魔王、プッチンプリンを落として前世で絶望死 ~プッチン勇者を求めて~

小川幻波

本文

 我は魔王・アドラスティア。この世界を統べる最強の魔王である。だが⋯

 ある日、気づいてしまった。我が地球からの転生者であることを。

 ただ、大した記憶がある訳では無い。しかし――

 どうしても忘れられぬ光景がある。

「プッチンプリンを落とした――」

 そう、あのプッチンをプッチンした瞬間、それは皿を滑り落ち⋯我の足元で砕け、そして――

 我は絶望のあまり、死んだ。

 そして魔王アドラスティアとして、この世界に転生したのである。


 魔王として悪逆の限りを⋯尽くしていない。我の目的は完璧なるプリン。腰にはプリン専用の銀製のスプーンがある。手下共に何度もつくらせたが、あの滑らかなプッチン→落下がどうしても上手くいかない。

 ある日、今日もプッチンしなかったプリンを食べながら思いついた。

 ――旅に出るか。

 旅に出れば、勇者とやらが出てくるに違いない。勇者は選ばれた人間⋯もしかしたらプッチンできるプリンの叡智を持っているやもしれぬ。

 そうだ、我はプッチンの勇者を探そう。

 プッチン勇者だ。

 どの村にいるのだろうか、プッチン勇者。

 我の領地は広い――その広さが妙に嫌になった。

 ともあれ、我は黒い翼を広げ、魔王城から一人飛び立ったのだった。

 

