気まずい

中学二年生のときのこと。



行事の準備か何かで、友だちと四人で遅くまで教室に残っていました。


さて帰ろうと教室を出て階段を降りようとしたら、踊場で男女が抱き合っていました。


私たちは慌てて回れ右をして、角を曲がった廊下で息を潜めました。


ちらりと見てみると、二人とも三年生です。


確か男子の方がもうすぐ転校するらしい。


恋人同士が別れを惜しんで抱き合っているようなのです。


でも照れなのか遠慮なのか、お互いの両肩辺りに手を回していて、体は密着していませんでした。


ハグの形で静止しているみたいな感じ。




それにしても。


私たち、かなり賑やかに話しながら階段にさしかかったのです。


彼らは私たちに気がついているはずなのです。


しかし彼らは動じる様子もなく、抱き合ったまま離れない。


幼かった私たちにはそういう状況を面白がるような余裕はなく、ただただ動揺していました。


私たちは二人を避けるために、階段とは反対側にある、隣の校舎との間に架かった連絡通路を渡ろうと思いました。


けれどそこに通じる引き戸には鍵がかかっていたのです。



私たちがいたのは学校の端にある離れのような二階建ての校舎でした。


階段は一カ所。


つまり通路を通れないイコール先輩たちが抱き合っている階段を降りなければ帰れない、ということなのです。




私たちは教室に戻って、途方に暮れました。


日も暮れてくるしそのうち校内の全ての出入り口が施錠されるだろうし見たいテレビはあるしで、とにかく早く帰りたいのに帰れません。



時々踊場の様子を窺いに行きましたが、何分経っても、まだ抱き合っています。



何十分経っても、まだ抱き合っています。



下校時間まで何があっても離れずにいようという約束でもしていたのかなあ。


しかし何故あんな場所で。


私たちがこそこそしている気配は伝わっていたと思うのですが。


「もうしょうがない。あそこ通って帰ろう」


「えー!いやー!絶対無理ー!」


「でも昇降口の鍵まで閉められたらどうするー?」


「一階の窓から出るとか」


「一階に降りるには階段通るしかないし」


「うわー!」


頭を抱えた私たち。



結局、意を決して先輩たちの前を通って帰ることにしました。



うちの中学は上下関係が厳しく、先輩の近くを通るときには必ず挨拶をしなければなりませんでした。



そういうわけで



「さようならー!」

「さようならー!」

「さようならー!」

「さようならー!」



何か変かも……

と思いつつ、律儀に挨拶をして通り過ぎた私たち。


小走りしながら、たぶん四人全員が心の中で「きゃー!!」と叫んでいたと思います。



先輩方は抱き合ったまま吹き出しそうな顔で肩を揺らしておられ、

私たちが一階に着いたときには笑い声が聞こえていました。



「なんかあたしら四人、アホみたいじゃない?」


「しょうがないでしょ!」





先輩方、覚えていらっしゃるでしょうか。


あのときのアホな後輩たちのこと。




私たちみんな、子どもでしたね。


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