例えそれが偶像だとしても
湖城マコト
例えそれが偶像だとしても
「みんなー! 今日は来てくれてありがとう!」
今を時めく人気アイドル、エイミーがステージ上に登場すると、会場内は大きな歓声に包まれた。
これまでにリリースしたシングル、アルバムは全て大ヒットを記録。イメージキャラクターを務めるCMの商品は軒並み売り上げを伸ばし、先日出版された写真集は発売前から重版がかかり、早くも次の写真集の企画が動き始めている。
そんな人気絶頂のエイミーの初のドーム公演。チケットは即日完売し、会場内も満員御礼だ。エイミーは間違いなく、時代を代表するトップアイドルだった。
「1曲目は、私のデビュー曲」
会場内が再び興奮に包まれる。エイミーのデビュー曲はファンからの人気が最も高く、それを一曲目から聞けるとなれば、興奮しないわけがない。
「いくよー! 『
エイミー自身が作詞を担当したことでも知られる代表曲「私的革命」のイントロが流れ、会場内のボルテージはさらに跳ね上がった。
「もの凄い盛り上がりですね」
「エイミーも楽しそうだ。ずっとこの日を夢見てきましたから」
ステージ裏で、エイミーの所属事務所のプロデューサーである
エイミーのデビューに、当初は一喜以外の全ての事務所関係者が「こんなアイドルが売れるわけがない」と反対していた。それでも、これまで数々の功績を上げてきた一喜が、自らの進退をも懸けてエイミーを推したことで、最後は事務所側が折れた。
大々的な宣伝は出来ないという条件でエイミーのデビューが決まり。3年前にエイミーは、アイドルとして世にはばたいた。
事務所の予想通り、デビュー直後の世間の反応は冷ややかなものだったが、ある歌番組でエイミーが生歌を披露したことで、世間の評価は一気に変わった。
エイミーの声に、その圧倒的にパフォーマンスに、その晴れやかな笑顔に、誰もが惹かれていった。
そこから先の人気はまさにうなぎ登りで、デビュー3周年を迎えた今日。ついにドーム公演を実現してみせた。
決してここがゴールではない。エイミーはこれからもどんどん成長し、アイドル史を塗り替えるような存在になれる。それだけのポテンシャルをエイミーは秘めていると、碧山は確信していた。
「失礼ながら、デビュー前はエイミーちゃんがここまで売れるなんて誰も思っていませんでした。碧山さんの先見の明には驚かされます」
「先見の明だなんて大そうなものではありません。エイミーをアイドルとしてデビューさせてあげたい。ただその一心でした」
「またまたご謙遜を。アンドロイドをアイドルとしてデビューさせるなんて発想、そうそう出来るものではありませんよ」
スタッフの言う通り、エイミーは人間ではなくアンドロイドだ。
アンドロイドがパフォーマーやコーラスとしてコンサートに参加したケースはあるが、アンドロイド単体でアイドルとしてデビューしたケースは、エナが初めてだった。
機械であるアンドロイドにアイドルなんて務まるはずがない。
物珍しさで客を引こうとしてるだけだ。
アンドロイドに歌唱なんて概念があるのか?
当初は世間の目も冷ややかだったが、エイミーは圧倒的な実力でそれらの意見をねじ伏せてみせた。否、虜にしてみせた。人かアンドロイドかなんて最早関係無い。エイミーという存在は人々を惹きつけ魅了している。彼女は間違いなくアイドルだった。
「
「分かりました」
スタッフに断りを入れ、一喜はエイミーのメンテナンスルームを兼ねた衣裳部屋へと向かった。そこにはエイミーの開発者でもあり、一喜の幼馴染でもある、
「エイミーがドーム公演か。とうとうここまでやって来たんだな」
ステージをモニター越しに観賞していた譲二が、感慨深げにエイミーのパフォーマンスに見入っていた。頬には熱いものが込み上げてきた跡が残されている。
「そうだな……」
譲二とは対照的に、一喜は浮かない表情をしている。一番近くでエイミーを支え、ドーム公演実現の立役者の表情とはとても思えない。
「何か不満か?」
「不満なんてないさ。俺たちはファン3号だぞ……ただ思い出してしまっただけだよ」
「
――本当に、詠美の願いは叶ったのだろうか?
