第三章 見えざる手
新宿のネットカフェでの捜査を終えた神崎透は、すぐに次の手を打つべく動き出していた。
Xコード――それがこの事件の鍵であることは明白だ。だが、その正体は未だ霧の中にある。
脳を消失させるプログラムなど、通常のシステムではあり得ない。
では、誰が、何のためにそんなものを作り、仕掛けているのか?
それを知るためには、まず「手を動かしている者」を特定しなければならない。
夜の東京。
高層ビルの合間を縫うようにして、神崎はとあるビルへと向かっていた。
目的地は「情報解析局」。政府機関の一つであり、サイバー犯罪やデジタルデータの解析を専門とする組織だ。
この事件の裏には、どう考えてもただのハッカーでは済まされない「手」がある。
それを暴くため、彼は黒澤という男を頼ることにした。
「……また厄介なものを持ち込んだな。」
情報解析局の一室。
薄暗い部屋の中で、神崎の向かいに座る男がぼやく。
黒澤――元エンジニアにして、今は政府の解析官。
「この波形、やっぱり見覚えがあるか?」
「ああ、間違いない。」
黒澤はディスプレイに映るXコードの波形データを指でなぞった。
「これは……もともとニューロリンクの開発初期に存在した”バックドア”の痕跡だ。」
「バックドア……?」
神崎の眉が動く。
「正式には”オーバーライド・プロトコル”と呼ばれていたものだ。ニューロリンクを装着した人間の脳波を外部から直接制御するための技術だよ。」
「脳波を……制御?」
「といっても、当時はただの実験段階だった。倫理的な問題が多すぎて、公式には廃止されたはずだ。ところが――」
黒澤はディスプレイの端を指差す。
「このXコードは、そのバックドアとほぼ同じ構造をしている。」
「つまり……誰かがバックドアを改造し、密かに”生かしている”?」
「そういうことになるな。」
神崎は腕を組んで考え込んだ。
バックドア――本来なら開発者しか知り得ない情報だ。
それが今、Xコードとして流出し、実際に人間の脳に影響を与えている。
では、それを操作している”手”は、いったい誰なのか?
「開発元は?」
「言うまでもなくオメガ・ニューロテック社だろう。」
黒澤が即答する。
ニューロリンクの開発を主導した巨大企業。
そこに、何かがある。
神崎は直感でそう感じた。
「オメガ・ニューロテックの内部データにアクセスできるか?」
「おいおい、国家レベルのセキュリティが敷かれてるぞ?」
「だが、お前ならできる。」
「……チッ。」
黒澤は舌打ちしながら、キーボードを叩き始めた。
数分後、ディスプレイに映し出されたのは、オメガ・ニューロテックの極秘ファイルだった。
『プロジェクト・Nexus』
そのタイトルを見た瞬間、神崎の背筋に冷たいものが走った。
「Nexus……?」
「これは……やべぇな。」
黒澤が低くつぶやく。
「Xコードは、最初から”ある目的”のために設計されていた可能性が高い。」
「目的……?」
神崎は画面を凝視する。
そこには、驚くべき記述が残されていた。
『ニューロリンクの完全同期を実現するため、意識データの圧縮および転送技術を試験的に導入。
実験対象:被験者No.001〜No.050』
――実験対象?
――圧縮および転送?
神崎の脳裏に、過去の被害者たちの姿が蘇る。
まさか……彼らの脳は、ただ消失したわけではない。
“吸収された”のではないか?
「……まさか、“意識”をデータ化している?」
黒澤が黙ったまま、さらに奥のファイルを開く。
すると、そこには更に衝撃的なデータが記されていた。
『意識転写実験 第3段階:クラウド統合テスト』
『データ収集対象:オープンユーザー群(制限なし)』
――制限なし。
つまり、誰にでも適用可能な状態になっている。
神崎は歯を食いしばった。
誰かが、“意識”をデータ化し、それをクラウドへと集約している。
そして、すでにその実験は始まっている――。
この事件の背後には、“見えざる手”がある。
その手は、着実に人々の脳を”回収”し続けている。
そして、その黒幕は、おそらく……。
神崎の中で、ある確信が生まれた。
「次の被害者が出る前に、この手を掴まなければならない。」
彼は決意を新たにした。
この”見えざる手”を暴くために――。
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