第14話 「だから、……叶えてあげたくなっちゃったんだ」







 すっかり仲良くなって、ワイワイと賑やかに風呂場から上がってきた双子とイヴェルを、ヴァルはある種、悲壮な顔をして迎え入れた。


 その瞳には、決意が込められている。


 まだ湿った髪をタオルで拭きながら、やっと腹をくくったか、とイヴェルは三つ上の兄を見た。


「イヴ――」


 言いにくそうに声をかけてくるヴァルに、ここはこちらが大人になるかと小さく溜め息をつきながら目線で言葉を促す。ヴァルは心を決めると口を開いた。


「……王都には行くよ。確かに、キーナの顔も見たいし。……でも、イヴには、ここで待ってて欲しい」


 やっと進んだと思った会話が、また堂々巡りになりそうな気がして、イヴは眉間に手を当てた。


「……ヴァル兄上だけで王都までたどり着けるんですか。しかも貴方だけ行かせて、本当に王都まできちんと行ったかどうか確証がもてないんですが」


 傍から聞いているとなんとも失礼な言い草ではあるが、残念ながらアイリスにもイヴェルの言葉を否定してあげられるようなヴァルの評価がなかった。


「それは大丈夫だよ。道がわからなくなったらキーナの匂いをたど……いや、ええっと……」


 言い淀んだヴァルに、イヴェルの眉がほら見たか、と言いたげに寄せられる。

 そもそもこの兄が自分に意見してきた事など殆どないが、何を言っても「イヴの好きにしたらいいよ」という兄だ。今回だって――


「いつまでも、家族に頼りっぱなしは嫌なんだ。王都には、自分で行く。確証が欲しいっていうんなら……アイリスに付いてきてもらいたいんだ」

「えっ!?」


 突然引き合いに出されたアイリスは思わず大きな声が出て、イヴェルは代わりにその金色の大きな目をより大きくさせた。


「俺もいい加減、一人でも大丈夫だって事を証明したいし! イヴがついてきたら結局いつもと同じだろ? でも、アイリスが一緒にきてくれれば、王都までの道に迷うこともないだろうし、俺が王都まで行って、ちゃんとやっていたか、公正に見られると思うんだ」

「ちょ……! でも私、ここでの仕事が……」


 ヴァルの言葉に困惑したアイリスが眉を下げるとヴァルにがしっと両手を包まれた。


「そう! アイリスに着いてきてもらうと雪花亭が心配だよね!? だから代わりにイヴェルにここにいて欲しいんだ。イヴも魔法が使えるし、弟妹の世話には慣れてるよ! 俺よりも何だって出来るし!」

「ええぇぇ……」


 それは全てにおいてヴァルより三つ年下のイヴェルの方が何でも出来ると自分で言っているのだが大丈夫だろうか。アイリスは何とも言えぬ顔で頬を引きつらせた。

 しかし、いくらイヴェルがヴァルよりもしっかりしているとは言え、アイリスが通常こなしている業務を直ぐにできるようになるわけではないだろう。今までの話を総合するからに、どう考えても彼らは良いところのお坊ちゃんだ。世話をされる側の人間が、人の世話をするのは困難ではないか。これには、流石のイヴェルも苦言を呈すと思った。

 ――が、ヴァルの意見に賛同したのは、まさかのアイリスの母だった。


「いいじゃない。アイリス、貴女ヴァルさんについて行ってあげなさいな」


 まさかの発言に、その場にいた全員が「えっ!?」と声を上げる。


 アイリスの母である雪花亭の女将はニッコリと笑った。


「今は冬季でお客さんもほとんど来ないし……イヴェルさんをおいていって下さるのでしたらなんとかなるわよ。ロイもユーリも家の仕事を手伝ういい機会になるわ。……アイリス、貴女にはいつも助けてもらってばかりだから、息抜きに観光するつもりで行ってらっしゃいな」


 そう言って女将はアイリスに片目を閉じてみせた。

 アイリスは「お母さん……」と感動した面持ちでつぶやき、ヴァルはぱああっと顔を輝かせた。


「アイリスのことは俺が絶対に守るし、危険な目には合わせませんから!」


 王都に行くだけで危険があってはたまったものではないが、雪もあるし、行き倒れた前科もあるヴァルに、女将以外の一同は何とも言えぬ顔になる。

 来たばかりの雪花亭に留め置かれて、肉体労働まで押し付けられてしまったイヴェルが反対の狼煙を上げるかと思われたが、イヴェルは「……まあ、兄上がそこまで言うなら」となんとアイリスの同行を許可してしまった。よって、まさかのヴァルとアイリスの王都行きが決定してしまったのだった。






