見よ、我が舌は〇〇舌であるぞ

よしはらゆうみ

第一話

 「あー今日のご飯絶対お母さんでしょ、旨味がないんだけど……めっちゃしょっぱいし……」

 大きめのテーブルに大皿の野菜炒めに冷凍の餃子。パックのまま出されたキムチが3つ、茶碗に味噌汁、ご飯が盛られたのが8つづつ。TVをつけながらの家族の団欒の一歩目にしては不穏な滑り出しである。

 「だってしょうがないじゃないの、耕助こうすけがなーんもやってくれなかったんだもの、ねぇ穀潰しさん」

 母、典子のりこがそういうと7人の目線が一点に集中する。その先にはボサボサ頭の青年が少しバツ悪そうにして飯をかきこむ。聞いてない素振りをする愚息に追撃をかます。

 「あのねぇ、あんたたまーに働いたと思えばやめて適当にふらふらして。成人式のときに買ったスーツ代返してもらおうかしら」

 青年は母の冷たい言葉の中飯を平らげたうえにその言葉のお陰で冷ませたかのように味噌汁を飲みきる。

 「いやまぁ、今働いてないのは悪いと思ってるよ。でもさぁ、俺が引きこもってしまって母さんが『耕助ちゃん今日の晩御飯だからね』みたいな感じでやるよっきゃ十分だと思うけどねぇ…生活費も多少入れてるわけだしさぁ」

