{1} 施設

「えぇ? 新人?」


ミナトの情報に、少し態度の悪い返事をしてしまった。


「ああ、来るって」


いつも最初に準備を終えて俺たちを待っている彼は、そう簡潔に応えた。今日も眠そうな、何と言うか、冷めた目をしている。


「マジかよ聞いてないぜ?」

「お前らが遅いからだろぉ? ギリギリなんだよいつも……」


ぐうの音も出ない。無理やり出すとすれば、陽介よりは早いと言う五十歩百歩ごじゅっぽひゃっぽな言い分だけである。


「ハハ、しゃあねえな。こればっかしは」


ブーツの靴紐を結びながら、こちらを見もせずに陽介。


「しゃあないってなんだよ」


ミナトがツッコむ。いつも思うが、なんでコイツは俺たちとつるんでいるんだろう。同じ班だからって、タイプは全然違うし、別に待ってなくたって良い筈で、一人で先に集合地点に行ったり、一人過ごすこともできる筈なのだが。面倒見か?


「しゃあないんだって。前に話したろ?」


まぁ、陽介の言い分は知っている。ただ俺達は、その言い分にあんまり共感出来ないので、『しらねぇよ』って感じなのだが。


「ハイハイ。いいから早くして」

「ヘイヘイ」


ミナトが急かし、陽介が適当に答える。


「俺終わったわ」

「え? マジ?」


いつもは俺が一番最後になりがちなのだが、今日は陽介がアンカーになった。ここに来てはじめてこちらに顔を上げる陽介クン。相変わらずニキビと日焼けが鬱陶しいが、相変わらず親しみの持てる顔をしている。


「ほらはやくしろ〜」

「クッソ、今日は俺かよ」


普段は俺が言われていることなので、思う存分煽り立てる。どうだ参ったか。


「まだ?」


そこに当然ミナトも加わる。


「ぅるっせ!」


手を早めつつ軽く跳ね返す陽介。まぁ軽口はこれぐらいにしてやるか。


「ほれ、出来たぞ」


カァンッと軽くて甲高い音を響かせてロッカーを閉める陽介どん。


「ハイハイ」

「じゃあ行くかぁ」


俺たちは連れ立って部屋をあとにする……というか我先に部屋を後にした。だってここ、なんか今日はちょっと匂うぞ……魚みたいな……ガマンしてたけどさ……。



/**********************************************************************************************/



白を基調した廊下は光の加減か、それとも実際そういう色なのか。端っこが青白く見えてやる気がなくなる。俺はこの廊下が嫌いだ。味気なさすぎる。この如何にもな壁のラインペイントなんてどうだ。オレンジだかピンクだか要領を得ないではないか。そこに書かれているまたぞろ白の表示などもう。言葉を失う。


「だりぃなぁ」

「ほんとそれ」

「まぁまぁまぁまぁ」


そう俺たちがグダグダ言いながら歩いていると。


「よぉお前らぁ。ちょぉぉぉぉどいい所にぃぃ」


うぇあ、監督やんけ。相変わらずですね。妙に高めでくぐもった声。しかも鼻声みたいな感じの。喋り方にしても変に息を吐き出す様だ。それだから間延びするよね。そしてその見た目。見た目についてとやかく言いたくはないが、ザ・おっさんという感じである。うざったいったらないワー。


「なんスカ?」


俺は酷くぶっきらぼうに返事をしてしまった。イカンイカン。性格悪いのがバレる。もうバレてると思うし、バレてもいいんだけどサ。


「何だお前、つれないなぁ。最近の若者はノリが悪くて困るよ。みぃぃぃんな詰まんねぇって顔シテルモンなあああぁぁぁ」


うるさ。


「何の用ですか?」

「何の用ってそりゃお前ぇぇ……新人のことだぁ」


俄かに東北弁のようなイントネーションになるのがちょっとウケる。


「ああそれスカ。ウチにくるんスよねぇ……ダイジョブなんですかウチで?」


率直に思ったところをぶつけてみた。


「でぇぇじょうぶだるおう? どおおせすぐやめんだ、最近のは」


いちいちうるさいな。なんなんだ。


「それは大丈夫とは言えないのでは…」


ミナトがもっともなツッコミを呟く。


「まぁいいだるおう。代わりは幾らでも居るんだから」


そうは言うが、新人が来なくなれば衰退の一途なのだが。まぁ必要なインフラみたいなモンだから、無くならないんだろうけど。だから腐るのでは?


「ま、というかもう決まったことだぁぁ。オマエラに拒否権はナイ。しばらくは子守りだと思ってぇ、精々面倒見てやってくれぇ」


うげえ、なんだその言い方ぁ。色んな意味でぇ。うげえ。


「どこに居るんですか?」


流石ミナト。いつも平静を崩さない。そして要点を突いていく。痺れるね。


「あっちだよ。早く行ってやんなぁ」


あっちって。まぁいいや。

俺たちは監督サンに背を向けて、『あっち』へと歩き出した。場所が不明瞭だったが、これ以上このおっさんと話をしたくなかったのだ。


「お前喋れよ」


ミナトに小突かれる陽介。確かに。そういやコイツ喋ってねぇわ。なんでコイツ喋んなかったんだ?


「ごめん、噛みタバコ」

「オッマエさぁ……」


俺は呆れながらも合点がいった。なるほどね。それでコイツ喋んなかったのか。てーかこの街でそんなもんやってんのお前くらいだろうよ! なんやねんホンマ……。


「バレたらクビなのでは」

「そうなったらそうなっただ」


ミナトの指摘もどこ吹く風のヨウスケスァン。明日は明日の風が吹くってか? やかましいわ。


「しゃあないヤツだ。お前のことは忘れないよ。多分。三日くらい」

「忘れてんじゃねえか」


軽口を叩き合いながら、俺たちは『あっち』に向かって廊下を行った。

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