第3話

差出人 [syuri-000194]

 件名  000194


 という表示で、ひとつの動画ファイルが送られてきていた。

 胸の奥が嫌な形でざわつく。再生ボタンに指をかけるのを、ためらった。

 しかし、躊躇いながらも動画を再生すると、すぐに画面いっぱいに街の風景が映し出された。


 冬枯れた木々、灰色に濁った空、古びた街灯と色あせた案内板。どこかの地方都市の一角だろうか……そう思った瞬間、既視感のようなものが脳裏をよぎる。

 駅前らしき広場には人影がほとんどなく、ただ冷たい風が落ち葉を吹き上げていた。

 シャッターが閉まったままの商店街、朽ちかけたバス停のベンチ。自販機の灯りだけが場違いなほど鮮やかに瞬いていた。

 そのとき、画面の奥から電車がゆっくりと入ってきた。

 車両の色、駅の看板、背景に映る山の稜線。


 すべてが一気に記憶の奥から引きずり出された。


 ああ、間違いない。

 これは、美樹と朱璃の実家がある、あの街だ。

 映像は無音で、BGMもナレーションもない。

 ただ風の音すら聞こえない無音の30秒。

 なのに、妙に胸騒ぎがする。

 背筋に、氷を押し当てられたような冷たいものが走る。

 再生が終わる頃には、手のひらがじっとりと汗で濡れていた。

 

 そして、再びスマホが振動を始めた。

 恐る恐るスマホの画面を見ると、美樹からのビデオ通話の表示。

 ホッと胸を撫で下ろしながらスワイプすると、美樹の顔が画面に現れた。


「実家に着いたよ」

どこか疲れたような表情。

化粧も薄く、目の下にうっすらとクマが浮かんでいる。

背景には見覚えのある部屋の一角。

窓と、使い込まれた洋服タンス。


「それで朱璃の様子を聞くことができたのか?」


 画面に映る美樹の後ろのカーテンが、ゆらりと揺れている。

 この二月の寒い深夜、ピッタリと閉め切った窓は外気を遮断しているはずなのに、なぜかカーテンだけが風を受けたように揺れていた。

 俺は一瞬、目を細めた。

 窓には部屋の明かりが反射し、部屋の内部が映り込んでいる。外の景色は見えない。だがその分、部屋の様子はよく見える。


「うん、かなりキビシイらしい」  


美樹は少し声を落としながら言った。


「そうか……」  


そう返した瞬間、俺の視界がある一点に釘付けになった。

 美樹の背後、窓ガラスに……人の手のひらが、ペタリと貼りついていた。  

白く、細い指。

窓の内側なのか外側なのか、判断がつかないが、明らかに“誰か”の気配。


「おい、後ろ!」


 俺は思わず声を張り上げた。


「えっ?」


 美樹が驚いたように振り返り、スマホのカメラが揺れる。


「なに? 後ろって……何もないよ?」


 映像が動き、窓もカーテンも画面から外れてしまった。

 俺の脈拍が早くなる。

 ……見間違いか? 

まさかそんな。


「すまない、目の錯覚だったようだ」  


自分でも信じられないまま、画面に目を凝らす。

だがもう何も映っていない。

静まり返った部屋と、心配そうな美樹の顔だけがそこにあった。


「もう寝た方がいいよ。明日も仕事でしょう? あ、寝る前のお薬忘れないでね」


「ああ、そうするよ。おやすみ」


「おやすみ」


通話が切れると同時に、俺はソファに体を沈め、長いため息をついた。

気づけば全身に力が入っていて、指先がこわばっている。


忘れないうちにと、テーブルの上の薬を手に取り、ミネラルウォーターで一錠を飲み下す。  


最近、眠りが浅くて疲れが取れないのだ。美樹の勧めで、軽い眠剤を処方してもらっていた。

薬が喉を滑っていく感覚とともに、ようやく少し安心した気がした。


その瞬間。

再び、スマホがブルル、と震えた。




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