一喜は詠美と過ごした日々に思いを馳せる。
いつも笑顔の中心にいて、誰よりも輝いていた
彼女が死んでから、もう18年になる。
※※※
「私、将来はアイドルになって、絶対にドーム公演を成功させるんだ」
詠美が初めてその夢を口にしたのは、中学一年生の頃だった。
夢見がちな少女の戯言と思う者もいるかもしれない。だけど、いつも詠美を一番近くで見ていた幼馴染の一喜と譲二は、その夢を心の底から応援していた。
実際、詠美は歌がとても上手だったし、運動神経抜群でダンスの切れも良い。笑顔が素敵でいつも友達の輪の中心にいる太陽のような子。詠美には間違いなく、才能があった。少なくとも一喜と譲二には、アイドルとしてステージに立つ詠美の姿を容易に想像することが出来た。
「一喜くんと譲二くんの将来の夢は?」
詠美の問いかけに、先に口を開いたのは譲二だった。
「僕はもちろん。アンドロイドの研究者さ。アンドロイドは無限の可能性を秘めている。僕自身の手で、その可能性をさらに広げたい」
譲二の夢は幼少期から一貫している。父親がロボット工学の権威で、幼いころからアンドロイドに触れる機会が多かったのことはもちろん、好奇心の塊である譲二は小学一年生の頃には独学で機械いじりを始めていた。譲二にとってアンドロイド研究の道に進むことは夢を越えて、もはや必然に近い。
「一喜くんの夢は?』
「俺には、まだ夢は無いな」
当時まだ中学生だ。具体的な将来のビジョンを描けていなくとも無理はない。それがまさか十数年後、アイドル事務所のプロデューサーになっているなど、この頃の一喜は夢にも思っていなかった。
月日は流れ。一喜たちは高校一年生の夏を迎えた。
「オーディション。最終選考まで残ったよ」
中学時代からアイドルを目指して積極的に活動していた詠美がこの夏、某大手アイドル事務所の新人オーディションの最終選考に残った。アイドルデビューの夢は、もう目前まで迫っていた。
「ファン1号は俺だからな」
「いや、僕だよ」
絵奈のファン1号の座を巡って、一喜と譲二の小競り合いが始まるが。
『駄目だよ。ファン1号2号はおじいちゃんとおばあちゃん。二人はその後だよ』
「……流石に叶わないな。それじゃあ僕は3号で」
「俺が3号だ。お前は4号」
越えられぬ壁の前に一喜と譲二はあえなく敗退するも、新たな小競り合いが始まる。
「私のために争わないの。二人とも3号。これで解決!」
強権を前に、一喜と譲二は素直に頷いた。元々本気で争っていたわけではない。お互いにお互いのことを、詠美を支える大切な仲間だと思っている。平等に3号の権利を手に入れられたことは、むしろ誇らしかった。
「詠美は間違いなく夢を叶える。僕も負けてられないな」
譲二もまた、夢に向けて邁進していた。ロボット工学の名門である国立大学へ進学するために勉学に励み、入学以来トップの成績を維持している。
『俺は……』
一喜は、まだ夢や目標を見つけられないでいた。漠然と大学へ進学しようとは考えているが、その先のことは、まだ何も考えてはいない。
悲劇は、唐突に訪れた。
「詠美が……死んだ?」
あまりにも唐突な出来事に、一喜はその事実をすぐには受け止めることが出来なかった。詠美は帰宅途中に横断歩道を渡っていたところ、運転手の体調不良で暴走した、信号無視のトラックに撥ねられ亡くなった。即死だったという。
アイドルオーディション最終選考の、二日前に起こった悲劇だった。
誰からも愛される太陽のような存在だった詠美は、夢を叶える寸前に、理不尽にその道を閉ざされてしまった。さぞ無念だっただろう。
誰もが彼女の死を悲しみ。大粒の涙を流した。
「……どうして、こんなことになっちまったんだろう」
通夜の会場に向かう途中。一喜は譲二と一緒に、生前の詠美と三人でよく立ち寄った公園にいた。いつもいたはずのもう一人がいない。その喪失感はあまりにも大きい。あの日、放課後に詠美を遊びに誘っていたら。トラックの運転手が体調を崩さなければ……巻き込まれたのが自分だったなら。人は決して過去には戻れない。だからこそ、イフを想像せずにはいられない。
「……一喜。詠美の夢、僕らで叶えてあげられないかな?」
「詠美はもういないんだ。どうやって詠美の夢を叶える?」
「これを見てくれ」
譲二が見せてきたのは、とあるサイエンス雑誌の切り抜きで、そこに記されている内容は衝撃的なものだった。
「故人の生前の性格を再現したアンドロイドの開発に成功」
「この技術がさらに進めば、詠美をアンドロイドとして蘇えらせることが出来るかもしれない」
「だけどそんなこと……」
「僕はやるよ。何年かかろうとも、僕はこの研究を発展させ、詠美をアイドルとしてステージに立たせてみせる」
譲二の眼差しは真剣そのもの。それ故に狂気すらも感じられた。
お前はどうする? そう覚悟を問われている。
「俺も、詠美の夢を叶えてやりたい。例え、どんな形であっても」
詠美の夢を叶えてやりたい。アイドルとしてステージで輝く詠美をこの目で見たい。一喜にとっては、将来の目標が明確になった瞬間だった。
一喜は大学を卒業後。大手芸能事務所へと就職した。
