今日、俺は完全犯罪を実行する

桃鬼之人

計画実行

 あいつが憎い──殺したいほどに、憎い。

 いや、殺さねばならない。あいつは罰を受けるべき人間だ。


 人はこれほどまでに強い憎悪を、心の奥底に宿すことができるのか。その事実に最も驚いているのは、他ならぬ俺自身だった。


 あいつは、俺にとって大切だった存在を深く傷つけ、この世から奪った。にもかかわらず、あいつは何食わぬ顔をして生きている。法はあいつを裁けなかった。ならば、俺が裁くしかない。


 俺は完全犯罪の計画を練った。幾重にも思考を重ね、指一本分の証拠も残さないように───この計画であれば、万が一、疑いをかけられたとしても、決して捕まることはない。


 その計画の準備に、精神をすり減らした。夜毎うなされ、神経を削り、心は崩壊寸前となった。だが───あいつが、あいつのその命が消える瞬間を想像すれば、不思議とその苦しみすら悦びに変わるのだ。


 そして今、すべての準備は整った。


 ───今日、俺は完全犯罪を実行する。


 あいつと会う約束をし、あいつが勤める職場へと足を踏み入れた。当然ながら、周りには他の社員が大勢いる。人目も多い。だが、それすら計画の一部だ。障害にはなり得ない。


 俺は、静かに、しかし、確実に、【準備していたモノ】をあいつに手渡す。くく……。まさか自分が死の淵に立たされているなどと、あいつは微塵も気づいていない。すべては、俺の描いた筋書き通りだ。


 しばらくして───あいつの様子がおかしくなった。


「ぐっ……ぐはぁ……お、お前……な、なんてことを……」


 言葉を残し、あいつはテーブルの上に崩れ落ちる。


 ───やった……

 死んだ……

 あはははは……やってやったぞ……!


 だが───


 俺が胸の中で歓喜の雄叫びをあげていると、目の前で、信じられないことが起きた。死んだはずのあいつが、もぞもぞと動き出したのだ。

 ……が、すぐにまた動きを止める。

 だがまた、もぞもぞ……そして止まる……。


 そして───


 あいつは突然ガバッと身を起こした。


 な……なんだと……!?

 死んだはずのこいつが、生き返った……?

 こいつは……不死身なのか……?


 あいつは叫んだ。

「お前! 俺を殺す気か! 思わずしたぞ!」

 ……そう言って、あいつは満面の笑みを浮かべていた。

「前に持ち込んだお前の小説、あまりにもひどすぎて、つい原稿を破ってしまったな。……すまん。だが、これは違う。これは傑作だ。早速、企画会議にかける。これは間違いなく売れる……編集者冥利に尽きるってやつだな」




 そう───俺が考えた完全犯罪の計画。

 それは、俺のすべてを懸けて書き上げたラブコメの新作小説。

『あの日、恋に落ちたのは君のまつげのせい! 〜恋のスイッチは、まばたきと一緒に押された〜』

 これをあいつに読ませ、キュン死させるという前代未聞の完全犯罪だった。

 キュン死──人は胸をキュンとさせ、ときめきMAXに達した瞬間、心臓が止まるという。この殺し方を知った時、俺は震えた。光が見えた。俺の才能を活かし、人を殺す方法が存在するなんて。まさに、これは俺のためにある殺し方だと思った……。


 しかし……そうか……そういうことか……。

 俺は……知った……キュン死で人は死なないことを……。




 そして───




『あの日、恋に落ちたのは君のまつげのせい! 〜恋のスイッチは、まばたきと一緒に押された〜』

 この作品は無事に出版され、ベストセラーとなった。さらにはアニメ化に映画化も決定となった。




 売れた。儲かった。

 あいつは、俺にとってかけがえのない恩人となった。




 現在、俺は続編の執筆に勤しんでいます。

『あの日、恋に落ちたのは君のまつげのせい! −2− 〜まばたきの先に映るのは、私じゃなかった!?〜』




 は……!? いやいや、確かによく「天然だね」なんて言われるけど、そんなはずはない。皆、人を見る目がない。俺ほど人工的に生きている人間はいないぞ。




 〈了〉

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今日、俺は完全犯罪を実行する 桃鬼之人 @toukikonohito

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