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三戸翔馬
第1話 桜井友和(さくらい とわ)
けたたましいアラーム音とともに朝を認識した。朝は苦手。布団から出たくないし、用意はしんどいし、学校に行くのは嫌だし。百害あって一利なしとは朝を形容した言葉なのでは!?なんて意味のないことを考えているうちに二度目の睡眠を開始する。アラームの次は階段を上ってくる足音。嫌いな音ランキング堂々の第2位。それから続いて堂々の第1位「いつまで寝てんの。今日は学校ないの!」。ただの平日に学校が休みになるはずがないのに。これだから朝は嫌いだ。
憂鬱な朝を抜けるため布団から脱出、用意を済ませ、家を出る。ぎちぎちな汽車、退屈な授業、わからない勉強。どれもこれもが「楽しくない。」。放課後、駅前のスタバで友達と話をするこの時間だけが唯一の楽しみだ。でも最近は...。
「昨日ね、彼氏がさ・・・」 友達が彼氏の話ばかりするようになった。恋人ってそんなにいいものだろうか。わからない。友達のこのうれしそうな顔もかわいらしい顔も恋人が作り出しているのかと思うと不思議だ。この場にいない誰かを思って表情を変え、誰かのために自分を磨く。人のことをこんなにも思えるそんな感情が私にはあるのだろうか。
「友和(とわ)はさ、好きな人いないの?」
「え、私?私はそういうのわからないからな」
「えぇ、友和ちっこくてかわいいし、めっちゃモテるのにもったいない。
もっとおしゃれしたいとか可愛くなりたいとかないの?」
「思わないことはないけど、頑張るほどのことではないかなって。
最近、さゆりはかわいくなったね」
「そうでしょ!最近は頑張ってるからね。彼氏のために」
「なにそれw」
私も人を好きになれたなら、こんな退屈な人生も変わってしまうのかな。今はない感情に思いを馳せる。
変わらない日々を過ごしていた冬のある日。いつもよりも少し暖かく、気持ちのいい朝。なぜだか今日に限ってアラームより前に目が覚めた。
「あら、今日はすいぶん早いね。雪でも降るのかしら」
「早く起きる日だってあるよ」
「じゃあ、今日は朝ごはん食べる?」
「うーん、食べないかな。今日は早めに学校行くよ」
早く起きて時間にも余裕があったので、一本早い汽車で登校することにした。暖かいと思っていたがやはり冬は冬だ。外は寒い。早く家を出たのはミスったなと感じながらも汽車にのる。この時間も通勤の人たちで汽車が混みあっている。普段は一時間に一本の汽車も、この時間帯は三本走っているが、それでもはちきれんばかりの人だ。
いつものようにぎゅうぎゅうの車内の扉のすぐ横に立つ。体の小さい私は奥まで行くと降りたい駅で降りれなくなるので、いつも扉のすぐ近くに立つようにしている。人に押され壁に張り付くのは不快で仕方ない。15分がとても長く感じる。あと二駅。
「次は阿久津駅です。お出口は左側です。」
自分の方の扉が開く。それと同時に人がどっと押し寄せ、私の肩にぶつかり、上体が倒れるようにして汽車から出てしまいそうになった。慌てて手を伸ばすが、もうすでにつかめる場所はなく、覚悟を決めたその時。
私の伸ばした手を誰かが掴み、すっと汽車の中まで引き寄せられた。
胸の近くまで引き寄せられた私は、恐る恐る顔を上げお礼を言う。
「あ、ありがとうございます。」
その人は優しそうな顔立ちで、私のお礼に声も出さず、にこっと微笑んでくれた。その瞬間、心拍数が上がるのを感じた。今までにないドキドキに、苦しく甘酸っぱい感覚で胸をいっぱいにして次の駅を迎えた。そのままもう一度だけお礼を言って汽車を降りた。
私の朝嫌いは、この日になくなってしまった。
あれから数週間。ただずっと彼の微笑みが頭から離れない。
「どうしたの?ぼぉーとして。最近よくそうしてるよね。」
「そうかな?」
「そうだよ。朝からにやけ顔でボケっとしてるよ。」
「えっ、にやけてた?」
「うん。結構頻繁に」
最悪だ。にやにやしている気持ち悪い奴だ。
「友和、朝苦手なんじゃなかったっけ?」
「そうだけどなんで?」
「いや、最近学校来るの早いからさ。いつもぎりぎりだったじゃん。」
あの日から彼に会いたくて汽車の時間を変えた。でも、それを誰かに話すのはすごく恥ずかしかった。
「あぁ、それはね...。気分かな」
「気分で早起きできるんだ。すごいね」
苦しまぎれの言葉でなんとかやり過ごせたことに胸をなでおろした。
「でも、もう春だよね。来年は受験か~。友和はもう志望校決めた?」
「ぜんぜん。まだまだ先のことだと思ってた」
「私はね、明陵(めいりょう)高校にしようと思うんだ!」
明陵高校は、ここらで一番賢いとされている学校だ。
「さゆり頭いいもんね」
「私の成績じゃ無理だよ」
「今から勉強すれば間に合うでしょ!私が教えてあげる」
「勉強教えてくれるのはうれしいかも。…もうちょっと悩もうかな。」
将来のことはちゃんと考えないといけないな。
また数日たち、今日もいつも通り少しはやい汽車に乗る。だんだんこの生活に慣れてきたが、まだ彼に話しかけたりはできていない。なぜなら彼はいつも、同じ友達と一緒に乗って話をしているからだ。「ぐぬぬ、あいつさえいなければ。」
そんなことを考えながら汽車に乗り込むと、今日は彼と、いつも一緒にいる彼の友達が、私が立っている窓沿いのすぐ隣の席に座っていた。 (聞こえちゃう…どうしよう)
「なあ、葵(あおい)。もう受験も終わったしさ、今度遊びに行かね」 (彼の名前、葵か。かっこいい)
「遊びにか。春休み入ってからね。まだ寒いし。」 (寒いの苦手なのかな?かわいい)
「確かにまだ寒いな。ていうか高校楽しみだな。かわいい子いるかな?」 「急だな。まあ環境が変われば出会いはあるんじゃない?」 (で、出会い…。か、彼女がいる可能性も…)
「お互い彼女いないし頑張ろうな。」 (よかった!…というか、頑張らないでほしい!)
「頑張らないよ。大学見据えて勉強でしょ。」 (勉強できるんだ。すごい…)
「恋愛も勉強した方がいいぜ。」 (そんなに勧めるなよ!なんじゃこいつ!!)
「好きなタイプとかないの?」 (それは聞きたい。ありがとう!)
「う~んムズイな。」 「髪型とか年齢とかそういうのもないの?」 「しいて言うなら髪の毛は長い方がいいな。年齢は気にしたことないな。」 「へぇー。俺はショート派」
この時、ショートボブだった私は、髪の毛を延ばそうと決めた。
春休みが明けて、3年生になった。始業式の日、いつもとは違うドキドキを持って汽車に乗り込んだ。彼がいなかったらどうしようかと春休み中不安だったのだ。 そしてその日、彼は乗っていなかった。 絶望した。もう会えないのかと。その日は一日の記憶がほとんどない。
次の日、いつもと同じ汽車の時間。乗り込むと、明陵高校の真新しい制服を着た彼が乗っていた。 あまりの嬉しさに、いつも以上に見つめてしまったと思う。それと同時に、このままではダメだとも感じた。自分自身を変えなければ、きっと好きの言葉も伝えられない。
まずは、対等になろう。
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