第35話 勇者一行、王と再会

~前回のあらすじ~

特有の“におい”を根拠に、カロニアと彼女を追っていた男たちがティサン人と断定したレピ。

リリニシアは男たちの“娘を探している”という言葉を嘘で、“後ろめたいことがあり、ヤクノサニユ王国に気付かれたくない”と推理を披露するとレピは賛同し、その“後ろめたいこと”の正体を考えることを課した。

シェリルはここまでのやり取りで、レピがカロニアのことを“あの少女”としか呼ばないことに、違和感と不快感を抱く。

城に辿り着きリリニシアを降参を宣言するも、レピ自身も分からないことを明かし、リリニシアに“大切な考え方”を説く。

納得はしたものの、それはそれとしてレピの頬に強烈な一発を見舞うのだった。



「戻りましたわお祖父様ー!!」


 玉座の間に繋がる荘厳な扉を勢いよくこじ開け、リリニシアは大声で帰還を宣言した。


「リリニシア!よくぞ戻った…!なかなか帰って来んから心配したぞ!扉はもっと静かに開けろな?」


 その姿に、王は思わず玉座から立ち上がり、感嘆の声を漏らす。


「シェリル、スウォルも…よく戻った」

「はっ」


 次いで姿を見せ、跪く二人を労う。


「伝え聞いた通り、二人ほど見慣れぬ者もおるようだな」


 二人を真似るレピとリエネに視線を移した。


「知ってるんなら話が早いですわ!紹介します!お二人とも、お顔をあげてくださいな!」

「なんで勝手に進めとるの?」


 王の許可なく、リリニシアは勝手に場を仕切り、二人を立ち上がらせる。

 同時に王は口で抗議しながらも、大人しく玉座に腰かけた。


「こちらはレピ・エルトナさん。途中で出会ったマキューロ人の魔術師様ですわ」

「ほう、マキューロの。…む、頬赤くないか?片方だけ」

「どうかお気になされませぬよう。お目にかかれて光栄です、ゼオラジム国王陛下」


 レピは想像していたよりも砕けた王の雰囲気にやや拍子抜けしながらも、表に出すことなく、今度は立った状態のまま、深々と頭を垂れた。

 王は目を細め一通り値踏みした後、もう一人の“見慣れぬ者”に目をやる。


「ではハリソノイア人というのは…」

「えぇ、リエネ・セキュトノクさんですわ」

「ハリソノイア大王、ユミーナ・クオシャーの命により、リリニシア様やドラベレアルご姉弟に同行させていただいております」

「…ふむ。それが新たな大王の名か」

「はっ」


 同じく頭を下げたリエネ──先日まで敵であったハリソノイア人を、王はレピに対するそれ以上に入念に、慎重に、険しい表情で見定める。

 周囲に緊張が走るが、対するリエネも臆することなく、ただ堂々とそこに居た。


「色々と聞きたいこともあるが、まずはお主らの報告からか」


 王がふと表情を弛ませ、空気が一気に弛緩する。

 リリニシアは胸を張り、一歩前に踏み出した。


「そうですわね!まずハリソノイア──」

「待て」


 ──が、王は制する。


「なんですの?」

「この任務はシェリルとスウォルに言い渡したもの。二人を“主”とするならば、お前はあくまで“従”の立場。従たるお前の出る幕ではない。──下がれ」

「…」


 二人が静かに睨み合い、一度緩んだ空気が瞬く間に張り詰める。


「…そうですわね。確かにワタクシ町を出てすぐ、仲間であって姫ではない、とお二人に言った覚えがありますわ」

