左遷便
白川津 中々
◾️
左遷された男が飛行機に乗っていた。
男の名は畠山善。左遷理由は予算の着服である。つまるところ横領。本来警察沙汰だが、少額だったのと、問題を大きくしたくないという役員の思惑により地方流しの罰で落ち着いたのだった。畠山の異動先は税金を抑えるための赤字計上用支社であり仕事はもっぱら社内清掃と過去のDM内容チェックに終始している。いってみれば閑職。人によっては諸手で歓喜するような環境だが畠山は人知れず後悔の涙を浮かべていた。出世したいわけでもなかったが、彼にも意地とプライドはあった。それがズタズタに傷ついたとあらば、感傷くらいするだろう。身から出た錆であるが。
「こんにちは」
離陸前、隣の男性客から挨拶された畠山は簡単な会者もせず、寝たふりをした。誰とも話したくなかったのだ。しかし、男性客は諦めなかった。
「私はね、これから人生をやり直すんですよ。都会にはない悠々自適な生活を送るんです」
畠山は寝たふりを続けつつも、内心では、"田舎で悠々自適な生活などできるものでもない。賃金は低いしどこへ行っても知っている顔と出くわす。息苦しく、生きにくいだけだ"と男性客を小馬鹿にしていた。
「ねぇ、おたくはどうして田舎へ? 旅行?」
「……仕事ですよ」
あまりの声の大きさに、つい、目を閉じたまま畠山は答える。すると、男性客は「ほほぉ」ともっともらしく唸った。
「ぜひ頑張ってください。きっと素敵な生活が送れますよ」
「……」
畠山が薄目を開けると、男性客の晴れやかな笑顔を見ることができた。深刻な自分と随分差があるなとつくずく感じた彼は、深刻ぶっていたのが馬鹿馬鹿しくなり、せっかく楽な職場に行くのだから人生楽しむかと、前向きな気持ちになった。盗人猛々しいとはこの事である。
「お互い、しっかりやりましょう」
初めて畠山の方からそう声をかけた。
彼の顔からはもう、すっかりと後悔の影が引いていた。
左遷便 白川津 中々 @taka1212384
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