第13話 【Side Story3】柚葉の恋

 秋の風が冷たくなってきた頃、柚葉は一つの失恋を経験した。


 好きだった人がいた。

 彼は優しくて、誰にでも親切で、自然と人の輪の中心にいるような人だった。

 柚葉は、そんな彼に惹かれていた。


 告白した。


 結果は──「ごめん」。


 想像していたよりも、あっさりとした返事だった。

 どうしようもなく、胸の奥が冷えていくのを感じた。


 「……なんか、ダサいなぁ」


 人が行き交う駅前で、柚葉はスマホを握りしめたまま、小さく笑った。

 泣くつもりはなかったのに、目の奥がじんわりと熱を持つ。


 「なんでこんな時に限って、誰もいないかな……」


 陽太も、ほかの友達も、こんな時に限って先に帰ってしまっていた。

 ひとりで帰るのは、やけに心細かった。


 そう思ったとき、不意に後ろから声をかけられた。


 「柚葉」


 驚いて振り向くと、透がいた。


 「……え、なんで?」


 透は特に理由も言わず、ただ「帰るのか」とだけ言った。


 「……まあ、うん」


 柚葉は、なんとなく頷いた。


 透はそれ以上何も言わず、歩き出した。


 柚葉も、黙ってその後をついていく。


 別に、彼は何かを察しているわけじゃない。

 きっとただ、偶然ここにいたから、一緒に帰ることにしただけ。


 でも、歩調を合わせるように、少しだけゆっくり歩いてくれる。

 それが、どこか優しかった。



---


 しばらくして、柚葉はふと口を開いた。


 「……今日、失恋したんだ」


 透は立ち止まらなかった。

 ただ、歩きながら静かに聞いていた。


 「好きな人に告白したんだけど、ダメだった」


 あえて軽い口調で言ったけど、透は「そうか」とだけ返した。


 それが、なんだか心地よかった。

 慰めるでもなく、無理に笑わせようとするでもなく、ただ話を聞いてくれる。


 「あのさ、透ってさ」


 何気なく口をついて出た言葉が、自分でも思っていたよりも真剣なものだった。


 「誰かを好きになったこと、ある?」


 透は、少しだけ考えてから答えた。


 「……わからない」


 「わからない?」


 「うん。そういうの、考えたことなかったから」


 柚葉は、小さく息をついた。


 「……ほんと、バカみたいに鈍感だよね」


 透は、何も言わずに前を向いていた。


 だけど、その鈍感さが、今は少しだけ救いだった。

 だって、もし彼が察しのいい人だったら、きっとこの胸の内を見抜かれてしまう。


 ──ああ。


 柚葉は、ふと気づいた。


 こんなに自然に隣を歩いてくれる人なんて、ほかにいなかった。

 何も言わなくても、ただ一緒にいてくれるだけで、安心できる人なんて。


 ──これが「恋」じゃなかったら、なんだっていうんだろう。


 「……バカ」


 そう、小さく呟いた言葉は、透には届かなかった。


 風が吹いて、秋の夜が深まっていく。



---


 柚葉の恋は、その夜、確かに始まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る