第22話 森の国の追手

 その日の午後遅くに妖精の隠れ家亭に新たな訪問客を迎える。

 正確には食事をしようとしなかったので客ではないな。

 まあ、この客たちは荷馬車を連ねずまっしぐらに駆けてきたので、こちらも食事の支度が間に合わなかったという事情もあった。

 緑で統一した鎧や兜に身を固めた騎士たちは最初から友好的ではない。

 森の国から来た騎士たちの1人が口を開く。

「ここに3歳ぐらいの子供が居るはずだ。会わせてもらおう」

 権高な態度には非常にムカついたがとりあえずぐっと堪えた。


「ご注文は何になさいますかあ?」

 営業用スマイルを浮かべて可愛らしい声で尋ねる。

「なんだと? ふざけるな。我らの質問に答えろ」

「入ってくるとき見たでしょ? ここは喫茶店なので何かを注文していただくことになっています。注文されないのならお客さんではないので退店してもらいます」

「お前じゃ話にならん。責任者を出せ」

 どうしようかなと考えているうちに奥からジョスリンが出てきた。

 意外なのはタイラーが一緒にくっついてきたことである。

 トラブルは避けて通るのに珍しい。


 ジョスリンが不機嫌な声を出した。

「当節、森の国の騎士団も礼儀知らずになったもんだね。うちの娘相手にそういう口をきくってことは覚悟があるってことなんだろうね?」

 若い騎士が吠える。

「覚悟があるならどうだってんだ?」

 ジョスリンはふっと笑った。

「こっちも責任者が出ているんだ。三下は引っ込んでな」

 激昂しかけるのを年嵩の男が制する。


「これは失礼した。ハイランドの魔女よ。私はこの一団のリーダーだ。食事の代金相当額は支払おう。時間がないので提供は遠慮するが、これなら文句はあるまい?」

 リーダーは1枚の金貨を取り出してテーブルの上に置いた。

 ジョスリンは頷く。

「いいだろう。客扱いをしようじゃないか」

 俺はすかさず金貨を回収してエプロンのポケットに入れた。


「では仕切り直しといこうか。こちらに3歳ぐらいの子供がいるはずだ。我々に会わせてもらおう」

「さあて、随分と漠然とした話だね。うちはそこまで人手不足じゃない。そんな小さな子供はこの店で使っちゃいないが」

「しらばっくれるつもりか? 我らも主命を受けてやってきている。おめおめと引き下がるわけにはいかない。該当する子供がここにいるという証言はいくつかあるんだ。とぼけるのはやめて連れてきて頂こう」


「断る。私は他人に命令するのは好きだがされるのは大嫌いでね」

「良い性格をしておいでだ」

「ふざけるなっ!」

 その叫び声と共に若い騎士が剣を抜いてジョスリンに斬りつけた。

 と見えたがジョスリンは何事もなかったかのようにその場に立ち続け、騎士は腰を折り曲げ泡を吹いて倒れる。

「お大事に」

 まるでクシャミをした相手にするように声をかけるがジョスリンの目はリーダーに目を据えたままだった。


「王子!」

 2人の男が倒れた男の上半身を抱え上げて魔女から距離を取る。

 魔女の一撃の魔法を食らわせたジョスリンはそれには目もくれなかった。

「部下の躾ぐらいはきちんとしておいて欲しいね。トリスタン殿」

「あいにくと私の部下ではなくてね。まあ、ハイランドの魔女殿には関わりのないことだが」

 トリスタンと呼ばれた男は僅かに頭を下げる。


「伝説に違わぬ腕をお持ちだ。私1人の手には余りそうだね。ここは引かせて頂こう。そうだ。伝説ついでに1つ教えてもらいたい。ハイランドの魔女の庇護が及ぶのは正式な魔女の後継者1人までというのは間違いないでしょうな?」

