具現化能力者

@Imsoconfused

具現化能力者

 オレは具現化能力者。あらゆる物を想像するだけで実体化させることができる。最強無敵の力、誰もオレには敵わない。


 そんなオレだが、別にヒーローなんかをやってるわけじゃあない。ただのそこら辺にいる高校生だ。


 今朝だって、ただ飲み物を買おうとしただけだった。


 コンビニの自販機の前でポケットをまさぐる。だが、手に触れるべき硬貨も札もない。


「あー、財布忘れた……」


 仕方なく、オレは自販機の横に立ち、すぅっと息を止める。頭の中でリアルな炭酸飲料の缶を思い描く。滑らかなアルミの質感、冷えた水滴の浮く表面、そして指でプルタブを開けたときの「プシュッ」という音――。


 次の瞬間、オレの手には真新しい缶ジュースが握られていた。迷わずプルタブを開け、一口――。


「ぷはっ、最高」


 喉を潤したその瞬間、思わず息を吸ってしまった。すると、ジュースも缶も、指の隙間から砂のように消えていく。


「……やっぱ不便だよな、これ」


 まぁ、どうせ家に帰れば飲めるし、別にいい。そんなことを思いながら、オレは気を取り直して歩き出した。


 そして、その数分後――次の「事件」が起きた。


 高校へ向かう途中、背後に殺気を感じた。


 反射的に体を横にずらすと、銀色に光るナイフがオレの頬をかすめて通り過ぎる。


「……朝っぱらからかよ」


 振り向けば、黒尽くめの男がこちらを睨んでいた。右手には刃物、左手はポケットの中。ヤバいヤツだ。


 オレは舌打ちし、すぐさま息を止めた。


 瞬間、空に黒雲が渦巻く。


 雷鳴が轟き、上空には紫電を帯びた巨大な槍が姿を現した。男の顔に恐怖の色が浮かぶ。だが、時すでに遅い。オレが指を軽く弾くと、槍は雷をまとったまま一直線に降り注いだ。


 ドォォォンッ!!!


 閃光とともに衝撃波が周囲を吹き飛ばし、路地のアスファルトが砕け散る。男はその場に吹き飛ばされ、倒れ込んだ。


 オレはゆっくりと歩み寄り、男の顔を見下ろす。


「おい、誰に頼まれた?」


 震える唇は何かを言いかけたが、オレの肺も限界だった。


「チッ……今日は見逃してやるよ」


 そう呟き、オレは空気を吸い始めた。


 刹那、黒雲は晴れ、砕けた地面も元通りになり、男の身体から焦げ跡さえも消え去った。自由を取り戻した暗殺者は、一瞬オレを睨みつけたが、すぐに踵を返し、裏路地へと姿を消した。


「ったく、朝からめんどくせぇな」


 オレはポケットに手を突っ込みながら、何事もなかったかのように歩き出す。


 オレは念じただけで万物を創造する能力を持っている、誰も敵わないさ。


 そんなオレの日常は、今日も変わらず続くはずだった。


 しかしだ、今日は違った。



 ぼーっとしたままキャンパスを目指していると、途中の曲がり角で誰かとぶつかってしまった。


 オレとしたことが、うかつだった。暗殺者か?


 痛む頭を押さえつつ、衝突した相手に視線を合わせる。


 その瞬間、オレは目を見張った。


 さらりと揺れるボブの黒髪、セーラー服に包まれた華奢な体。控えめな胸の前で重ねられた手は触ればひび割れてしまいそうなほどに白く、か細く、美しい。


 彼女の顔に視線を合わせると、少しうるんでいっそう光沢を帯びた茶色の瞳が、オレを見つめ返した。


 オレは思わず息を飲んだ。


 金色の柔らかい光が空から降り注ぎ始めた。辺りを見渡すと天使が次々に姿を現して、はばたきながらしきりにラッパを吹いた。アスファルトを花畑が侵食し、オレと彼女の小指の間に赤い毛糸の橋が架かった。


 最強の筈のオレが、誰にも敵わないオレが、初対面の女の子にハートを撃ち抜かれちまうなんて。


 オレは正面に向きなおった。彼女に言いたい言葉があったのだ。能力なんか使わずに、自分の気持ちを伝えたかった。


 視線をもう一度彼女の顔に合わせると、彼女と―――その奥にいるキューピッドと、目が合った。









【速報】高校生の死亡事件、殺人の可能性も視野に捜査


 本日午前、○○市内の路上で男子高校生(17)が倒れているのが発見され、その場で死亡が確認されました。


 被害者の胸部には矢のような痕跡があり、警察は何者かによる殺人の可能性を視野に捜査を進めています。


 目撃者の証言によると、被害者は事件直前、付近に住む高校生の少女と接触していたとみられ、その直後に突然苦しみだし倒れたとのことです。また、現場付近では「金色の光」や「羽の生えた小さな人影を見た」との証言もあり、不可解な点が多い事件となっています。


 警察は、当時現場にいた少女を特定し、事情を聴いています。少女は「突然の出来事で驚いた」と述べ、事件への関与を強く否定しています。「私は何もしていません。彼とはぶつかっただけで、その後すぐに倒れたんです」と語っており、警察は慎重に捜査を続けているとのことです。


 また、現場には凶器とみられる矢は発見されておらず、被害者の傷口も通常の刺創とは異なる特徴を持つことから、特殊な手段が用いられた可能性も指摘されています。


 警察は引き続き事件の全容解明を進めており、目撃情報を求めています。






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