第34話 お嬢様の独壇場
~前回のあらすじ~
民衆のど真ん中でレピに熱視線を送るカロニアと名乗る少女は、人だかりの外から聞こえてきた声に反応し、急いで立ち去った。
まもなく現れた声の主たちは、“娘であるカロニアを探している”と言う。
不審がったリリニシアは彼らを欺き、“見付からなければ城に”と促し名を明かすと、男たちは顔色を変え、逃げるように姿を消した。
名乗るまでリリニシアが分からなかったことから他国人であると推測した一行に、レピは三人がティサン人であると告げる。
「ティサン?なんで分かるんすか?」
カロニアと彼女を追う男たちを“ティサン人である”と断定したレピに、スウォルは首を捻った。
「
「えっ」
「レピさん、女の子の匂いを…?」
「お前、さっき手を顔に近づけていたのは…」
「違いますよお三方ー?」
リリニシア、シェリル、リエネがゾッとした表情を隠さず冷たい目線をぶつけると、レピは普段と異なる威圧的な笑顔で答えた。
「自然には存在しない…おそらく精製した鋼や薬品の、ティサン特有の
「あぁ、そういう…」
三人が心底安堵したように声を揃えるも、レピは構わず続ける。
「特にあの少女、ひどく
「けど鋼なんてヤクノサニユにもあるし、そもそも俺たちだって身に付けてるぜ?鎧とか」
三人と異なり、スウォルは興味深げに聞いた。
「比較にもなりません。まだ手に
「へぇ~。俺は気付かなかったなぁ」
「嗅いだことは嗅いだのか、少女に握られた手の残り香を」
「なんでそう気持ちの悪い切り取り方するんですか」
リエネの茶々に、レピは深くため息をつく。
言葉の端々から不快感を察したシェリルは、控えめに、恐る恐る口を開いた。
「にしても、あんまり女の子に
「そうですわ!あれだけ熱烈に求愛された感想が“
リリニシアも同調し、レピを糾弾する。
レピはうんざりした風を隠さずに反論した。
「だから本人の前では言わなかったんですよ。というか、求愛なんて大袈裟な物ではないでしょう?たぶん倍くらい違いますよ、歳」
「まっ!幼いからって軽んじてらっしゃいますの!?分かってませんわ~レピさん!」
「そういう訳では──」
レピの主張を待たず、シェリルも畳み掛ける。
「ダメですよレピさん!確かに小さかったですけど、気持ちは本物のはずです!カロニアちゃんが聞いたら傷付きますよ!?」
レピが静観している二人に視線を送るも、リエネは黙って首を横に振り、スウォルは文字通り“お手上げ”をして見せた。
「…すみませんでした」
釈然としないまま、レピは謝罪を口にした。というより、させられた。
まったくもう、とシェリルがプリプリ怒っている横で、リエネは真面目な表情で切り出した。
「それより彼女が追われていたことが気になる。カロニアが“特に”ということは、あの男たちからも、お前の言う“ティサンの
「えぇ、間違いありません」
「“娘”と言っていたが…」
「たぶん嘘ですわね」
リリニシアも真顔を作り口を挟む。
「分かるのですか?」
「そもそもはぐれた親が迎えに来たなら、カロニアさんが逃げるはずないじゃありませんの」
「いや、それはそうなんですが…」
そんな分かりきったことを、と言わんばかりに肩を落としたリエネに、リリニシアは言葉を続けた。
「──というのが一番分かりやすいですが、レピさんの仰った通り、カロニアさんは十歳前後と見ました。異国の地で幼い娘とはぐれた親にとって、ワタクシの提案を断る理由などないはずですわ。…あくまでヤクノサニユ人の感覚で、ティサンの方にとっては違う、と言われれば破綻しますが」
リリニシアは、“感覚の違う異国人”であるレピとリエネを一瞥し、更に続ける。
「そうした“親心”が共通であると仮定した上で、ワタクシの提案を断る理由があるとしたら?」
「娘って言うのが嘘で、
全員に投げ掛けたリリニシアの質問に、シェリルが答えた。
「えぇ。現在、入国に制限を設けてたりはしませんから、娘とはぐれた旅行者なら、ワタクシを頼ってもなんら問題ないはず。つまり、親子というのはワタクシたちに向けた出任せ、というワケです」
「なるほど…」
「なんでそんな嘘ついたんだ?」
リエネが深く頷き、唸る横で、スウォルは次に浮上した疑問をまっすぐにぶつけた。
リリニシアは意味ありげに仲間たちの顔を見回してから重々しく、しかしどこか楽しげに口を開く。
「あの方々が“娘を探している”と言ったのはワタクシが名乗るより前でした。つまり、相手が
興が乗ったか、リリニシアの口の回転は加速する。
