神様、桜の木の上より

ジェン

神様、桜の木の上より

 穏やかな日差しが降り注ぐ昼下がり。


 春を目前に控えて、今にも芽吹かんとする桜の木。

 その太い枝の上に腰かけ、神は参拝者たちを見下ろしていた。


 人々の願いは多種多様。


 新たなご縁がありますように。

 金銭に恵まれますように。

 病気になりませんように。


 春は出会いと別れの季節。

 それゆえに、人は不安と期待で胸をいっぱいにしながら願う。


 ああ、野望のごとき規格外の夢も、可愛らしい些細な祈りも――どれもそれぞれの気持ちが込もっていて美しい。

 全ての願いをその通りに叶えることはできないけれど、私はいつもこうしてそばで聞いている。

 だって、どんな願いも愛おしくて仕方がないもの。


 陽だまりをそっと優しく広げてゆくように、そよ風が髪をなびかせる。


 木の幹に身体を預けるように伸びをすると、どこまでも澄み切った青空が視界に広がった。


 宙に浮かぶ碧海のキャンバス、そこに1本の白い線を描く飛行機雲。

 やがてそれは白蛇のようにくゆりながら無限を漂う。


 桜の花が満開になる頃、この神社も人で溢れ返ることだろう。

 その時は新たな出会いがあり、もっと希望に満ちた願いを聞けるはずだ。


「――ふふ、待ち遠しいなぁ」


 もし、私が願うとしたら……神様がお願いごとをするだなんておかしな話だけど――生きとし生ける全ての者が良き日を過ごせますように。

 そして、この麗しき季節を皆が享受できますように。


 神のささやかな願いはうららかな空気を一層明るく仕上げ、まるで春の訪れを早めてゆくかのようだった。

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神様、桜の木の上より ジェン @zhen_vliver

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