「…それはワシ知らん」

「──分かりました。仰せのままに、


 リリニシアは普段より低く、落ち着いた声で答え、祖父に対してではなく、国王に対する一礼の後、踏み出した足をそっくりそのまま引っ込めた。

 レピはその威圧感に拍子抜けしていた王への印象を改め、リエネはその二面性にユミーナを重ねた。


「見苦しいものを見せたな。二人とも、報告を」

「は、はい!」


 一方、シェリルとスウォルも驚きを隠せずにいた。

 王がリリニシアに厳しく接する姿、そして明らかに不本意なことが見て取れるにも関わらず、抵抗もせず身を退くリリニシアの姿を初めて見たからだ。

 二人で視線を交わした後、シェリルが頷き、口を開く。


「えと…結論から申しますと、ユミーナ様ご自身はすぐに和睦にご賛同くださりました」

「ご自身…?ワシの考えていたより、随分戻るのが遅かったが」


 首を捻る王に、シェリルは手でリエネを示しながら続ける。


「彼女の案内もあり、ユミーナ様には一月ひとつきもせずにお会いできたのですが、ユミーナ様ではなくハリソノイアの国民の理解を得る為、魔物討伐の任を請け負い、北東の防衛線に参加して参りました」

「国民の?どういうことだ」

「出立前に陛下が仰られた通り、大王がユミーナ様に代わり、その方針が先代の──というより、ハリソノイアの気風とかけ離れている為、国民に混乱が見られる、という状況でした」


 シェリルの説明に王は頷き、次なる質問を重ねる。


「…ふむ、遅かった理由は分かった。して、その現大王の方針というのは?」

「ユミーナ様は“ハリソノイアは変わるべき”だと仰られました。平和と外交を重んじるべきだと」

「なに!?ハリソノイア人がか!?」


 王が目を丸くし、驚愕する。


「しかし陛下が驚かれたのと同様、国民は大半その方針を受け入れていません。そこで私たちが、ハリソノイア人にとって重要な強者であることを証明し、協力することが有益との認識を植え付ける為、魔物の討伐を」

「ふむ…」

「それをユミーナ様が喧伝する、という策でして、少なくとも私たちに対する反応は大きく変わりましたので、概ね成功、と見てよろしいかと」

「以降は現大王の手腕に期待、と言ったところか。そのユミーナとやら、ハリソノイア人にしては頭がまわ──済まぬ、言葉が過ぎた」


 差別的な言葉を口に出しかけた王はリエネの存在を思い出し、慌てて訂正した。


「…ユミーナ大王は日常的に、自国の民を“野蛮人”とか“バカしかいない”と口にしておりますので、お褒めの言葉と喜ばれるかと思います」

「えぇ…?それ口に出しちゃうの…?」


 困惑を隠せぬ王に、リエネは“彼自身も思うこと自体はあるのだろうな”と思いながらも表に出さず、涼しい顔で続けた。


「故にこそ、“自らが長となり変えねばならぬ”とお考えです」

「それが下克上の理由か」

「ご明察です。…大王から言伝ことづてを預かっております」

「聞こう」

「はっ。シェリル殿が仰ったように国内の情勢が安定していないことに加え、ドラベレアルご姉弟きょうだいが他国を回らねばならぬ忙しい身であることを鑑み、敢えて和睦についての詳細は固めておりません。ヤクノサニユ人を敵視する国民も多く危険が見込まれる為、追ってハリソノイアから使者を遣わせるまでお待ちいただきたい、とのことです」


