夢オチ?
椿 恋次郎
夢オチ?
背中に走る悪寒と共にぶるりと震えながら目覚める。
頭の芯のほうが重たく身体は寒気がしている。
二日酔い特有の気取るさの中、寒さから思わず布団に深く潜り込む。
薄っぺらい安物の布団では心もとないが、それでもじんわりと温かい。
ここ数日が妙に寒く、昨夜は特に冷え込んだ様だ。
慎ましいワンルーム住まいでエアコンをつけたまま寝るほどの贅沢は出来ない。
どうにも記憶は断片的で怪しいが無事に帰ってこれたらしい。
じんわりとした温みに微睡みながらも深酒の記憶を掘り返す。
あれは何件目の店だが覚束ないが、ハシゴするくらいには酔って調子に乗っていたのは確かだ。
普段なら足を運ばない様な
隣についた嬢が耳元で「ウチは
店には小さめのステージが設けられ、キャストによるダンスショーやら日によっては生バンドが入ったりもするらしい。
「今日はミュージカル仕立ての演劇ショーなの、楽しんでいってね」
耳元に囁きを残し、手を振りながら嬢が退席していった。
他の席のキャスト達も一斉に引き上げてたので全員で演じるのだろう。
一層大きくなったBGMを聞き流しながら、絶対に音量よりも耳元での囁きの方がウリだろうとボンヤリ考えていた。
程なく開演したステージはどうやら古典落語の「お菊の皿」を現代調にアレンジしたミュージカル風な何かだった。
十枚一組の皿の1枚を割ってしまったお菊さんが責められ井戸に身投げし幽霊になり、夜な夜な皿の枚数を数える話だ。
9枚目まで数えるのを目撃すると呪われて命を落とすと言う伝承に、度胸試しで若い連中が押しかけ無事逃げおおせる。
その時のお菊さんの美貌が噂となり人を呼び、件の井戸は観光スポットとなりセンターお菊さんのOBK48として歌とダンスを披露する場になる……
何とも評価しづらい脚本だがノリは良かった。
何よりセンターのお菊さんは俺の隣についてた嬢でステージ上からウィンクを飛ばしてくれたのは少々気持ちが良かった。
Yes!1枚2枚3枚オシマイ?
No!No!カウント5回前で終わるなんて誤解!
そんなロクでもない事ない!ナインにはまだ早くナイン!?
So!4枚5枚6枚ロックはウマい?
No!No!そんなワードセンスに少しだけ目眩!
冷えるのは氷だけでこぉりごり!さっさと次行こう!!
Yes!7枚8枚9枚……
オヤジ心に妙に刺さるダジャレまみれの歌詞と妙に耳に残るメロディでステージは幕引きとなった。
お菊嬢は少しだけ息を弾ませながら席に戻ってきた。
ショーを称賛し、労う中でボトルをオネダリされた。
「オススメは、黒糖焼酎の
上目遣いの嬢から出たのは、つい先程聴いたイントネーションの
こんな勧め方されちゃあ中々断りにくい、ウマい事店の戦略に乗ってやりましたよ。
ロックスタイルの黒糖焼酎は甘く香り、そして強めのアルコールは酔っ払いの舌にはパンチの利いた味としてスイスイとグラスを傾けさせた。
そのせいで変な夢を見た。
可愛い嬢だったな、と微睡みながらも布団の中で二度寝と洒落込んだところで耳元に囁かれるのだ。
「あら、嬉しい。憑いてきた甲斐があったわ。ウチは
狭い寝床には人が余計に入り込むスペースなど無い。
あり得ない方向から耳元に囁かれるのは体験しないと分からない驚きと恐怖を呼び覚ます。
そこで目覚めて夢で良かったと胸を撫で下ろすのだ。
夢の中の夢オチだなんて手の込んだ悪夢だ。
多分「お菊の皿」から落語繋がりで芝浜よろしく夢に出てきたのだろう。
確か芝浜は客からのお題を三つ貰って即興で作る三題噺が元になった演目だ。
主人公が拾った財布の大金で大酒飲んで、翌朝目覚めりゃまだまだ入ってた財布がまるっと無くなってる。
妻に聞けば飲み過ぎて都合の良い夢でも見たんだろう、そんなんじゃ身を持ち崩すからと説教されて心を入れ替え酒をやめて働き出す。
そして真面目に働いて
真面目に働いて欲しかった妻の気持ちを汲んで感謝する主人公、真面目に働き通した主人公に酒の解禁を勧める妻。
勧められた酒を飲もうとした手を止めて「やめておこう、また夢になっちゃいけねぇ」と言う話だ。
そんな事をボンヤリと考えていたが、何時までもヌクヌクともしてられない。
今日は約束があって10時に待ち合わせしている。
良く寝たせいか意識もダンダンスッキリしてきた。
そういや今は何時だろうかと時計を睨む耳元に囁き声。
「
頼む!これも夢であってくれ……
夢オチ? 椿 恋次郎 @tubaki_renji
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