 我はあてどなく彷徨っていた。

 ようやく村を見つけ、着地した。

 ちょうど人間どもが家の外にテーブルを出し、隣近所が集まって昼飯を食べている所だった。

「お主ら、この魔王アドラスティアが尋ねる」

「ひぃっ、魔王様⋯!!」

「魔王様⋯!!」

 村人たちは昼食を忘れ、椅子から飛び降りると恐怖で地に伏した。

「フフフ⋯このアドラスティア様が怖いか」

 我は高らかに笑った。

「ひゃーっ、お許しくださいませ⋯!!」

 だがな。

「よく考えたらだが、我がこの村に来るのは初めてだったな」

「はあ、確かに」

 村人Aが顔を上げた。

「我、なんかした?」

「してませんねえ、そういえば」

 村人Bが言った。

「強いていえば⋯この前洪水の時、切れかけた堤防を守ってくださったという噂が⋯」

 これは村人C。

「あああれか⋯たまたま歩いていたら岩に正面衝突をして、転がった岩が堤防を塞いだような記憶がある」

「⋯⋯⋯あの、よろしければ昼食いかがです? お礼にもなりませんが」

 村人Dが恐る恐る尋ねてきた。

 我は二つ返事で答えた。

「うむ、よかろう」

 何故かというと、その昼食の真ん中にはプリン。

 しかし、プッチンと落ちるタイプではない。大きな深皿にオーブンで蒸した大きなプリンを、取り分けて食べるスタイルだ。

「このように大きなプリンをプッチンできたら⋯」

 ああ、いかに心地よかろう⋯

 大いなるプッチン、皿に溢れ出す甘味、とろける舌触り⋯

「あの⋯魔王様、プッチンとは⋯?」

 村人Dに聞かれた。声に出てしまっていたようだ。

「むう⋯知らぬのか。ひっくり返してプッチンすると、カラメルを上にして皿に盛られるというプッチンプリンの存在を」

「はあ」

「それはそうと、このプリンも美味ではある。昔ながらの喫茶店の固めのプリンのようである」

「喫茶店とは⋯?」

「知らぬで良い、ここの世界には無いものだ。ああ、そういえば喫茶店もこの世界には、無いのであるよ⋯」

 ケチャップたっぷりのウインナーが入ったナポリタン、薄いハムのサンドイッチ、アイスが乗ったクリームソーダ。

「あの、よく分かりませんが、元気をお出しください魔王様」

 村人Bが我を慰めた。この村の人間は良きものたちであることが分かった。

「うむ、では聞こう。プッチンプリンの謎を知るプッチン勇者という者を知らぬか」

「プッチンかどうかは分かりませんが、ただの勇者ならこの村におります」

「なんと!」

 勇者なれば知るであろう。プッチンがプッチンするあの謎を。そして我が飽くことなく求め続けるあのなめらかさを。

「すぐに呼んでまいれ」

「いや、でも⋯魔王様がおられると聞いて、魔王を倒すと言って魔王城に向かいました、さっき」

 村人Cが言った。

「なるほど、では城に戻れば勇者に会えるのであるな」

「そうなりますけど⋯何もしてこない魔王様だから倒す意味が無いと何度言っても『おれは転生者だから魔王を倒さなきゃ意味が無い』とばかり。訳の分からない若者ですよ。ほっておいた方がいいと思います。なあ、みんな。そう思うよなあ」

「確かに」

「魔王様がお可哀想ですじゃ」

「なんだったんだアイツ」

「意味わかんない」

「頭の線がプッチンしてますよ、きっと」

 村人に散々言われているようだが、転生者というところが気になった。転生者なら、プッチンの謎を知るに違いない。プッチン勇者だ。

「頭の線でもなんでも良い、とにかくプッチン勇者には違いないようだ。我は城に戻る。馳走になった」

 再び我は翼を広げ、飛び立った。


 城で待つこと数時間⋯

「魔王様!」

 手下が我の玉座に走りよった。

「何だ、プッチン勇者か?!」

「多分そうではないかと思われますが、魔王城の入口のスライムに負けそうになっております。助けてもよろしいですか」

「は?」

 よっわ!!!

 本当にプッチンの謎を知っているのか心配になってきたが、とりあえず言った。

「助けよ。そして我が前に引き連れて参れ」

「かしこまりました」

 更に十五分あまり。

「⋯⋯⋯んっだよ、痛えよ!!」

 何か人間の声がしてきた。

「いや我々は何もしてないぞ。手を引いてるだけだが」

「そう変な方向にねじれようとするから、筋を違えて痛むのだ。おとなしくしていてくれ」

 呆れ返った手下の声がしてきたが、我は確信していた⋯いよいよ、プッチンの謎が解けると。

 若者が玉座の前まで何とかたどり着いた。

「おい、てめえが魔王か!! この縄を解け!!」

「待て、縄など打ってないぞ」

 手下が冷静に突っ込む。

「魔王様がお呼びであったのだから、そなたは客人ということになる。こら、そんな物騒な木刀しまいなさい」

 というか、叱られている。

 まあいい。

「良くぞここまで参った、プッチン勇者よ」

 我は声を張り上げた。

「クソッ⋯ここにたどり着くまで一ヶ月、散々な目に遭ったが⋯ついに魔王、てめえを始末つけに来たぜ!」

「今朝、村を出たと聞いたが」

 我が言うと、勇者は唖然とした。

「なんで知ってる」

「さっき、お主の村でプリン食べてきた」

「くっ⋯てめえ、村人を脅しやがったな?!」

「いや、馳走になった」

「は?」

 噛み合わない。会話が噛み合わない。

 面倒臭くなって、我はストレートに聞いた。

「お主、プッチンプリンの謎を知らぬか⋯あれをプッチンするとプリーンと皿に溢れ出すプリンだ。我はあのプリンを探し求めて三百年」

「プッチンプリン? あれか?」

 話は早かった。

 しかし。

「あのなあ、あれプリンじゃなくて、ゼラチンで固めたカスタードゼリーなんだぜ」

 「なんだと!!」

 我が立ち上がった拍子に、翼が驚きのあまり広がり、雷鳴が轟いた。

「嘘だ⋯プリンではないだと⋯プッチンプリンが!!」

 稲光が激しく地に刺さり、暴風が吹き荒れた。

「嘘だァァァああああああああぁぁぁ!!」

「魔王様、お静まりください!!」

「世界が滅亡してしまいます!!」

 確かに、確かにプリンにしては滑らかに過ぎたるものだった⋯しかし、プリンではなかったなんて!!!


 そして世界は滅亡した。

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