 ヴァルとアイリスの王都行きが決定してしまえば、善は急げということで、出発はなんと三日後になってしまった。

 心の準備が整わない内に、アイリスは次の日から、慌ただしく旅の準備と自分の仕事内容をイヴェルに引き継ぐことになった。


「……ごめんね、僕らの家のことに君を巻き込んで」


 宿の案内や物品の場所を丁寧にイヴェルに教えて回るアイリスに、イヴェルは申し訳なさそうに謝る。アイリスは驚いてイヴェルを見た。


「いえ……こちらこそイヴさんにお仕事をさせちゃって……本当に申し訳ないです。でも……正直驚きました。イヴさんが、いいよって言うとは思わなかったので」


 急に兄弟喧嘩を始めた時には驚いたが、イヴェルの主張も怒りも理解が出来るものだったし、まさか自分を差し置いてアイリスを同行させるとは思わなかったのだ。

 

「ごめんね、恥ずかしい所を見せちゃって。うん……僕も君を行かせることに反対すべきだって、本当は思っていたんだけど」


 イヴェルは苦笑いしながら恥ずかしそうに笑った。


「ヴァル兄上が……、あんなにはっきりこうしたいって言ったこと、本当に今までなかったから……。なんかちょっと感動したと言うか」

「え」


 ちょっと座ろうか、と、二人は洗濯場の椅子に腰掛ける。ヴァルは女将と一緒に旅に連れて行くファクダを借りに行っている。洗濯場には暖炉から回ってきた暖気に微かに洗濯物が揺れていた。


「兄上、別に何にも出来ないわけじゃないんだ。けど、なんていうか……本当にちょっと不思議な人で。こう、なにをしてても興味が薄いと言うか……」


 ヴァルは生まれた時から魔法の力が濃かったらしい。けれどそれは魔法使いというよりも、精霊に好かれる質……とでも言うべきか。母や魔法使いの知人いわく、どちらかと言うと精霊に近い性質のようだ、と。


「だから小さい時は本当に一日中森でウロウロしてたり、ゴロゴロしてたり……。僕が声をかけないとご飯食べ忘れたりね」


 姉夫婦がヴァルに構うようになってからは随分人らしくなったが、姉夫婦もヴァルの気質を捻じ曲げてまで貴族人にしようとは思わなかった。義理兄だけは最低限の生活が一人で出来るようにと気をもんでいたようだが。


「兄上は優しいから、喧嘩とかには全然ならなかったけど、気がついたら立場が逆転していつも僕が世話するようになっちゃって……」


 そのうち、ヴァルはイヴェルがやることに「いいよ、イヴの思う通りにやって」と何も言わなくなってしまった。


「僕が、何でもかんでもやってしまったから……兄上のやる気をそいじゃってたのかな……なんて。だから、兄上が初めてやりたいって言ったことを……叶えてあげたくなっちゃったんだ」


 アイリスには本当に迷惑な話だと思うけれど、ともう一度申し訳なさそうに謝ったイヴェルに、アイリスは大きく頭を振った。


「そんなことないです! ……イヴさんは優しいですね。ヴァルさんは、きっと本当にイヴさんの思う通りにやって欲しかったんだと思いますよ。貴方のことを信頼してるから。……そもそも、ヴァルさんの方がお兄さんなんだから、イヴさんがそんな事を気にしなくても良いと思います。 いくら性質が違ったって、イヴさんばっかりにおんぶに抱っこじゃ駄目でしょう? ……それに気がついたから、ヴァルさんも頑張ってるんじゃないですか?」


 素敵な御兄弟ですね、と笑ったアイリスに、イヴェルもその金の瞳を細めて笑った。

 バタバタと、食堂の方から走ってくる音が聞こえて、「ねーちゃん、お茶の時間にしましょーって母ちゃんが!」と双子が呼びに来る。アイリスは「はいはい」と席を立った。


「……兄上が君と離れたくない気持ち、わかるなぁ……」


 先に洗濯場を出たアイリスの背中を見つめながら、イヴェルはひとり小さく呟いた。


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