貞操逆転世界で三角関係
アリソン
第1話
冬原ハヤトは、今日もぼんやりとカフェのレジに立っていた。
「いらっしゃいませー」
口先だけの接客。手慣れた動作でコーヒーを淹れ、端末で会計を済ませる。
働いているのは、女性客に人気のカフェ。男である自分が接客係なのは、店長の方針だった。
──この世界では、男の貞操は“守るもの”とされている。
現代日本とよく似た文化、よく似た景色。けれど男女の価値観だけが、完全に逆転していた。露出が少ない服を着るのは男。性に奔放なのも、恋愛に積極的なのも、女のほう。
そんな世界に、俺は転生してきた。前世は普通の非モテ男子。事故に巻き込まれて、そのまま死んだ。気づけば、価値観が反転したこの世界で、顔面偏差値MAXの男として生まれ変わっていた。
──けれど、モテまくりの人生には、なっていなかった。
今、俺は23歳。カフェでアルバイトをしながら、気だるく日々を過ごしている。
彼女はいない。恋愛にも踏み出せない。
理由は簡単だった。高校時代、本気で好きだった相手に、思いっきり心を折られたからだ。そのトラウマが、心の奥にずっと残っている。
「……はぁ」
ため息と一緒に、次の客を迎える。
せっかくのイケメン人生、まるで活かせていない自分が情けない。
「ため息なんてつくな。客に見られたら印象が悪い」
背後から落ち着いた声が飛んでくる。
振り返れば、カウンター奥に立つ一人の女性。
店長──霧島薫。
白シャツに黒エプロン、きちんとまとめた髪。すらりとした立ち姿と、整った顔立ちが印象的な女性。けれど、その美貌の下に笑顔はない。常に厳格で、ミスには容赦がない。
「……気をつけます」
俺は軽く頭を下げる。
「疲れてるのか?」
珍しく、業務外のことを訊かれた。滅多にないことだ。
「寝不足なだけです。大丈夫ですよ」
「なら、後半はドリンクに回って。レジは別の子に任せて」
「え、いや……そこまでじゃ──」
「いいから。顔に出てる」
声のトーンは冷たい。でも、そこに“気遣い”が混じっていることを、俺は知っている。
──薫さんは、そういう人だ。
厳しいけれど、誰よりも店のことを考えていて。スタッフ一人ひとりに目を配ってくれている。
最近、彼女の視線を感じることが増えた。ふとした瞬間、見つめられている気がして──けれど目が合うと、必ず逸らされる。
気のせいだろうか。……いや、たぶん違う。
「……冬原」
「はい?」
「他に……やりたいこと、ないのか?」
唐突な問いかけに、一瞬だけ目を瞬かせる。
「え……?」
「いつまでも、こんなバイトでいいと思ってるのかってこと」
「うーん……。でも、嫌いじゃないですよ。薫さん、ちゃんと見てくれてますし」
薫さんは、わずかに目を見開いたあと、視線を逸らした。
「……そう。なら、いいけど」
それだけ言って、彼女は踵を返す。
その後ろ姿を、俺はしばらく見つめていた。
まっすぐな背筋。隙のない佇まい。
──たしかに、この店が居心地いいのは、彼女がいるからかもしれない。
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