第15話 ヴァルが、探していたもの
「ねーちゃん! 絶対お土産買ってきてよ!」
「ハイハイわかったわよ」
「ヴァル! 鞄はねーちゃんに預けたほうがいいんじゃない?」
「だ、大丈夫だよ。もう落としたりしないから」
「道中気をつけるのよ。狼とかね。ヴァルさん、頼みますね」
「もちろんです」
アイリスに比べたらのんびりとマイペースな女将の言葉に、後ろで聞いていたイヴェルは一体どういう意味の狼だろう……と気まずげに頬をかいた。
イヴェルは女将の台詞を受けて、ヴァルに「……狼にならないように」と伝えると、きょとんとした後に「善処します」と返ってきて、イヴェルはちょっと不安になった。
高齢のブライに王都まで歩かせるのは酷と思われたため、ダレルの親方の所から若いファクダを借りてきた。
「頼むよ、ユキカゲ」
ヴァルが首筋を撫でると黒いファクダは答えるようにブルルと鼻を鳴らす。雪花亭の皆に手を振りながらアイリスとヴァルはいよいよ宿を離れて走り出した。
「……アイリスは王都には行ったことあるの?」
馬車の御者台からユキカゲを操りながらヴァルが尋ねる。アイリスは記憶を手繰り寄せながら答えた。
「弟たちがまだ生まれる前に、一度だけ行ったことがあるらしいんですけど。私も小さかったから全然覚えてないんですよね。弟たちが生まれてからはもう旅行どころではなかったですし、冬季は父も出稼ぎに行き始めましたから」
自分の家が宿屋なこともあって、基本的にどこかに家族で遊びに行く……ということもなかった。外国からのお客さんの話が娯楽、という感じだ。
ヴァルさんは? と聞かれてヴァルも同じ様に考える仕草をする。
「クリュスランツェの王都にはこれが初めてだよ。アルカーナの王都にはもちろん行ったことがあるけれど、俺はやっぱり故郷が好きだから呼ばれた時しか行かないかなぁ……」
本邸は王都にあるらしいが、そちらはすでに長兄が継いでいて、ヴァルは幼い頃からクリュスランツェに近い北の端で育ったために馴染みがないらしい。
「こないだ言ってた父もね、完全にこっちに腰を据えちゃって。子どもの前でもお構い無しに母と二人の世界に入るから、目のやり場に困るんだよね」
育児放棄をしていたとアイリスが勘違いしていたヴァルの両親の仲の良さに、聞けば父は五十五だと言うから相当な愛妻家だ。イヴェルの下にもまだ弟妹がいると言っていたから、何人兄弟なんだと尋ねると、なんとイヴェルを含め下に六人の弟妹がいるという。上にも二人兄がいると言っていたから……
「きゅ、九人兄弟ってことですかぁ!?」
衝撃の事実に思わず声が裏返った。
「そうなんだよ~」とのほほんと話すヴァルに、アイリスは顔を引きつらせた。
……森に赤子を転がす母親って、どんな母親だと思ったが、そんなに子どもがいては転がしておきたくなる気持ちが解らなくもない。
アイリスだって、弟のロイとユーリが生まれた時は双子だったから、同時に泣いたりいたずらしたりした時には辟易したものだった。
それが九人とは。しかも下の弟妹には双子も含まれるらしい。
「俺とイヴェルが小さかった時に、ちょうど立て続けに妹が生まれたもんだから。俺達は姉夫婦の家にいることが多くてね。姉のところにも俺に年の近い子どもがいたから全然寂しくなかったし。なんなら実の兄達よりもウマがあったからね」
楽しかったなぁ、と笑うヴァルの横顔は優しくて。本当に姉夫婦の家族が好きなんだなという事が伝わってきた。
「王都に嫁いでるのはその姉夫婦の下の娘で。元気でちょっとお転婆なんだよ。……少し君に似てるかな」
ちょっとお転婆、という所を強調された気がして、アイリスは顔を赤らめた。
「わ、私そんなにお転婆ですか?」
我慢強いと言われたことはあるけれど、小さい頃からしっかり者で通ってきたアイリスには馴染みのない言葉だった。「馬鹿にしてるわけじゃないよ」と言いながらもヴァルがクスクスと何かを思い出して笑う。
「……狼がいるかも知れない森に飛び出して、一人で駆けていくような女の子、キーナや姉以外にいないと思ってたからさ」
誰かを思って駆け出せる、その意志の強い心がヴァルの心に火を灯した。
その小さな体で、全身で。誰かを、家族を守ろうとする強さ。
ヴァルが、探していたもの。
この輝きを、欲しいと、初めて思った。
小さな馬車だから、御者台にヴァルとアイリスが座ると自然と密着してしまう。雪が積もるクリュスランツェの雪道では、こうやって身を寄せ合っているのは不自然じゃない。
馬車の揺れと、雪をかき分けるファクダの足音、息づかいで、早まる胸の音をかき消されるのをいいことに、ヴァルはアイリスに体を密着させた。
(びっくりした……)
ヴァルが九人兄弟だということももちろんだったが、馬車とユキカゲの息づかいだけが響くこの真っ白な雪の世界で、ヴァルの自分を見る目がすごく優しい気がして。
そこに、ただ優しいという以上の熱を感じてしまった気がして慌てて気を逸らす。勝手に胸が跳ねていくのが、バレてはいないだろうか。
あの、狼の群れからヴァルが守ってくれた日から、アイリスの胸はちょっと変だ。
ヴァルの顔を見ると勝手に心拍数が上がってしまう。
王都行きが決まった時、宿の世話ができなくなる事に難色を示したが、こんなこともなければ結婚するまで宿から出かけることもなかっただろう。そして今、彼の隣に二人きりでいると言う事実に、自分の心が感じているのは明らかな喜び。
きっと、彼はアルカーナの貴族で、クリュスランツェに嫁いだと言う親戚もきっといいところのお嬢さんなのだろう。今は雪花亭に居候しているが、いつかは必ず居なくなる人だ。
なんなら、この王都行きが終わったら、彼の本来の目的は解消されてしまう。もしかすると、この旅の終わりが別れの時になる。
そう思ったら、イヴェルが宿に残ってくれたのはとても有り難かった。
自分が、彼に選ばれるはずなんてないから。せめて、この旅が終わるまで、ヴァルの思い描いている少しお転婆で、強い女の子でいられますように。
アイリスはちっとも寒くなかったけれど。寒さを言い訳にヴァルの体に身を寄せた。
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