ダジャレで勝つのはダレじゃ?~最強賢者、回文術師と相対す~
十坂真黑
ダジャレ VS 回文
天下無双武闘会。
それは剣術、武術、魔術問わず、あらゆる強者達が競い合う異種格闘大会である。
決勝戦に残ったのは、優勝候補の筆頭と囁かれる回文術の名手サミサと、長い眠りを経て現代に蘇った老齢の賢者、
サミサは近代魔術である回文術を使うのに対し、詠月は古の流派、転語術を極めし賢者である。
この新旧の魔術対決は世間からの注目を大いに集めた。
観客席には人があふれ、世紀の一戦を固唾をのんで見守っている。
舞台に上がったサミサは、鋭い眼光で目の前の敵を見据える。
一方で詠月は真っ白な顎髭を撫でさすりながら、不敵な笑みを浮かべた。
先に動いたのはサミサだった。
「”ふいなナイフ”」
呪文を唱えると無数のナイフが空中に現れ、詠月を取り囲んだ。
詠月は動じる風もなく、携えた杖を振りかざした。
「”布団が吹っ飛んだ”!」
すると出現した巨大な布団が盾となり、刃から詠月を守った!
鮮やかな手腕に、観客が沸く。
が、術を防がれたにも関わらず、サミサはにやりと笑う。
「かかったな、“まくらからクマ”!」
サミサの詠唱によって、詠月が出現させた布団のまくらの下から、巨大な熊が出現した。
熊は立ち上がると、鋭い爪を振り上げて詠月に襲い掛かる。
虚を突かれたのか、詠月の顔から笑みが消える。
観客らは目の前の攻防に、興奮した様子で唾を飛ばした。
「相手の術を逆に利用するとは!」
「さすがの賢者もやはりサミサには敵わないか」
対して詠月、辛くも熊の攻撃をかわし、呪文を唱える。
「“タンスでダンス”」
すると舞台全体が、巨大なタンスへと変貌を遂げた。
地面が隆起するようにタンスの引き出しが跳ね上がり、その上にあるものを呑み込んでしまう。
さながら、巨大な落とし穴が足元に突如出現するようなものだ。
「くっ!」サミサの表情から笑みは消えた。巨大なタンスに呑み込まれないよう、前後する引き出しを避けて跳ね続けるほかない。その様は、まるでステージでダンスを踊っているかのようだった。
観客らは、この大がかりな術式に息を呑んだ。
術が終わる頃には、先ほど両者が出現させた布団や熊は、残らずタンス中に仕舞われてしまった。
だが相変わらず、サミサのナイフだけは詠月の周りを飛び交っている。
「やるじゃないか、詠月……だがこれで終わりだ! ”たけやぶやけた”!」
突如出現した竹やぶが舞台を覆い隠したと思えば、どこからともなくちりちりと小さな炎が立ち上がった。
炎はあっという間に火柱へと変わり、詠月を取り囲む。老人に逃げ場はない。
「降参しろ、詠月! 消し炭になりたくなければなあ!」
自信にあふれたサミサの台詞が、燃える竹やぶに反響する。
誰もが回文術師の勝利を確信した――その時だった。
詠月の口元に、ふっと笑みが宿った。
賢者は杖を振り上げ、高らかに叫ぶ。
「”竹やぶ破けた、
それはサミサ含め、会場にいた誰もが聞いたことのない呪文であった。
すると天を突くほどの竹がみな消え去り、火柱も一瞬にして消えた。代わりに無数の木やツルが地面から伸び、つぼみを急速に膨らませていくではないか。
そして瞬く間に会場一帯は、天国と見まがうほどの色とりどりの花であふれかえった。周囲を心地よい香りが包みこむ。
観客席にどよめきが走る。
「サミサの回文術を再構築したうえで、無効化した……⁉︎ 」
「なにがどうなってるんだ!」
賢者が見せた力の片鱗に、誰もが驚きを隠せない。
だが詠月の反撃はこれで終わらなかった。
賢者は花畑のなか、叫んだ。
「”言の刃《コトノハ》転じて鳩の子《ハトノコ》へ!”」
すると。
これまで詠月の周りを取り巻いていたナイフが、真っ白な鳩へと姿を変えた!
鳩たちは優雅に翼をはためかせると、大空へと舞い上がっていった。
圧倒的な力を見せつけられたサミサに、闘う気力はもう残されていなかった。
「わたし、まけましたわ……」
膝をつくサミサ。
死力を尽くして戦った両者に、会場から拍手が沸き起こった。
ところがその直後、詠月は崩れ落ちるようにその場に倒れこんだ。
力を使いすぎたのだ。
詠月は最後の力を振り絞って、会場を見渡し、微かに笑みを浮かべた。まるでこの場にいる皆に別れを告げるかのように。
「"ネコが……寝ころんだ"」
老いた賢者がまぶたを閉じると、その姿はみるみる内に縮んでいき――ふわりと柔らかな灰色の毛が広がった。
そこにいたのは、一匹の長毛の老いた猫だった。
消耗しすぎた魔力を補うため、再び、長い眠りにつくのだろう。
灰色の毛を膨らませ、猫はこてん、と舞台の中心で寝ころんだ。
観客たちは涙をこらえ、激闘を制した賢者を讃えた。
鳴り響いた詠月コールは、いつまでも止まなかったという。
〈完〉
ダジャレで勝つのはダレじゃ?~最強賢者、回文術師と相対す~ 十坂真黑 @marakon
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