聖女ちゃん? 2


私は聖女になれなかった。

周囲から大事にされ、たくさんの教えを受け、期待の光を浴びていたのに……。

魔力がまったくないなんて、最悪の結果。


お父さまとお母様は、アダンクで修業をしていた魔術師の子孫同士。

魔力の強さとかはわからないけど、ふたりとも魔法が使えた。

でも、普段の生活で使っているのは見たことがない。

魔法を使うのは、村のお祭りの時だけだった。


村の中央にある広場、炬火をともすのは父さまの役目だ。

魔法で点けた火は、嵐のような雨や風にならない限り消えない。

他にも魔法が使える村人はいるけど、お父さまが子供の頃からやっているらしい。

そして、祭りの終わりにその火を消すのはお母さま。

誰にも気づかれないくらい僅かな風を起こして、大きな火を消してしまう。

小さい頃から私は、そんな両親の姿を見るのがとても好きだった。

でも、一度も魔法を教えてくれなかった。

精霊が名前と贈り物をくれたというのに、私は普通の子供として育てられた。


……お父さまとお母さまは、私に魔力が無いってわかってたの?

それなら、どうして10歳の時に私を送り出したの?

私は何のために5年も修行をしたの? 

あんなに頑張ったのに、全部意味が無いことだったの?


15歳の誕生日の朝。

五年間の修行を終えた私は、聖女の適性を測るため、再び庭園の片隅に向かった。

王宮に来た時と同じように、水晶の池に手をかざす。

何ひとつ動かない氷のような水面。

静まり返った空気は、まるで時間が止まったかのように感じた。


その時、池の底に敷き詰められた水晶が、虹色に輝き始めた。

まるで、すべてが10歳の時を再現するかのようだった。

水晶はとても美しかったけど、それよりも魔力が無いという事実に、周囲の落胆が伝わってくる。

私が顔をあげると、全員が視線を下に向けた。

尊敬する師ランプロスの表情は、今まで見たことがないほど深い悲しみに満ちていた。


ごめんなさい、期待を裏切ってしまって……。

私だって信じられないし、信じたくない‼

ああ……ランプロス様……。

ごめんなさい……。


「ごめんなさいっ!」

「あっ、気が付いたみたい」

「ラウラ、大丈夫かい?」


見慣れない天井と大きな瞳の少女。

そして、とても美しい人が私を覗き込んでいる。

いままで王宮の庭園にいたはずなのに? ここはどこ? 


涙が渇いてパリパリになってしまった目元をこすりながら、ラウラは身体を起こした。


「起き上がって大丈夫かい、無理はしないでいいよ」


柔らかく響く低い声に、ラウラはハッとした。

ここは王宮じゃない。

目の前の美しい人はフィデリオ様、横に居るのはグレイスだ。

待って、私ったら調合施設で倒れちゃったの?


現実を実感して狼狽えるラウラに、フィデリオが優しく微笑みかけた。


「体調が悪かったのかい? 無理をさせてしまったのであれば……」

「いいえ、違います! 私が悪いんです」

「ラウラは何も悪くないわよ」

「ううん、私が……」


温室で大量に育っていた薬草を思い出し、ラウラは言葉を詰まらせた。

そんなラウラを見たグレイスは、小さな桶にお湯を注いでタオルを浸し、ぎゅっと絞った。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


ラウラは、僅かに湯気が立つタオルに顔を埋めた。

その温かさに、張りつめていた気持ちが緩んでいくのがわかる。

王宮の夢を見て泣いてしまったのか、目の周りがどんよりと重い。


ああーやってしまった。

せっかく仕事が決まったというのに、なんという失敗をしてしまったの。

初日に倒れてしまう子なんて、雇いたいはずがない。

はぁ、私は誰の期待にもこたえられないんだ……。


ラウラは、涙が出そうになるのをぐっと堪えたが、タオルから顔をあげることが出来ない。

どんな顔をすればいいのか、そして何を言われるのか、不安でたまらなくなっていた。


「ラウラ、疲れているなら今日はもう休んでいいよ」

「うんうん、フィデリオ様もこう言ってることだし、明日からにしましょ」

「え? 私クビじゃないんですか!」


二人に優しい言葉をかけられ、ラウラは慌てて顔をあげた。

少し驚いた顔をしたフィデリオが、目を細めてラウラの瞳を覗き込む。


「どうしてクビだと?」

「だって、こんな迷惑かけちゃって」

「迷惑なんて誰も思ってないよ。君がこの国に来たばかりなのは昨日聞いていたから、急ぎすぎたかなと思っていたところだ。きっと疲れが取れていないんだろう。すまなかったね」