「加えてワタクシが名乗った直後の反応、嬉しくはなさそうでしたわね。──何か後ろめたい事情があり、ヤクノサニユ王国に存在を気付かれたくなかったから、ではないでしょうか!」
リリニシアは鼻息荒く一通りの推理を披露すると、レピに目を向けた。
「どう思われますかレピさん!」
「僕も同じ考えです。少なくともはぐれた親子ではなく、出来れば誰にも気付かれることなく、あの少女を見つけ出したかったでしょうね」
「そォら見たことですのォ!!」
レピの同意を得たリリニシアは、力強く握った拳と、勝ち誇った顔を見せ付ける。スウォルに。
「なんでこんなはしゃいでんだ、このお姫様は」
「ではリリニシア様、彼らの“後ろめたい事情”とはなんでしょうか?」
「え?」
そのレピが背後からリリニシアを刺した。
握り拳をスウォルに向けたまま、顔だけをレピに向ける。
「その後ろめたい事情が分かれば、あの方々が何故ヤクノサニユにいるのか、ヤクノサニユで何をしようとしているのか、といった点まで踏み込めそうですが」
「…」
「お城までまだ少し歩きますよね?その間考えてみてください」
「わ、分かりましたわ。やってやりますわよ…!」
あれだけ饒舌に捲し立てていたリリニシアが足音以外の音を発さなくなり、スウォルとリエネは改めて、機嫌を損ねることなく黙らせる扱いの上手さに舌を巻いた。
そのレピはニコニコと、どこかで見たような笑顔でリリニシアを見ている。
一方シェリルは、カロニアと出会ってからのレピの言葉選びに対し、強い違和感と僅かな不快感を抱いていた。
以降、レピの言動に注視することを決意した。
それから一行は、静かに考え込むリリニシアを除いて雑談しながら歩みを進め、やがてヤクノサニユ城に辿り着こうとしていた。
「こうして下から眺めてみると、確かに大きさではハリソノイア城に劣るかも知れませんが、立派な城ではありませんか」
レピは城を見上げ、ハリソノイア城を見て悔しがったリリニシアの反応を思い出しながら呟いたが、当のリリニシアは必死に問題の答えを探していて、やがて──。
「だぁーもっ、分っかりませんわー!降参です!何が後ろめたかったのか教えてくださいませ!!」
降伏を宣言し、レピに頭を下げた。
「え、僕は分かりませんよ?」
対するレピはかつて、ユミーナがリエネの加入をあっさり許可すると見抜いていた時と同じ、異様な笑顔で答えた。
「はぁ!?」
「その答えを出すには、現状では手懸かりが足りません」
「なんっ…ですのそれぇ!?」
「なんですの、と言われましても、“僕は分かる”とか言っておりませんし」
「じゃあワタクシが考えに考えたこの時間は無駄だったってことですの!?」
飛びかからんばかりの勢いで吠えるリリニシアに、レピは異様な笑顔を納め、真剣な表情で語りかける。
「いえ、それは違います」
「
「重要なのは“何が分からないかを正しく認識すること”。そして“その答えを無理矢理決め付け、分かった気にならないこと”です。分からないことを考えるのは、決して無駄ではないと、僕は思います」
「…」
かく言うレピ自身が魔術増幅の解明に当たり、何度も“手掛かりが足りない”と話していた事や、廃村の調査も“分からないという結論になると思う”と話していたことを思い出し、レピの主張に一理あると感じたリリニシアは、反論することなく黙り込む。
「納得していただけましたか?」
「えぇ、仰る通りだと思います。大っ変参考になる、ありがたぁーい教えでしたわ。──それはそれとして一回キレてもよろしくて?」
「あ、出来ればご遠慮いただけると──」
「出・来・ま・せ・ん・わっ!」
門番に馬車を預け、スッキリした表情のリリニシアが先頭を歩く。
「今回はレピさんが悪いと思います…」
「楽しんでたの丸出しですもん。流石のレピさんも、扱い間違えましたね。んじゃおっ先~」
シェリルとスウォルが続く。
「調子に乗りすぎたな。さぁ、行くぞ」
次いでリエネが、最後に──。
「すんごい痛いですけど、本当にないんですかコレで?武術の才能…」
頬に美しい、真っ赤な手形を刻み込まれたレピが、ヤクノサニユ城に入っていった。
~次回予告~
リリニシアを先頭に玉座の間に入り、シェリルとスウォルは王との再開を、レピとリエネは初めての謁見を果たす。
初対面の二人の自己紹介を聞き届けた王は、さっそく旅の報告を始めようとしたリリニシアを制した。
次回「勇者一行、王と再会」
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