 どうしようもない屁理屈に対して母が口をあけるが、それより先に耕助は話を続ける。

 「それにさぁ今日は俺も用事あって忙しかったんだよそれなりに事情はあるわけ、さっき帰ってきたわけだしさ」

 「あんたの原チャリパチンコ屋にあったの知ってるんだからね」

 黙って聞いてりゃと言わんばかりに口を出すのは飯の文句を言った友加里であった。

 「はぁ、うちの男どもってのはなんでこうも――」

 「おかわりっ」

 元気な声で茶碗を母に差し出す。

 「郁絵ふみえ、ちょっとおかずかなり食べてるじゃん、よく食べれるわねあんな塩っ辛いの。湊にあとで食べさせようとしたけどちょっとしょっぱすぎるわ」

 友加里がまたぐずぐずと言うとすかさず。郁絵が

 「しょっぱいとさ、ご飯進むからね、そしてご飯が進めば自然とおかずも進むわけ」

 そう言ってまた郁絵が飯を運ぶのを友加里はじっと見ている。

 「あんたはほんと馬鹿舌ってやつだよね、損してるわけじゃないんだからいいんだろうけどさ」

 「そそ、何でも美味しく食べれるだけ得なんですよー」

 とあっさりと2杯目を平らげる

 「それにさ」

 と言いながら麦茶も平らげるとそのまま言葉をつなぐ

 「お母さんが作ったご飯だしね、おふくろの味ってやつ?今のうちに覚えておかないとね、ごちそうさま」

 にこりと郁絵は笑う。

 「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないの」とぼそりと典子はこぼす。

 「それにたまには耕助も遊びたいっしょ、まぁお金入れてて遊びも自分のお金の中でやりくりしてるなら別にいいんじゃないの?まだ21なわけだしさ」

 俺もおかわりと耕助も母に茶碗を差し出す。

 「おねぇちゃんもそんなに文句言わずにさ、テレビ見ながら食べれば多少の不味さは解消できるってなんかでやってたよ」

 「郁絵、それなんの番組?」

 友加里が目を細めた郁絵に聞く。

 「えっと、深夜番組の何々から始まるものでご飯食べるやつ」

 「バラエティじゃねーか。あと郁絵、茶碗まだ片付けないで」

 えっ。と呟くと玄関の方からエンジン音が聞こえてくる。

 「あ、聞こえてきた、ごちそうさま。」

 と言うと、そそくさと郁絵の食器を友加里が奪い。流しへ運んで食卓から逃げた

 「残りは耕助か郁絵が食べて、私はみーくんと二階にいるから…じゃ」

 と団欒の逃走犯は階段をそそくさと上がり逃げていった。

 「なんだあいつは、和樹くんと喧嘩でもしたのか」

 この夕飯で初めて口を開いたのはこの3姉弟の父。賀文よしふみである。

 「いや、そんなことないんじゃないかしら。ほら、みーくん寝てたから食べてるうちに起きて泣かれても困るとかそんなところじゃない」

 「そうか・・・」とぼそりと賀文は口をこぼす。

 ちなみにさっきからみーくん言っているのは友加里の息子のみなとである。可愛い孫である。

 「ただいまー」

 そう言いながら茶の間に少し泥臭い作業着でやってきたのは友加里の旦那の和樹である。

 「おかえりなさい、友加里ならさっき2階へ行ったけど――」

 と典子がご飯と味噌汁をよそい和樹の下へ置く。

 「あぁ……そうですか、うーむ」

 和樹はため息をつきながら手遊びをしながらしかめっ面をしている

 「なんかあったのか、まぁ、とりあえず一杯どうだ」

 そう言いながら賀文は和樹のコップにビールを注ぐ

 「いやぁ実はですねぇ……」

 くいと半分飲み干すと和樹はトボトボと話し始めた。



 「結婚指輪なくしたぁ!?」

 典子が少し大声を出すと、はい・・・と和樹がバツが悪そうに話し始める。

 要約すると、建設業で働いてる和樹は仕事中も指輪をつけていたらしく素手でのちょっとした作業をした際に落としてしまったらしい。

 「またなんでそんななくすのよ、全く男ってのは――」

 とありえないと典子が言うと賀文が和樹をじっと見る

 「なくすよなぁ、俺の結婚指輪も田んぼのどっかに眠ってるしなぁ」

 「そ、そうですよねお義父さん、なくしますよねぇ」

 と和樹が潤んだ目で義父である賀文に助けを求めるように話した。

 「半月だっけ、一ヶ月だっけ」

 と賀文は典子に尋ねる。

 「二ヶ月ですね、最初の冷戦でしたねぇ」

 典子は答える

 「そうか……友加里なら三ヶ月は覚悟したほうがいいぞ」

 「なにをですか」

 絶望混じりの声で和樹が聞く

 「なんというか『夫婦の会話』ってのがない期間だよ」

 はあ、と和樹がため息を付くと卓の反対側から

 「わたしゃ爺さんからもらったことないぞ、指輪なんて」

 と入れ歯混じりのカチカチ音を鳴らしながら話すのは三姉弟から見ての祖母にあたる妙子たえこである。

 そしてそれを聞いて少したじろいでいるのが祖父の幸一である。

 「ごちそうさん、ほら。ばあさん部屋に行くぞ、こないだ見たドラマの続きみないと」

 と婆さんを連れて行く。

 ちなみにだがこの家。塚本(村井)家はストリーミングサービスは主要なものはすべて加入しており、三姉弟+和樹でうまく分けて加入している。


「しかし結婚指輪か、結構高いんじゃないの」

 郁絵が和樹に聞く。ちなみに残されたご飯は片付けており。残っているものは大皿に半分もない野菜炒めとビールのみになっていた。

「いや、そこまで高くないよ。そこまで稼ぎよくないし、湊のこともあったからね」

「ふーんそうなんだ」

「ま、俺の小遣いで買えるようなものでもないけどね。独身だから買えたようなものだよ」

 和樹は左手の薬指を寂しそうに触った。

「再来月、結婚記念日でランドに行こうと言ってチケットも取ってるんだけどねぇこの指じゃぁカッコつかないね、ははは」

 和樹はごまかす笑いをして誤魔化した。まず今日の夜川の字で寝なければいけないという最大の障害が待ち構えていることからも逃避したいのだろう。

 そしてそのセリフを聞いた郁絵の口がぐいっとあがる。

「うーむ。そうねぇ」

 郁絵は少し考えた。ただでさえ最近愚弟がプータラしており雰囲気が悪い。言わないことがいいと思い、色々と各々が黙ってることがそろそろみんな爆発する可能性だってある。

「解決できなくは、ないか」

 ぼそりと郁絵は口をこぼす。それを聞き逃すことは和樹はできなかった。

「えっ、本当かい。それでどんな――」

 とすべてを聞く前に郁絵が口を開く

「まず、解決するためには協力してもらう人間がひとり必要なんだよね、わかるよね」

 とプータローの愚弟を見つめる。

「何だよ、俺は見返りがないと動かないぞ」

 耕助はここぞとばかりに語気を強める

「大丈夫、ゴクツブシには十分すぎる見返りがあるから……ね」

 郁絵の顔は口はニコニコ目は本気。ある意味人間の一番怖い顔を耕助は眼の前で見てしまった。

 そして刀を切り返すように郁絵は和樹に顔を向き直す

「そして私も正直に言うと見返りがないと動きません」

郁絵は今度は顔も本気の顔で和樹を見る。それを見て半分諦め気味に苦笑いを浮かべた。

「わかったよ、多少の出費は覚悟するよ、何が食べ――」

 和樹が完全に諦め多様に話すがその言葉は途中で遮られた

「そして私は馬鹿舌なので食べ物じゃ動きません。釣られません――言ってることわかりますか」

 少しづつ和樹の顔が強張りつく。半ば気がついているが万が一違ったときのために気が付かないふりをしろと自分の脳みそに言い聞かせた。

「……どういうこと」

 その言葉を聞くと郁絵はにこりと笑い愛嬌たっぷりの声を出す

「私もランドに連れてって」

 それを聞くと和樹は今日一番のため息をついた。

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