第34話:告白

 誤解が解け、無事パーティーが終わり、アリシアはホッとした。


「結果的に雨降って地固じかたまるって感じだったな」

「ええ。よかった」


 アリシアは縁切りルビーのことを思った。


「あのルビーが切るのは『縁』ではなく『悪縁』だったのかも……」

「え?」

「悪い魔宝石だと思っていたけれど、本当は違うのかも……。だって、エリスさんは身に付けていたけれど、フレデリック殿下との恋を成就じょうじゅさせたわ」


「じゃあ、あのふたりは大丈夫だと魔宝石にお墨付すみつきをもらったってこと?」

「わからないけど……うまくいくんじゃないかしら」


 そう思ったアリシアは、ローラの時のように魔宝石を遠ざけることなくそのままにした。

 エリスなら持っていても大丈夫。

 そう感じたからだ。


「……」


 馬車に揺られながら、アリシアはヴィクターを見た。

 独身主義を返上したエリス。

 それは本当に心から愛せる人を見つけたからだ。


 でも、ヴィクターは違う。

 アリシアはずっと言えなかったことを口にすることにした。

 バーバラに勇気をもらった気がしたのだ。


「ヴィクター、無理しなくていいのよ」

「え?」

「皆があなたのことを独身主義者って言ってるわ。あなたは自由でいたいんじゃないの?」


「なぜ急にそんな……」

「……月のものが来たの」

「えっ……」


 だから今も下腹部が痛いし、貧血気味だ。

 アリシアはきっぱり言った。


「私、妊娠していません。だから、責任を感じなくていいの」

「責任……」

「あなたが私を婚約者にしたのは、妊娠している可能性があったからでしょう? でも、もう――」


 気負きおうことなく、さりげなく話すつもりだった。

 だが、声は喉の奥で詰まって出てこない。


(なんで……? ただの仮初めの婚約を解消しよう、なんて簡単なことが口にできない……)


 唇を震わせるアリシアを、ヴィクターがじっと見つめていた。


「……なんでわからないんだ?」

「え?」


「俺が婚約を解消したいなんて言ったことがあるか?」

「いえ、それは責任があるから――」

「違う! 俺はきみに夢中なんだよ! 最初からずっと!」


 ヴィクターの顔は耳まで赤く染まっていた。


「え?」


 最初にアリシアを紹介するとき、ヴィクターは『一目惚れ』だと言った。

 ただのリップサービスだと思っていた。


(まさか……あれは本当なの?)


「ああ、もう!」


 ヴィクターが髪をぐしゃぐしゃとかき回す。


「きみといると、俺らしくいられない!」

「でも、あなたは気楽な独身でいたいって……」

「人って変わるんだよ。きみだって、ついさっき見ただろう?」

「そうだけど……」


 まだ信じられず、アリシアは呆然とつぶやいた。

 そんなアリシアをじれったそうに一瞥し、ヴィクターは大きくため息をついた。


「独身主義とかどうでもいいって思うくらいには、きみのことが好きなんだ」


 ヴィクターが顔を赤らめる。


「一緒にいればいるほど、きみを知れば知るほど、どんどん好きになっていって……」


 それは愛の告白にほかならなかった。


(……これは現実なの?)

(王子が私なんかを好きって……)


 思い返せば、ヴィクターはいつもちゃんとアリシアをパートナーとして扱っていた。

 高価なサファイアのペンダントも贈ってくれた。


(でも、私なんか離婚されて、実家も没落してて……)


「きみは?」


 まだ顔が赤いヴィクターが見つめてくる。

 その真剣な眼差まなざしに、アリシアは息を呑んだ。


(私は――)


 ヴィクターが好きなのは間違いない。一緒にいて楽しいし、信頼もしている。


(だけど……)


 これ以上、深い仲になるのが怖い。

 かけがえのない存在になったら、失ったときにどれほど傷つくだろう。


「わからない……ごめんなさい」


 アリシアは震える声でつぶやいた。


「いや、いいんだ。俺たちはまだ出会って一ヶ月くらいしかたってない。返事は急いでない」


 ヴィクターがにこりと笑う。


「きみが嫌でなければ婚約者のままでいてくれ」


 ヴィクターの優しさが、今はアリシアをさいなんだ。

 自分が傷つくのをいとわず告白してくれたのに、こたえられない自分が嫌でたまらなかった。

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