 トリスタンは金貨をもう1枚置いた。

 それを摘まみ上げジョスリンは顎を引く。

「そして、そちらの女性はあなたの娘」

 騎士たちの視線が俺に集中した。

 いつまでたっても値踏みするような視線には慣れない。

 トリスタンは笑みを浮かべる。


「結構。ではお邪魔した」

 トリスタン一行は意識を失った男を含め店から出ていった。

 馬蹄の音が遠ざかる。

 ジョスリンは金貨を指で弾いて投げ上げキャッチした。

「こうなるんじゃないかと思っていたよ」

「どういうことです?」

「森の国は3年前に前王が急死して叔父が即位した。前王は待望の王子が生まれたばかりだったそうだよ。まったく執念深いことさ」

 むっつりと黙っていたタイラーが口を開く。


「それで、あのトリスタンという男との最後の問答はあなたはこの件に中立を保つということなのだな?」

「そうだ」

 さも当然というようにジョスリンは言い放った。

「ハイランドの魔女は周辺国の統治に首を突っ込まない。周辺国は魔女を尊重する。300年前に魔界からの侵攻を受けたときに結ばれた協約だ」

「レオはあなたの孫なのよ」

「違うね。魔女に子供はいても孫はいない」

「そんな建前論を聞いているんじゃない!」

「この場合は建前論しかないんだよ」

 ジョスリンの厳しい声音はそれ以上の反論を封じる。


「母さん。いつからレオの出自に気付いていたんですか?」

「さあ、なんのことだい? 世間知らずの娘が立派なおくるみに包まれた赤子を拾ってきたというだけさ。まあ、それでもこの娘はハイランドの魔女が手塩にかけて育てた弟子でもある」

 このババア、最初から知ってやがったな。

 その上で知らない振りをして俺が育てるという我が儘を認めた。

 ハイランドの魔女としてギリギリの妥協点なのだろう。

 別宅を海の国にしたのも1番森の国から遠いからだ。

 そこまで手を伸ばすのは森の国には負担が大きい。


「分かりました。レオは私が守ります」

 俺が告げるとタイラーはため息をつく。

「あの連中ならどんな手を使ってくるか分からないぞ」

「そうだね。だけど、だからって何もせずに白旗を揚げるつもりはないわ。ママと呼ばれる以上はママの役割を全うしなきゃ。幸いにして」

 俺はジョスリンを見つめる。

「私はただの小娘じゃない。まだアペレンティスに過ぎないけど、その反面魔女の制約に縛られないわ。むざむざレオの命を奪わせるものですか」

 タイラーは腕を組んでうなり声をあげた。


「そう言われたら俺も協力せざるを得ないだろ。頼りないがパパなんだから」

「無理をしなくてもいいわよ」

「はっ。お前だけにいい格好をさせられるか。俺もレオに尊敬の眼差しを向けられたいからな」

 そういう膝は少し震えている。

「ついにアタシが役に立つ日が来たわね」

 俺の後からクィンティが飛び立ち空中でふんぞり返った。

「あ、居たんだ」

 俺の台詞にプッと頬を膨らませる。


「あ、アタシが密かに活躍していたのを知らないのね。こっそり、あの連中の馬のところに行って携行用のワインをお酢に、飲み水を薄い塩水に変えておいてやったわ」

 そりゃ絶妙な嫌がらせだな。

 思わず吹き出してしまう。

「そりゃ大したもんだな。よくやった。だけどこれからレオを守るのに役に立てるのか?」

 ンフフとクィンティは笑った。

「このクィンティ様は他にもまだ色々できるんだから。レオのためなら頑張っちゃう」


 ジョスリンも悪い笑みを浮かべる。

「私も表立っては動けないけど、弟子に魔法を教え、魔法の品を貸し与えるのは普通のことだねえ。おや、こんなところに古いコインが。エイミー、預かっておいておくれ」

 大きな黒ずんだものが1つに小さな緑色のものが5つ俺の手のひらに置かれた。

 古いコインからは魔力を感じる。

 これは結構貴重なものだな。


「ま、とりあえずは母屋に戻ろうじゃないか。そろそろ、腹をすかせたレオが戻ってくるんじゃないかい?」

「そうね。腹が減ったら戦はできないわ」

 俺たちは店の後片付けをすると母屋に戻った。

 それと前後して裏庭に面した扉が開き元気な声が響く。

「ママ。お腹が空いた~」

「はい、はい。今すぐ支度をするから手を洗ってらっしゃい」

「は~い」

 俺はひとまずこの先の不安のことは忘れ、レオの好物の鶏もも肉を揚げる支度を始めた。



 ***


 コンテスト参加のため中断します。

 ここまでありがとうございました。

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