーヴィス

第3話 別々の異世界

「中で話を聞こうか。ボクはサイリィ。君、名前は?」


 案内されたカウンターの奥は完全に塔の中となっていて、あちこちに灯りが灯されていた。灯りも不思議で、電気でも火でもなさそうで正体はわからない。


「……タツキです」

「タツキ、いい名前だね。なんだか懐かしさを感じる音の響きだ」


 そう言ってサイリィは優しい笑みを浮かべている。こんな異世界人に懐かしさを覚えさせるなんて。僕の名前は他の世界では別の単語として使われでもしているのだろうか。


「ではタツキ。分かることから話せるかい?」

「は、はい……」


 僕はこれまでのことを話す。夜道で怪しい男に道を聞かれたこと、これまで道を聞かれることが多かったからさほど気に留めなかったこと。男が言った場所は聞いたこともないような音がして、男は消えながらトランプのようなカードを撒き散らしていたこと。

 そして光に包まれ、僕はここに来ていた、と。


「ふむ……」


 サイリィはただ黙って話を聞いてくれていた。全てを聴き終えて僕に問いかける。


「まず、君が元々どこにいたのかを知りたいところだね。その、”トランプ”とは何だい? カードに似た何かなのかな」

「え?」


 彼が手掛かりになるかもしれないと言うので、僕はトランプについて彼に説明をしていった。ピンと来ていない様子を見てしまうと、ここは異世界であるという要素に感じられていく。僕のトランプの説明が絶望に下手な可能性もあるけれど、トランプなんて世界で流通している。ここまで話して伝わらないなら、彼は異世界の人間であり、トランプというものを知らないということだろう。


「これとは違うかな?」


 しばらく説明を聞いていたサイリィはある紙を見せてきた。そこにはカードのイラストが描かれている。

 描かれているカードはステンドグラスのようなデザインで、黒い縁の中に、色の違うさまざまな形が敷き詰められていた。絵のあらゆるところから線が伸び、説明書きがされている。


 記憶を辿ると、僕が見たカードはこの絵のように細かい装飾があったように思う。見れば見るほど、男が撒き散らしていたのはこのカードだったような気がしてきた。しかしこれはトランプではないようだ。ハートやダイヤなどのスートや数字も描かれていない。


「怪しい男が消える時に見えたのは、これに近いと思います。さっき僕が説明したトランプとは別物のようです」

「なるほど。では君に声をかけた者は、少なくともファーヴィスではない異世界の者のようだね」

「その、ファー……ヴィス? とはいったいなんなのでしょうか?」


 この人はここを”ファーヴィスの異世界案内所”だと言った。当然のような口調で語られているけれど、僕はそのファーヴィスが何かも知らない。


「この世界の呼称さ。君が元々いた異世界にも名前がついているはずだよ。おそらくだけど、君はファーヴィスでも、その男が元々いたと思われる異世界でもない、また別の異世界にいたのだろうね」

「ここでも、あの男のいた世界とも違う、別の異世界……」


 受け入れ難い。これって本当にあの異世界というやつなのか。小説とか漫画とかアニメとか想像されたものでしか見たことはない。だって異世界は物語の中にあって、あくまで空想だから。僕の生きる世界は揺るがなくあの場所だけだって知っていた。



「ボクの方で調べてみよう。君がこの世界に来た謎を」



 ……なのに。これが現実だというのか?



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