「そんな、私こそ! 本当にごめんなさいっ」

「ラウラ」

「はい」

「謝らなくていいよ、君は何も悪くないんだから」


フィデリオは長い睫毛を瞬かせ、眉を下げて微笑んだ。

優しく口角をあげた薄い唇に、ラウラの心臓が小さく跳ねる。


駄目だわ、慣れなきゃ!

微笑まれただけでドキドキしてたら、仕事にならない。

本当にクビになっちゃう!


ラウラがあわてて視線を逸らすと、グレイスが手際よく動いている姿が目に入った。

温かいタオルを浸すために使った木の桶を、片付けている。

小さな鞄はチェストの上に置かれ、テーブルの上にはお茶が用意された。


あれ? あの鞄は私の……。

あっ! ここは私の部屋だわ。


ラウラは、今寝ている場所が自分の部屋だということに、やっと気が付いた。


倒れてしまった私を、誰かがここまで運んでくれたのね……。

あーもう! 想像しただけで、顔から火が出そう。


両手を頬に当てるラウラに、グレイスは目配せをして、いたずらっぽい笑みを見せた。

手に持っている銀のトレーのカバーをはずし、ティーカップの横に何かを並べ始める。

同時に、ふわりと甘い香りがラウラの鼻をくすぐった。

それに気づいたフィデリオが、テーブルの上を確認して席を立った。


「じゃあラウラ、しっかり食べて身体を休めるんだよ」

「はい、ありがとうございます」

「見送りはいいからね。何かあればグレイスに頼むといい。じゃグレイス、よろしく頼むよ」

「はいフィデリオ様、まかせてください」


元気よく答えるグレイスに、フィデリオは満足そうに頷くと部屋を出て行った。

部屋には、薬草と花の爽やかな残り香と、甘い香りが漂っている。


フィデリオが出て行った扉を、ラウラがぼーっと眺めていると、グレイスがベッドの横にちょこんと座った。

大きな瞳がぱちりと瞬く。


「先に荷物を整理して、何か食べて調合施設に行けばよかったわね。ごめんね」

「違うわ、勝手に倒れた私が悪いの……え、食べて?」

「だって、お腹すいてたのよね?」

「えっ、どうして?」

「ずっとお腹が鳴ってたから……」

「ずっと?」

「うん、運ばれてるとき」


グレイスの言葉を聞き、ラウラは自分のお腹に手を当てた。

朝は緊張でお腹がすいていなかったのに、いまは驚くほどペコペコだ。

部屋に立ち込める甘い香りに、さっきからお腹がきゅうっとなっている。

そういえば、この香りがした途端にフィデリオ様が部屋を出て行ったわ……。

まさか!?


「ねえグレイス……私のこと誰が運んでくれたの?」

「温室の前で倒れて、そこからリーアムとエルノが運んでたんだけど、屋敷に入ってからはフィデリオ様よ」

「ひっ!」

「大丈夫大丈夫、ラウラは小さいし、フィデリオ様はああ見えて力があるのよ。国が開催する剣術大会で何年も優勝してるんだって」

「そんなあ……」


昨日はじめて会った、今まで見たことがないくらい美しい人。

しかも、領主様であり今日からは私の雇い主!

そんな人に抱きかかえられて、ベッドまで運ばれたなんて!

グレイスが言うのが本当なら、私は倒れたうえにお腹をぎゅうぎゅう鳴らしてたってことになる。

ああああーーーー最悪だーーーー。


居たたまれなくなったラウラは、ベッドから立ち上がった。

その瞬間、子犬の鳴き声のようなきゅぅぅんっという音が、ラウラのお腹から鳴り響いた。

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