{1} 施設
「えぇ? 新人?」
ミナトの情報に、少し態度の悪い返事をしてしまった。
「ああ、来るって」
いつも最初に準備を終えて俺たちを待っている彼は、そう簡潔に応えた。今日も眠そうな、何と言うか、冷めた目をしている。
「マジかよ聞いてないぜ?」
「お前らが遅いからだろぉ? ギリギリなんだよいつも……」
ぐうの音も出ない。無理やり出すとすれば、陽介よりは早いと言う
「ハハ、しゃあねえな。こればっかしは」
ブーツの靴紐を結びながら、こちらを見もせずに陽介。
「しゃあないってなんだよ」
ミナトがツッコむ。いつも思うが、なんでコイツは俺たちとつるんでいるんだろう。同じ班だからって、タイプは全然違うし、別に待ってなくたって良い筈で、一人で先に集合地点に行ったり、一人過ごすこともできる筈なのだが。面倒見か?
「しゃあないんだって。前に話したろ?」
まぁ、陽介の言い分は知っている。ただ俺達は、その言い分にあんまり共感出来ないので、『しらねぇよ』って感じなのだが。
「ハイハイ。いいから早くして」
「ヘイヘイ」
ミナトが急かし、陽介が適当に答える。
「俺終わったわ」
「え? マジ?」
いつもは俺が一番最後になりがちなのだが、今日は陽介がアンカーになった。ここに来てはじめてこちらに顔を上げる陽介クン。相変わらずニキビと日焼けが鬱陶しいが、相変わらず親しみの持てる顔をしている。
「ほらはやくしろ〜」
「クッソ、今日は俺かよ」
普段は俺が言われていることなので、思う存分煽り立てる。どうだ参ったか。
「まだ?」
そこに当然ミナトも加わる。
「ぅるっせ!」
手を早めつつ軽く跳ね返す陽介。まぁ軽口はこれぐらいにしてやるか。
「ほれ、出来たぞ」
カァンッと軽くて甲高い音を響かせてロッカーを閉める陽介どん。
「ハイハイ」
「じゃあ行くかぁ」
俺たちは連れ立って部屋をあとにする……というか我先に部屋を後にした。だってここ、なんか今日はちょっと匂うぞ……魚みたいな……ガマンしてたけどさ……。
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白を基調した廊下は光の加減か、それとも実際そういう色なのか。端っこが青白く見えてやる気がなくなる。俺はこの廊下が嫌いだ。味気なさすぎる。この如何にもな壁のラインペイントなんてどうだ。オレンジだかピンクだか要領を得ないではないか。そこに書かれているまたぞろ白の表示などもう。言葉を失う。
「だりぃなぁ」
「ほんとそれ」
「まぁまぁまぁまぁ」
そう俺たちがグダグダ言いながら歩いていると。
「よぉお前らぁ。ちょぉぉぉぉどいい所にぃぃ」
うぇあ、監督やんけ。相変わらずですね。妙に高めでくぐもった声。しかも鼻声みたいな感じの。喋り方にしても変に息を吐き出す様だ。それだから間延びするよね。そしてその見た目。見た目についてとやかく言いたくはないが、ザ・おっさんという感じである。うざったいったらないワー。
「なんスカ?」
俺は酷くぶっきらぼうに返事をしてしまった。イカンイカン。性格悪いのがバレる。もうバレてると思うし、バレてもいいんだけどサ。
「何だお前、つれないなぁ。最近の若者はノリが悪くて困るよ。みぃぃぃんな詰まんねぇって顔シテルモンなあああぁぁぁ」
うるさ。
「何の用ですか?」
「何の用ってそりゃお前ぇぇ……新人のことだぁ」
俄かに東北弁のようなイントネーションになるのがちょっとウケる。
「ああそれスカ。ウチにくるんスよねぇ……ダイジョブなんですかウチで?」
率直に思ったところをぶつけてみた。
「でぇぇじょうぶだるおう? どおおせすぐやめんだ、最近のは」
いちいちうるさいな。なんなんだ。
「それは大丈夫とは言えないのでは…」
ミナトがもっともなツッコミを呟く。
「まぁいいだるおう。代わりは幾らでも居るんだから」
そうは言うが、新人が来なくなれば衰退の一途なのだが。まぁ必要なインフラみたいなモンだから、無くならないんだろうけど。だから腐るのでは?
「ま、というかもう決まったことだぁぁ。オマエラに拒否権はナイ。しばらくは子守りだと思ってぇ、精々面倒見てやってくれぇ」
うげえ、なんだその言い方ぁ。色んな意味でぇ。うげえ。
「どこに居るんですか?」
流石ミナト。いつも平静を崩さない。そして要点を突いていく。痺れるね。
「あっちだよ。早く行ってやんなぁ」
あっちって。まぁいいや。
俺たちは監督サンに背を向けて、『あっち』へと歩き出した。場所が不明瞭だったが、これ以上このおっさんと話をしたくなかったのだ。
「お前喋れよ」
ミナトに小突かれる陽介。確かに。そういやコイツ喋ってねぇわ。なんでコイツ喋んなかったんだ?
「ごめん、噛みタバコ」
「オッマエさぁ……」
俺は呆れながらも合点がいった。なるほどね。それでコイツ喋んなかったのか。てーかこの街でそんなもんやってんのお前くらいだろうよ! なんやねんホンマ……。
「バレたらクビなのでは」
「そうなったらそうなっただ」
ミナトの指摘もどこ吹く風のヨウスケスァン。明日は明日の風が吹くってか? やかましいわ。
「しゃあないヤツだ。お前のことは忘れないよ。多分。三日くらい」
「忘れてんじゃねえか」
軽口を叩き合いながら、俺たちは『あっち』に向かって廊下を行った。
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