全ては、譲二が詠美を再現したアンドロイドの開発に成功させた後に、アイドルとしてデビューさせる環境を整えるためだ。
発言力のある立場を手に入れるために、毎日必死に働いてきた。仕事が認められ、徐々に大きなプロジェクトに関わる機会も多くなった。大胆な発想でピンチをチャンスに変え、プロジェクトの危機を救ったこともある。そうして入社から約8年。独自の采配でアイドルを一人デビューさせられるだけの立場は手に入れた。
「見てくれ一喜」
ほぼ同時期に、譲二も目標を達成した。
「詠美だ……」
15年前に喪ってしまった、大切な存在が蘇った。
譲二の開発したアンドロイドは、生前の詠美の特徴を完全に再現していた。顔立ちや背格好はもちろんのこと、声や歌唱力、笑い方や細かな癖に至るまで絵奈そのものだった。
「久しぶりだね。一喜くん」
懐かしい声でそう呼ばれた時。一喜の目には涙が浮かんだ。
「僕はこのアンドロイドをエイミーと名付けた。漢字ではなくカタカナでだ。本当の絵奈との区別は、一応つけないといけないからね」
「カタカナでエイミーか」
「エナの性能は生前の詠美に準じている。歌唱力、身体能力、笑い方。全てが絵奈そのものだ。つまり、ポテンシャルはそのまま、生前の絵奈の実力ということになる」
むしろ安心した。絵奈だって、偽りの実力で評価などされたくはないだろう。
「後は一喜の仕事だ。エイミーを輝かせてあげて。詠美の夢を叶えてあげてくれ」
「全力を尽くすよ」
※※※
そして今日。詠美が中学生の頃に描いた「ドーム公演」という夢は、生前の彼女を再現したエイミーによって叶えられた。
詠美自身がそれを叶えたわけではない。そんなことは分かっている。それでも詠美の姿をした存在が、詠美の歌声で、詠美の笑顔で、ステージの上で輝いていた。この事実は、共に夢に向かって邁進してきた一喜と譲二にとっては喜ぶべきこと。喜ぶべきことのはずなのに。
「一喜くん。私のステージどうだった?」
ステージを終え、控室に戻って来たエイミーは一喜に駆け寄り、開口一番そう言った。譲二は関係者とのやり取りで、今は席を外している。
「素晴らしいステージだった。エイミーは最高のアイドルだ」
「やったー、褒められた」
エイミーは嬉しそうにその場で一回転した。褒められると回りたくなる。学生時代の詠美にもそんな癖があった。
――絵奈の夢は叶った……いや違う。叶ったのは俺たちの夢だ。
詠美の夢を叶えたい、その一心で頑張ってきた――つもりだった。
だけどある日、一喜は気づいてしまった。一番に叶えたかったのは詠美の夢ではなく、自分自身の夢だったのではないかと。
ステージ上で輝く詠美を一番近くで見たかった。一喜が叶えたかったのは、きっとその夢だったのだ。
譲二だって、心の奥底にはアンドロイドの研究者としての
詠美の夢を叶えるという大義名分を掲げておきながら、結局自分達のエゴを押し通していただけなのではないか?
いまさら後戻りなんて出来ない。これまでの人生を否定することなんて出来ない。だけど、自分たちの行いが果たして正しかったのかどうか、一喜は自信を持てないでいる。
こうなることは始めから分かりきっていた。
それでもあの時、譲二の誘いに乗らなければきっと、もう詠美が存在しないという現実に押しつぶされて、無気力で堕落した人生を送っていたに違いない。例えそれが偶像だとしても、夢を見続けるしかなかった。
ライブの成功を、どう報告したらよいのだろう。エイミーに笑顔を向けながらも、一喜は詠美の墓前の前に立つ自分の姿を想像することが出来なかった。
「ステージは楽しかったかい?」
「うん。凄く楽しかったよ!」
その言葉がエイミーとしてのものなのか、詠美としてのものか。一喜には分からない。エイミーの顔を見ていられらずに、一喜が目を伏せて俯くと。
「偶像なんかじゃない。ステージで輝くエイミーとファンの笑顔は、紛れもない本物だったよ」
心を見透かされたような気がして、一喜は顔を上げてエイミーの顔を見た。
「今の言葉って」
「どうしたの? 一喜くん」
エイミーはキョトンとした様子で小首を傾げた。発言に心当たりはないようだ。幻聴だったのだろうか。それとも。
「そうだな。偶像なんかじゃない」
エイミーがたくさんのファンにかけがえのない時間を届けている。それは決して偶像などではない。エイミーがステージから戻ってもなお、会場にはまだたくさんのファンが残っていて、そこには確かな血と感情が通っている。エイミーは多くのファンに愛されているのだ。
始まりは二人の少年が見た、身勝手な夢だったのかもしれない。
だけど今確かに、この場所に一人の輝かしいアイドルが存在している。
それを否定してしまうことはファンに対する冒涜だ。そんな当たり前のことに、今更ながら気づかされた。
「プロデューサー失格だな。詠美にも笑われる」
ライブが終わったら、エイミーの墓前に報告をしよう。
自分の弱い部分も含めて、全てを包み隠さず報告しよう。
一喜はそう心に決めた。
「最高のステージだったよ。エイミー」
了
例えそれが偶像だとしても 湖城マコト @makoto3
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