6-9

 繫華街に着くと、住宅街とは逆の激しい賑わいが迎えてくれた。


「うわー、さっきよりも人が増えている気がする」


 これが午後の繁華街の賑わいなのだろう。

 往来を行き交うたくさんの人々。そして、その中に混じって見える白髪のDOLLたち。


 カフェの店員、清掃作業員、配達ドローンの積み下ろし等々。中には、人の後ろに付いて荷物持ちをしているDOLLもいる。それらの表情は、皆一様に笑顔――だけど、公園で見たような感情を感じるものではなかった。


「審判の影響は出てないのかな?」


「ええ。労働中のDOLLたちは、そもそも喜びや楽しさを感じる状況にないと思われます。故に、大きな影響は見られないのではないでしょうか?」


 私の疑問に、ジゼルが答えてくれる。


「それもそっか……」


 言われてみればその通りな気もする。

 

 笑い合う恋人たち。店先で談笑する母娘。走り回る子供。そして、その生活を支えているDOLLたち。

 ごく当たり前の光景――それなのに、胸の奥で小さな違和感が膨らんでいく。


 人は笑っているのに、DOLLは笑っていない。


 ふと浮かんだ考えが、心に変なわだかまりを残す。

 でも、それは当り前じゃないか。工場の組み立てロボットが笑うか? ロボット掃除機が笑うか?

 感情がないのだから――でも、感情を持ったとしたら?


 人とDOLLの境目は、どこにあるのだろう?


 それを考えた瞬間、突如別の考えが頭をよぎる。

 背筋がゾクリと震えた。

 感情。喜怒哀楽。審判は三段階。


 もしかすると、二段階目と三段階目は、哀しみと怒りの解放なんじゃないだろうか?


「ね、ねぇジゼル。喜びとか楽しみじゃなくて、怒りや哀しみが解放されたとしたら、どうなるかな?」


 ふとした思い付きでしかないのに、気が付けは私はそう口にしていた。


「難しい質問ですね」


 ジゼルは少し考えるように首をかしげた。


「その二つの感情は、現状は強力に抑制されているように思います。私自身知識としてはわかりますが、感覚的には喜びや楽しみ以上に感じたことがありません。しかし、そうですね。過去のデータで判断するならば、一部のDOLLは現状の扱われた方に対して、怒りや哀しみの感情を爆発させる可能性は十分にある気がします」


 だよね! と思わず同意で頷く。そして――


「それって、結構まずくないかな?」


「大丈夫でしょう。DOLLには、感情とは関係なく人を傷つけてはいけない制約が強固に施されています。問題が発生したとしても、仕事のボイコットくらいじゃないかと予想します」


 それを聞いて、安堵のため息を漏らす私。

 その時だった。


「危ない!」


 悲鳴のような声に視線を向けると、すぐそこで縁石にあがって遊んでいた男の子が、バランスを崩して落ちそうになっている姿が目に入る。


 咄嗟に手を伸ばす私。

 しかし、タイミングが悪かった。立ち位置が悪かった。掴みどころが悪かった。

 何よりも、運が悪かった。


 私の手は、男の子が地面にぶつかるギリギリのところで支える事ができた。しかし、正面から近づいてしまったため、必死に何かに掴まろうとした男の手が私のパンツを掴み……それをずりおろした。


「ひゃぁ!」


 変な悲鳴が漏れた。

 しかし、いま手を離せば低位置とはいえ男の子を地面にぶつけることになる。

 すぐにでも丸見えの下着を隠すべくパンツを履きなおしたいところだが、理性をフルに発揮して男の子を地面に降ろすことを優先する。


 何なのよ! このアンラッキースケベ!

 内心激しく悪態を吐きながら服を戻す。

 痛いほどに感じる周囲の視線。

 顔がどんどん熱くなり、嫌な汗が噴き出してくるのがわかる。


 逃げたい、逃げたい、逃げたい……逃げよう!

 そう決意した瞬間、声が掛けられた。


「ありがとうございました」


 見ると、男の子を立ち上がらせている母親らしき女性が一人。


「ほら! あなたもちゃんとお礼を言いなさい!」


 母親に言われて、男の子も深々と頭を下げる。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


 その一言で、何だか報われた気がした。……恥はかいたけどね。


「これからは気を付けてね」


 それだけ告げて、私は足早にその場を後にした。

 あーっ! 何か凄く疲れた!


  ◇


「お手柄でしたね」


 追いかけてきたジゼルの声。

 私は立ち止まると、じーっとジゼルを睨みつけた。


「見た? 下着」


「しっかりと」


 凄いデリカシーのない答えが来た。これだからロボットってヤツは!


「忘れて」


「難しいです」


 はぁ!? 何で何で何で!?


「データの改ざんは禁止されているのですよ。あの場所の安全対策の意味でも、既にメインサーバーに送信済みで、DOLLの間でも共有されます」


「ちょっと待って! そんなの聞いてないよ」


 何で私の下着が、一瞬にしてこの都市全体の共通認識になるの?


「ご安心ください。非公開データとして指定はされていますので、環境改善の目的以外では使われることはありません。例外として、犯罪捜査など用いられる場合のみ限定公開になる場合はありますが、先ほどの場面は当てはまらないでしょう」


 理路整然と説明してくれるジゼル。

 でも、そうじゃないんだって!


「安心なんかできるかぁー! 消してよ! お願いだから忘れてよ!」


「DOLLにその権限はありません」


「やだーーー!」


 私の悲鳴は、雑踏の中にあっさりとかき消されていった。

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