そこわかれ-10

 日が落ちると刻人は目を覚まして、外に出かけると言いはじめた。


「お前もついてこい」


 そう言って廃ビルを出る。

 電車でしばらく移動した。


「着いた」


 刻人が立ち止まったそこは先ほどの日本家屋だった。

 那智は改めて先ほどの現象が尋常なものではなかったのを思い知った。

 電車に乗らなければ行けつけないほどの距離の場所に無自覚に行くなんて。


「刻人さん俺……」

「嫌ならついてこなくていいと言いたいところだ。だけど、悪いが今回はお前も当事者だ。俺の後ろからついてこい」


 言われなくても刻人一人に任せるつもりなんてない。

 それでもなんでここに再び戻ったのか。


「あら、またいらしたんですね」


 中から先ほどの女性が出てきた。


「今晩は」


 女はどこか若返ったようだった。

 見た目のどこが変わったというわけではないが、雰囲気が少し変わった気がした。

 どこか妖しい美しさに。


「もう一度、井戸を見させてもらってもいいですか?」

「井戸を?」


 女性は言葉をそのまま繰り返した。


「……どうぞ」


 背を向けて歩いていく。

 細くて儚げな背中に続いて刻人と那智も中に入った。

 門の内側はやけに涼しかった。

 井戸の前に立つと、刻人がリュックサックからなにかを取り出す。

 いったいなにを持ってきたんだろう、と那智は思ったが中に入っていたのは何本かのミネラルウォーターのペットボトルだった。

 キャップを開けると刻人はそれを井戸に注ぎはじめた。


「なにするんですか」


 女性はさすがにそれを見ると非難して刻人につかみかかろうとしたが膝から崩れ落ちた。

 途端にゴホゴホと咳をはじめる。

 刻人は構わず池に水を注ぎ続ける。

 なにかを吐き出そうとするかのように女性の咳は次第に激しくなっていった。


「刻人さん、なにしてるの……」


 那智の声にも返事を返さない。


「ねえ」


 全ての水を注ぎ終えると、刻人は懐から一枚の紙を取り出し井戸に放った。


「返してもらう」


 手にはもう一枚紙があった。

 紙は人の形をしている。

 刻人は一気にそれを握りつぶした。

 粉々になって紙は風で飛んでいく。

 目の錯覚かもしれないが、那智はそのときに黒いもやのようなものがいっしょに飛ばされていったように見えた。

 あっという間にそれは終わった。


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