大根の花
うちから駅へ向かう途中に小さな畑があります。
そこの隅にあった大根の花がいつの間にかなくなっていて、代わりに葱が植えられていました。
大根の季節は終わったんですね。
大根は白や薄紫の花を咲かせます。
菜の花に似た形ですが、菜の花よりもほっそりとして花弁も薄く、楚々とした風情です。
あれが大根だと知らないひとには、さやさやと揺れる涼しげな地上の姿から、あの太い根を想像するのは難しいでしょうね。
大根に驚かされたことがあります。
実家のキッチンの横の貯蔵庫に、その大根はありました。
冬だったので、おでんにでもしようと買っておいたのだと思います。
最後に母が入院したのは二月の半ばでした。
治らない病で、日に日に弱ってゆき、
意識もあるのだかないのだかわからないときが多くなり、
ただ痛み苦しむ呻き声しか聞かれない日々が続き、
気がつくと春になっていました。
私は大学をずっと休んでいて、毎日朝の九時から夜の九時まで病院に詰めていて、時には泊まり込んでいて、自炊は全然していませんでした。
ある日、帰宅して冷蔵庫に向かう途中で、貯蔵庫の籠から何かが突き出ているのが目に入りました。
それが大根の花でした。
横倒しになった大根は、青首のところからほぼ垂直に高々と茎を伸ばして、白い花を咲かせていました。
当時住んでいた家は変わった造りで、一階には窓がひとつもありませんでした。
昼間でも灯りを点けなければ何も見えない真っ暗闇で、水の一滴も与えられずにいた大根が花を咲かせていたことに、私は息を呑みました。
いくら手を尽くしても弱る一方の母を看ながら疲れ果てていた私には、その大根の花が禍々しく見えたのです。
捨てることもできませんでした。
大根が生きているということが怖くてたまらず、
触れもせず、
ただできるだけ見ないようにして、
大根と私の二人だけで、その家で暮らしました。
母が亡くなった後で、知人がその大根を捨ててくれました。
うちの近くの畑に咲いていた大根の花からは、あのときの禍々しさは感じられませんでした。
ただ美しいだけでした。
日の光を浴びて、風に揺られていたからかな。
もし今この家のキッチンで大根が花を咲かせていたら。
もう、怖くないような気がする。
ああ、花が咲いたんだな。
すごいな。
ただそう思って眺めるような
そんな気がします。
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