 ユミーナからの言伝を黙って聞いていた王は、ふと苦々しそうに、攻撃的な笑みを浮かべた。


「ふっ…協力を得たくば主導権を渡せ、と?」

わたくしめには、お預かりした言伝以上のことは分かりかねます」

「ふん。ユミーナ・クオシャーか…食えぬな。これなら先代のバ──あーえっと…いいやもう。あのバカの方がよほど扱いやすかったやもしれぬ」


 再び失言を放ちそうになり一度踏みとどまるも、ユミーナの自国の民への罵倒を聞いた王は気遣いを止め、思うところをそのまま口にし、苦笑した。


「しかしながら──」

「む?」


 リエネは王の言葉を遮らぬよう終わりを待ち、続ける。


「これは私見ですが…ユミーナ大王本人としては、言葉以上の裏の意味などは込めていないのではないか、と考えます」

「ほう、ワシの深読みか?何故そう思う?」


 反論したリエネを、王は鋭い目で射竦いすくめる。


「単純な人間です。“襲われることがあれば殴り倒すから、他国の使者は無条件で案内しろ”と命じられております」

「ねぇやっぱバカしかいなくない?」

「先にお伝えした通り、大王も同意見で──」

「それは聞いたけど本人含むと思わんじゃん普通。…実際に会った印象は?」


 リエネの“私見”を信用しきれない王は、信頼のおける人物に見解を問う。

 まずはシェリルが答えた。


「先ほどの策もユミーナ様の考えですので、考える能力がない、という訳ではないかと思いますが…個人的には、リエネさんの言った通り、まっすぐな方だという印象です」

「ふむ」


 次いでスウォル。


「考えとかは分かりませんけどめっちゃ美人でした」

「マジで!?女子おなごなの!?」

「お祖父様?」

「…んん。リ、リリニシアはどう見た?」


 咄嗟に咳払いし、話を逸らした王を見て、リリニシアの口から出る“キモい”などの語彙はここから来るものなのだろうな、と思いながら、レピがそのやり取りを眺めている横で、スウォルの脇腹にはシェリルの肘が突き刺さっていた。


「まったくお祖父様まで…!馬車をくれたり支援はしてくださいましたし、おっかない所はありましたが、ワタクシも悪い印象はありませんわ」

「ふむ…覚えておこう」


 怒り混じりのリリニシアの意見を聞いた王は、ユミーナが策謀を巡らせている可能性は捨てず、しかし彼女たちの言葉を受け止めた。


「それで、陛下」


 新体制となったハリソノイアとの付き合い方を頭の中で検討し始めた王に、シェリルは申し訳なさそうに、躊躇いがちに声を掛けた。


「む、済まぬ。話は終わっておらぬな」

「いえ。次の目的地なのですが、マキューロに向かいたいと考えています」

「ほう。何故マキューロなのだ?」

「先ほどリリニシア様が仰ったように、こちらのレピさんはマキューロ人です。彼の助けがあれば、旅路・交渉とも、より円滑に進むかと」


 今度は軽く、会釈程度にレピは頭を下げる。


「…よかろう。だが気を付けよ。同盟国ではあるが、ハリソノイアが仕掛けてこなくなって以来、形骸化していると言っていい。そのハリソノイアと結んだことに反感を持たれる可能性もある」

「はっ!」

「…それでお前は、また行くのか?」


 威厳を振り撒いたり、緩めたりと声色を操っていた王が、ふいに弱々しい声で孫娘に尋ねた。


「もっちろん。自分で言うのもなんですがゴリッゴリに役立っておりますのよワタクシ」

「…」


 本人の主張を受け、声に違わぬ弱々しい眼差しを向けられたスウォルが答える。


「俺もリリニシア様がいてくださって、随分助けられました」

「私たちとしては、これからも是非ご同行願いたく思います」


 シェリルも同調する。


「…分かった。もはや何も言うまい。──リリニシアのこと、よろしく頼むぞ」

「はい!」


 二人は力強く答えた。


「では行くがよい、新たな勇者たち──」

「ちょーっとお待ちくださいな!」


 孫娘を含む一行を見送ろうとする王を、リリニシアが遮った。


「なんだ、いいところで」

「お祖父様にいくつか聞きたいことがございますのよ!」

「なんだ?」

「まずはレピさんからどうぞ!」


 促されたレピが、一歩前に出る。


「僭越ながら──“禁じられた魔法”についてご存知ではないでしょうか」



~次回予告~

レピの問いに目を見開き、何かを言いかけ、やめる王。

ついでリリニシアは、廃村の滅亡した時期を例に、教育の在り方を問いただす。

その不満を聞き届けた王は、再び旅立とうとする一行を引き留め、シェリルとスウォルに大事な話がある、と語り始める。


次回「王の告白」

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