〜begonia〜

愛世

begonia

 最近、よく目が合う同級生がいる。


 彼女は隣のクラスの有田菜々ありた ななさん。ふわりとしたセミロングの髪が印象的な女の子だ。廊下で、昇降口で、校庭で。すれ違うたびになぜか視線が交わる。


 きっかけは、たぶん球技大会の日。足を擦りむいた俺は、絆創膏をもらおうと保健室に出向いた。その時に出会ったのが、保健委員の彼女。俺のケガを見た有田さんは、優しく消毒してくれた。


 あの瞬間から、俺は彼女を意識するようになったのかもしれない。





「なぁ、どう思う?」


 昼休みの食堂。友人の丹波敦弘たんば あつひろと昼食をとりながら、俺はなんとなく相談してみた。


「……何が?」

「最近、有田さんとよく目が合うって話」

「お前、高二にもなって何聞いてんの?」

「いいじゃん、別に。どういうことなのかな、って」


 俺の言葉に、敦弘は箸を止めた。なんとなく表情が固い。


「そもそもその話さ……」


 言いづらそうに視線を泳がせたあと、彼はぼそりと口を開いた。


にも言ってんの?」

「彼女?」

「いや、だからさ……」


 箸を持つ敦弘の手が不自然に彷徨っている。


「……九谷さん」


 ――九谷遥香くたに はるか、俺こと瀬戸奏汰せと かなたの中学時代からの友達。中学三年の席替えをきっかけに仲良くなり、高校に入ってからも、くだらない話をする気楽な関係が続いていた。


「いや、女子に女子の話はちょっと……」

「……だよな。なら、いいんだよ」


 ……何がいいんだ?


 その意味を深く考えず、俺は敦弘の「今度話しかけてみたら」というアドバイスを実行した。すると、有田さんとはすれ違いざまに挨拶を交わすようになり、立ち話をするようになり、趣味の話をするようになった。


 俺は嬉しくて、楽しくて。彼女を探すことが、いつの間にか日常の一部になっていた。





「今週の金曜日、有田さんの誕生日なんだって。友達としてプレゼント渡すの、アリかな?」


 ある日、俺がラーメンをすすりながら聞くと、敦弘は微妙な顔をした。


「……やりたいならやれば?」


 ここ最近、敦弘はこの話題になるとこんな感じだった。不機嫌というほどではないが、いい顔をするわけでもない。何か言いたげな沈黙が、会話の隙間に漂った。


 結局、俺はプレゼントを渡した。有田さんが好きだと言っていたアニメのキャラクターグッズ。彼女は笑顔で「ありがとう」と受け取ってくれた。





 その後も有田さんと交流を続け、一方で俺は、もう一人の女友達と徐々に距離が離れていっていることに――気づかなかった。





 そして春が過ぎ、高校二年の夏。俺は彼女に告白をした。

 生まれて初めての告白。拙い言葉でも彼女は真剣に聞いてくれて、そして――笑顔でそれを受け入れてくれた。





 その日の放課後。

 俺は帰る準備をしていた。カバンに筆記用具を詰めていると、不意に教室の扉が開く音がした。


「……あ……瀬戸くん」

「九谷さん」


 ミディアムボブの髪を揺らしながら、九谷さんが立っていた。

 ここ数ヶ月、彼女は俺を避けていた気がする。目が合ってもすぐ逸らされ、せっかく同じクラスになったのに、以前のように気軽に話しかけてくることもなくなっていた。


「九谷さんも今、帰り?」

「……うん」


 短い返事。視線も合わない。

 けれど、嫌われているわけじゃないと思う。だから俺は、このタイミングで、彼女に伝えようと思った。


「いきなりだけど、俺、隣のクラスの有田さんと付き合うことになったんだ」


 瞬間、空気が変わった。ピリついた空気の中、九谷さんの表情が険しくなっていく。


「なんで……そんなこと、私に言うの……?」

「えっ、あ、いや、九谷さんは友達だし――」

「私は瀬戸くんのこと、友達だと思ってない!」


 教室に響く、感情的な声。


「……え?」

「いい加減気づいてよ!好きな人の好きな子の話ほど、残酷なことないんだよ!」


 心臓が跳ねた。

 言葉が出なかった。

 九谷さんは、俺の反応を待たずに踵を返し、逃げるように教室を飛び出していった。


 そして、彼女と入れ替わるように教室に入ってきたのは、敦弘だった。


「……敦弘」

「お前、九谷さんに言ったんだ……」

「……ああ」

「お前さ、告白のことを九谷さんに伝えて、彼女に何て言ってほしかったんだ?」

「何って……」


 俺はただ、友達だから、「おめでとう」って言ってくれるかと思って……。


「とにかく、お前は有田さんを選んだんだから、もう九谷さんに話しかけるのはやめな」

「なんで……?」

「九谷さんが、それを望んでないから」


 それだけ言うと、敦弘は「じゃあな」と言い残して教室を出ていった。




 俺は、何か間違ったのか?

 ただ、大切な友達と共有したかっただけなのに。

 九谷さんなら、笑顔で「よかったね」って、言ってくれると思ったのに――。




 ぼんやりと歩いているうちに、どうやら昇降口に着いたようだ。顔を上げると、靴箱の前で有田さんが俺を待っていた。


「――瀬戸くん!」


 弾けるような笑顔。

 俺はその笑顔に応えるように、彼女の名前を呼んで駆け寄った。


 笑顔の裏で実は、別の彼女のことを考えているという事実を、ひた隠しにして――。

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